2002/10 No.299
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<教区時報 2002年10月号の目次>

・1  共に祈る

・2  共同宣教司牧司教訪問 : 京都北部地区・舞鶴ブロック

・3  フェスタ・デ・アミーゴス  中勢ブロック 構司真理

・4  生涯養成講座事例紹介 : 福音宣教の出来る信徒の養成

・5 夏季学校での出会い:滞日外国人の子供達との共催

・6  教区中学生広島巡礼(8/5-8/7) 感想文

・7 福音センター ニュース
   ・養成コースご案内 : 祈りU
   ・人の心がもとめているもの
  
・8 聖書講座シリーズ「一〇〇匹の羊の群れ」 6/19・20
       父と子の聖霊の一致による「いのち」を告げる 新井延和神父

・9 こんにちはシスター: 聖母訪問会 京都修道院

・10 福祉の窓 : 特別養護老人ホーム/サンタマリア

・11 典礼Q&A 典礼に関する素朴な質問:聖体拝領について

・12 良書紹介
     ◆アンドレ・ダーハン 『もうひとりの ともだち』

・13 青年センターの活動

・14 大塚司教の10月のスケジュール

・15 お知らせ
    ・福音センター・教区委員会 地区協議会 小教区から
     教育関係施設から  諸施設・諸活動 他

共に祈る



祈る時人は 一人でも
 神と共にいる 神の大きさに広がる
共に祈る時 その広がりは  人々へと広がり
とも』が 生まれる

父よ」と祈る時 私たちは
御子イエズス・キリストの
聖霊と共なる 御父への
その愛といのちの交わりに入る

私たちの」と 祈る時
私たちの祈りの中に
全人類が 共に居る

天におられる」と 祈る時
 天と地の全被造物が
その賛美に加わる

主の祈りを 唱えましょう
 天と地の 大合唱が生まれる
神に 栄光 人には平和
 天使と聖人の合唱が加わる

あなた達の中二人でも 心を一つにして祈るなら・・・ 私は、私は必ずそこにいる」(マタイ18・19〜20)

(写真は教区中学生広島巡礼での灯籠流しです)


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共同宣教司牧司教訪問 :京都北部地区・舞鶴ブロック


 京都北部地区舞鶴ブロックの司教訪問は、七月十四日(日)、西舞鶴教会で行われた。十一時より司教ミサをもって始まり、司教講話、昼食、集会の順で進められた。
 京都北部カトリック協議会では、京都北部のビジョン造りのため、かねてより「あなたにとって理想の教会とは」のアンケートを行っており、このアンケート結果を司教訪問のための主な資料とした。大塚司教様は、この資料に丹念に目を通してくださった上で、アンケートに基づいて、講話と集会における質疑応答に臨んでくださったように思う。アンケート結果は、多くの回答が「派遣されるために集められる」教会の理想ではなく、
集められた先(教会)で、どのような司牧サービスを受けられる教会が理想の教会かに集中していた。すなわち、「派遣」という視点がすっぽり抜け落ちていた。司教講話ではこのことが指摘され、「教会が社会に対してどんな使命を担い、果たさなければならないか」「福音的価値に反する社会現象の多いなかで、どのようにキリストを伝え、教会の外でキリスト者としてどう生きるか」が共同宣教司牧の目的である、との説明がなされた。
 また、午後からの集会では、司教様は舞鶴ブロックからの三つの質問に答えて、戦後復興期から今日に至る日本の教会の歴史を説明され、共同宣教司牧の目的を分かりやすく説かれた。

舞鶴ブロックの課題として、
 @若年層の教会離れ 
 A信徒の生涯養成 
 B舞鶴ブロックの将来像 
が出されていたが、「信仰を次世代に伝えるという使命にほんとうに危機感をもって取り組まなければならない。信仰は人々と分かち合ってこそ培われるもの。ただ個人として信仰を守るというだけでは守ることさえできない」と話された。私たちは司教様が話された話を重要なメッセージとして受け止め、これからの京都北部のビジョン作りに活かしていきたい。

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 フェスタ・デ・アミーゴス    中勢ブロック 構司真理



 七月十四日(日)、中勢ブロックの四教会(津、上野・名張・久居)合同サマーキャンプが行われました。

 教会学校が存在しなかったり、子どもの人数が減少し、しかも地域の活動が優先され、教会学校の活動もままならない状況で、どの教会も試行錯誤をくり返しながらの指導が行われていました。そんな中、教会学校に携わる者が交流し分かち合える場を持とうと言う呼びかけで、四教会の集いが始まりました。各々に個性のある指導者と子ども達、お互いに刺激を受けながら、自分たちの指導に生かされていく思いがしています。

四教会が集うようになり二回目の夏、ブラジルやペルーの方々とともに、フェスタ・デ・アミーゴス(友だちまつり)が実現しました。小運動会はもちろんの事、ミサも皆のパワーと心が一つになり、神さまのお恵みに感謝しながら、『世界のみんな兄弟さ・・・』と大きな歌声が会場に響き渡りました。

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福音宣教の出来る信徒の養成
 

京都南部地区西ブロック 担当司祭 福岡 一穂

 京都西ブロックにおいて、福音宣教する信徒を養成するために、現在、キリスト教講座〈神学入門〉(三教会月一〜二回程度)と祈りの講座(一教会月二回)が行なわれています。講座内容は従来行なわれてきた要理講座や、いわゆる心理学的アプローチを用いたキリスト教講座ではなく、また単なる聖書研究や分かち合いでもなく、カトリック教会が二〇〇〇年間行なってきた共同体としての信仰の歩みを現代社会に生きる私達が引き続き行うことと、参加者が教会の信仰の公的表現である〈神学〉を出来るだけ分かり易く理解して、神・イエス=キリスト・福音・信仰・教会の本質をお互いに確認していく内容です。この確認はこれからの福音宣教者の養成に必要であると判断したからでした。また二〇〇〇年十一月から、福音宣教する内的動機を生み出すために、信徒の新しい霊的養成の必要性を感じ、聖母訪問会のシスター吉国に祈りの講座を依頼しました。

1.キリスト教講座(神学入門・キリスト論・教会論)
 「全人類の歴史から見れば、まるで大海に浮かぶ一つの泡のような存在イエスにおいて、全人類の歴史の運命が決定されるという、全人類の歴史の意味がこのイエスにおいて与えられるという、この途方もない主張をキリスト教の信仰はなすのである。この信仰の重さをかみしめた上で、何故自分がこれをあえて信じるのか、また他の人にどのように説明出来るのかを考えてみたい」(百瀬文晃師著・イエス・キリストを学ぶ巻頭より引用)

上記の文はこの講座の動機となっている箇所です。この引用全般にイエスがキリストであるという信仰とそれを信じる共同体が存在して、過去と現代から未来に至るまでそれを宣べ伝え続けていくことが表現されています。私達は神の恵みによって信仰を頂きました。しかし、何故一人の人間イエスがキリスト(救い主)なのか、そして現代に生きる私達が何故彼によって救われるのか、私にとってイエスの死と復活は関係ある出来事なのか、そしてキリストは何故教会という形を通して信仰が継承されることを望んだのか、そして父と子と聖霊という表現は何を意味するのかなど、分からない事柄や理解を拒否している事柄は多いのです。

教区全体が共同宣教司牧を通して福音宣教する共同体になっていきましょうと招かれて、私達は福音の内実をどれだけ表現出来るでしょうか。私達は現実の自分の信仰生活と継承されている教会の信仰とのギャップから、信徒でありながら福音とは何ですかと他者に聞いてしまう程です。
福音は質問する事柄ではなく、教会共同体とキリスト者個人が自分の社会生活全般で探求していくことであること、そして社会とそこに生きる人間から福音の新しい意味を再発見していくことであることをこの講座を通して気づいていきたいと思います。


2.祈りの講座
 洗礼を受けた全ての人は教会共同体の中で、神の豊かな命の中で聖性へ招かれています。キリスト者の成長は聖霊の導きに従うことによって、少しずつ歩みを変えられていく旅のようなものです。キリスト者は神に対する知的理解を深めると共に神ご自身の恵みに自分自身を委ね、神の働きに協力していく霊的感覚が必要であると思います。

自分自身の日常生活の中で、神の望みは何なのかを見分けて、神の業に協力することが出来た時、神の救いの業がその人の全人格を通して成し遂げられたことになると思います。祈りのために継続的な時間を作り、神の前に留まることによって、人生そのものが祈りになっていくことが出来るように、この講座を通して各自の祈りが徐々に深められ、お互いに三位一体の神の愛の体験的理解をすることによって、福音宣教の力となっていくことが出来ると思います。



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夏期学校での出会い:
滞日外国人の子供たちとの共催
 

二つの共同体
 「家も国も生活習慣も違うと、ジャガイモの切り方ひとつをとってもまったく違うのよ。一人でやってしまったほうが楽なんだけど、コミュニケーションが取れて楽しかったわ」夏期学校の食事のお世話をしてくださった、あるお母さんの感想です。
今年の西院教会の夏期学校は、七月二十日から二一日に行われました。参加者は、午前のミサに来ている子供たち(八人)とその友達(三人)、そして午後のミサに来ている子供たち(十五人)から成る合計二六人の大世帯でした。午後のミサは、主にフィリピン人の女性を中心にその家族たちが集まる「パガサ」共同体の英語のミサです。そこに来ている子供たちはそのほとんどが生まれも育ちも日本ですが、外国人である母親の信仰を受け継いでいるため、午後のミサに参加しています。
今年は初めて西院の二つの共同体
が一緒に夏期学校を行いました。きっかけは、ごくありふれた理由からでした。午前のミサの子供たちだけでは人数が少ないこと、特に高学年が少ないこと、毎年同じ少ない顔ぶれの仲良しグループだけにしたくなかったことなどです。また、同じ教会にいながら午後のミサに来ている子供たちとの交流が少ないことも気がかりの一つでした。そんなわけで、午後の子供たちと関わりのある聖母訪問会のSr.ローザの協力を仰ぎながら、夏期学校参加への募集を呼びかけてみました。はじめは当初から知っていた何人かに来てもらえれば・・・と思っていたのですが、人から人へとウワサが広まり、夏期学校の当日まで参加者が増え続ける始末でした。

目からウロコ
 今回の夏期学校で感じたのは、子供がいかに自由な存在であるかということです。
彼らは何の気取りもこだわりもなく、新しい仲間とすぐに意気投合し、遊びを通じて自分たちの世界を広げていきます。彼らの心の中には「共同宣教司牧」「福音宣教」というわかりにくい言葉は微塵もありません。しかし、自分の心の中の見えない壁を越えて、自由に新しい世界と交わることがいかに新鮮で心躍る体験であるか身を持って示しています。大人はすぐに今ある心地よい状況に安住してしまい、せっかく目の前に与えられた新しい出会いや体験を逃してしまうのかもしれません。わたしたちリーダーも子供たちを通して、自分の中の壁に気づかされた思いがします。子供たちのような自由な心を持っていれば、「共同宣教司牧」もこれほどカンタンなことなのかと、目からウロコの落ちる思いがします。先に記したお母さんの言葉もこうした体験から自然に発せられたものなのでしょう。

自由を曇らせるもの、そして晴れ
 これから日曜学校を続けて行く上で、気になる点があるとすれば、われわれ大人たちの心の壁が子供たちの自由に影響を及ぼすことでしょう。もし大人たちの気持ちに「わたしたちのグループ」「あちらの共同体」という意識があれば、その意識に子供たちは敏感に反応し、大人たちの真似をします。わたしたちはこの夏期学校での体験を忘れることなく、次に生かしていきたいです。また、わたしたちは現在謳われている滞日外国人との交流を意識して今回の合同夏期学校を行ったわけではないのです。同じ教会でたまたま出会ったわたしたちが、少しずつ言葉を交わし、日常のたわいない交流が今回の夏期学校の共同開催につながりました。
まだ、わたしたちの関わりは始まったばかりですが、イベントだけではなく、日々のつながりを大切にしていきたいし、一番大切なものは何かということを問いかけながら活動していきたいです。
   西院教会日曜学校担当 小川美穂、中許為都子


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教区中学生広島巡礼(八月五日〜七日)
感 想 文
 


今年の教区中学生広島巡礼は、
参加中学生十四名、リーダー六名で行われました。その感想文集の中からご紹介します。(全員のものは、ホームページに掲載する予定です)


広島平和巡礼旅行 1年 神谷 麻梨(河原町教会)

私は広島の原爆の被害については、資料などでみたり聞いたりしていましたが実際に広島に行くのは初めてでした。私がこの旅行で一番心に残ったのは、平和記念資料館にあった被爆したお母さんと子供がおたがいに心配しあっている絵でした。相手のことを思いやる心はすばらしいと思います。
平和行進では、みんなで聖歌を歌いながら歩きました。私は、4人の人と一しょに横断幕をもたせてもらいました。大勢の人と心を一つにして歌って歩くのは、とても楽しかったです。教会につくと、
いろいろな国の方々と一しょにごミサにあずかりました。と中で歌の手話もしました。手話でもごミサが行われていました。体の不自由な方や他の国の方と一しょにミサにあずかることができて、とてもうれしかったです。
わかち合いでは、戦争が起こる原因や今、平和のために自分ができる事を考えました。みんなが平和について考え、自分にできることからはじめていくことが世界平和への第一歩だと思います。自分の都合で物をみるのではなく、それが世界にとって良い事なのか、悪いことなのかしっかりとみきわめる力が必要なのだと思いました。自分の思い通りにならないことを無理に通したり、力で思い通りにしようとすることは戦争につながるから、自己中心的な考え方ではなく、一人一人が協力しなければいけないとも思いました。
私が、この合宿で感じたことは、やはり、戦争はしてはいけない、核兵器を使ってはいけない、ということです。国の中の代表の人が他の国とけんかをしてしまうことで、関係のないたくさんの人をまきこむ戦争になってしまうのです。すぐ戦争をもちこもうとせずできるだけ平和になるように努力してほしいです。

広島巡礼 2年 山本 啓(唐崎教会)
今年、初めて広島巡礼に参加しましたが、いつもと違ったミサや行進もあり、とても楽しく活動できました。最初は、少し暗めの中学生軍団の気分になじめませんでしたが、段々活動していくうちにとけこんでいけるようになりました。しまいには、五目並べや、ダジャレを極めるようになりました。
 行進とミサの連続など、結構ハードなスケジュールでしたが、これもなれていきました。しかし、ミサをあそこまで大きな教会で行うのは初めてだったので、いい経験になりました。一日目の事です。
 2日目は、原爆資料館へ行きましたが、結構恐いです。泣きそうです。「こんなん一生見たくないな。」と思いました。改めて原爆の恐ろしさを実感しました。広島を巡りながら、「なんで戦争なんかするんやろう。」そんな事を始終考えていました。
「国のため」とか「報復」とか言い訳なら何千もあります。昔の演説の中に、「人一人を殺すのは重罪なのに、どうして大勢の人を殺す戦争は許されるのか。」という一文がありますが、正にこの通りだと自分は思います。いくらどんな理由があろうと、人を何人も殺して平和と富を手に入れる事は間違っていると思います。 血にまみれた「正義」は言い訳です。弱い人達を下にしいて作る「平和」は自己中の固まりです。この世界を真の「正義」と「平和」で満たすには、人を赦し、思いやる事が重要だと思いました。
 最後に、今回お世話になった人達へ。どうもありがとうございました。また来年も来たいです。

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カトリック福音センター ニュース



養成コースご案内 :祈りU バックは夜明けの写真

 〜〜私のもとに来るが良い(マタイ11:28)
               囚われから自由になる〜〜



  時折人里離れて祈られたイエスが“私のところに来るが良い
 と呼び かけて各々がかかえている障害を乗り越える道を開いて
 下さいます。

  自分が受け入れられていること、受け入れることを実感できる
 三日間 を琵琶湖畔で過ごしてみませんか。



 指 導  松本 秀友 師 ・ 福音センター(シスター・安井 昌子)     
 日 時  2002年11月15日(金) 4時〜17日(日) 3時半         
 会 場  唐崎ノートルダム修道院  〒520-0106 大津市唐崎1―3―1
        (JR湖西線 唐崎駅下車 徒歩10分)  TEL 077-579-2884



 問い合わせ・申込先    申込み締め切り:11月5日(火)迄に
    
 郵便番号・住所・氏名・電話/Fax番号・E-mailアドレスご記入の上、参加費20,000円を
 郵便振替口座(00920-4-161844「カトリック福音センター養成コース」へお振り込み下さい。

 〒604-8855 京都市中京区壬生淵田町26  カトリック福音センター
 

      Eメール : fukuin@kyoto.catholic.jp




  ……人の心がもとめているもの……


       私たちが神を愛したのではなく
         神が私たちを愛して下さった
(Tヨハネ4の10)
               

☆ 受け入れられること
  すべての人は受け入れられること、しかもあるがままに受け入れられることを望んでいる。
  人間生活の中で徹底的に受け入れられていないという体験ほど恒久的な結果を生じるものはない。私が受け入れられていない時、私の中の何かが破壊される。誕生を拒否された新生児は、その実存の根元で荒廃する。先生に受け入れられていないと感じる生徒は学ぼうとしない。家庭や職場・小教区共同体でも受け入れられていないと感じるとき、私の中でもどんな気持ちが沸き起こってくるでしょうか。孤独・恐怖?でしょうか。受け入れられていない生活は人間にとって最も必要なものが満たされていない生活なのである。
  わたしたちはみな様々な可能性をもって生まれてきた。しかし、それらの可能性は他の人々の温かい刺激で呼びさまされ解放され開花していく。もし、この受け入れがなければ可能性は固く閉ざされたまま眠りつづける。

☆ 神こそ私を受け入れている
  この受け入れはまず神によって差し出される。
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して下さった。」(Tヨハネ 4の10)
  神が先に私たちを愛して下さって、その愛において受け入れられていることを知り実感す
ることである。私の理想・失望・喜び・悲しみ・成功・失敗とともにどんな状態にあっても私を愛して下さる。私が私であるということにおいて受け入れられている。
あるべき姿あるべきものとしてではなくあるがままに。

☆ 自分自身を受け入れる
  私があるがままで神から受け入れられていることを信じ、自分自身の現実を受け入れていくことが大切である。
  しかし、これは一生の課題であり仕事である。
  私たちの信仰生活が日々新たにされ、喜びと平和を育むものになりますように。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 〒604-8855  京都市中京区壬生淵田町26  カトリツク福音センター
  Eメール fukuin@kyoto.catholic.jp


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聖書講座シリーズ19「一〇〇匹の羊の群れ」 6/20
父と子の聖霊の一致による「いのち」を告げる 新井延和神父


本日は三位一体のお話をさせていただきます。

 三位一体はキリスト教の教義の要です。カトリックの中世以来の伝統としては、一体を強調して三位を説明する方向にありましたが、四世紀に教義として三位一体となり事実として三位から一体へというのが聖書に則していると言えます。
 
聖書における神というのは御父を指しています。では、その神はどういう方なのでしょうか。イエス・キリストは、父であるは神は「無から有を創る神」であるとはっきりと示されています。これはいかなる法則も乗り超え、その上にあるということで、私達が信じる神は「全能の神」だということです。出エジプト記三三章・三四章を見てください。モーセに神が現れた箇所です。しかし、これが神の全てではありません。神はねたむ神でもあります。ねたむほど愛される神なのです。申命記六章四節では「唯一の神」と書かれ、第二イザヤ書四十章でははっきりと他に神はないのだといいます。最も大切なところです。このように旧約聖書全般にわたって御父が描かれていますが、この御父をはっきり表したのが主イエス・キリストなのです。

 マルコ十四章三四節を見てください。マルコは「アッバ父よ」と書いています。アッバとは幼児が父を呼ぶ言葉で、神に対してアッバ、お父さんと呼びかけたのは反論もありますがイエスです。これは神との親しさ、近さが前提にあります。ルカ十章二一節にもよくあらわされています。イエスは御父に対して従属しています。ある意味で貧しいといえます。山上の垂訓にも出てきますように「貧しい人は幸いである」といいますが、貧しい者がなぜ幸いなのか、端的にいいますと、神から全てを受けるから幸いなのです。コリント人への手紙八章九節、主は自分が持っていた特権を捨て貧しい人となり、それによって私達を豊かにするというのです。ヨハネはこの貧しさについて、五章十九節、イエスは自分からは何もできない、しかし御父の命ずることを与えられた力によってすべて果たします。ヨハネ八章十六節に、主が地上に来られた理由は、御父が全ての源で、御父とキリストが一つになるためと書かれています。  

 では聖霊はどうでしょう。ヨハネ十四章十五節を見て下さい。この方は真理の霊である、聖霊は弁護者である、永遠に私達と一緒にいると書かれています。ヨハネ十四章二五節に、聖霊は全ての事を教え、私が話したことをことごとく思い起こさせて下さると書かれています。これが聖霊の働きです。聖霊がキリストを信じる者達に、キリストが語られたことをまず思いださせ、理解させてくれるのです。聖霊は自分の言葉を持っていません。つまり、御父はキリストを通して全てを語られたのですから聖霊は付け加える新しい言葉をもっていないのです。パウロ書簡でも聖霊について書かれています。聖霊は私達の一番深い所にいて私達と重なっているのです。  

 それぞれお話ししましたように聖書に現れている神の啓示、御父、御子、聖霊がそれぞれが神であるということです。そして、私達の救いの根元はイエス・キリストが完全な神であり、同時に完全な人間であってこの地上で人間として生きておられた。そのイエス・キリストが罪を担い、十字架につけられ、復活された、ここに私達の救いの根元があるのです。ですから、御父とキリストは別なのです。完全に区別できるということが大前提となります。

 三位の名前は本質を示すものでも、行為を示すものでもありません。関係を示すものです。つまり御父は御子を生む、御子は御父から生まれる、聖霊という名前は父から子をとおして発出するもので、このような関係で結ばれているものなのです。だから本質は一つです。愛の理想の状態が三位において実現されています。完全な一致です。神は他者との交わりを内部に有する、そして、愛はあふれでて外に向かうもので、愛は全てを譲り渡すもの、決して三位の中にとどまる事はないのです。


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こんにちはシスター:
 
聖母訪問会 京都修道院


Sr.吉國  正子(写真右から)
Sr.黒田  保子
Sr.横林 千壽子
Sr.塚崎   園
Sr.三木   一 
 聖母訪問会の京都での活動は、一九三九年上京区で、市内に住む朝鮮半島の人々への奉仕から始まりました。託児所「下築山愛児園」土曜・日曜学校、病人訪問など。その後、初代教区長バーン師より草津のサナトリュウムを託されて、一九四三年に引き上げました。現在の西院には、一九六三年より教会の保育園を託されて再び京都に・・。四十年の間に様々な変遷を経て、保育園や女子寮など事業体を移管、閉鎖しました。


今、私たちは教区の共同宣教司牧による福音宣教に信徒の方たちと共に、目立たず機動的に、時に大胆に参与し、マリアのエリザベト訪問に倣って、信仰による出会いを広げたいと願っています。入門クラスや日曜学校、祈りの講座、信徒地区集会への参加、病人や独居老人の訪問、「希望の家」のお手伝い、滞日フィリピン・韓国の方たちとの交わり、PRH(人格と人間関係)の方法による集いなど、それぞれの使徒活動にブロックや教区を越えて、身軽に献身しております。

 四十数年前、女子メリノール会のシスターたちのお住まいだった平屋を改造、建て増しした修道院は庭の雑草に覆われ、町の小鳥たちのチョットした憩いの場になっています。 週に3回、修道院の食堂を開放してのミサにはフィリピンや韓国のシスター方もごいっしょです。

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福祉の窓 :  サンタマリア


 サンタ・マリアは奈良市の北部平城ニュータウンの中に、カトリック野外礼拝センターに隣接して平成三年設立され、今年で十一年になります。

 一九八七年に開催された福音宣教推進全国大会NICEで討議され「社会と共に歩む教会」というテーマが出されました。
 今、日本の社会で問題となっていることは何かを考えて見た時その一つに高齢化社会の問題が徐々に深刻化してきておりました。丁度その頃特養を建てる計画がありました。

 様々な事情で自宅で生活が出来ないお年寄が安心して暮らせる住いと、そして最期には安らかに神のもとに旅立って行かれるようにお手伝いすることがサンタ・マリアの使命であり、福音宣教になるのではないかとの思いで事業を続けております。

〔事業の内容〕
 ・特別養護老人ホーム五十床(入居待機者約三〇〇名)
 ・ショートステイ一〇床
 ・デイサービスセンター定員一般型三五名・痴呆型一〇名
 ・ホームヘルプサービス
 ・居宅介護支援センター
 ・在宅介護支援センター
 ・配食サービス(一日約二三〇食)

〔運営方針〕
 キリスト教的愛の精神を基本として、入居者一人ひとりを、たとえ心身に如何なる障害があっても、かけがえのない一人の人格として認め大切にする。日常の生活を支えるだけでなく、慣れ親しんでいる家庭に復帰されることを心がけながら、それぞれの人生を可能な限りその人らしく日々平安のうちに過ごしていただけるよう支援する。本人や家族の希望があれば、最期のその時を、痛みや苦痛を緩和しながら看取らせていただく。
  所在地奈良市朱雀四ー三ー十
  施設長S・J・ニュジェント(マリスト会司祭)

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典 礼に関する素朴な疑問Q&A :
聖体拝領について
 


 聖体拝領はカトリック信者にとって最も大切にしなければならない秘跡です。ですから拝領に当たって神経を使うのはいたしかたないでしょう。しかし、あまりの不安感からおどおどするのも考え物です。キリストの体をいただくことは、なにものにも変えがたい喜びのはずですから。

 両形食のときアルコールに弱い人はどうすればいいのかという疑問があるようです。そういう方は無理に御血を拝領する必要はありません。御聖体の拝領だけでも完全な聖体拝領です。

 また、御聖体を噛んでもいいのかという質問もありますが、むしろしっかりと噛みしめながらキリストの生涯と過ぎ越しの秘儀を味わっていただきたいと思います。御聖体に歯を当てないということには信仰上の根拠はありません。

 御聖体を誤って落としてしまったときどうすればいいのかという問いもよく聞かれます。御聖体を大切にすることは当然のことですが、誤って落としてしまったことで気を病む必要はありません。食べ物としての形色を保っている限りにおいてそれらは御聖体であり御血なのです。床に落ちてしまったものをわたしたちは果たして食べ物というでしょうか。とはいえ、落ちたからそのまま放っておくことも普通はしないでしょう。そのときには拾って司祭に手渡してください。

 キリストはわたしたちに食べられることでわたしたちに仕えてくださっています。そのキリストの生き方をわたしたちが受け継ぎ、わたしたち自身が仕えるものとして生きていくことの信仰上の表現が聖体の拝領なのです。わたしたちはその根本的なことを忘れ、いわゆる作法のようなものにとらわれがちです。そしてミサが無事に終了することで満足してしまうのです。しかしミサはもっと積極的な意味を持っています。御聖体をいただく度にわたしたちは神のみことばであるイエス・キリストの生き方に招かれているのです。

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良書紹介
  アンドレ・ダーハン『もうひとりの ともだち』 

   アンドレ・ダーハン 『もうひとりの ともだち』   講談社

この本は
「ぼくのともだち、おつきさま」の三シリーズでの三作目です。

 ぼくが、小さなボートをこいで海の上にいると、お陽様が、ぼくを見つけて海の上に降りて来て、海の上に添い寝をします。
 これがいわばこの絵本の序文表紙絵です。帯言葉は
「ともだちといっしょなら 勇気が出る、やさしくなれる」とあります。

 丸い縁の丘(地球?)の上にある家から、まず月が続いて太陽がすべり降りてきます。
 一人より二人と言いながら、月と太陽は丘を見上げて待ちます。(その表情の何とやさしいこと)
 二人より三人と今度は 男の子がすべり降りて来ます。
 三人は舟に乗り込みます。三人が一緒にいれば
 どんなにすごいじけん(火山の噴火)が起きても、すごい力が出て、かいけつ。

 きみとぼくともう一人のともだち、このであいこそ、じけんかも知れない。
 三人が、ちからを合わせれば、どんな出来事(流星が落ちて来ても)びっくりするほどゆうきがわき、てれちゃうほど やさしくなれる(流星を引き上げ木舟に乗せる)。ともだちがふえ、一人より二人、二人より三人、三人より四人というわけ。

 すてきなともだちがいると、すてきなともだちが増えるのさ。
 そんな内容です。最後は三人に本を読んであげるぼくがいます。
 それぞれの表情に何というやさしい友情が培われていることでしょう。私たちの交わりの中に、平和を祈ります。
 実はこの本は三作目ですから、第一作「ぼくのともだちおつきさま」そして

第二作目「おやすみなさいというまえに」の中の、ぼくと、お月様とお陽様の出会いがあるのです。その内容は見てのお楽しみ。
この三作に「きみを見つけた」によるぼくと星野出会い。合わせ、観想してみてください。


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青年センターの活動


 青年センターでは、毎月第三土曜日に勉強会や各種イベントを行っています。聖書についての勉強や分かち合い、時にはレクリエーションをすることで青年が自分自身をみつめ、そして各地区の青年たちと交流することを目的としています。

 六月の第三土曜日には、「聖霊」をテーマとし勉強会を行いました。指導司祭に瀧野師を迎え、青年7人が集まりました。普段何気なく教会に行き、ミサにあずかり、そして多くの人と交流をしている私たちですが再度立ちどまって私達の信仰について考えました。「聖霊」とは何かを自分自身で考え、そして他の青年と分かち合いました。やはり他の人と分かち合うことによって、より自分の考えが深まっていきました。この勉強会を通して、他の人の考えを知ることが出来たのがとてもよい経験になりました。そして、これからの日々の生活の中で生かしていこうと思いました。

 今後の第三土曜日の活動の一環として、十月二十日にスポーツ大会を予定しています。前日の十九日に青年センターの運営委員会の後、翌二十日に体育館を借りてスポーツをし、青年同士の交流を深めようと思います。競技内容等は未定ですので、決まり次第お知らせする予定です。

 このように青年センターでは様々な活動を行っています。他の行事と重なって中止となることも有りますが、毎月決まった曜日や時間に活動をすることによって、青年センターの活動がより活発化できればと思っています。より多くの青年に青年センターを知ってもらい、そして今後の青年自身の信仰にも反映できればと考えています。
 この第三土曜日の活動を今後、企画及び運営していただける青年、お手伝いいただける青年を広く募集しております。詳細は青年センターまでお願いします。

青年センター
  十四時から二十一時まで
   075‐822-6246


青年センター電話075‐822‐6246  Fax075‐812‐6685
 E-mail  seinen@kyoto.catholic.jp
 京都カトリック青年センターHomePage http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/

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大塚司教の10月度スケジュール  


2日(水) 中央協機構改革委員会15時
3日(木) 中央協常任司教委員会10時

6日() 京都南部地区・東ブロック共同宣教司牧 司教訪問ミサと集会 河原町教会10時半
7日(月)〜8日(火) 大阪管区事務局長会議
12日(土) ノートルダム女学院創立50周年記念ミサ10時

13日() 京都北部地区・宮津ブロック共同宣教司牧 司教訪問ミサと集会
15日(火) 共同宣教司牧推進チーム事務局会議14時
16日(水) 教区カトリック協議会書記局会議18時
17日(木) 司教顧問会・責任役員会10時
19日(土) 教区カトリック協議会14時

20日() 京都南部地区・南ブロック(田辺精華青谷宇治)共同宣教司牧 司教訪問ミサと集会
21日(月) 洛星中高等学校創立50周年記念ミサ
22日(火)〜29日(火) 教区司祭 年の黙想(当別トラピスト修道院)


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教区内の活動予定、お知らせ


 福音センター 青年センター  .教区委員会 修道会 
 地区協議会 小教区から  教育関係施設から  諸施設・諸活動から 他



福音センターから

◆養成コース
 ▼自己発見シリーズ10日、24日、31日、11月7日いずれも木曜日13〜16時 
   場所 カトリック福音センター1階ホー


青年センターから

◆スポーツ大会20日(日)草津

教区委員会から

◆聖書委員会
 ▼聖書深読5日(土)中川博道師10時〜16時 場所 河原町会館6階 
  費用二千五百円(昼食代を含む)、持参品 聖書・筆記用具・ノート(お申込みは5日前までに)

▼聖書講座シリーズ「一〇〇匹の羊の群れ―聖書に見る福音宣教共同体―」
  2・3日北村善朗師、9・10日鈴木信一師、16・17日昌川信雄師、23・24日菊池 功師

◆典礼委員会
 ▼教会の祈りと聖体賛美式 第一日曜日17時半 河原町教会、第三土曜日16時半 衣笠カルメル修道会

◆信仰教育委員会
 ▼祈りの集い―青年のための聖書深読―11月23日(土)〜24日(日)唐崎祈りの家 
   参加費四千五百円 申し込みSr.安達 電話〇七五(二三一)二〇一七


修道会から

◆ノートルダム唐崎修道院
 ▼召命黙想会―道を求めて―11月2日(土)〜3日(日)対象 青年男女 問い合わせ 電話077(579)2884Sr.安井




地区協議会から

◆奈良カトリック協議会
 ▼「ならキリスト教音楽祭」27日(日)15時 日本基督教団・大和基督教会 主催 奈良県キリスト教連合会・音楽委員会
 ▼正義と平和奈良協議会J・L・M・Mの活動について―徳恵利子さんとその活動グループ―27日(日)14時 奈良教会



小教区から

◆滋賀地区湖西ブロック
 ▼ふるさとの会(お年より)秋の巡礼10日(木)。問い合わせ 岩崎章太郎077(579)1893
 ▼合同バザー27日(日)10時  津教会及び聖母幼稚園 
   参加団体 大津教会、聖母幼稚園、ボーイスカウト大津第16団、ガールスカウト滋賀第1団、唐崎教会

◆高野教会
 ▼チャリティバザー27日(日)10時半 支援先 アフガニスタン、京都ライトハウス改築、介助犬育成

◆京都コリアンカトリックセンター
 ▼韓国聖地巡礼の旅11月12日(火)〜11月15日(金)募集人数約20名、費用約九万円 問合せ電話075(841)5964


教育関係施設から

◆ノートルダム女学院中学高等学校
  ▼創立記念日12日(土)

◆洛星中高等学校
  ▼創立記念日21日(月)

◆ノートルダム学院小学校
  ▼学院祭バザー20日(日)

◆聖母教育文化センター
  ▼日曜巡礼の旅13日(日)13時 聖母教育文化センター 指導三俣俊二先生 受講料 無料


諸施設・諸活動から


◆JOC
 ▼集会12日(土)17時滋賀働く人の家(大津教会裏)フリーターや、働く予定のある青年も歓迎します。問合せ090(8207)1831

◆ヴォーカル・アンサンブル カペラ京都公演
 ▼11月5日(火)19時 河原町教会 前売三千円 問い合わせ 電話・FAX072(228)5288井上まで

◆京都カナの会
 ▼結婚相談室6日(日)河原町会館六階ホール

◆京都カトリック混声合唱団
 ▼練習日13日(日)14時 、26日(土)19時 河原町会館六階

◆京都キリシタン研究会
 ▼都の聖ラザロ顕彰ミサ6日(日) 河原町教会

◆コーロチェレステ
 ▼練習第2、第4、第5木曜日10時〜12時 河原町会館6階ホール

◆在世フランシスコ会
 ▼京都兄弟会19日(土)13時半フランシスコの家

◆聖ビンセンシオ・ア・パウロ会
 ▼例会(河原町協議会)13日(日)13時半 河原町教会
 ▼京都中央理事会27日(日)13時半 河原町教会

◆糠みその会
 ▼例会31日(木)19時45分九条教会ホール

◆衣笠墓苑委員会
 ▼合同清掃20日(日)

◆レジオ・マリエ
 ▼コミチウム20日(日)13時半 河原町会館6階ホール

◆「一万匹の蟻運動」基金報告 累計 三三、一五〇、七三〇円  (8月21日現在)

帰天
フランシスコ・ザビエル島本大司教(長崎大司教区大司教)8月31日。70才でした。








本部事務局から
司教座聖堂35周年大改修工事 友情献金は、8月31日現在二、九二一、四九八円
ご協力ありがとうございます。






編集部から

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