2002/12 No.301
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<教区時報 2002年12月号の目次>
・1  仲間たちと共に

・2  共同宣教司牧司教訪問 : 奈良地区・北部ブロック

・3  共同宣教司牧司教訪問  : 京都南部地区地区・東ブロック

・4   信徒養成講座事例紹介:これからの信徒の道-
     宣教司牧学び会-   京都南部地区東ブロック 

・5 福音センター ニュース  
   ・ 感謝をこめて 〜新養成コース案内〜      
   ・ これがあなたがたへのしるしである
  
・6 聖書講座シリーズ「一〇〇匹の羊の群れ」 9/4・5
        主に招かれる食卓  国井健宏神父

・7 こんにちはシスター: 善きサマリア人修道会 奈良本部修道院

・8 福祉の窓 : 養護老人ホーム 聖ヨゼフホーム

・9 Q&A 典礼に関する素朴な質問 : 降誕節

・10 良書紹介
     ◆ ラーゲルレーブ 「ともしび」

・11 青年センターあんてな : YES 2002   伊勢教会 大崎桂祐

・12 大塚司教の12月のスケジュール

・13 お知らせ
    ・聖書講座 教区委員会 修道会 地区協議会 小教区から
     教育関係施設  諸施設・諸活動 他


仲間たちと共に


 共同宣教司牧の根本精神は「交わり」です。「信仰の喜び」を実感し、分かち合い、伝えるために、一人ではなく、仲間たちと共にできることを探します。

 福音の種はすべての人に蒔かれていますが、私たちはそれに気づかないでいます。ひとりひとりの中に蒔かれた種が実りつつあることを、お互いに確かめる必要があります。信仰の分かち合いにより、ひとりひとりの実りを確認し合うことが大切です。

 「仲間たちと共に」というと、すぐに一緒に同じことに取り組むことと考えてしまいがちです。何か行事をしないといけないと考え
てしまいます。働く場所は違っても、同じ目的をもってそれぞれが行動し、それを分かち合えば、仲間たちと共に歩んでいると実感できます。


(写真は青年センター主催で9月に行われたYES2002の全体写真です。)

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共同宣教司牧司教訪問 :     
奈良地区・北部ブロック


 九月二十二日(日)午前十時。ミサは「沖に漕ぎ出そう」との掛け軸が正面に掲げられた奈良教会聖堂において大塚司教司式、松本・ウイックス・ニュジェント三司祭の共同司式で始まった。会場には、この日を待ちわびた三百八十余名の信徒がいっぱい。      

ミサ中の説教で司教は「共同宣教司牧の目的は、福音宣教する教会をつくることである。そのためには、信徒自らが宣教者としての自覚を持つことであり、ポイントはこれに尽きる。きょうの福音朗読の、ぶどう園のたとえも、現代労働関係のあるべき姿を言っているのではなく、神の国のあり方、すなわち『神から恵みを頂きながら、それに気付かず、なにもしない』ことを戒めているのだ。」と熱を込めて語られた。

ミサ後行われた信徒発表では、ひとりの信徒として、共同宣教司牧への想い・迷い・学び・言動により、多くの方々に共同宣教司牧について関心を深めて貰うことができた、としみじみ話された女性。
また、司祭の長期不在で、教会崩壊の危機に瀕した信徒会長として、信徒と信仰や教会について語り合い、主体の体制確立に努力した思いを熱烈に話された男性の二人が演壇に立った。      

この発表の後司教は、共同宣教司牧推進チームについて説明。また信徒発表については、「訪問したどこでも各教会ごとの発表が多い。ここも一ブロックとしての動きを知りたかった。また宣教者として、神の恵みの気付き・自覚に基づいて、教会の外に向かおうとする態勢をとることが大切だ。」と話された。
司教のこの言葉に接し、私達は一歩先を行かれる司教の歩みに追いつこうと、みんなで話し合った。

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 共同宣教司牧司教訪問 :        
京都南部地区・東ブロック   


 十月六日(日)、河原町教会にて、東ブロック共同宣教司牧司教訪問が行われた。十時半のミサに始まり、午後は、まず大塚司教様より三〇分間、共同宣教司牧は信仰改革である。つまり他ならぬ自分たち一人ひとりが変わることであるという講話をいただいた。

続いて全体集会に入り、東ブロックの今までの経過を報告、次に今回行った「共同宣教司牧に関する問いかけ」のアンケートから、
 @回答者の多くが自分のごく身近にいる人にこそキリストを伝えていくことが大切であり、そのようにして福音が伝わっていくことを感じている。 A多くの人が共通の問題点として、若い世代の教会離れと信徒の信仰教育への取り組みが不充分であると認識している。
 B自己刷新のための勉強会や奉仕のためのボランティア活動などを希望している人たちに対してそれら教会活動についての広報が不足している。以上の報告があった。

 それらをふまえて三名の人がそれぞれの立場から自分の信仰体験を発表され分かち合いが行われた。その後十分ほど参加者全員が隣り合わせた人たちと、それぞれが今感じていることを述べあうなどの個々の分かち合いも試みられた。

 最後に司教様は、三人の発表者それぞれに答えられ、「私たちの信仰生活にとって、告解をし、ミサに与り、聖体を拝領することが大切なことはいうまでもないが、そのことのみを頼りに自分の信仰を守ることが、神のおのぞみではない。いつも乾きを持って聖書にふれ、みことばから力を得、たゆまぬ祈りから与えられた恵みと信仰の喜びを、教会を一歩出て日々の生活の中でそれを必要としている人々と分かち合うこと。そしてそこでの体験や喜びを教会に持ち帰り同じ信仰者と分かち合っていくこと、そのことが自己刷新であり、生き生きとした信仰の姿である。福音宣教する教会とは、そのような生き生きとした信仰を持つ人々の集まりである。」と結ばれた。
 今回司教訪問という共同宣教司牧の意味を理解する絶好の機会が与えられ、参加者には大変恵み深い体験であったことを感謝している。


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これからの信徒の道 
―宣教司牧学び会―
 京都南部地区東ブロック ()
 カテキスタ 鈴木幸子


 二〇〇一年に大塚司教様の出された年頭書簡の共同宣教司牧について、高野教会でも信徒が集まる機会に話し合いましたが、信徒の中から「よく解らないから、まず学び合う場がほしい」という意見が出て早速二〇〇一年五月から、毎月第一土曜日夕方に集まり、学び合い祈り合おうとの熱意をもって集いが始まりました。

すると間もなく八月から毎月一回で、五回シリーズの、森田直樹神父様による「共同宣教司牧勉強会」が河原町教会で、はからずも私たちの毎月一度行う集いを同じ日時に行われたので、その五回に合流して学ばせていただくことになりました。その後二〇〇二年四月より、当教会の宣教司牧部も、この学び会を機軸にしようと、会の名を「これからの信徒の道」―宣教司牧学び会―として前進し始めたのです。内容はまず出発として、大塚司教様の年頭書簡を学び合いました。その中から二つの重要点を見出しました。

第一 「共同宣教司牧を心から受け止めるためには、共同宣教司牧が根本的に『信仰改革』である点に留意しなければなりません。それは私たち日本の教会の停滞や行き詰まりに関わる、実は今の私たち信徒の『信仰観』の変革を必要とするからです。」とあります。そのためにはまず、信仰とは、教会とは、信徒とは、そしてその特有の使命は、福音宣教とは何であるのかという本質をよく知らなければ、またそれを深めなければ変革も、新しい熱意も高まって来ない。故にこれも深めようと。

第二 「すべての小教区の地域名の上にカトリックという言葉がついています。それは世界教会であるカトリック教会が保持する信仰内容と職制を、地方教会である京都教区共同体も同じものを持ち、それを持ってこの地域に信仰を伝えるために存在しています。という『意思表示』であると思います。」と言っておられます。これも大切なことです。私たち地域教会(部分教会)は、世界教会(普遍教会)と同じ信仰、同じ進行方向を目指さなければなりません。そのためには世界教会の現在までの歩みや、第二バチカン公会議文書や教皇様が必要に応じて多くの教書を出しておられる、それらをも学ばねばなりません。故に学ぶべき教材は山ほどありますから、一カ月に一度少しずつ、いまは「いのちへのまなざし」を皆で読んで学び合っています。でも一カ月に一度ではとても足りません。やはり週に一度は必要です。今、高野では、「聖書百週間」を週に一度行っていますから、ふさわしく学び深めることができ、さらに月一度のこの会に参加して、信仰が深まり、キリストの教会を理解し、そして愛し、福音を実践する熱意が生まれています。

 先般、十月八日〜十一日まで「国際カテキスタ会議」が、ローマ・バチカンで、聖職者省、福音宣教省、教理省が共に企画されて開催されました。内容は「カトリック教会のカテキズム」(一九九二フランス語、一九九七ラテン語、二〇〇二日本語出版)についてでした。世界各国から代表が参加され、日本からは日本カテキスタ会(N・C・C・K)の会長と、養成担当者である私と二人だけの参加でした。
 十カ国余りの発表があり、「福音宣教する力強い教会になるには、信徒の養成が大切で、それを行うカテキスタ(教理教育者)の養成が重要課題である」との発言が多く、私は感銘を受けました。

 その上に教皇庁教理省長官であり、この「カテキズム」作成委員長でもあるラッツィンガ枢機卿や、福音宣教省長官にもお目にかかり、日本からの参加をたいへん喜んでくださったことも大きな喜びと感謝でした。会議の最終日、教皇様との謁見があり、代表者一人ひとりに祝福と励ましをいただいて、私は生涯をカテキスタとしての使命に生かされたことに大きな喜びと感謝にあふれました。
 これらからも自分の置かれた場で、その共同体と共に「キリストの満ちあふれる豊かさになるまで」(エフェゾ四・十三)使命を果たし続けたいと決心を新たにいたしました。

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カトリック福音センター ニュース

  
〜感謝をこめて〜

  愛と平和とよろこびは幼子キリストからのクリスマスプレゼントです。

 それらは分かちあわれるために与えられたのです。あなたと、あなたの家族そして、友人たちのために祈ります。あなたたちが、クリスマスにこれらの恵みをイエスからたっぷり受け取って出会う人々と分かちあっていくことができますように。


 そして、あなたたちがキリストの存在、キリストの愛、キリストの共感となることができますように       マザー・テレサ


 社会の人々の喜びと悲しみは、私たちの喜びと悲しみです。いかにそれを受けとめ助け合っていけるでしょうか。


 福音センターの養成コースは、まず現実の喜びやしんどさをイエスの足元に運びます。イエスから学び、イエスに聴き、そして分かち合います。共感して理解する心、福音の心に触れていくことを目指しています。個人研修・グループ研修にも気軽に活用ください。

 

〜〜〜〜 新養成コース案内 〜〜〜〜


  ※ 絵本で福音のおとずれを聴く 2003年2月4日スタート    Fr.村上 透磨


  ※ 沈黙の祈り(6回シリーズ)   2003年1月31日スタート   Sr.中山 真里
  ※ 自己発見(4回シリーズ)    2003年2月27日スタート   Sr.安井 昌子


     〒604-8855 京都市中京区壬生淵田町26  カトリック福音センター
     

      Eメール : fukuin@kyoto.catholic.jp




   これが
   あなたがたへの
       しるしである  (ルカ2の12)


日本は「手みやげ」社会です。ことあるごとに贈答品が行き交い、ときには回りまわって自分のところへもどってきたなどという笑えない話も。あの人にはこのような品物を、この人にはまた別の品物をと、人間関係の距離と位置をたくみにはかりながら、ときには一抹の疑問も感じながら、それでもやはり贈答品の季節になるとデパートへ足を運ぶことになるのです。外国人にとってはなかなかわかりにくいこの心の機微の根底には、心を言葉で表現する西洋文化と、心を形で表そうとする東洋文化の違いがあるのかもしれません。


不思議な贈り物

ところで神様のやり方はまさしく後者の方でした。長い長い時間をかけて準備された神様の贈り物はひとつのしるしでした。けれどその贈り物はおよそ想像もつかない形で手渡されました。「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカ2の12)旧約の人々が何百年にもわたって待ち続けた贈り物、偉大な預言者から日々の暮らしに追われる市井の人々が待ち望んだ贈り物は、「飼い葉おけ」でおむつにくるまって眠る赤子でした。


 羊飼いのまなざし

 だれがこのような貧しい贈り物の中に、神様の深い心を見ることができたでしょうか。現代のわたしたちなら怒りだしたかもしれません。しかしそのようなまなざしをもつ者として選ばれたのが「羊飼い」でした。当時のユダヤ人社会からは冷たい目で見られていた彼らこそ、この一風変わった贈り物の中に、自分たちの民族を救おうとされる神様の切ない思いを見きわめることができたのです。


 貧しい救い主

 幼子イエスはわたしたちに対する神様の贈り物でした。ルカはこの贈り物を「救い主」と呼んでいます(2の11)。しかしイエスの救いは力や権力をまとって現れたのではありませんでした。むしろ貧しく無力で人の手にまったく依存しなければ生きていけない赤子の姿で示されました。イエスの生涯はこの貧しさによって貫かれていました。その最後もまた、ご自分を十字架にかける人の手にまったく明け渡されたのです。自分を救うことのない救い主。しかしわたしたちが「彼の受けた傷によって、いやされ」(イザヤ53の6)るには、この貧しさの中に神の限りない豊かさを見てとるまなざしが必要なのです。 



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聖書講座シリーズ 「一〇〇匹の羊の群れ」 9/4・5
主に招かれる食卓 国井健宏神父

 カトリックといえば「ミサ」、「ミサ」といえばカトリックといわれるように、私達はなぜ毎日曜日ミサに行くのかきちんと自分で考え、確かめてみましょう。

 イエスは、最後の晩餐で「これをわたしの記念として行いなさい」と言われています。この「記念」という言葉、ギリシャ語ではアナムネシスと言いますが、この言葉は想起、記憶、思い出す、心に刻んで忘れないなどの意味があります。日本語に近いのは「私がどんな生き方をして、何を教えてそのためにどんな目に遭わなければならなかったか」それを忘れるなと訳せると思います。ミサは、イエスの遺言です。ミサを行いイエスがどのような救い主なのかもう一度思い起こし、心に刻み、月曜日から土曜日までそのモデルに従って生きなさいということです。

 ではどうしたら毎日の生活の中でイエスを刻み、忘れないでいられるのでしょうか。それには復活体験が必要です。イエスがゲッセマニの園で捕らえられた時、弟子達はみんな裏切りました。そして、この弟子達が復活のイエスに出会うためには根元的な回心が必要でした。そのため弟子達は自分の弱さ、むなしさ、罪深さに直面しなければならなかったのです。このような中で、「私はこんな人間だけれどもイエスは私を愛して下さる、許して下さる」という魂の奥底に触れる神の体験、イエスの愛の働きの体験をします。この弟子達の回心の体験が、同時に復活体験なのです。  

 イエスのこの出来事を生きた記憶として共同体にとどめ、また新しい人に伝えていくために、弟子たちは定期的に集まるという方法を選びました。金曜日の晩、食事をしながらイエスを語り継いでいきました。そこからイエスの記憶を新しいメンバーに同じ言葉で引き継ぐために共通のテキストが必要となり、それが福音書となっていったのです。また神がイエスを救い主・キリストとして下さった週の初めの日を「主の日」と呼び、この日に集まるようになりました。

 初代教会から共同体がイエスのことを忘れないために、一番大事な方法として毎日曜日に集り、主の晩餐を祝い、イエスのことを語り継いでいくこととしたのです。私達が日曜日にミサに行くことは、そうでなければイエスを忘れてしまう、弱い人間なのだということです。イエスのことをみんなで一緒に思い出すために、ユダヤ教で始まった言葉の典礼を教会はそのままミサの言葉の典礼として受け継ぎました。そしてこの基本的なメッセージは、神は愛である。神は私達を愛して下さっているということです。

 ミサの後半が食卓の典礼です。新約聖書は最後の晩餐を7つの段階で語っています。1パンをとり、2感謝を捧げ、3割って、4弟子にお与えになり、5杯をとり、6感謝をささげ、7与えられた。これを、@パンと葡萄酒をとり、A感謝をささげ、Bお与えになった、という3つの形に儀式化しました。@供え物の準備、A奉献文、B交わりの儀です。奉献文は司祭が祈りますが、本当は共同体の祈りです。みなさんは「賛美と感謝を捧げましょう」と言い、最後の「アーメン」で賛同を表します。この祈りがミサの中心部分です。聖霊の働きを求めて供え物を聖化し、そこに参加した共同体が聖なる者となりますようにと言う、奉献の大切なところです。

 共同体の秘跡は信仰を前提とし、その源は聖霊です。ですからミサにおいてパンと葡萄酒が変わるだけではなく、それにあずかる共同体の変化、これこそが本物の秘跡です。ただパンがキリストの体に変わるだけでなく、私達もキリストの体に変えられますようにというのが、ミサの非常に大切なところです。「主の死を思い復活をたたえよう主が来られるまで」と私達は言います。パンと葡萄酒の印を使いながら教会は主の死と復活を思いおこし、心に刻むのです。

 聖体拝領は共同体の一致のことです。ミサという形をとおして私達は「イエスを忘れないで生き、次の世代に、また新しく来た人達に伝える」のです。これがカトリックの「ミサ」です。

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こんにちはシスター:
 
善きサマリア人修道会  奈良本部修道院

   Srマーガレット・ライオンズ(写真右上)
   Sr足立昌子(写真左上)
   Sr山脇佳子(写真右下)
   Sr迎 衛子(写真左下)

 善きサマリア人修道会は、ルカ福音書にある強盗に襲われ傷ついた人を介抱した善きサマリア人のように生きることを目指して、一八五七年にオーストラリアに創設されました。現在、オーストラリア本部のほかに、日本、フイリピン、キリバス、東チモールの五カ国で活動し、日本では長崎(佐世保)、奈良(奈良、登美が丘)で活動しています。

 奈良修道院は、一九五二年マリスト会の要請を受けて開設されました。

 現在4名のシスターがいますが、一人はオーストラリア本部、一人はマニラのEAPI(東アジア司牧研究所)で研修中で年末には帰国の予定です。Srマーガレット・ライオンズは、二度目の来日で、最初は設立後間もない一九五六年から一九八〇年まで、二四年間にわたり奈良修道院の基盤作りに尽力し、今回は今年の五月に来ました。未信者の方がたへのキリスト教講座を開いたり、ほとんど毎日英会話教室を開き少しでも多くの人に神様に気づいていただけるよう祈りながら活動しております。

また一人は、家庭訪問をして高齢者や体の不自由な方の手助けをしたり、宿泊施設のお世話をし、善きサマリア人のような行動ができるように努力しております。

 善きサマリア人修道会が、オーストラリアから日本に来て五十四年になります。その間、筆では書き尽くせない困難もありました。しかし、神様と皆様の援助のおかげで今日を迎えることが出来ました。心から深く感謝いたしますとともに、これからも支え、励ましてくださいますようにお願い申し上げます。

 イエス様が示された「行って、あなたも同じようにしなさい。」を心に祈り、活動に努めてまいります。

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福祉の窓 :  養護老人ホーム 聖ヨゼフホーム


 聖ヨゼフホームは、まだ日本に高速道路も新幹線もなかった一九六一年に、ここ金剛・葛城連山の麓にある閑静な地に誕生しました。

当時は福祉の制度も行き届いておらず、多くのお年寄りたちが生活困窮にあえぎ途方に暮れていました。このような苦境に手を差し伸べて、ここでお年寄りが安心して暮らすことが出来る老人ホームの建設を思い立たれたのが、今は亡き若い日のトニー・グリン神父さん(マリスト会)でした。老人福祉法はまだ制定されておらず、このような事業の創始者はその資金の殆どすべてを自前で調達しなければならない時代でした。これは一介の外人神父にとっては大変なプロジェクトで、彼はこのために故国のオーストラリアに一時帰国して、あちこちを募金行脚に出向かれたのです。当時はまだ戦争の傷跡による反日感情が根強く、募金集めは容易なことではありませんでした。

 彼はこのような厳しさの中で、誠意を尽くして日豪間の和解・友好を広く訴え、愛のかけ橋としての老人ホームの建設を熱心に説いて廻られたのです。実に聖ヨゼフホームは数知れない無名のオーストラリアの人々の暖かい善意と友情の結晶として生まれたのです。(詳細は、映画「愛の鉄道」を是非ご鑑賞いただきたい)

 老人ホームでの暮らしの日々は、心豊かな思いに満ちている幸せの日もあれば、落ち込んだり、人間関係の葛藤に思い悩む日もたびたびです。このようなお年寄りとの関わりを通して、家族愛に満ちた交わりを深めていくことを心より念願しています。

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典礼Q&A : 典礼に関する素朴な疑問 
 
降誕節

 降誕節というとき、イエスの誕生つまりクリスマスという一点に注目が注がれるが、典礼暦の観点から見るならば、年が明けてから公現までの期間全体に大きな意味合いがある。

 次のような言葉の流れを考えていただきたい。「クリスマス」―「イエスの誕生」―「受肉の神秘」―「神の顕現」。前の言葉を後ろの言葉が説明している。最後に示された「神の顕現」とは、目に見えない神の、目に見える形での出現である。この出現が人間の姿でなされたことは実に「受肉の神秘」であり、その受肉は「ナザレのイエス」という方に実現したのである。これを「クリスマス」といって祝っているわけだ。

 ところでマタイ、ルカ福音書などを時系列的に並べられた単純な物語とらえるなら、イエス誕生が最初に置かれていて自然に感じるのだが、これら誕生の物語も、復活というインパクトなくしては関心をもたれることがなかったことは明らかである。つまり復活物語が根源的出来事であり、それに即して誕生物語が出来上がっていくのである。

 誕生のイエスを思うときそこには、イルミネーションで賑わう街の様子からは想像することも難しい、イエスの十字架上の死と復活を念頭に置かざるを得ない。布に包まれ飼い葉桶に寝かされた赤ん坊は既に亜麻布に包まれたキリストを想像させる。受難と復活をうちに秘めた存在としてのイエスの誕生をわれわれは祝うのである。

赤ん坊の誕生を自由にイメージせよといわれると、清らかで、可愛らしくて、ほのぼのしていて、あったかいというような言葉が出てきそうだ。しかしながら、われわれの関心事である赤ん坊の誕生は、神の顕現なのである。この神は十字架上の死と復活を通してわれわれに愛を示された神なのである。

「クリスマスの祝い方」をどうすればいいのか。形式的なことはともかくとして、祝う心は自ずと明らかであろう。 (典礼委員会)


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良書紹介

  ラーゲルレーブの 『ともしび』 ぶん きどのりこ え  すずきやすまさ 日本基督教出版


 この話はフィレンツェで語り伝えられたものをスウェーデンの女流作家ラーゲルレーブが小説化したものから生まれた絵本です。

 フィレンツェにラニエロという乱暴者の男が住んでいた。彼は十字軍に参戦し、エルサレムの城壁の壁を真っ先によじ登り、一番乗りの大手柄を立てた。そのため、キリストのお墓に燃える尊い灯を、まず初めにローソクにうつすことがゆるされた。これが一番の分捕品。

 誰かが言う。「いくら何でも、この灯をフィレンツェのマリア様にお届けすることは出来まい」。 ラニエロは叫ぶ。「出来る」。
こうしてラニエロの困難で奇妙な旅がはじまった。

 盗賊に身ぐるみはがれても、灯を守りたいために甘んじて受ける。
 灯が消えないように消えないようにとそればかりを願いながら、旅を続けた。雨の中で消えそうになることもあった。でも二羽の小鳥が翼を広げ、守ってくれていた。

 旅を続ける中に、ラニエロの心は次第にやさしくなる。ぼろ布をまとい、やせた奇妙な彼の姿を、人々はあざけった。でもラニエルは聖堂に向かって進む。とうとう着いた。ああその時、一羽の小鳥が舞い込んできて、灯にぶつかり火を消してしまった。ああ! ラニエロの目に涙がにじんだ。
 だが、ああ何ということだろう。小鳥が燃えている。そして、小鳥が祭壇のローソクに火をつけたのだ。

 こうしてラニエロの持ってきた灯は、マリア様の前に輝き、ゆらめいた。
 数あるクリスマスの絵本の中で、一つおもしろい本、「ほしがりやのサンタさん」も読んでみて下さい。

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青年センターあんてな:
YES 2002 
伊勢教会 大崎桂祐


去る9月28日〜29日、奈良・高の原カトリック野外礼拝センターに於いて『YES 2002』が開催されました。30人以上の方々に参加していただき、その中でも台湾、ペルー、ベトナムなど、外国の方の参加があり、日本の枠を越えた青年の交流が出来て、とても印象的でした。企画の立ち上げから約半年という長い時間をかけて、この日に至りました。

 まず、簡単なゲームをして、皆で盛り上がりました。最初は緊張した空気に包まれていましたが、次第に打ち解け始め、終わる頃にはお互いの顔と名前を覚えて、和やかな雰囲気に包まれました。それから今年の夏に行われたWYDに参加された青年による報告会でした。感想と、実体験を交えながらその内容を詳しく説明して頂きました。

 このあと、夕食をすませて皆、肩を寄せ合って一つの部屋に集まり、夜遅くまで語り合いました。
 夜が明けて、「地の塩 世の光」をテーマに各班に分かれ、分かち合いをしました。ここではたくさんの時間をとったので実に内容の濃い分かち合いができました。

 そして、午後2時から全国の青年有志で企画されたあっちこっちミサを行いました。このあっちこっちミサは、全国の青年が繋がりを感じられたらという思いで始められました。京都教区では、時報を聞きながら入祭の歌に入りスタートしました。平和の挨拶の時に皆で握手をしました。全国の青年の繋がりを感じとって頂けたと思います。無事にミサも終わり、最後に記念撮影を行い解散となりました。

今年から始まった青年のイベント『YES』。今回新しく出来た青年の輪は次につながるきっかけになったと思います。次回はよりたくさんの青年を集めて輪を広げ、新たな出会いの場を提供していきたいと思います。


青年センター電話075‐822‐6246  Fax075‐812‐6685
 E-mail  seinen@kyoto.catholic.jp
 ホームページ 京都カトリック青年センター http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/

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大塚司教の12月度スケジュール  


1日() 京都南部地区・北ブロック共同宣教司牧 司教訪問ミサと集会
4日(水) 中央協機構改革委員会15時
5日(木) 中央協常任司教委員会10時

10日(火)〜11日(水) 司教 社会問題研究会
12日(木)〜13日(金) 大阪管区司教会議

15日() 岩滝教会創立50周年 10時半
19日(木) 司教顧問会・責任役員会 10時

24日(火) 河原町市民クリスマス 19時半
       主の降誕深夜ミサ23時
25日(水) 主の降誕ミサ(河原町) 10時半


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教区内の活動予定、お知らせ

○河原町司教座聖堂献堂三十五周年・改修感謝ミサ23日(祝)11時

 福音センター 青年センター  .教区委員会 修道会 
 地区協議会 小教区から  教育関係施設から  諸施設・諸活動から 他

P.9上段左
  聖書講座

 今年の聖書講座は、十月二十四日で終わりました。一九八六年第一回「聖書が好きになる講座」から十九回を数え、最初は二十人ほどでしたが、一九九五年の「聖書における女性像」あたりから急に増えて、今年の出席者は百五十名を越えました。年に二十回の講座の皆勤の方は今年は三十名おられました。講師のお話を収録したテープも好評で、今年一年で二千巻ダビングしました。

 受講者の方から次のようなお便りをいただきました。
「 聖書講座でのすばらしいお話を、一人占めにしては勿体ないと思い、有志の方々と月に一回わかちあいを始めました。楽しい。面白い。みことばを実行してみたらこんな良いことがあったという反応。明るく、すべてがプラス志向になるメンバーもいて、まわりの人々に驚きと感動と希望を与えました。」

 来年は、マルコ福音書を中心とした講座になる予定で、講師への依頼も始まっています。どうぞご期待いただきますように。      (聖書委員会)



福音センターから

教区委員会から

◆聖書委員会
 ▼聖書深読7日(土) 10時〜16時 北村善朗師 場所 河原町会館6階 費用二千五百円(昼食代を含む)、
  持参品 聖書・筆記用具・ノート(お申込みは5日前までに)

◆典礼委員会
 ▼主日のミサと教会の祈り 第一日曜日17時半 河原町教会、第三土曜日16時半 衣笠カルメル修道会


修道会から

◆衣笠カルメル修道会
 ▼十字架の聖ヨハネ―ミサ―14日(土)15時 司式・説教 奥村一郎師 



地区協議会から

◆京都南部カトリック協議会
  ▼東ブロック「歌と祈りの集い―平和―」(合同聖歌隊による聖歌)1日(日)15時 河原町教会聖堂 

◆奈良地区街頭募金
 ▼大和高田教会1日(日)近鉄高田市駅前
 ▼奈良教会13日(金)〜15日(日)近鉄奈良駅前
 ▼大和郡山教会7日(土)、8日(日)近鉄郡山駅前、西友前、ジャスコ前
 ▼西大和カトリックセンター15日(日)JR王子駅前


小教区から

◆河原町教会
 ▼クリスマス市民の集い24日(火)19時

◆安曇川教会
 ▼クリスマスの集い15日(日)17時

◆大津教会
 ▼クリスマスキャロル21日(土)18時教会出発

◆大和高田教会・西大和カトリックセンター合同
 ▼キャロリング23日(祝)

◆大和八木教会
 ▼市民クリスマス23日(祝)14時


教育関係施設から

◆聖母教育文化センター
 ▼秋の公開講座「伏見学」伊藤若冲と伏見7日(土)13時半 聖母女学院短期大学多目的室
 ▼『源氏物語の女君たち』講演会・ひとり芝居 シリーズ第一回「六条御息所―賢木―」
  1日(日)14時 聖母学院幼稚園ホール 受講料 大人千五百円、大学生千円
 ▼以上問合せ先電話〇七五(六四三)二三二〇



諸施設・諸活動から

◆JOC
 ▼集会場所 京都働く人の家(九条教会前)、滋賀働く人の家(大津教会裏)問合せ090(8207)1831

◆京都カナの会
 ▼結婚相談室 1日(日)13時半 河原町会館6階和室

◆京都カトリック混声合唱団▼練習日8日(日)14時 河原町会館6階和室

◆京都キリシタン研究会▼懇親会8日(日)14時 河原町会館6階ホール

◆コーロチェレステ
 ▼練習第2、第4木曜日10時〜12時 河原町会館6階ホール

◆在世フランシスコ会
 ▼京都兄弟会14日(土)13時半

◆聖ビンセンシオ・ア・パウロ会
 ▼例会(河原町協議会)8日(日)13時半 河原町教会
 ▼京都中央理事会22日(日)13時半 河原町教会

◆糠みその会
 ▼例会12日(木)19時45分九条教会ホール

◆レジオ・マリエ
 ▼コミチウム1日(日)13時
 ▼年次総会同日14時半 河原町会館6階ホール

◆「一万匹の蟻運動」基金報告
  累計 三三、三四八、七五〇円(10月16日現在)




本部事務局から

 司教座聖堂35周年大改修工事友情献金は、十月三十一日現在3,999,174円です。
 ご協力ありがとうございます。
引き続き、よろしくご協力お願い致します


編集部から

  お知らせに載せたい情報は、2月号でしたら12月17日までに、3月号でしたら1月20日までに、
 FAX075(211)3041 または、henshu◎kyoto.catholic.jp に、発信者のお名前を明記してお寄せください。
(スパムメール防止のためこのようにしています。◎を@に変えてメールをお送りください)

開心

◎京都教区の青年による今年の大イベントはYES2002でした。(S)

◎わが人生に与えられた刻々と減りつつある時間を、祝福されたものとしたいと思う年末です。(EH)

◎目を開いて見て下さい
 心の目を開いて 見て下さい
 愛する心で見て下さい
 事・実が見える様になるために(MT)

◎初めて代母をさせて頂きました。
 同伴者として、これからもズッと 一緒に歩いてゆきたいです。(月)


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