2004/12 No.325
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<京都教区時報 2004年12月号の目次>

・1 平和のためのミサ

・2  多国籍共同体に向かう事例 :鈴鹿教会

・3  ブロック紹介 :京都南部南ブロックA
 
・4  奈良地区聖書講座 : 「み旨が地にも」7/23・24
   イエスのイメージ 本田哲郎神父(フランシスコ会)

・5  福音センターニュース   出会い聴き学び つき動かされて愛の奉仕へと 導かれる養成コース
   ・私の福音宣響 シリーズ 9

・6 良書紹介 : クリスマス絵本(神学)

・7 青年センターあんてな : 青年の集い「YES2004」

・8 大塚司教の12月のスケジュール

・9  お知らせ

平和のためのミサ 


 大塚司教は今年の年頭書簡の中で、次のように言われています。

 『今年もミサの中で「世界の平和」のための祈りを続けましょう。中東和平やイラクの復興が進み、世界のあらゆる紛争が解決に向けて動きだすことができますように。世界中の人びとが、「平和の君」であるキリストに結ばれ、『みながひとつになって』、例外なくすべての人と連帯して生きることができるように。神が私たちの『日常』において、「すべてにおいてすべてとなる」まで。』

 年頭書簡が出されて、すでに一年が過ぎようとしています。世界中で紛争は止むことがありません。紛争によって多くの人々が傷ついています。世界中のすべての人が
神さまの子どもとして、共に手を取り合って生きていけますように祈ります。
       (瀧野 正三郎)

(写真は広島の平和記念ミサです)


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多国籍共同体に向かう事例 : 鈴鹿教会    


 鈴鹿市は、本田技研を中心に数多くの下請けの工場があり、多くの外国の方たちが働いています。祖国を離れてさまざまな不便や困難の中で暮らしている人たちにとって、教会は全てのよりどころであり、又情報交換の場でもあるようで、日曜午後の外国人のミサはあふれるばかりの人でいっぱいになります。

 二00三年に司教様をお迎えして、国際ファミリーデーin三重が開かれました。その時は、慣れないことで、準備は大変でした。外国の代表者の方たちとの、度重なる話し合いをするうちに、「国際ファミリーデーin三重を成功させる」という同じ目的のもと、だんだんお互いに名前を覚え、親しくなり、少しずつ理解をしあえるようになっていったように思います。

 毎年、私たちの小教区で年二回国際ミサが行われ、今年も五月の御昇天の祝日と、九月二十六日に国際ファミリーデーin鈴鹿として、行われました。

 計画の段階から、それぞれの国の代表者の方たちと話し合いを重ねて、ごミサもパーティもスムーズに運ぶことが出来ました。
 ごミサでは、神の食卓に招かれたことの喜びを歌うことで、体いっぱいで表現する外国の人たちのパワーに圧倒されながらも、いつしか日本人の私たちも手拍子で参加していました。アレルヤ唱で歌われた「アーメンハレルヤ」は特に素晴らしく、“世界はみんな兄弟さ、話す言葉は違っても……”その歌詞そのままに、神に招いていただいた者としての幸せを心から感謝いたしました。

 今後の問題として、普段のミサは外国の方たちとは別にしており、なかなか共同体として共に進んでいくことが、今ひとつ難しいのも現実です。外国で暮らす方たちにとって、母国語のミサがどんなに大切なことかも理解できますし。

 でも、きっと神様のご計画の中に、良い知恵を準備していただいていることを信じて、まず「笑顔で、挨拶をすること」を心がけていこうと考えています。“笑顔”は神様が人間にお与え下さった、とても素晴らしいコミュニケーションの手段になる贈り物だと思いますから。
   (鈴鹿教会 沢井範行)

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ブロック紹介      
京都南部南ブロックA
  伏見教会 東門陽二郎



 南ブロックAは、八幡、桃山、伏見の三教会で構成されています。

 この三つの教会のうち、八幡教会は五十年前に創立されて以来、常駐の司祭を持ったことはなく、共同宣教司牧が始まるまでは、桃山あるいは田辺のメリノール会の神父さまが司牧を担当されていました。それが八幡ではプラスに働き、主日のミサ出席が三十〜四十人という小さな教会ながら、よくまとまって、経済的にも自立し、頑張っています。

 桃山教会は過去のある時代に教区司祭が担当して行き違いがあって動揺したことがあり、それをラッキー神父さまが克服、さらに、いろいろと新しい試みを導入して信徒の自主性を促し、聖堂も新築されたため、事故で急逝されたこととあいまって、その思い出が強く残り、自治意識が強いとも言えるでしょう。

 伏見教会も過去はさまざまあったようですが、現司祭になってからは、経済的な自立を達成、主日のミサ出席数も増えて形が整ってきました。

 この三教会は今の教区の経済システムに移行する前から、ほぼそれに等しい経済運営を行っていて、移行によってかえって負担が少なくなったほどでした。

 共同宣教司牧の方は、大塚司教さまが伏見の主任司祭をされていた頃から、二人の担当司祭と伏見、桃山、八幡三教会の役員との合同役員会を隔月に開くこと、主日のミサを交代で行うことが始まっており、現在では、合同役員会を毎月、また、ミサは、少し時間を変えて、それぞれの教会で月一回はミサ後それぞれの司祭と話し合いが出来るように工夫されています。

 現在の共同宣教司牧の実態としては、まず、毎月の合同委員会のほか、共同行事(四旬節と待降節の合同黙想会、平和旬間の行事、夏の教会学校合同キャンプなど)が組まれています。またロペス神父さまの着任と共に、担当司祭たちの電話代、ガソリン代のためにブロック会計が作られ、合同行事のためを兼ねて、教区分担金に比例する分担金を基礎に実施されています。さらに、司教さまの方針を具体化するための検討も合同役員会のレベルで行われています。

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奈良地区聖書講座 「み旨が地にも」7/23・24
イエスのイメージ
  本田哲郎神父(フランシスコ会)


 イエスは聖書について、ヨハネ五章三十九節で、「聖書はわたしについて証しする書なのだ。それなのにあなた方はいのちを得るために、私のもとに来ようとしない。」と言われています。私好みのイエスを想像して一生懸命お祈りするということは、私のしたいように、生きたいように生きるということになるのです。

 聖書が告げるイエス・キリストとはどういう方なのか、疑いようのない聖書の事実を一つ一つ積み上げるところから始めたらいいと思います。まず、イエスの懐妊が、その事実はどうであれ、実際は母親マリアの罪による汚れに満ちたものと、世間から見られていたんです。これを忘れてはなりません。そのため夫ヨゼフの一族がいるベトレヘムの村に居場所はありませんでした。そして生活の糧の賤業と言われた石切大工の仕事、食い意地がはり、精神異常と言われ、収税人や罪人の仲間のメンバーであり、貧困のため学問もないイエス。そして最後に宗教的、政治的な呪われた犯罪者として殺されたのです。この底辺を這いずるような、動かしようのないイエスの生涯に対して、これと矛盾するような聖書解釈は明らかに間違いなんですよ。それをしっかりと肝に銘じて欲しいと思います。

 例えば上から見下ろす憐れみ、低みに下りたって見せるへりくだり、持てるものが持たないものに恵んでやる施しは、従来中流以上のリッチな教会がキリスト者の徳目として奨励してきたものであり、実はイエスの生き様とは本当は相いれないものであることにちゃんと気付いてください。イエスは逆に人々から排斥されたり、つらい立場に置かれた方でした。憐れみとか施しをいそいそとやるような行為は、どんな身びいきに見ても、受けなければならないものから見たら鼻持ちならないものです。実際キリスト者のそういう行いが、しばしば偽善のそしりを免れないものでした。

 イエス自身は生涯で一度も上に立つ機会はなく、従って上から下にへりくだる模範を示すすべもありませんでした。神の子が人間になられたとき、よくよく見たら、それは奴隷の身分でした。人に奉仕する側の身分として生まれたのです。神がそのひとり子によってへりくだりの模範を示したというのは、へりくだる余裕をもった生活が出来た聖職者、神学者集団が作り上げた神話にしかすぎないのです。イエスのイメージをしっかり掴んだら、上から下にかかわるような施しとか憐れみは、イエスのメッセージと違うのだと自然に気がつくはずなのです。

 父である神のイメージも当然見直しが迫られます。神の言葉であるイエス、誰も見たことのない神を身をもって表す方イエスが私たちに示したのが、最初から最後まで底辺で立ち働く姿であったのであれば、「わたしを見たものは父を見たのである。わたしに聞く人は、わたしを遣わされた方に聞いているのである」、つまりわたしと父である神はひとつだよというこの言葉を素直に受け止めるのであれば、イエスが言われるとおり、父なる神もそのような方なのだ。決して高いところから何かしてあげるような神ではなかったということです。

 福音宣教という、イエスから委ねられた使命についても、低みに立つイエスをきちんと理解しておかないと、見当違いの方向に走ってしまいます。私たちは選ばれたものですと、いまだに錯覚しているクリスチャンが多いですね。イエスによって選び出された人々は、いずれも底辺の貧しい人々でした。弟子の半数は当時賤業であった漁師、そして罪人の代表の収税人、テロリストなどだったのです。イエスの弟子たちはろくでもない人たちでしたが、イエスと同じように痛みに敏感な人たちでした。地の塩、世の光と言われるのは、こういう人たちだったのです。この人たちを通して、物や金の力によってではなく社会的な弱者に共通して備わる感性のするどさと率直な反応をもって正義と平和と喜びの神の国が築き上げられて行くのだと言っているのです。

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カトリック福音センター ニュース

出会い聴き学び
つき動かされて愛の奉仕へと
導かれる養成コース
カトリックの教え 岩島師

病人とのかかわり研修会

 沼野尚美氏


滞日外国人とともに


命を育む結婚講座

 菊池医師





 今京都教区では、一人の司祭を中心にする小教区組織から複数の司祭と共に歩みながら、キリストを中心にするみんなの教会作りへと変わろうとしています。小教区規約作成も全てのキリスト信者の交わりとしての教会(教会の本質)を実現するためです。男女の信徒がそれぞれに与えられている賜物に気づき、それを発展させ生かし合うよう、そして共同責任をもって教会として生きるよう呼ばれているからです。

 福音センターは、それらの組織の中身の充実をはかり養成プログラムを企画し提供していく努力を重ねています。今の時代だからこそキリストに結ばれることが大切なのです。わたしたち一人ひとりが知る力と見ぬく力とを身に着けて愛が豊かになり本当に重要なことを見分け、歩んでいく助けとなっていきますように。


お問い合わせ 〒604-8855 京都市中京区壬生淵田町26  カトリック福音センター
 E-mail fukuin@kyoto.catholic.jp

 問い合わせ・申込先
郵便番号・住所・氏名・参加コース名をご記入のうえ、参加費を                  
郵便振替口座 (00920-4-161844 カトリツク福音センター養成コース) へお振込み下さい。
     〒604-8855 京都市中京区壬生淵田町26  カトリック福音センター
     
      Eメール : fukuin@kyoto.catholic.jp

 

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私の福音宣響 シリーズ9

   キリスト者の「幸せ」はキリストとのかかわりの中にある。
       そしてそれこそが「あかし」の土台である。 
              
Sr.中村ヨシ子(聖ドミニコ女子修道会)

★「あなたは幸せですか?」
 過日修道会から上記の質問がだされた。原稿用紙2枚までで答えるようにという宿題である。「難しいわね」、「何を書いたらいいのかしら」などと話し合っているうちに、締め切り日がせまってきた。
 奉献生活者とは、神、イエスに自分をお捧げした身分であり、「幸せな人」という以外の言葉はないのではないかと考えているが、さて宿題はいつできることか。

★ 「大きくなったらシスターに!」
 受洗希望者の家族のTさんが、要理の勉強中に突然、「わたし、大きくなったらシスターになろうと思う」と言った。びっくりしたが、嬉しくもあり、「どうしてそう考えるようになったの」と問い返した。「シスターを見ていると、とても幸せそうだから」という返事にもう一度びっくり。今度は感謝を込めて「その望みを大切に育ててね」と言って要理の勉強を続けた。

★ イエスのもとへ…
 すべての人は幸せを願っている。そしてその幸せの価値基準が実に多様なのが現代の特徴である。「この世」の幸せを軽視するつもりはない。しかし、あまりにもはかないものに幸せを求める多くの人々がいることを日々見聞きするたびに、「本当に幸せに
なりたいなら、永遠の生命を与えると約束してくださったイエスのもとに!」と叫び
たくなる。選挙運動ならぬ辻説法に駆け出して行きたい思いもする。

★ まことの幸せ
 「幸せそうなシスター」であることは大きなあかしであると感謝できたし、今も感謝している。しかしもちろん「シスターであるから幸せ」なのではない。わたしたちのために独り子さえお与えくださった父、わたしたち罪びとのために死んで復活されたイエス、そのイエスによってもたらされた永遠の生命を信じている人はみな「まことの幸せ」に与っている。

 苦しみのない人生はない。十字架上のイエスの苦しみをわずかでも理解するなら、わたしたちの個々の苦しみなど小さなものとなるに違いない。しかもその小さな苦しみを過ぎ越した後に、終わりのない幸せないのちを生きるという希望が与えられている。これが今わたしたちが幸せに生きられる理由である。もちろん、時間の中で生きるわたしたちにすべてが理解できるわけではない。しかし、神は永遠であり、その神は愛そのもの、いのちそのものであることを信じるがゆえに、すでに幸せなのである。

 神を信じ、幸せに生きよう。永遠の幸せをいただこう。わたしの福音宣教は、「わたしは幸せである」ことを人々とのかかわりの中であかししていくことである。「宿題」の答えもここにある。

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良書紹介
クリスマス絵本(神学)
 


今回紹介する三冊は、誕生物語と言うより、一種のキリスト論と言えるものです。


@『アンドレの不思議な夜』 (ぶん)きどのりこ、(え)すすきやすまさ(日基出版)
 羊飼いの少年アンドレは、お父さんが誕生された幼児を拝みに町に出かけたあと、自分もそっと後を追います。
途中まずアンナおばあちゃんの所によります。アンナは「あの方」の体をおおうための布を急いで織っています。そしておばあちゃんは「あの方」は、漁をする漁師、種を蒔く方、ぶどうの木だと告げます。そして涙をぬぐうためのハンカチを手渡します。
 旅の途中、疲れてねむっているアンドレは夢を見ます。ベトレヘムの幼児の殺害、それから貧しい人、病気の人など様々な人々の群の夢を。 
 めざめたアンドレは生まれたばかりのあの人が泣いている声を聞きます。息をきらせてアンドレは馬小屋にかけ込み、ハンカチを差し出します。

A『かがやく星を道しるべに』 (絵)U・ウェンセル、(文)S・ホイク(新教出版)
 羊飼いたちが輝く星を見て出かけます。
 途中漁師に会いますが、彼は「その方のために魚を捕らえてさしあげねば」と答えます。
 畑を耕す人は「その方が種を蒔けるように」と答えます。
 ぶどうを運ぶ夫婦は「ぶどう酒を作るために」と答えます。
そして道を行くと、三人の物知り博士に出会います。みんな一緒に、馬小屋に探し当てた幼児を拝みます。

B『やさしいひつじかい』 (絵)佐々木洋子(文)光原百合(女子パウロ会)
 「失われた羊と羊飼い」のたとえと誕生物語を結びつけたものですが、少しひねったおもしろさがあります。失われた羊が「ひね」というのも面白いですが、それがどういう意味か読んでみて下さい。


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青年センターあんてな:       
青年の集い「YES2004」
    伊勢教会  大崎桂祐


 去る十月の九日、十日に三重県津教会近くの三重県カトリック研宗館で『ぶっちゃけ』をテーマに「YES2004」が開催されました。

 京都教区各地から青年10名と司祭2名と教区の枠を越えて名古屋教区から1名の青年が三重の地に集まりました。

 当日は台風が紀伊半島に接近しており、大雨の中、少人数の集まりとなりましたが、初めはレクリエーション形式でサイコロを振って出た目のテーマに沿って『ぶっちゃけ』エピソードをみんなの前で話したり、戸惑いながらも次第に打ち解けて、一対一で向き合って『ぶっちゃけ』ることにより深い分かち合いをすることが出来ました。

 夜からは交流会となり仲を深めたところでよりくだけた個人的な『ぶっちゃけ』をそれぞれが思い思いに話をすることが出来てとても良かったと思います。

 ここで一つ反省として『ぶっちゃけ』ます。実行委員として企画してきましたが、台風による予定の変更で当日の段取りや司会進行等が思うようにうまくいきませんでした。ミーティングが余り出来なかった事と実行委員同士しっかりとコミュニケーションが取れなかった事が原因だと私は思っています。この反省を踏まえて来年はじっくりと話し合いを重ねて、より多くの青年が集まって交流を深めることが出来たらいいと思います。来年「YES2005」が開催されるときには、青年のみなさん、ぜひ参加してください。

 京都カトリック青年センター  Tel.075‐822‐6246  Fax075‐812‐6685
 E-mail  seinen@kyoto.catholic.jp
 ホームページ 京都カトリック青年センター http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/

  モバイル版ができました。携帯電話からもご覧になれます。
     http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/m/


 青年センター開館時間 :月曜日〜金曜日9時〜16時
                 土・日曜日、祝祭日休館
  ・来館の場合は事前にご一報下さい。



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大塚司教 12月スケジュール  


1日(水)中央協議会
2日(木)中央協常任司教委員会
2日(木)〜3日(金)中央協司教社会問題研究会     

5日()京都南部南ブロックA 司教訪問(八幡教会) 8時
7日(火)共同宣教司牧推進チーム事務局会議 14時
8日(水)〜9日(木)神学院常任司教委員会(中央協)
11日(土)共同宣教司牧推進チーム会議 10時半

12日()三重南勢ブロック司教訪問(伊勢教会) 9時半
14日(火)〜15日(水)大阪教会管区司教会議
16日(木)司教顧問会・責任役員会 10時
24日(金)河原町市民クリスマス 19時半
      主の降誕深夜ミサ 23時半
25日(土)主の降誕ミサ(河原町) 10時半


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お知らせ 教区内の行事・活動予定 2004年12月度


小教区評議会規約の「仮規約の運用」について

 小教区評議会規約は二00六年十二月末までに司教から承認を得る必要があり、各小教区はそれぞれ規約作成作業を進めておられますが、十一月六日に開催された「第二回教区宣教司牧評議会」で、大塚司教より「仮規約の運用について」、以下のような指針が発表されましたのでお知らせいたします。

 「小教区評議会」規約を成文化する前に、まず「小教区評議会」設置に沿った新しい体制で小教区運営を行ってみたいという要望が司教の元に出されているのを受けて、司教は準備ができた小教区から仮規約を運用することを、ブロック担当司祭団の承認を条件に許可されました。

 また、規約の承認にあたっては、仮に五七小教区の規約を審査するとしても、早く提出されたところと遅く提出されたところとで、審査基準が違ってくるとこともあり得るので、全「小教区」の規約の整合性を保つためにも、承認は二00六年十二月に一斉に行いたいとの意向も示されました。従って、来年度二00五年から、仮規約で運用を始め、適宜評価や必要な修正を加えながら成文化作業を行い、二00六年に入ってから規約承認の申請を始められるよう努力願いたいとのことでした。(教区宣教司牧評議会・書記局より)

教区委員会から
◆聖書委員会
 ▼聖書深読9日(木)10時 奥村豊師 河原町会館六階 費用二千五百円(昼食代を含む)、
   持参品 聖書・筆記用具・ノート(お申し込みは三日前までに)
◆典礼委員会
 ▼教会の祈りと聖体賛美式・主日のミサ 第一日曜日17時半 河原町教会


ブロック・教会から
◆河原町教会
 ▼クリスマス行事
   11日(土)18時半カトリック聖歌集による歌ミサ
   16日(木)19時 「クリスマス祈りと音楽の夕べ」ソプラノ独唱・パイプオルガン演奏 出演 東朝子氏・桑山綾子氏
   18日(土)18時半クリスマス国際ミサ、
   24日(金)19時半クリスマス市民の集い、23時半 深夜ミサ

修道会から
◆宇治カルメル会
 ▼聖書深読黙想会11日(土)〜12日(日)奥村一郎師
 ▼一般のための黙想15日(水)10時「十字架の聖ヨハネ」奥村一郎師
 ▼待降節の黙想4日(土)〜5日(日)中川博道師
◆京都女子カルメル会修道院
 ▼講話「信仰生活の師―十字架の聖ヨハネ―」5日(日)13時半 講師 北村善朗師 ミサ15時 
   問合せ075(462)6764
◆聖ドミニコ女子修道会
 ▼「ロザリオを共に祈る会」17日(金)10時半 当日どなたでもどうぞ
 ▼みことばを聴こう!「神を映し出す鏡―教父が描く天使の世界」1月22日(土)14時 
    講師 大月栄子氏 対象 青年男女 会費 三百円 申込み075(231)2017Sr.庄子

教育関係施設から
◆聖母教育文化センター
 ▼聖書講座月曜日6日、20日 講師Sr.安藤敬子
 ▼聖書講座金曜日3日、10日9時半 講師Sr.安藤敬子
 ▼いずれも受講料無料、問合せ075(643)2320

諸施設・諸活動から
◆おてんとうさんの会
 ▼例会第四金曜日 西院教会
◆京都カトリック混声合唱団
 ▼練習日12日(日)14時 河原町会館六階ホール
◆京都カナの会
 ▼結婚相談室・例会5日(日)14時
◆京都キリシタン研究会
 ▼懇親会5日(日)
◆コーロチェレステ
 ▼9日(木) 河原町会館六階ホール
◆在世フランシスコ会
 ▼集会18日(土)13時半フランシスコの家
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会
 ▼河原町協議会12日(日)河原町教会
◆カトリック聴覚障害者の会京都グループ
 ▼手話教室第二木曜日13時 河原町会館六階ホール 
◆二金会
 ▼第二金曜日10時15分西陣教会
◆糠みその会
 ▼例会9日(木)19時45分 九条教会
◆レジオ・マリエ
 ▼5日(日)13時 河原町会館
◆心のともしび12月番組案内
 ▼テレビ 主な放送内容
〈26日の放送〉お話Sr.渡辺和子
 神のクリスマスカードには〈神〉のサインだけでなく肉筆のみことば(イエス様)が書かれていました。そのイエス様のご生涯は、神の愛のぬくもりのある言葉そのものでした。私たちもそれに倣いたいものです。
 ▼ラジオテーマ「クリスマス」
 ▼問合せ075(211)9341
◆「一万匹の蟻運動」基金報告 累計四二、0七一、七五二円  (十月十九日現在)




編集部から

 ◆お知らせに載せたい情報は、前月の1日までに、
   教区時報担当宛にFAX075(211)4345か、henshu◎kyoto.catholic.jp に、
   発信者のお名前を明記してお寄せください。
(スパムメール防止のためこのようにしています。◎を@に変えてメールをお送りください)


 開心

○音信の音開くときにひびくのは秋の声なる 神の真心(MT)
○ITの進歩による、飛び交う膨大な情報量が、人間の叡智を呼び覚ましてくれる事を期待したい。       (EH)


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