2006/10 No.347
<京都教区時報 2006年10月号の目次>

・1 諸宗教対話

・2 正義と平和「全国集会」京都大会
    基調講演への招き

・3 聖書講座シリーズ「ヨハネ福音書を読む」
    「盲人のいやしと羊の門」

・4 福音センターニュース


・5  中学生広島平和巡礼感想文
     「もし今ここに原爆が落ちてきたら」

・6 こんにちは神父さん
   ジャクソン神父  村上眞理雄神父

・7 済州教区の紹介

・8 お知らせ

・9 大塚司教の10月のスケジュール


・10 青年センター あんてな
   中学生会リーダーの青年たち


諸宗教対話

 
 人は日常生活の中で諸宗教との出会いを離れて生きることは出来ないのが日本社会の現実です。

 さて戦争中、キリスト者として生きることは、まさに命を賭けることであり、キリスト者は敵国の神を奉じる売国奴とさえ思われていた中で、私たちは必死に生き抜いたのです。当時の教会の在り方を妥協と批判されますが、当時の状況を生きた信者たちには、それなりの対話だったようにも思えます。そんな歴史的な状況の中で、生命を賭けて彼らは対応したのです。

 今はむしろ自由すぎる世になって無関心ともいえる妥協が、対話と、はきちがえられそうになります。対話には、相手の考えや生き方を深い尊敬をもって受け入れると共に、自分たちの信仰を正しく理解して告白していかなければなりません。ところで、教義的な面の対話に終始しては、あまり進展はないでしょう。むしろ、神の義と愛に基づいた交わりの中に対話が生まれることをバングラデシュの貧しい人々の交わりに見たのです。

 (写真は20年前アシジにて開かれた「世界平和の祈りの集い」です)






正義と平和「全国集会」京都大会
基調講演への招き
〜弱くされた者の立場にたって〜


基調講演
 10月8日聖母女学院短期大学での午前9時半からの基調講演は、この大会全体の方向性を定めるものとして、藤野豊氏による「ファシズムと優生思想」「国家体制の中のキリスト教」という講演を用意しました。言葉はたいへん固いもので難しく受け止められるかもしれませんが、内容は、今、わたしたちが置かれている状況の中でどう生きなければならないかという指針を見いだせるものになると確信しています。

 藤野豊氏は、富山国際大学助教授(日本近現代史専攻)で、部落問題・ハンセン病問題・買売春問題や優生思想について歴史的に研究をしてこられましたが、「社会を変革し得る学問の研究」をつづけています。現在は、富山国際大学で教鞭をとる傍ら、ハンセン病市民学会の事務局長をされ、既報の毎日新聞(06年7月28日朝刊一面)によると、国策としてのハンセン病隔離絶対絶滅政策の裏づけとなる公文書を発見されました。入所者たちの証言の裏づけとなる強制「断種・堕胎記載」の結婚届もあり、これらをもって厚生労働省に要請行動に出かけられました。これに関連して、強制堕胎させられた胎児が標本にされホルマリン漬けになっているのを、30年、40年経って知った母親たちは、気も動転し「お母さんが悪かった。ごめんなさい」と胎児にわび、「私の赤ちゃんを返してください」と叫んでいます。さらに追い討ちを掛けるように、国は全国の療養所に残る胎児標本を合祀し始末しようとする動きがあり、藤野氏らはこれに対して、命の尊厳を再び犯すことをやめるようにと働きかけておられます。

 日本の国の今の状況を指して、多くの人が異口同音に第2次世界大戦の前期のようにファシズム化が静かにやってきている、と言っています。現在を識別し、キリストとともにあゆみを起こしてゆくために耳を傾けませんか。

@ファシズムと優生思想
 優生思想は19世紀半ばにイギリスで成立し、明治維新期に文明開化の思想として日本に流入した。以後、現在にいたるまで、日本の福祉や医療に大きな影響を与えるとともに、多くの差別を生み出してきた。特に、ファシズム期、優生思想は政策の中に多様に展開された。この点につき、国民優生法・国民体力法等を事例に考察をする。

A 国家体制の中のキリスト教
 20世紀に入り、キリスト教は天皇制との共存を明確化し、さらには天皇制強化の担い手となっていく。こうした事実について、留岡幸助・賀川豊彦・あるいは岩下荘一ら、社会問題に関わった人びとを軸に考察する。

展示コーナー
@「紛争下における女性への暴力―戦時性奴隷制度を中心にー」
A「生命に特許はいらない!キャンペーン」
B「ハンセン病と部落問題」戦時下植民地のハンセン病療養所の写真パネル
Cカトリック中央協議会 カリタスジャパンの活動・正義と平和協議会活動
Dアイヌ民族衣装
Eきょうと夜まわりの会による活動報告

販売コーナー
@ 部落問題委員会より書籍販売
A 大阪教会管区部落問題活動センターより書籍販売
B 汚れなきマリア会よりフィリピングッズ
C 社会福音化推進部より書籍販売
D アイヌ文様刺繍の小物販売
E きょうと夜まわりの会・「希望の会」のおじさんたちの野菜直売
(実行委員会事務局)




聖書講座シリーズ「ヨハネ福音書を読む」
盲人のいやしと羊の門
渡辺幹夫師(カルメル修道会)


 9章の生まれつき目の見えない人の癒し、10章の「わたしは良い羊飼い、羊のために命を捨てる」という個所はヨハネ福音書全体の真ん中にあたり、一番言いたいことが書かれている。

 私たちにイエスの「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる」という姿が見えているといえるだろうか。信者であるから見えているはずだと、本当は見えていないのにそういうならその罪は重い。だから9・10章は重要なのである。

 私が毎朝見ているブログ(インターネット上の日記・編集部注)に、「一期一会」というのがある。それを開いているのは、認知症の60代の人である。私がこのブログに心をひかれるのは、信仰によって認知症の中にもイエスが一緒にいてくださると分かってきて、世界が違って見えていると思うからである。一人ひとりの人に違った接し方でイエスが良い羊飼いとして導いてくださる。その時見えてくる世界こそ本当に見えているといえる。

 9章で生まれながら目の見えない青年が癒されていく。そしてイエスは青年に近寄って、「あなたは人の子を信じますか」と尋ねる。
「人の子」は人間だというだけではない。天のおん父の姿を私たちに啓示してくださり、その神の愛が世界の創造のはじめから完成の時に至るまで、いつも私たちに寄り添って、啓示してくださる方という意味である

 弟子がイエスに、この人が生まれつき目が見えないのは本人の罪のためか、それとも両親の罪のためかと尋ねた。ここで罪とはなんだということが非常に大きな問題である。罪とは大罪とか小罪とかそんなレベルではない、もっと深い根っこの罪である。私たちがイエスによりいつも命に導かれているということを信じないことが罪の根元である。

 目が見えないのは誰の罪かと弟子が尋ねたとき、誰の罪でもない、神の業が現れてくるためだとイエスは答えた。認知症になるのはその中にいてこそ出来る素晴らしい証があるということである。先日片手の剣道の選手が、延長戦まで竹刀を振り続けた姿をテレビでやっていた。その選手は、もし自分が両手揃っていたらここまでやれなかった、片手だったからこそ出来たと言っていた。そのような状況の中で、自分のためだけではなく、社会のために貢献する何かが見えてくる。そこに神の業がその人に現れる。

 ヨハネ福音書が書かれたのは1世紀の終わり頃であるが、西暦70年代にローマ軍によりエルサレムが徹底的に破壊され、ユダヤ人たちはモーゼによって示された律法を守ることを話し合うためヤムニヤという町に集まった。そこで安息日をいかに正確に守るかを考え、細かいことまで決めた。それに異論を唱えると異端者となり、共同体から追い出される。そのときから会堂での祈りに「ナザレ人たち(キリスト者たち)は瞬時に滅ぼされるように」と付け加えられた。

 ヨハネ福音書はそのような社会的な状況の中で、イエスはどういう形で一緒にいてくださるのか、見つけていこうとした人たちの残してくれたものである。これが、9章にすごく影響している。目を開く奇跡をイエスはこれ見よがしに安息日にやっている。ユダヤ人たちを恐れた両親は知らないと逃げた。このように優柔不断、信仰に決断しない、のらりくらりと生きる、これが本当の罪である

 当時羊飼いは、私たちが想像するような、牧歌的で穏やかな牧草の中で角笛を吹いている、そんなんではない、最低の階級の人間であった。地面にはいつくばって生きていた。夜も屋根の下ではなく、羊と一緒に寝起きする。イエスがご自分を良い羊飼いだと言ったこの話を、ファリサイ派は、分からないと言った。イエスが良い羊飼いということが分からなかったのである。
 友のために命を捨てる、これ以上大きい愛はない。これを生きたのがイエスである。私たちにおん父の子であるとの資格を与えたが、それは十字架上で命をささげ、復活された中から出てくる。私たちは教会を通して宣教し続けているイエスに招かれているのである。




福音センター ニュース   


福音センター養成コース  祈り U 案内

私のくびきを負い、私に学びなさい。
そうすれば、安らぎが、えられる。

         主とひびきあう心を養う


  様々な困難や重荷が待ち受ける日々の生活の中で、
  信仰を生かしてゆくために……
  イエスの懐に安らぎながら、主との親しさを深め、
  主から学ぶことによって、立ち上がる知恵と力を得て
  ゆきましょう。          参加をお待ちしています。

指 導  柳田敏洋師(イエズス会 司祭)、福音センター スタッフ
日 時  2006年11月17日(金)午後4時 〜 19日(日)午後3時半
会 場  唐崎ノートルダム修道院 (〒520-0106大津市唐崎1−3−1)
        JR湖西線( 京都駅から15分 ) 唐崎(からさき)駅下車徒歩10分
申込締切 10月25日(木) 迄に

              問い合わせ・申込先
郵便番号・住所・氏名・参加コース名をご記入のうえ、参加費20,000円を
郵便振替口座(00920-4-161844 カトリツク福音センター養成コース) へお振込み
下さい。
〒604-8006 京都市中京区河原町三条上ル  京都カトリック福音センター
Tel 075-229-6800  Fax075-256-0090 E-mail fukuin@kyoto.catholic.jp


−滞日外国人とともに−
                                                
どのように迎えるの ? 何をしたらいいの ? 友達になりたいけれど…。
国際化の時代、教会における日本人と外国人とのかかわりを学ぶための
コースです。特に異文化の豊かさと違いを学びます。
皆様の参加をお待ちしています。

日 時  2006年11月11日(土)午後 2時〜
11月12日(日)午後 3時
会 場  唐崎メリノール・ハウス(JR湖西線 唐崎駅下車 徒歩10分)

主 催  京都カトリック福音センター  企画・協力 京都教区国際協力委員会

問い合わせ・申込先
郵便番号・住所・氏名・ご記入の上「滞日外国人とともに」と明記し、参加費 6,000円を
郵便振替口座(00920-4-161844 カトリツク福音センター養成コース) へお振込み下さい。
       ★ 申込締切は  11月1日(水)です。
       
〒604-8006 京都市中京区河原町通三条上ル  京都カトリック福音センター
Tel 075-229-6800 Fax 075-256-0090 E-mail fukuin@kyoto.catholic.jp




中学生広島平和巡礼感想文
「もし今ここに原爆が落ちてきたら」

 
1年  森 美由樹
 8月5日から8月7日まで広島に行き平和巡礼をしました。

 1日目は幟町教会で被爆証言が行われました。被爆者の森さんは平和の為に色々な活動をされています。話を聞いていると、戦争というものは、この世に存在するものではないと改めて分かりました。その後、観音町教会に行きました。夕方になると、平和公園に行き、幟町教会まで平和行進をしました。そして平和祈願ミサにあずかりました。私はこの世界が平和になるように祈りました。私はとてもおどろいたことは、全国各地の教区の方々や日本聖公会の方々がこのミサに来られていたことです。私はみんなが一緒に祈ることで平和に近づけるのではないかと考えました。

 2日目は8時15分に相生橋で黙とうしました。私は61年前ここに原爆という恐ろしいものが落ちたと考えると頭の中が真っ白になるくらい怖くて残こくです。次は平和資料館を見学しました。私は「自分が被爆者だったら」と考えて見学しました。見学すると残こくで、こんなことがもう2度と起こらないでほしいと思いました。

夕方、元安川で、灯篭流しが行われました。とてもきれいでした。流れている灯篭を見て、戦争は1日でも早くなくなってほしいと思いました。3日目にはこの巡礼の反省などをしました。
私は、この巡礼を通して、こんな残こくな戦争はもうしてはいけないと思います。いくら話し合いで解決できなくても、武力では解決してはいけないです。特に核兵器を使うことはいけないと思います。だから日常生活でもすぐ暴力を使わず、話し合って、けんかなどを解決しないといけないということが改めて感じられました。


2年  光吉 歩
 僕は、8月5、6、7日の京都教区広島平和巡礼に唐崎教会から行かせてもらいました。この合宿で学んだことはとても多く、良い経験をさせてもらいました。
この合宿のメインは僕なりに、とうろう流しであった。とうろう流しは原爆の被爆者の魂を静めなぐさめるものであった。そのとうろう流しが流れていた川に61年前は被爆者が倒れていたと思うと61年しか経っていないのにものすごいかわりようだと思いました。

 61年前に原爆を落としていったアメリカと今では親密な関係になっているのはひにくなものだと思いましたが、今の日本はアメリカがいなければどうなるのか僕にはわかりませんでした。

 8月6日の追とう式の前に、人達が内閣総理大臣のひはんをしていたのを見て、これから被爆者をなぐさめるための追とう式があるのに現実はこのようにけなしあいみたいなことがあったので、ちょっと追とう式のイメージもかわってしまった。このような日だけでもこのような事をしない方がいいと思った。1日目の被爆者の話でわかったのは、その原爆がどれだけ人にたいへんな思いをさせるのかわかり、それは原爆のひ害を受けた日本の人達だけではなく原爆を投下したアメリカの人達にもあったことでした。原爆資料館には被爆者が描いた絵や被爆者の服などがあった。資料館で印象的であったのは、被爆者が一生懸命折っていたつるでした。この折られたつるにはその人のいろいろの思いがつまっているんだなと思いました。

 戦争は人々の思いがくいちがうことから始まると思います。人々が人の事を思いやれることができるようになることができるのならそうなることを願いたいです。


3年  橋本 仁子
 今回私が広島に行ったのは2回目です。今年は広島に原爆が落ちた8月6日広島に居ることができて、良かったと思います。2日目の朝、8時15分にもくとうした時、「もし今ここに原爆が落ちて来たら」と考えました。そしたら、なぜか、ものすごく恐くなりました。だってもし今ここに原爆がおちて、家族も友達も街も、そして自分もめちゃくちゃになって、目の前がまっ暗になったから。そして知ってる人があとかたもなく消えてしまうか、誰かも分からない様な姿になっていたら。そして自分も死んでしまうか、大変なことになって自分だけが生き残ってしまったら…こんなことは、今の世の中からは想像もつかないことだけど、平和記念館へ行ったら、色々なものが展示してあって、本当にあったことだってことが実感できました。こんなことは去年、私は感じませんでした。やっぱりどこかで広島に原爆が落ちたということが信じられなかったんだと思います。

 でもそれから1年たってもう1度平和記念館へ行ったり、平和行進をしたり、広島で3日間をすごすことで、さらにたくさんのことを学ぶことができました。もう1つ私が気付いたことは私たち日本人だけが苦しい思いをしたのではないということです。これは被爆証言を聞いていたときに思ったことです。やっぱり原爆を落とされた、というアメリカに対しての怒りばかりが大きくなってしまっているのではないでしょうか。日本人だってアメリカの人々を殺しているのです。だから、これはリーダー達も言ってたのですが、おたがいを許しあうことで、戦争を終わらせることもできたかもしれないし、これからだってそうだと思います。相手が悪いんだといつまでも思っていては、そのような戦いはいつまでたっても終わらないし、いつのまにかなぜ戦っているのかが分からなくなってしまうのではないでしょうか。これは今の私達の日常でも同じことだと思います。私はこの3日間学んだことを、日常の生活に生かして考えていきたいと思います。


リーダー  奥埜 豪
 リーダーとして、19歳の年齢で参加した今年の平和巡礼は、自分としては実りのあるものになったと思う。

 私も実は中学生時代、1年、2年、3年とこの行事を当たり前のように参加をしていた(もちろん自主的ではあるが)。そして学年を重ねるごとに、その考えも徐々に変わっていった。原爆の恐ろしさ、平和の大切さ、命の価値、などなど、実に多くの考えを私にもたらしてくれた。そしてそれから4年後、私はこの戦後61年目をむかえるヒロシマを見て、自分はどのような思いを手にするのかを知りたくて、リーダーとして参加した。そしてヒロシマは私に全く違う考えを与えてくれた。いや、考えというよりかは疑問を与えてくれたのだ。それは「何故に人は争うのか?」という内容だった。

 2日目の碑めぐり、資料館見学、灯篭流しなどを見ている中学生やリーダーに、私はいろいろ聞いてみた。みんなそれぞれ多種多様な考えを持っていて、私自身も勉強させられるものがあった。そしてわかったことは、意見は違っていても、みんなが持っている「モト」は同じであるということがわかった。でも個性様々だから、その「モト」から発達するものが枝分かれしてしまうがゆえに結果的に違う考えになってしまうのだろう。本当はわかり合おうと思えばできるはずなのに、何故なんだろうか…?

 今回私が持ったこの「何ゆえに人は争うのか?」という疑問は自分の中の「平和」についてのライフワークとして、一生消えないものになっていくだろう。多分答えなんて出ないはずだ。でも自分なりの答えはいくらでも持てるだろう。だからもし来年も行かせてもらえるのであれば、今度はそれを探してみたい。



こんにちは神父さん


ジャクソン神父
所属メリノール宣教会
生年1929
叙階1958      

 48年前日本に上陸した時かなり視聴覚教育に関心を持っていた。長浜教会に赴任してから教区本部の片隅にあったカルロビチス神父の事務所から聖書についてのスライド(マンガ)を借りて滋賀県東北の村々を廻って子供たちに見せた。まだTVが普及していなかった時代。伝道師と幻灯機を単車の後ろに載せてでこぼこの田舎道をがたがた走っていた。

 伊勢教会では聖書についての名画のスライドを見せて、キリストの生涯を教えた。津教会に赴任したころビデオができたので子供たちに劇を演じさせて撮影した。クリアのスライドに細かいマジックで聖書の場面を画かせることもあった。今はDVDなどがあり、またインターネットから沢山の資料が取れるから黄金時代である。




村上(むらかみ)眞理雄(まりお)神父
所属京都南部西ブロック
生年1929
叙階1955

 病院通いをしながらなんとか生きています。この間は小野神父様が先に逝ってしまってさびしい限りです。彼とは仲よくしてもらいましたから。でもこの年になって、仕事を与えられていることは、ありがたいと思わなければならない
でしょう。

 昨年は、みんなで司祭叙階50周年をお祝いしていただいて、感謝しています。これはひとえに、神さまの大きなお恵みとみなさんの支えがあったことと思い、感謝にたえません。
このことを忘れず、与えられた日々を、神の栄光と、多くの方々に仕えて生きたいと願っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



済州教区の紹介7
交流部 兼元邦浩


済州道の聖地
■観徳亭(カントクジョン)(前回の続き)
 腐敗した官吏と頑固な儒者たち、或いは巫女の因習に染まった地方民とカトリック信者との衝突がついには迫害という様相に変わり、地域によっては大規模な民難として現れた。
 その中の一つが1901年に発生した済州道の辛丑(シンチュッ)教難である。地方官吏と既得権を主張する豪族勢力、それに日本人、密漁業者らの結託によって誘導された。

 この事件は、中央政府の租税政策、即ち朝廷より派遣された奉税官が、あらゆる雑税を払わされることに不満を抱いた庶民らを扇動して、収奪政策の是正を要求する民難から出発した。

 しかし、事件が進む過程で道政責任者と奉税官は逃亡し、乱民たちは攻撃対象をカトリック教に向けた。これには一部の信徒が奉税官と結託し不正を行った事も原因のひとつにあったであろう。しかし、フランスの神父を打倒しようとする日本人の陰謀、因習に染まった豪族勢力、そして存在意義を問われた巫女らの作用が決定的な原因であったに違いない。こうして済州市に侵入した民軍たちは、信徒を含めた良民など700余名を殺害するに至った。この由緒ある観徳亭(カントクジョン)の前の広場が刑場に変わったのである。

 事件が収拾する過程で当時フランス艦隊長が揚影した写真には、信徒たちを殺す時に使用した道具(鞭など)が遺体のそばに置いてあり当時の惨状を物語っている。
 この時犠牲になった信徒たちの遺体は、その後、別(ビョル)刀(ト)峰(ポン)の麓に仮埋葬されたが、現在は黄蛇坪(ファンサーピョン)に安置されている。

          


お知らせ


カトリック「正義と平和」全国集会・京都大会
  10月7日(土)〜9日(月・祝)
  場所 アピカルイン京都
  聖母女学院短期大学
  問合せ 京都大会実行委員会
  FAX075(223)2291

教区委員会から
◆聖書委員会▼聖書深読14日(土)10時 奥村一郎師 河原町会館6階 費用2500円(昼食代を含む)、持参品 聖書・筆記用具・ノート(お申し込みは3日前までに)▼聖書講座シリーズ「ヨハネ福音書を読む」―復活の主に出会う―4・5日昌川信雄師、11・12日英隆一朗師、18・19日阿部仲麻呂師、25・26日鈴木信一師

地区協議会から
◆カトリック奈良地区協議会▼奈良地区聖書講座―今、預言者に聞く―13・14日一場修師、27・28日並木豊勝師(場所 奈良教会)
◆三重カトリック協議会▼三重地区聖書講座14日(土)14時 場所 松阪教会 講師 晴佐久昌英師(東京・高円寺教会主任司祭)テーマ「福音宣教」

ブロック・小教区から
◆河原町教会▼教会の祈りと聖体賛美式・主日のミサ 第1日曜日17時半▼
◆京都南部東ブロック▼ウオーカソン11月3日(祝)10時 河原町教会から鴨川沿い往復
◆京都コリアンカトリックセンター▼韓国カトリック教会聖地を巡る旅(第1回済州教区訪問)19日(木)〜22日(日)訪問先 済州教区 ソウル教区

修道会から
◆カルメル宣教修道女会▼召命黙想会「水を飲ませてください」7日(土)〜8日(日)場所 宇治カルメル黙想の家 指導 松田浩一師(カルメル会司祭)、カルメル宣教修道女会シスター 費用五百円 申し込みFAXあるいはハガキで電話0774(32)7016FAX0774(32)7457
◆京都女子カルメル会▼講演とミサ「アビラの聖テレサ」8日(日)講演13時半、ミサ15時 中川博道師(カルメル会)▼講演とミサ「三位一体のエリザベット」11月5日(日)講演13時半 ミサ15時 北村善朗師
◆聖ドミニコ女子修道院▼「みことばを聞こう!」―神のことば(主日の福音)を黙想する―28日(土)9時半 講師 北村善朗師
対象 青年男女 会費500円▼「ロザリオを共に祈る会」20日(金)10時半 どなたでも当日お出でください。問合せ075(231)2017

諸施設・諸活動から
◆JOC▼働いている青年の集い。集会場所 京都働く人の家(九条教会前)連絡先090(8207)1831
◆カトリック聴覚障害者の会京都グループ▼手話学習会12日(木)13時 河原町会館6階
◆京都カナの会▼例会、カナの会パーティ1日(日)13時半 河原町会館6階
◆京都カトリック混声合唱団▼練習日8日(日)・29日(日)14時、28(土)19時 河原町会館6階
◆京都キリシタン研究会▼都の聖ラザロ顕彰ミサ1日(日)10時 河原町教会▼定例会22日(日)14時 河原町会館6階
◆コーロ・チェレステ▼練習日毎月第2、第4、第5木曜日10時 河原町会館6階
◆子羊会創立50周年記念式典▼感謝のミサ1日(日)13時 大塚喜直司教司式 場所 高野教会▼ミサ後、記念式典に引き続き「お祝いの会」
◆在世フランシスコ会京都兄弟会▼集会14日(土)13時半 フランシスコの家
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会▼河原町協議会15日(日)河原町教会▼中央理事会22日(日)河原町教会
◆二金会▼13日(金)西陣教会
◆糠みその会▼26日(木)19時半 九条教会ホール
◆心のともしび 10月番組案内
▼テレビ(衛星)CSスカイA
ハヤット神父によるカトリックの教え*土曜日朝8時45分より。
*7日と14日「人祖と原罪」。(ただし14日は7時45分より)。21日と28日「旧約時代」
▼ラジオ KBS京都ラジオ
*10月のテーマ「反省」
月〜土 朝5時15分より5分間。
問合せ075(211)9341

◆「一万匹の蟻」運動基金報告
累計47、953、826円 (8月11日現在)


閉院のお知らせ
▼ヌヴェール愛徳修道会藤ノ森修道院が8月31日閉院となりました。



よく分かる聖書の学び
〜聖書入門講座〜


聖書の学び(お話)1時間30分
質問コーナー      30分
テキスト「聖書にみるイエスの姿」(A・コレーン)
対象 聖書を学びたい人はどなたでも

夜の部(火曜日)19時〜21時
(今年)9/26、10/10、11/7、12/12
(来年)1/9、2/13、 3/13
 講師 奥村豊師

昼の部(水曜日)10時〜12時
(今年)9/27、10/11、11/22、12/13
(来年)1/24、2/21、3/14
 講師 北村善朗師

会場 河原町会館701号室
費用 300円(1回)当日会場で申し込んで下さい。
問合せ 聖書委員会
電話 075(211)3484
FAX075(211)3910






大塚司教の
10月のスケジュール



1日(日)こひつじ会創設50周年ミサ(高野)13時
2日(月)那須トラピスチン訪問
3日(火)東京カトリック神学院那須ガリラヤの家訪問
4日(水)中央協出版審議会
     神学校合同準備会
5日(木)中央協常任司教委員会
7日(土)〜9日(月・祝)正義と平和協議会全国集会・京都大会(アピカルイン京都・聖母女学院短期大学)
9日(月・祝)〜12日(木)教皇庁駐日大使ボッターリ・デ・カステッロ大司教京都教区訪問
14日(土)聖母の小さな学校スポーツフェスタ9時
15日(日)京都南部・西ブロック司教訪問(亀岡)
17日(火)〜24日(火)教区司祭 年の黙想(当別トラピスト修道院)
26日(木)田辺聖愛幼稚園50周年10時
29日(日)長浜教会創立50周年ミサ14時




中学生会リーダーの青年たち
           有地実希


 京都教区中学生会のリーダーの青年の話をさせていただきます。

 京都教区の中学生会では、春・夏・冬の年3回、合宿を行います。その合宿の世話役を担当司祭のご指導のもと務めているのが、青年の『リーダー』です。大学生、専門学校生、社会人など、肩書きは様々で、とても個性豊かな顔ぶれですが、みんな人の為に何かをしたい・自分自身も中学生と共に成長していきたいという気持ちは何かしら共通して持っている…そんな青年の集まりです。

 リーダーは合宿当日以外にも集まって準備や話し合いをしています。それをリーダーミーティングといい、月に2〜3回ほど開いています。教区の中学生会の合宿は、このリーダーミーティングが要であると言っても過言ではないと思います。このミーティングの中で、合宿でどのような事を行うのかを話し合います。時にはリーダー同士でわかちあい的ワークを行ったりもします。今年の広島巡礼のミーティングでもそういった内面の話を何度もしました。中学生が、神様について学び、自分自身を知り、仲間の大切さを実感し、成長していく為には、どんな事をしたらいいんだろう―。合宿を企画する時は、そんな事を常に考え、話し合っています。

 合宿当日もリーダーはひとつひとつの事に全力投球です。ガッツがないと務まらない事が多々あります。そんな時も回りのリーダーがフォローに入ったり指摘をしてくれたり励ましたり…助けあって合宿を運営しています。リーダー同士が互いを信頼して動けば、中学生一人ひとりにちゃんと接する事ができます。信頼する事の大切さを、私はリーダーを務める事によって学ばせていただきました。

◎リーダーをやりたいという青年は、いつでも大歓迎です。やる気と責任感、そして愛があれば十分務まると思います。ぜひ青年センターまでご一報下さい。

青年センターホームページ
http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/
※携帯電話からもご覧になれます。







編集部から

 お知らせに載せたい情報は、前月の1日までに、教区時報担当宛にFAX075(211)4345か henshu◎kyoto.catholic.jp に、発信者のお名前を明記してお寄せください。
 (スパムメール防止のためこのようにしています。メールを送る方は◎を@に置き換えてください)

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