2007/8 No.357
<京都教区時報 2007年8月号の目次>

・1  西坂の殉教者 ミゲル薬屋とニコラオ・ケイアン

・2  私たちにとって殉教とは
   ―ペトロ岐部と187殉教者の列福を記念して― 
      高松教区 溝部 脩司教


・3  福音センターニュース
    ・ 「私たちにとって殉教とは」に想う〜溝部司教講演会感想文〜
   ・ 福音センター養成講座 〜共同体づくりのために〜

    
・4 188殉教者紹介5  西坂の殉教者
   ―ミゲル薬屋とニコラオ・ケイアン―
   キリシタン関係行事案内




・5  聖書講座シリーズ「使徒言行録」5/30・31 最初の教会
    奥村豊神父


・6 こんにちは神父さん 
     長岡幸一神父  ボアベール神父

・7 良書紹介: 『福音書への道案内』―キリストを知るために―

・8 大塚司教の8月のスケジュール 

・9 青年センター  青年が考える平和

・10 お知らせ


西坂の殉教者 

ミゲル薬屋とニコラオ・ケイアン


 ニコラオ・ケイアンは近江永原の人、日本語で上手に説教する人と言われた。
 ミゲル薬屋は長崎の人、ミゼリコルディア(慈悲の組)の会長。長崎の良きサマリア人であった。

 1633年7月28日、年老いた2人は後ろ手に縛られて西坂の階段を昇っていく。刑場までの道を、同じ愛に燃えてその命を捧げた。然し違った方法で。
 ミゲルは火焙りの責めで、一方ケイアンは穴吊り(3日間)に耐えて殉教した。ミゲルの生涯は、その捨て札に書かれた罪状にあるとおり、貧しい人(殉教者達の未亡人や孤児)のため施しを集め、潜伏宣教師を援助していたからであり、彼の生涯はまた、神を賛美する生涯であった。

 ニコラオ・ケイアンは、イエズス会に入り、マカオで学び帰国。長崎、肥前で働いたが、逆に捕らえられ、西坂で殉教することになる。穴吊りという拷問の3日間、彼は何か話しているように聞こえた。それは聖母の連祷を唱えていたのだ。
 その日7月31日はイエズス会の創立者イグナチオ・ロヨラの祝日のミサが行われていた。(村上透磨)


ミゲル薬屋が最後の長を務めたミゼリコルディア(慈悲の組)の跡(長崎市)





私たちにとって殉教とは
―ペトロ岐部と187殉教者の列福を記念して―
高松教区 溝部 脩司教


188名の選定基準は…

 私は188殉教者の列福運動が始まってすぐに歴史調査委員会に入り、20数年間この列福運動に携わってきました。今日はこの列福運動がどのように始まり、どのように殉教者を選んだのか、また殉教者が現代に生きる私たちにどんなメッセージを与えているかについて分かち合えたらと思います。

 188名の列福運動は日本の司教団を中心に、日本の教会の活性化と、現代社会にメッセージを送ることを目的として始まりました。2〜4万人いるといわれる日本の殉教者の中で、名前と亡くなった日がわかっている人は最低5500名います。そのすべての生涯を追うことは不可能なので、列福の基準として5つの点を挙げ、候補者を選んでいきました。 




1、日本人を取り上げる。しかも、1624年以降の迫害が一番厳しい時の殉教者を選ぶ。
 何となく停滞して元気のない日本の教会に活気を与えることを目的に、対象者は全員日本人としました。特に1624年以降の一番迫害が厳しい時代は、それ以前の205福者等の対象に入っていませんので、そこに焦点をあてました。

2、日本の教会全体を網羅する。 
 今回は日本の教会全体のために、東北から九州まですべての教区の殉教者を含めることにしました。そのためたくさんの長崎の殉教者を候補から外しました。また東北にも多くの殉教がありますが、全体を考え、代表的な米沢教会だけを選びました。

3、信徒の時代に焦点を当てて選択する。
 司祭不足は現代の問題だけではありません。キリシタン時代に、司祭が不在であっても信者を中心とした活気のある教会の姿を見ることができます。当時の「組」を通して信者たちがどのように教会を維持し、信仰教育を行ったかということに焦点を当てました。

4、女性、子ども、障害者に焦点を当て、現代社会で弱者と呼ばれる人々を取り上げる。
 女性と子どもが多いのが今回の列福の特徴です。京都は女性によって代表される殉教ということで異論なく決まりました。テクラ橋本や熊本の小笠原みや、加賀山みやを通して現代カトリック教会の多くの女性を励まし、メッセージを送り、また障害児だったジョアン服部の息子トメや、盲目でありながら教会の責任者だったダミアンを福者の列に加えることによって、社会的に一番弱者であるところに焦点を当てました。

5、代表的な司祭を選ぶ。
 実際には大勢の司祭がいますが、無制限に増やすことを避け、代表的な4人に絞りました。以上のような基準で選択していった結果、最終的に188名となりました。ですから「188殉教者」という時、そこに繋がる多くの殉教者が含まれていることを私たちは理解しないといけません。

 次に、こうして選ばれた188名の殉教者から3人を取り上げ、現代の私たちにどのようなメッセージを残してくれているかを見ていきたいと思います。


私たちへのメッセージ 

ルイス甘粕右衛門―司祭不在の教会の中で
 米沢の殉教は、司祭がいないという状況の中で、信徒の指導者を中心として、どのように教会が維持されていったかがはっきりと示されています。上杉家の家老だったルイス甘粕右衛門は、江戸でフランシスコ会のルイス・ソテロ神父から洗礼を受けます。その後、米沢で甘粕右衛門を中心として教会が始まり、司祭不在の巡回教会にもかかわらず、信者数3千人以上の大きな教会に発展します。米沢教会にはフランシスコ会第3会である「コルドンの組」やイエズス会の「聖体の組」「さんた・まりあの組」という組織があり、その指導者はいずれも信者でした。「組」では信者は毎週定期的に集まって、祈り、霊的読書をし、それを暗記しました。これは当時とられた教理指導の方法で、指導者が読み、皆が繰り返して暗記します。そのようにして指導者から信者へ、親から子どもへと信仰が伝えられていきました。「コルドンの組」の会長だった甘粕右衛門は談義者と呼ばれていました。主日の集会祭儀は談義者を中心に行われ、談義者は福音書について話をし、その後「輪座」といって皆で輪になって教えについて分かち合う。このようなことを繰り返し行っていました。また洗礼、病人訪問、葬儀、結婚式はすべて談義者ら信徒が行い、巡回してくる司祭はミサと赦しの秘跡を授けることに専念しました。ですから実際に教会を維持したのは信者たちです。基礎共同体として小さなグループが毎週必ず集まって祈り、キリストの教えについて分かち合いをする。これが米沢教会の発展した理由であり、250年の迫害時代に、忠実に信仰を守り抜いていく力となりました。キリシタン時代の信徒中心の教会は、いつのまにか司祭任せになってしまった現代日本の教会のあり方について考えさせます。第2バチカン公会議が提唱する教会の姿とは遠いところにいまだ日本教会があるのではないでしょうか。

ヨハネ原主水―青春の蹉跌をこえて 
 ヨハネ原主水については、私自身興味があり以前から取り組んできました。彼の生涯は非常に現代的な意味を持っています。原主水は千葉の領主の家に生まれ、幼い時に父母を失い、徳川家康に育てられます。伏見時代にモレホン神父から洗礼を受けて、伏見教会の青年会で熱心に活動しますが、家康と共に府中に移り、エリートコースを歩むにつれ、教会から離れていきます。その頃の彼は「徳川実記」に「原主水、密通の沙汰あり」とあるように、女性の噂が絶えなかったようです。1612年徳川家康は禁教令を発し、信者である旗本と奥女中を追放します。この中におたあジュリアもいます。主水も2年間の逃亡の末、1614年に捕まり、手足の指を全部切り落とされ、足の筋も切られてしまいます。這って歩くこととなった主水は、ハンセン病者の小屋に運ばれますが、数年後いつのまにか江戸に出て来て、浅草のハンセン病者の中に住みながらフランシスコ会第3会の会長として江戸の信者の中心となって活動します。そして1623年の殉教の時は、主水は他の2人の神父と共に中心人物として馬に乗せられ、特別に最後に殺されていきます。エリートコースを歩み、青春の蹉跌を経験し、手足を失った。しかし「手足を失って彼はキリストの十字架を見た」(ルイス・ソテロ)のです。彼の生涯は、青春に過ちがあっても、失敗があっても、もう一度やり直すことができるということを教えてくれます。現代社会の学歴志向、競争社会の中で落とされていく青年たちがいます。人生の意味がわからなくなっている人たちがいます。また人生の汚点を背負って教会に来られなくなった多くの若者や家庭人がいるのではないでしょうか。その人たちに対して「大丈夫だよ。ここから始めることができるんだよ」という大きなメッセージを与えてくれる人として原主水を選びました。

ディエゴ結城了雪―責任説明ができる人として 
 足利将軍の家系の出である結城神父は京都を中心として活動しました。京都の大殉教をその目で見、記録したのは結城神父です。やがて彼自身も徳川幕府に追われ、四国で捕まり、大坂で逆さ吊りで亡くなります。逮捕されるまで結城神父は昔の召使を使って、瀬戸内海から淀川一帯を舟で巡回して宣教活動を続けていました。しかし殉教する前、結城神父は「私は誰にも迷惑をかけず、森にある木の実や草を食べて生きた」と公言します。それは、もし彼が自分をかくまった人の名前を言えば、その人たちは必ず捕まり拷問を受けることがわかっていたからです。ですから、彼らをかばうために敢えて「わたしは誰にも迷惑をかけなかった」と言ったのです。無責任の時代といわれる現代、第三者的に、評論家的に相手を批判するだけで、誰も責任を取ろうとしません。皆、平穏無事に役目を終えることだけを考えています。しかし第2バチカン公会議以降、教皇庁から出されている「キリスト教教育についての宣言」という文書では、キリスト教教育の基本は、例えば女子校であれば良妻賢母を育成するということではなく、責任感のある、自ら責任をとることのできる人間の育成にある、と言っています。親、大人たちがみんな責任逃れをして、誰も責任をとらない社会が生まれ、そこから秩序が崩れていっています。子どもたちもまた責任をとることを知らずに成長していく。こういう混沌としたポストモダンの時代に向かって「わたしは誰にも迷惑をかけない。私は自ら責任をとります」と、人をかばい通して死を選んだ結城神父の高潔さは確かなメッセージを送っています。

 私たちはこのように殉教者たちと対話しながら、それを黙想することで、現代の社会と教会への力強い語りかけを聞き取ることができるように思われます。



福音センター ニュース   


「私たちにとって殉教とは」に想う  
 
〜溝部司教講演会感想文〜 

 去る5月12日、河原町教会聖堂において、「私たちにとって殉教とは」をテーマに講演会が行われました。かねてより日本の司教団を中心に進められていたペトロ岐部と187人の列福を機に、あらためて現代の「私たち」にとって殉教がもつ意味を考えてみようというものでした。(講演の概要は当時報に別掲)
 以下は、当日の参加者(約300名)よりいただいた感想文です。多数の殉教者を出した京都の地で、過去に耳を傾け、今の教会へのメッセージを聞き取っていきたいものです。

● 当時の社会の様々な立場にある人々、全ての世代に亘る人々が神様から選ばれ殉教者となっていることがよく分かりました。共通するのは彼らの人生にとって神の愛を証することが正真正銘何よりも大切であったということ。これは信じることによって迫害をうけることのない現代に生きる私たちへの強烈な福音宣教のメッセージ。心を刺し貫かれる思いがしました。信仰生活をより神様のお望みに近づけるために祈り学び続けたいと思います。( 唐崎教会  松城 尚憲 )

● 十数年も前に、子どもから「昔のキリスト教徒と今のキリスト教を信じている人たちのイメージが、全然違うのはなぜですか?」と問われ、ことばに詰まった思い出があります。その問いかけが、今また新たに差し出されたような想いです。今回、溝部司教の講話をお聞きして、命をかけて信仰を証しした殉教という事実だけでなく、その背景、本人のみならず周りにいる人々の心情まで味わい、じっくりその事実を深めることができるように祈りたいと思いました。「見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは、永遠に存在するからです。」大きな問いかけです。( 宮津教会  玉手 幸子 )

● 2007年6月1日ついにペトロ岐部と187殉教者に教皇ベネディクト16世の裁可が下り、正式に決定されたことを、心からうれしく思います。4百年余りの時空を越え、数多くの日本の殉教者の存在が世界中に知られる事は我々信徒として誇りに思います。無数の殉教者の中から、日本の教会全体を網羅し、女性や子供、社会的弱者と呼ばれる人たちにも焦点をあてて選ばれた事な演からわかりました。4半世紀にも及ぶ溝部司教様のご努力が報われ、この日を迎えられた事をともに喜びたいと思います。( 河原町教会  梅原 秀夫 )    

 〒604-8006  京都市中京区河原町通三条上ル 京都カトリック福音センター
    Tel 075-229-6800 Fax 075-256-0090 E-mail fukuin@kyoto.catholic0jp



福音センター養成講座
 
       〜 共同体づくりのために 〜
  教会共同体づくりに不可欠な聴く、分かち合う、識別する
 を体験的に学び、それらを支える愛するを、教皇ベネディクト16世の
 回勅『神は愛』 の中に探ります。
 
講座内容 

 @ 識別について・・・9月 1日(土) 来住 英俊師(御受難会)
 A 傾聴について・・・9月15日(土) 小原 義雄氏(高野教会信徒)
                       西原 エツ子氏(大和郡山教会信徒)
 B 愛について・・・・・9月29日(土)   パトリツク・オヘール師(マリスト会)
 C みことばの分かち合いについて 
           ・・・10月13日(土)  幸田 和生司教(東京教区)

● 時 間  @〜Bの講座は  午後 1:30 〜 4:00(講話・分かち合い)
         Cの最終回は  午前10:30 〜 4:00(講話・分かち合い)
● 場 所 河原町会館6階ホール
             10月13日(土)の「みことばの分かち合い」は河原町地下ホール
● 参加費 \2,000(4回通して)、10月13日(土)のみ参加の場合 \800
申し込み締め切り  8月24日(金)までに

― お問い合わせ・申し込み先
    郵便番号・住所・氏名・参加コース名をご記入の上、参加費 2,000円を
    郵便振替口座( 00920-4-161844 カトリック福音センター養成コース)へお振込み下さい。
    〒604-8006 京都市中京区河原町通三条上ル 京都カトリック福音センター
Tel 075-229-6800 Fax 075-256-0090 E-mail fukuin@kyoto.catholic.jp



188殉教者紹介 6
西坂の殉教者
―ミゲル薬屋とニコラオ・ケイアン―


 1633年7月28日、疲れ果てた2人の男が、ゆっくりと西坂へ続く石段を登っていた。後ろ手に縛られ、その周りで役人、執行人らが警棒をふるい道の行く手を開いていく。群衆の中には数人の若いポルトガル人の顔も見られる。殉教者の1人ミゲル薬屋が突然唱え始めた。「すべての民よ、神をほめ賛えよ」。
  彼のそばで1人の役人が死刑の宣告を記した捨て札を掲げている。「この者は施しを集め、その金で殉教者の未亡人や孤児および宣教師に援助をしていた」。ミゲルは興善町の住民で、少なくとも1618年から慈悲役、すなわちミゼリコルディアの組の長の務めを果たしてきた。敵意に満ちた社会の中で追放、投獄、拷問に対し、ミゲルは静かに善行を行っていた。慈悲の行為は迫害者に対するミゲルの答えであり、ミゲルに対するイエスの答えでもある。「私が飢えていた時、食べ物を与え、牢にいた時、見舞ってくれた」。
  7月28日、長崎の良きサマリア人であったミゲル薬屋は、西坂の殉教地で炎に包まれ、愛の最後の証しを見せた。長崎のミゼリコルディアの組の創立から、ちょうど50年目であった。
  もう1人の殉教者、イエズス会のイルマンであったニコラオ・ケイアン福永は、近江永原に生まれた。彼は安土セミナリヨの生徒で、1588年にイエズス会に入会し、天草のコレジヨで勉強した後、イルマンとして宣教に身を打ち込んだ。1614年まで博多の教会に留まり、そこからマカオに追放されたが、1619年、秘かに日本に戻り、おもに大村領で活動した。イエズス会の報告書は、「説教する」、「日本語でよく説教する」など、彼について簡単に記している。最後の報告書は、彼が「殉教の時にも説教した」と記している。それは、イエスのみ言葉に捧げられた生涯であった。ニコラオは、1633年に始まった穴吊りの責めを最初に体験した宣教師である、7月28日に穴に吊り下げられ、31日、聖イグナチオの祝日の朝、息を引き取った。
  日本語が堪能であった長崎生まれのポルトガル人は時折殉教地に近付き、ニコラオの声も役人の話しも聞いている。役人たちは横柄な態度で、「後悔することがないのか」と尋ねると、ニコラオは快く「はい、将軍様をはじめすべての日本人をキリスト信者にしなかったことを」と答えた。
  最後に聞こえたニコラオの声は、聖母マリアの連願であった。1年後の1634年、マカオで行われた調査の時、その若いポルトガル人たちは、見聞きしたことを生々しく証言している。


キリシタン関係行事

8月
 ○14日(火)19時  根獅子殉教祭  場所 根獅子の浜公園(平戸市)   主催 紐差教会
 ○19日(日) 周防・長門殉教者記念ミサ
          ∧山口のダミアン殉教の日∨ 場所 山口ザビエル記念聖堂 主催 山口教会
 ○26日(日)14時  南蛮寺跡ミサ  場所 京都市平新旅館(予定)   主催 京都キリシタン研究会
 ○26日(日)10時  鳥越の殉教者記念ミサ 場所 浅草教会

9月
 ○16日(日) 福者カミロ・コンスタンツォ神父殉教祭 場所 焼罪史跡公園(平戸市) 主催 長崎教区
 ○22日(土)9時半 六条河原巡礼会 場所 河原町教会〜六条河原〜南蛮寺跡〜フランシスコの家
          主催 京都キリスト教文化資料館、京都キリシタン研究会
 ○23日(日) 聖トマス西と15殉教者ミサ 場所 中町教会(長崎市) 主催 長崎教区 



聖書講座シリーズ「使徒言行録」5/30・31
最初の教会  奥村豊神父


 今日のお話の個所は、「使徒言行録」の3章と4章である。
 ペトロは、40歳を過ぎた男性の足を治して、驚いている民衆に向かって「イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです」と言われた。「イエスに対する信仰」ではないことに注意をしていただきたい。 自分の力や信仰によって歩かせたのではない。このことは陥りやすい危険である。この言い方は何か変であると思ったらいい。イエスの名によってこの言葉を発した者の信仰ではなく、イエスの信仰である。イエスが神と結ばれていることによるいやしである。

 3章20節「こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです」。ここで疑問が出てくる。イエスを遣わしてくださるのではなく、もう遣わされたではないか。

 3章24節「預言者は皆、サムエルをはじめその後に預言した者も、今の時について告げています」。
今現在ではなくもう過ぎ去っているではないか

 3章26節「それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです」。ここでは遣わしてくださったになっているではないか。
 これらは時系列的に定規のように規則正しく進んでいく時間の観念では捉えられない。ペトロは今の時について言っているのである。
 考えてみれば昔なんていう世界はどこにもない。時というのは今しかない。言葉で「した」とか、「している」とかいい分けしているが、どんな時でも今である。

 イエスが十字架につけられたのは2千年前だとわたしたちは理解している。しかし2千年年前の世界なんてこの世のどこにもない。わたしたちには今の世界しか存在しないのである。ではあの出来事はどこに行ったのか。
 ペトロがここで一生懸命言おうとしているのは、イエスが十字架上で殺されたのは、ペトロにとって何年か前、何日か前のことではない。ペトロにとって、常に今の時の出来事である。十字架を仰ぎ見て、死んでいく姿を見て、自分が裏切った本人であるというすべてを含めてのその時の思いで時間がストップしているのである。その臨場感のまま生きているので、このような言葉になっている。
 これはちょうどわたしたちが過去にあった非常に印象の強い出来事の写真を見たとき、一瞬にしてタイムスリップして、今がその時点になると感じるときのことを思い出したらいい。
 救い主を遣わしてくださるという希望を持った見方と、すでに遣わしてくださって自分が救いの中にいるという感覚が一緒になってもおかしくない。その時は常に今であって、イエス・キリストの十字架の時である。
 教会という言葉の「エクレシア」が出てくるのは5章11節である。今の章で出てくるのは組織的な教会というより、もっと本質をついたものである。「教会は一体何を生きているのか」というと、今の時、イエス・キリストが遣わされて十字架上で使命を果たされた、その瞬間をペトロのように生きているものである。
 救いの出来事は、イエス・キリストの十字架と復活の出来事を過去のものとしてとらえるのではなく、淡い未来のあこがれとしてとらえるのでもなく、常に緊迫感を持って、十字架の時は今なのだと思って生き続けていく人たちの集団、その時を自分の人生として生き続ける人の集団、それが教会である。わたしたちの生き様でその救いが展開されていると考えたら、生き方が変わってくる。わたしたちは短い生涯の中でそれを表し続けなければならない、わたしたちにはそういう使命がある。
 ペトロのように過去も未来も分からなくなるほどにイエスの十字架の時を瞬間・瞬間の純粋な思いで生きていかなければならない。本当にイエスの十字架を生きていこうという思いが一番大切である。それを忘れるともはや教会ではない。



こんにちは神父さん


長岡幸一神父

所属カルメル修道会
生年1938
叙階1972

 高校在学中に洗礼の恵みを受け、登下校の途中に必ず聖体訪問をする私に、イエズス・マリアの聖心会の神父様が、「司祭になりませんか」と声をかけて下さいました。いつも神様と向き合う者となりたいと思っていたので、司祭への道を考えるようになりました。
 カルメル会に招かれ、修道司祭として35年、聖霊の導きの中、多くの方々との出会いの中で、最悪の肝臓病・失明寸前からの奇跡的な癒しの体験をさせて頂きました。
 最近は、自然に恵まれた修道院の中で、規則正しい生活を送りながら、神様との深い人格的な交わりの中に置かれ、この恵みを人々に伝えるためにカルメル会の司祭として招いて下さった神様の大きな愛を強く感じながら感謝の日々を送っています。



ボアベール神父

所属聖ヴィアトール修道会
生年1938
叙階1974

 早いもので今年8月15日には聖ヴィアトール修道会誓願50周年を迎えます。1962年4月ブラザーとして来日。64年迄の2年間日本語学校に通い、洛星では6年間教えました。1970年上智大学での4年間の神学の勉強を終え京都に戻り、1974年の叙階では瀧野神父様、松本神父様と一緒でした。1975年司祭となりずっと北白川教会と歩んで来たことになりますね。この間にも教会新築もあり北白川教会を大切に考えている信者の集まりにも何度も参加し修道会としての話し合いをもったおかげですばらしい神様の家、御聖堂が完成しました。
 これからも神様からいただいた使命に忠実に応えながら感謝の気持ちを忘れずにがんばることが出来れば嬉しく思います


良書紹介
『福音書への道案内』
―キリストを知るために―


『福音書への道案内』 ―キリストを知るために― 伊藤慶枝著 パピルスあい社発行

 この書は、宗教や主義を問わず、福音を愛用する人々のハンドブックとして編まれたものである。
 1996年から2年間「福音宣教」誌(オリエンス)に連載された「ミサの福音書から」のシリーズ、その続編「マルコによる主の受難・復活」(2000年2〜4月)及び同時期に書かれた未発表原稿「ルカによる主の受難・復活」を主にして、補足を加えて出版された。
 「ミサの福音書から」は、典礼歴に基づいて、日曜日のミサの朗読個所を次々に解読していく形式を取った。
 しかし、それをもっとスリムにするため、原稿は書き改められ、四つの福音書をまとめることになった(しかし、四つの福音書の端から端までという形はとらず、主日に朗読される個所が取り上げられている)。
 本書の特色は「聖書を知ることはキリストを知ること」と著者が簡潔に語っているとおり、テキストを知るということは、キリストの教えを知ろうとすることにある。
 著者は「聖書は聖書で解釈する」という方法をとり、聖書の本文それ自体の内在的な読み方に徹しようと試みた。
 そのため現代の種々な聖書解釈の方法の中から、特に聖書の構造それ自体を見る「聖書の文学的構造分析」という方法を取り入れ、一つの福音書の中の文脈構成に目を注ぎながら、その全体像へと読者を導こうとする、また、必要な限り4福音書を相互比較しながらそれぞれの特徴に迫っていく。
 それにより福音書を何よりも「信仰のあかし書」としてみつめている。著者は最後のまとめを石井祥裕氏に委ねて、昨年他界された。


大塚司教  8月のスケジュール


7月29日(日)〜4日(土)バチカン諸宗教対話評議会マチャード神父来訪
3日(金)〜4日(土)比叡山宗教サミット20周年の集い(京都国際会館)
4日(土)比叡山平和の祈り15時

5日(日)〜7日(火)教区中学 生広島平和巡礼(5日広島平和ミサ18時) 
8日(水)〜9日(木)カトリック学校職員修養会(河原町会館)
12日(日)教区一斉平和祈願ミサ
      京都南部東ブロック平和ミサ(河原町)15時
      平和行進17時
15日(水)聖母被昇天ミサ(河原町)10時
25日(土)教区教会学校研修会
27日(月)奈良地区カトリック幼稚園研修会(奈良教会)


青年センター あんてな 
  青年が考える平和    奥村裕孝


 こんなにもモノに溢れかえった時代に生まれた青年にとって、平和という言葉を考える機会は少ないのではないだろうか。
つまり毎日健康にすごし、食事ができ、学校に行き勉強することができ、友達と遊ぶことができたら、それはとても平和な状態だと思う。平和に対してそこまで執着心もなければ関心もない。それはきっと平和な状態に慣れてしまったからだと思う。  
悪い言い方をすれば平和に対しての感覚が麻痺してしまっていると思う。これは恐ろしいことだ。今でも世界では国家間での戦争やテロ、国の紛争で苦しんでいる人たちがいるのに、自分たちが平和なら周りの人たちもそれなりに平和を満喫して暮らしているのだろうと錯覚してしまう。
 「平和」、この漢字は「平らに和む」と読むことができる。「平らに」とは平坦な地の事、つまり「地球」の事であると私は解釈する。また、「和む」はその字のとおり「和む」事をいうのだと考える。
そして、「平らな地球の上」で「和む」のは、自分一人ではなく、地球上すべての人類がそうあるべきだと思う。
 要するに平和という言葉は、一人称では使えないものだと思う。誰かと共有することで初めて用いることのできる表現だ。たしかに「私は平和な状態にいる」と言いきってしまう事もできるが、それはある意味、とても自己中心的な考えであると思う。
 ここで私個人の話をさせていただくと、今年もまた京都教区中学生会の広島平和巡礼に、リーダーとして参加する事を決めた時、「なぜ今年も行くのか」と疑問を投げ掛けられた。その時どう答えたのかはっきりと覚えていないが、去年の私は、「平和とはどんな状態を言うのだろう?」と自問自答を繰り返していた事を思い出した。
 でも、今にして思うと、平和とは自分だけのものではなく、みんなと共有するものなのだから、一人であれこれ考えても答えは出てこない。そのような思いに行き着いた。

 今年もまた広島でみんなと平和なひと時を共有できたらと思う。






お知らせ


教区委員会から
◆青少年委員会
 ▼教区中学生広島平和巡礼5日(日)〜7日(火)
 ▼教区高校生会夏合宿9日(木)〜11日(土) 場所 メリノールハウス
◆聖書委員会▼聖書深読、聖書講座シリーズ8月はお休みです

修道会から
◆聖ドミニコ女子修道会
 ▼「ロザリオを共に祈る会」17日(金)10時半 どなたでもどうぞ
 ▼場所 京都修道院▼問合せ075(231)2017

学校関係施設から
◆青谷聖家族幼稚園
 ▼FAX番号0774(53)9304に変わりました

諸施設・諸活動から
◆JOC(働く若者の集まり。フリーターや働く予定のある青年も歓迎します)
 ▼最終水曜日19時 京都働く人の家(九条教会前)連絡先090(8207)1831
◆カトリック聴覚障害者の会京都グループ
 ▼手話学習会8月はお休みです
◆子羊会
 ▼一泊合宿25日(土)〜26日(日)かんぽの宿富田林
◆京都カトリック混声合唱団
 ▼練習日5日(日)14時、25日(土)19時、河原町会館6階
◆京都カナの会
 ▼例会8月はお休みです
◆京都キリシタン研究会
 ▼南蛮寺跡ミサ26日(日)14時 平新旅館 ミサ・講演会・茶話会
   講演  聖母女子短期大学名誉教授三俣俊二氏
 ▼六条河原巡礼会(京都キリスト教文化資料館共催)9月22日、10月6日いずれも土曜日9時半
   河原町教会〜六条河原〜姥柳町南蛮寺跡〜フランシスコの家(事前申込み必要) 
◆コーロ・チェレステ
 ▼練習日第2、第4、第5木曜日10時 河原町会館6階
◆在世フランシスコ会京都兄弟会
 ▼聖クララ祭11日(土)10時 クララ会仁川修道院
 ▼集会8月はお休みです
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会
 ▼河原町協議会19日(日)河原町教会
◆ディンプナの会 ▼8月はお休みです
◆二金会 ▼8月はお休みです
◆糠みその会▼30日(木)19時半 九条教会ホール
◆心のともしび 8月番組案内
 ▼テレビ(衛星・ケーブル放送) スカイAスポーツプラス
   *毎週土曜日朝8時45分より*
    井上博嗣神父によるシリーズ『聖書に学ぶ』。
  4日と11日「モーセの召命」、18日と25日「モーセと十戒」。(但し、25日は7時45分からに変更)
 ▼ラジオ KBS京都ラジオ
   *8月のテーマ「日々のつとめ」。
   月〜土 朝5時15分より5分間。
  問合せ075(211)9341
◆「一万匹の蟻」運動基金報告 累計50、125、672円(6月18日現在)

地区・ブロックの平和旬間行事
(7月に行われるものも合わせて報告します)

◆京都南部北ブロック
 ▼平和祈願合同ミサと学習の会8月5日(日)10時平和祈願合同ミサ 11時10分講演
   場所 衣笠教会 テーマ「ペトロ岐部と187殉教者」講師 聖母女子短期大学名誉教授三俣俊二氏
◆京都南部西ブロック
 ▼平和祈願ミサと講演会7月29日(日)10時 場所 桂教会 講師 京都いのちの電話事務局長 平田真貴子氏
 ▼「平和を作り出すキリストと市民の集い」(西山地区)に参加 本年度担当 日本基督教団 さふらん教会(詳細未定)
◆京都南部東ブロック
 ▼平和祈願ミサ/平和行進8月12日(日)15時平和祈願ミサ(大塚司教司式、河原町教会)、
             17時平和行進(河原町教会〜円山公園)
◆京都南部南ブロックA
 ▼平和祈願ミサと映画8月12日(日)9時ミサ、10時15分映画「アル・ゴア 不都合な真実」鑑賞、12時分かち合い 場所 伏見教会
◆奈良地区
 ▼講演会 遺伝子組み換えと生命特許―信仰の立場から―8月12日(日)14時 
   講師 マッカーティン・ポール師(聖コロンバン会)場所 奈良教会信徒館2階
◆三重中勢ブロック
 ▼憲法9条を守ろうという表題でチラシを作成し配布
 ▼各小教区では戦争体験を持つ方の講演



日本のカトリック教会現勢

 日本全国各教区からの報告をもとに中央協でとりまとめた昨年度の現勢報告から、要点を紹介します。
  (数字は2006年度( )内は10年前と比較した増減)

 ○在籍信徒数 444,045人(3パーセント増)
 ○信徒率 人口に対する信徒の割合 約0.35パーセント
 ○主日のミサ参加者 119,988人(約16パーセント減)
 ○復活祭ミサ参加者 205,804人(約11パーセント減)
 ○クリスマスミサ参加者 277,950人(約11パーセント減)
 ○受洗者 7,193人(約28パーセント減)
   この数字、どうなんでしょうねえ


編集部から

◆編集部から
お知らせに載せたい情報は、前月の1日までに、教区時報担当宛に
FAX075(211)4345 か、henshu07◎kyoto.catholic.jp (4月からアドレスを変更しております)
に、発信者のお名前を明記してお寄せください。

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