2008/9 No.370
<京都教区時報 2008年9月号の目次>

・1  聖トマス西と十五殉教者

・2 でうすのご奉公にすすむべきこと  川村信三神父(イエズス会)
     〜キリシタン共同体のあゆみとはたらき〜

・3 福音センターニュース <講演・講座案内>
     ・講演会「でうすのこ奉公にすすむべきこと」質疑応答

・4   こんにちは神父さん  ラモス神父 、外崎神父

     

・5 
良書紹介 : 紙芝居と絵本
      27本の十字架 ― 京都の大殉教 ―

    ・パウロの世界に学ぶ1 パウロの略歴

・6  青年センタ あんてな:ワールドユースデーinシドニー報告

・7 大塚司教の9月のスケジュール 

・8 お知らせ

    



聖トマス西と十五殉教者     


 一九八七年に列聖された聖トマス西と十五殉教者は、一六三三年〜三七年に長崎で殉教した人々です。日本人は九名だけで、フィリピン人の聖ロレンソ・ルイスはフィリピンでの最初の聖人の栄誉をになうことになりました。

 共通する特徴は、禁教のさなか、激しい弾圧と飢え、寒さに耐えながら、自ら神との深い交わりのうちに生き、信者の信仰を強め、つねに神のみことばをのべ伝え、キリストのために命をすてたことです。彼らの福音宣教に生きる姿、そしてキリストのあかし人として生きたその生涯は、今日の私たちに信仰と生活を一致させ、福音宣教に生きるようにうながしているようです。

「殉教者の血は信者の種」ということばもありますように、殉教者たちの信仰のあかしによって、今日のカトリック教会があるといってもいいでしょう。
(「聖トマス西と十五殉教者」より引用)



写真は、ドミニコ会発行の「長崎16殉教者 神のしもべ達の横顔」より






でうすのご奉公にすすむべきこと
  〜キリシタン共同体のあゆみとはたらき〜
川村信三神父(イエズス会)


現代の殉教観と列福の意義
 最初に申し上げておきたいことは、京都教区は大塚司教様のご尽力により、このような場が設けられていますが、全教会を見渡してみますと、必ずしも一八八列福を皆が喜んでいる訳ではないということです。盛り上がらない教区もたくさんあります。実際、殉教とか列福とか四百年前の話はやめましょう、もっと将来に目を向けましょうという声がありますし、人間を顕彰してどうするのか、私たちが礼拝するのは神だけだといった強い意見もあります。人間を顕彰するつもりは全然ありません。むしろ殉教者たちが見ていたもの、最後まで信じ抜いたものは何だったのか、そちらに目を向けましょう、その一つの例としてこんな人たちがいましたという取り上げ方をしましょうということが今回の列福の大きな柱です。

 殉教者たちが見つめていた永遠のもの、-すなわち神様を、彼らの生き様、死に様を通して思い巡らすというポイントがあるのです。そして殉教者たちが私たちに与えてくれるメッセージにはいくつか柱があります。一つは、信じ抜いたということ。不信が渦巻く世の中で、私たちは信じることに鈍感になっていますが、殉教者が語りかける「信じる」ということにポイントがあります。二つ目は、絶望するなということです。穴吊りという恐ろしい拷問を受けた殉教者も、暗闇の中で、今まで信じてきたことに対する疑いの心が起こったかも知れません。しかし彼らは最後の最後まで希望を捨てませんでした。主イエスが私たちのために亡くなってくださったという希望を失いませんでした。これが何より私たちが学ぶべきことです。そして最後に愛するということ。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネ15・13)というイエスの言葉通り、殉教者にとって友はイエスに他ならなかったのです。このように現代の私たちへのメッセージとしてこの殉教を考えましょう。もしも私たちが同じ信仰者ならば、この殉教者の生き方は同じ延長線上にあるのです。十七世紀に書かれた『丸血留の道』というキリシタンの心得についての本があります。この中に殉教がはっきりと定義されています。それによると殉教とは、無抵抗のうちにイエス・キリストの教え、あるいは道徳のために死ぬことです。キリシタンたちはこれを毎日復唱していました。自分は殉教者になれるか、と自問自答する人がたくさんいますが、殉教は与えられるお恵みであり、自分で得るものではありません。『丸血留の道』は「へりくだり」こそ殉教だとはっきり言っています。テクラ橋本、橋本太兵衛ら一八八殉教者はそれを実行した人達なのです。へりくだって与えられた最期を受け取った。そんなへりくだりが大事だと思います。誰も殉教するとは言えません。私たちは恵みをいただけるように祈るだけです。

 新渡戸稲造の『武士道』という著書に、真の勇気とは、という定義があります。その中で、恐るべきものと恐るべきでないものを見極められる心が勇気の源だとあります。日本の殉教者たちは、目の前の拷問の苦しみや火あぶりの火は恐れるに足らないものであり、本当に恐れるべきものは主から離れることだと知っていました。そこに殉教者の日本人としての生き様、本当の武士道という勇気が見えます。そして最後に殉教者たちは『キリストに倣う』という本のように、イエス・キリストの十字架に一致することを望んだのです。これも殉教の思いとして私達は忘れてはいけません。

殉教者を育んだ共同体
 司祭が不足し、秘跡になかなか与れないにもかかわらず、潜伏キリシタンの共同体が秘跡を中心にした共同体であったという逆説が生まれています。司祭がいなければ秘跡は出来ません。そんな状況にもかかわらずこの秘跡を一番大事にしようとした共同体こそが、殉教の共同体、あるいは潜伏キリシタンの共同体として残りました。この不思議を少し考えたいと思います。一五八七年、豊臣秀吉による伴天連追放令が出され、約二百名いた宣教師達の内、ある人はマカオに逃れ、ある人は日本に残り共同体に戻りました。その後の一五九二年の統計によると、信徒は二十二万五千人いたといわれます。これは洗礼台帳から明らかです。そして司祭は何人程いたかというと、四十人です。四十人の司祭が約二十三万人の信徒に秘跡を与えようと、約二百箇所の共同体、あるいは祭壇を設けたチャペルの共同体を必死に走り回っていました。特にトリエント公会議が、ゆるしの秘跡は年に一度は必ず受けなければならない、大罪を犯した人は必ず口で告白しなければいけない、といったことを強調したため、信徒たちも司祭を捜し回りました。ですから共同体には、司祭が来たらすぐにミサや赦しの秘跡ができるように準備し、去ったら次回の司祭の訪問のために準備をする人がいたはずです。そして北陸から九州まで全国二百箇所、全く意思疎通の無かった共同体に同じような準備と工夫があったというのは、何か共通のシステムがあったのではないか、そして、それは何だったのかと私は考えました。十数年前外国で勉強している時、コンフラテルニタス、日本ではコンフラリヤというのですが、信徒信心組織という話を初めて聞きました。信徒が五十人、百人位のグループになって、信徒だけで自分達のリーダーを決め、会則をもち、司祭・修道者の指導を全く仰がずに、共通の様々な活動をしていたという信徒組織・信徒信心会をいいますが、十三世紀頃からこの組織づくりがヨーロッパで盛んだったというのです。イタリアやイベリア半島などにコンフラリヤの基本的な形がいくつかありました。十三世紀、ペルージャという街である修道士が鞭打ち苦行として皆の前で上半身裸になり、自分で鞭を打って悔い改めの説教をしました。その時、彼に従って何十人という行列が出来て、街中を歩き回ったといいます。そして街中だけでなく隣村にも行くとそこでも同じような団体が起こり、行列があちこちに出来たそうです。この鞭打ち集団というイタリアらしい団体は一年程でなくなりましたが、このように皆で共通の信心業を一緒にしようという団体がヨーロッパにたくさん出来ました。これがコンフラリヤの起源だといわれています。鞭打ち・集団苦行実践型であったり、病人の世話や死者の埋葬などを行うミゼリコルヂア等の慈善事業型の団体も、信心業を中心に始まりました。みんなで跪いて一昼夜リレーで祈ったり、ロザリオを一緒にしたりする。そのような様々な活動項目で五十〜百人のグループができました。こうした信徒信心組織は教会を支え、宗教改革時代に至るまで繁栄しました。

コンフラリヤの日本移入
 ポルトガルやイスパニアを含むイベリア半島で盛んになった信徒信心会は、十六世紀イエズス会の宣教師によって日本にもたらされ、初めに大分県豊後に病院を作りました。立派な小教区をつくるには司教が必要なため、司教が日本に来るまでの五十年間、イエズス会やフランシスコ会の宣教師達は宣教共同体を作るだけでした。それで病院共同体を作ったのです。イエズス会のルイス・デ・アルメイダは医学の心得のある人だったので、イエズス会士たちは医療活動を始めました。その時、信徒十二名を選んで病院を手伝わせたというのが日本版ミゼリコルヂアの起こりです。病院を手伝う信徒組織として教会共同体が日本に初めて出来ました。外科、内科がありましたが、もう一つ大切なこととして、彼らは重い皮膚病の方々の世話をしました。当時重い皮膚病の人達はひどい差別を受け、社会から追い出されていましたが、ミゼリコルヂアは教会活動をしながらその人達を治療し世話をしました。またミゼリコルヂアのもう一つの大きな力として、死者の埋葬があります。ある記録には、道端で行き倒れて死んでいる人達は聖(ひじり)さんという役割の人が犬や猫のように穴に埋めて葬るだけだったと書いてあります。ところがキリシタン達はそれを美しく葬儀までしてあげるのです。ミゼリコルヂアはその葬儀のマニュアルを作っているのです。日本で最初に行われたといわれる西洋式葬儀には三千人の見物客が集まったと言われています。他にもミゼリコルヂアは、自分たちの本部の前にミゼリコルヂアの箱という献金箱を置き、集めたお金を貧しい人たちの葬儀費用にしていました。
(次号に続く)






福音センター ニュース   

       講演会「でうすのご奉公にすすむべきこと」質疑応答

        
 5月に行われました川村信三師による講演会の質疑応答(要約)を2回にわたってご紹介します。
なお、講演要旨は当誌の2〜3ページに掲載されていますので併せてお読みください。



質問1、お話のなかに、「殉教者を育む共同体は、秘跡に生かされた共同体」ということが、ありましたが、司祭が不在のなかで、どのようにしてそれが可能だったのでしょうか。

回答  ゆるしの秘跡と考えてお答えします。ゆるしの秘跡については非常に興味深いことがあります。『こんちりさんのりやく』というのをご存知ですか。これはキリシタン時代に出回った教理書ですが、そのなかにキリシタンたちが「オラシヨ」として唱えていた祈りがあります。その内容はゆるしの秘跡に関するもので、たとえ司祭がいなくても、司祭がいずれ現れたときに告白するという覚悟があれば、真の痛悔だけでゆるしの秘跡をしたことになるということです。これは日本的な例外で、今はもちろんゆるされませんが、迫害下の教会では、たとえ踏み絵を踏んでも真の痛悔をして、「こんちりさんのオラシヨ」を唱えてゆるしの秘跡の代わりにしてもちこたえていたのです。キリシタンたちが250年間、司祭不在のなかで待っていた原動力のひとつに「こんちりさんのりやく」という仕組みがあったのです。


質問2、これからの宣教にコンフラリヤのような知恵が生きるでしょうか。

回答 現代の日本では地域共同体というのが崩壊しています。しかし、たくさん信徒を増やし続けている新興宗教はたくさんあります。そういった宗教団体は信徒組織を非常に充実させ、相互扶助団体を作っています。わたしたちが都会で失ってしまったような地域共同体を復活させています。カトリック教会は地域共同体づくりが遅れています。教会にミサに来て、月1回、維持費を払えばすんでしまうようなところがあって、お互いに助け合おうということは少ないですね。だから農村とか都市とかに関係なく相互のコミュニティー作りのためには16世紀のヒントが生きて来ると思います。


質問3、信仰に命をかけた殉教者は死ななければ地獄に行くのが恐ろしくて肉体的な死を選んだのではないでしょうか。

回答 宣教師たちが地獄の恐れを説いたことは事実です。そしてそれを避けたいために教会に来てゆるしの秘跡に与った人も確かにいたと思います。しかし、殉教という自らの命をかけた人たちにおいてはそういうところは超越していたのではないでしょうか。永遠の罰よりも、むしろ、永遠の至福、すなわち、神との一致に達するパライソ(天国)について希望を持ち続けたようです。


質問4、今は洗礼を受けるのに要理を1年近く習って、やっと洗礼を受けますが、当時の信者が急に多数増えたという話を聞くと不思議に思います。

回答 確かに、村に帰って30人一緒に洗礼を受けたという話がありますね。実は、キリシタン時代の洗礼の一番大きな条件は、唯一の神、創造主がいるかいないか、それを信じるか信じないかということだけでした。三位一体論とか難しい教義の話を教えてもらうのは後のことです。ほとんどの人は、絶対・唯一の創造主ということを一つの関門として与えられ、それを受け入れれば洗礼を受けることが出来ました。あとの細かいいろいろなことは、『どちりなきりしたん』という教理書がありますから、それを復唱しているわけです。水方さんといった人達があとで活躍するのも同じような理屈だと思います。


 京都カトリック福音センター 問い合わせ先
   〒604-8006 京都市中京区河原町三条上ル  京都カトリック福音センター
    Tel 075-229-6800 Fax 075-256-0090 E-mail  fukuin@kyoto.catholic.jp




良書紹介:紙芝居と絵本

27本の十字架― 京都の大殉教 ―


 この度、京都の大殉教の紙芝居と絵本をカトリック京都司教区の「京都の大殉教列福記念特別委員会」が製作した。

 京都の大殉教(10月6日)について、子供たちを初め私たちはどこまで理解出来ているのであろうか?
そのような思いから黒田正氏(加悦教会 信徒)は原画と文章を作成し頭島光師(レデンプトール会司祭)が監修したスライドショーとしての物ができていた。これを見た大塚喜直司教は、列福記念事業の一環として子供から大人まで多くの方が手に取り分かりやすく理解できるようにと紙芝居と絵本としての製作を決めた。原画は子供にも親しみやすいクレヨンによるアニメ仕立てになっている。絵本の文字は大き目に作成した。
 1619年10月、将軍徳川秀忠は、ジョアン橋本とその妻テクラと5人の子供たちを含む52名をみせしめのため、女子供を問わずキリシタンはみな火あぶりの刑に処するように命じた。鴨川の河原で27本の十字架のもと彼らは祈りと喜びに満ち溢れていた。身重のテクラは娘ルイサをしっかりと抱きその両脇に2人の息子が縛り付けられていた。火が放たれ殉教者たちの祈りが天に放たれた。自分たちの名誉のためではなく、ただひたすら自らが信じるもののために命を賭けたのであった。
「殉教」とは壮絶な歴史事実であるが、「現代の殉教」を生きるように召される私たちはこれを次世代に語り継ぐ大切な使命がある。








パウロの世界に学ぶ1 パウロの略歴 使=使徒言行録

1 誕生・幼年時代 使9・11、ガラテヤ1・13〜14、フィリピ3・5 〜6
2 青年時代 使22・3
3 回心 使9章22章26章
4 第一回エルサレム上京 使9・26、ガラテヤ1・18
5 シリア・キリキア宣教 ガラテヤ1・18〜19

6 第二回エルサレム上京 使11・30
7 第一回宣教旅行 使13章14章
8 エルサレム使徒会議 使15章、ガラテヤ2・1〜10
9 第二回宣教旅行 使15・36〜18・22
10 第三回宣教旅行 使18・23〜21・26

11 逮捕・投獄 使21・27〜26・32
12 ローマへの護送 使27・1〜28・15
13 ローマでの軟禁 使28・16 〜31
14 イスパニアへの宣教 ローマ15・24、28、ペトロ行伝
15 ローマでの殉教 エウゼビオスの教会史




こんにちは神父さん



ラモス神父
所属 属人区
オプス・デイ
生年 1959
叙階 1987
        
 スペイン北部から日本に来ることになった時に、素晴らしい冒険と思って、とても喜びました。飛行機での長い旅の間に特に一つの言葉が浮かんできました。「わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(マタイ2, 2)日本にはたくさんの人がイエスを見、礼拝するようにと祈りました。今も、その言葉は刺激と励みになります。
 1991年に来日し、長年大分で働きました。オプス・デイのセンターで黙想会、勉強会、霊的指導など、そして、大分教区の国際協力委員会を担当し、外国人の信者の司牧に当たりました。私は大分出身と誇っています。今は京都の吉田学生センター(男子)と下鴨アカデミー(女子)で手伝っています。趣味はハイキングとスポーツで、大学にスペイン語を教えてもいます。



外崎豊神父

所属 札幌教区
生年 1959
叙階 1995

 子どもの頃、大きくなったら何になりたいのかとよく聞かれたものである。大抵の場合、次のように答えていた。「神父様!」。そうすると、信者のご婦人たち、特にシスターからは特に喜ばれ、「まあ、素晴らしい!」と必ず言われたものだ。シスターは決まって次にポケットから飴玉を取り出して、いつもいただくことができた。少年の私はこれに味をしめて、事ある毎に、自分の意に反してそのように答えていたように思う。
 ある先輩司祭の名言がある。神様には「みわざ」と「しわざ」があるのだと。素晴らしい神の「みわざ」。そして、自分というものを思い知らされる神の「しわざ」。私が司祭にさせていただけたのは、もちろん後者。




      

大塚司教  9月のスケジュール


4日(木)福岡・「福岡サン・スルピス大神学院」開校準備司教委員会
7日(日)京都南部・西ブロック司教訪問(桂教会)
9日(火)青少年委員会15時
10日(水)中央協議会
11日(木)中央協常任司教委員会
13日(土)パネルディスカッション(河原町)

14日(日)スペイン語ミサ(彦根教会)11時
15日(月)第20回日本カトリック神学会学術会議(南山大学)
16日(火)滋賀学法理事会(大津)15時
17日(水)〜18日(木)司教顧問会・地区長合同会議
20日(土)「京都の大殉教」列福記念事業特別委員会14時

21日(日)京都南部・東ブロック司教訪問(北白川)
28日(日)国際ファミリーデー(三重地区:セントヨセフ学園)
29日(月)〜30日(火)大阪菅区事務局長会議(京都)



青年センター あんてな                 
  ワールドユースデーinシドニー報告
  唐崎教会 篠田 正司


 7月9日から7月22日までWYDシドニー大会に参加してきました。 行ってみようと思ったのは過去のWYDに行った人達みんなから「一度は行くべきだ」と聞いたからですが、今の行ってしまった自分としてはみんなに「一度は行くべきだ」といいたいです。それぐらい素晴らしい体験が出来ました。二週間の間にいろんな事がありました。いろんな人に出会い、いろんな事を考えました。

 もしかしたらこんな事は普段の日常でもありえることですが、WYDでは聖霊を通じていろんな事があり、いろんな人に出会い、いろんな事を考えました。そしてどうなったかを一言で言うと「神様との距離が近づいた」という感じがします。神様はWYDを通じて僕たちにいろんな語りかけをしてたんだと思いました。 その語りかけは偶然とか、たまたま起こった事ともとれるようなことですが、それだけじゃないような気がします。世界中の人たちがそれぞれの想いを、十字架を背負って同じ場所に集まり、徒歩巡礼をし野宿をし、最後に教皇ミサに授かりました。最初はただただ楽しいWYDも、その頃には多くの人と多くの十字架を分かち合えました。すると、これまでは重たくて冷たい十字架も少し軽く少し暖かい十字架になりました。それも神様からの語りかけで、やっと僕はその語りかけを語りかけとして聞けるようになったんだと思います。

 今までは一方的な訴えとか問いかけばっかりでしたけど、そんなんじゃ距離は縮まりません。誰かと仲良くなろうと思ったら話するだけじゃなくて相手の話も聞かないといけません。それこれもみんながいたからWYDに行けたし、楽しく過ごせたし、困った時も助けてもらったし、いろんな事に気づけました。ほんとみんなに感謝です。また、一緒に行けなかったみんなとは、この気持ちを分かち合いたいです。
これからの人生は勇気を持って進んでいけそうです。




【青年センターホームページ】
http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/

※青年センターからのお知らせやジョバニの記事、掲示板等をご覧いただけます。
※携帯電話からもご覧いただけます。





お知らせ       



お知らせ
 アキリノ・タバモ師(奈良地区南部ブロック担当司祭)    一時帰国


青年センターから
▼ネットワークミーティングin東京13日(土)〜14日(日)
 ▼カトリック青年連絡協議会in東京14日(日)〜15日(月)
▼聖書の集い27日(土)

教区委員会から
◆聖書委員会
 ▼よく分かる聖書の学び17日(水)10時半 河原町会館6階ホール
 ▼聖書講座シリーズ3・4日西経一師、17・18日一場修師
◆列福記念事業特別委員会
 ▼パネルディスカッション―ザビエルから共同宣教司牧まで―時代を生きた司祭・信徒たち13日(土)13時半 河原町教会
 ▼京都の大殉教巡礼会27日(土)9時半 河原町教会、元和キリシタン殉教の地碑、南蛮寺、26聖人発祥の地碑などの巡礼、
   事前申込要FAX075(822)2397

修道会から
◆京都女子カルメル会
 ▼講演とミサ10月15日(水)13時半 京都女子カルメル会修道院聖堂 講演「聖テレジア」 講師・中川博道師
◆聖ドミニコ女子修道会
 ▼みことばを聴こう9月6日(土)9時半講師 鶴山進栄師 対象 青年男女
 ▼ロザリオを共に祈る会19日(金)10時半 どなたでもどうぞ
 ▼問合せ075(231)2017

◆ノートルダム教育修道会
 ▼来てみなさい「自分の生きる道を祈りましょう」10月11日〜12日ノートルダム唐崎修道院 
   対象独身女性 費用5000円 締切30日 問合せ077(579)2884

ブロック・小教区から
◆名張教会FAXの変更▼FAX0595ー61ー2515

地区協議会から
◆滋賀カトリック協議会▼例会28日(日)長浜教会
◆カトリック奈良地区協議会▼聖書講座12・13日ナバロ師、26・27日一場修師 奈良教会ただし12・26日は八木教会

諸施設・諸活動から
◆カトリック聴覚障害者の会京都グループ
 ▼手話学習会11日(木)13時 河原町会館6階
◆京都カトリック混声合唱団
 ▼練習日14日(日)14時、27日(土)18時15分ミサ奉仕、その後練習
◆京都カナの会
 ▼例会、結婚相談室7日(日)13時半 河原町会館6階
◆京都キリシタン研究会
 ▼定例会28日(日)14時 河原町会館6階
◆コーロチェレステ
 ▼練習日毎月第2、第4、第5木曜日 河原町会館6階
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会
 ▼河原町協議会14日(日)河原町教会
◆二金会▼例会12日(金)11時 西陣教会
◆糠みその会▼例会25日(木)19時半 九条教会ホール 
◆心のともしび 9月番組案内
 ▼テレビ(衛星・ケーブル放送)スカイAスポーツプラス*毎週土曜日朝8時45分より*
    渡辺和子によるシリーズ〜キリストの香り〜6日「一人一人の魂への愛」。
    13日と20日「ほほえみの力」27日「タイトル未定」(但し13日は7時30分からに時間変更)
 ▼ラジオ(KBS京都ラジオ) *9月のテーマ「チャンスを生かす」。
    月〜土 朝5時15分より5分間。
  問合せ075(211)9341

◆「一万匹の蟻運動」基金報告 累計円52、747、056円(7月14日現在)




開心

○ある病院に和顔愛語と書かれた色紙が飾られていました。私はこれを見た時に、温和な笑顔で愛のある優しい言葉、私たちが生きていく中での基本的なことのように思いました。(T)

○異常気象などがあると地球温暖化のせいだと言われますが、ともかくいつも質素を心がけることがイエスに従うことかなという気がしています。(TO)


編集部から

▼お知らせに載せたい情報は、前月の1日までに、教区時報担当宛にFAX075(211)4345か、henshu07@kyoto.catholic.jp
に、お寄せください。

 (スパムメール防止のためこのようにしています。メールを送る方は◎を@に置き換えてください)



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