2008/10 No.371
<京都教区時報 2008年10月号の目次>

・1 京都の大殉教  京都教区司教 パウロ大塚喜直

・2 京都の大殉教巡礼会

     ・ 特報 :元和キリシタン殉教の碑建立
           ―川端通り正面橋の歩道―(1994年9月号を再掲)

・3  聖書講座シリーズ「今、キリストを証しする」6/18・19 
     ・信 徒  伊従信子(ノートルダム・ド・ヴィ)


・4 福音センターニュース <講演・講座案内>
     ・講演会「でうすのこ奉公にすすむべきこと」質疑応答
     ・ 福音センター養成コース  祈 り 

・5 でうすのご奉公にすすむべきこと


     

・6   こんにちは神父さん  ブルーノ神父、一場神父

・7 
教会学校研修会

・8  青年センタ あんてな:
    青年の集い〜聴いてよ!司教様!!〜報告


・9 大塚司教の10月のスケジュール 

・10 お知らせ

    




  京都の大殉教
    京都教区司教 パウロ大塚喜直


 この人たちは、キリシタン時代に、禁教令や迫害がなかったら、ごく普通の庶民として平和な生涯を送った人たちです。ラテン語の殉教とは「証しする」という意味です。殉教者が証しするのは自分の人間的な強さではありません。かれらは命をかけて神さまの愛を選ぶことで、神さまの愛のすばらしさを証明したのです。わたしたちは何かを自分が選び取ることで、そのもののすばらしさを明らかにすることができます。人が大切なもの価値あるものを選ぶとき、その人もすばらしい人と言えます。わたしたちの人生にはつらく苦しいことがありますが、楽になるためではなく、殉教者のように、神さまの愛によって乗り越えていく力を祈ります。鴨川の河原で27本の十字架に連なった52名の殉教者たちの声に耳をかたむけ、勇気をもって現代の人々に神さまの愛に信頼して生きる希望をつげ知らせましょう。

(京都司教区発行・紙芝居と絵本『京都の大殉教 ―27本の十字架―』はじめのことば より引用。)

中山正実 作 エッチング画  白柳枢機卿 提供











     京都の大殉教巡礼会


 河原町三条の河原町教会に集まって、元和キリシタン殉教の地碑を通り堀川四条近くのキリスト教文化資料館まで約3時間、今年は4、5、6、7、9、10月第4土曜日に巡礼を行い、毎回数十名の参加があります。昨年からこれまで累計で3百名を超えています。
 この巡礼は、昨年京都の52名殉教者の列福が決定したことを契機に、京都キリシタン研究会とキリスト教文化資料館が共催で始め、今年は教区の列福記念事業特別委員会が主催していますが、案内、お世話などは昨年に引き続いて同じメンバーで進めています。
 次の場所を巡ります。

河原町教会、都の聖母小聖堂
 河原町教会の地下に、明治の初め、東山将軍塚から発掘された「都の聖母」像を記念して作られた小聖堂があります。そこで、出発のお祈りをします。

元和キリシタン殉教の地碑
 1619年に京都の大殉教の52名が処刑された場所です。鴨川沿いの川端通り大仏正面(六条あたり)に、1994年に有志の手で立てられました。(建設経緯については、下記の記事を参照して下さい)。

南蛮寺跡
 キリシタンに対して好意的であった織田信長に許され、当時目を引く3階建ての教会が建てられました。この聖堂は1576年献堂され、ミサが行われました。

本能寺跡
 織田信長が襲われた場所です。南蛮寺の周辺にまで、そのときの騒乱の声が届いたと当時の宣教師フロイスの記録にあります。

日本最初の西洋式病院の跡
 京都四条病院の外壁に顕彰版があります。この辺りに宣教師たちが教会、修道院、病院を建て、為政者の手が及ばない貧しい病人たちを手厚く治療・保護しました。

日本二十六聖人発祥の地
 最初はキリシタンに好意的であった秀吉は、この地の妙満寺跡の広大な敷地を与えましたが、後にここを中心として活動した人たちを捕らえ、長崎で処刑しました。

キリスト教文化資料館
 当時建設された教会・修道院跡に、フランシスコの家があり、その一角を使ってキリシタンの遺物、資料などを常設展示しています。
(編集部)





      特報

元和キリシタン殉教の碑建立 ―川端通り正面橋の歩道― (1994年9月号を再掲)

神の僕188名の内52名は1619年10月6日に六条近辺の河原で、将軍秀忠の気まぐれな死刑命令で、火あぶりの刑で生命を神に捧げた。神の僕と福者の候補者のことで、京の大殉教の碑が出来たことは京都市民は申すに及ばず、京都の信者にとっては大きな喜び感謝である。

 碑の建立にあたっては10年近くの年月を要した。川は国に、土手は府に、道路は市の管轄にあり手続きは複雑だった。加えて地元3町内の同意も必要で、「京都元和の碑を建てる会」の関係者は大変な苦労と忍耐を強いられた。

94年7月26日夕方、田中健一司教によって、建立された碑は祝別された。参加したのは諸般の事情で数名の教会関係者のみでした。
公共の地に建てられた碑である為、宗教行事は固く禁じられており、歴史的な記念碑であるという事になっている。

 この目に見える碑の建立を機会に、京都の信者が一層元和キリシタン殉教者と親しみを持ち、一日も早く殉教者達が福者の位に叙せられる事を祈ってほしいと田中健一司教は願っている。
 尚、この京の大殉教についてよりよく知って頂く為、結城了悟著「京都の大殉教」の小冊子を是非読んで頂きたい。




聖書講座シリーズ「今、キリストを証しする」6/18・19
  
信 徒   
伊従信子(ノートルダム・ド・ヴィ)


 
 2000年の歴史の中で教会の中での「信徒」の位置づけは第2バチカン公会議で大きな変化を迎えた。司祭や修道者の区別なく、すべての人が同じように、神との出会い、神との一致に招かれている。同じように聖性に招かれている(教会憲章第5章)。この宣言から40余年を経て、はたしてその意識に十分目覚めているのだろうか。「信徒とは」?

 その姿を3つの側面から見ると、第1は洗礼によって神の子となる。「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(ヨハネ3・5)とはっきりとイエスは言われた。第2はキリストとその体に結ばれる。「わたしたちは、単にキリスト者になっただけではなく、キリストそのものとなったのです。恐れつつも喜びなさい。わたしたちはキリストとなっているのです」と聖アウグスティヌスは非常に力強い言葉を残している。「神の霊によって導かれるものはみな、神の子であり・・・神の相続人、しかもキリストと共同の相続人なのである」(ガラ4・5-7)。信徒の尊厳は、この世の業績・名誉・成功をはるかに越えていることを現代社会においてしっかりとらえることは重要である。第三に聖霊の塗油によって聖なる神殿となる。「わたしたちとあなたがたとをキリストに固く結び付け、わたしたちに油を注いでくださったのは、神です。神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました」(Uコリント1・21)。この霊を受けたことによって、わたしたちは聖なる神の神殿、聖なる神の家となっている。

 洗礼と堅信によって聖霊を受けたものはキリストと同じ使命に参与する。その使命とは? 信徒の3つの使命は、洗礼の洗いと堅信の塗油に始まり、聖霊に強められ、感謝の祭儀(ミサ)において実現され、生き生きと持続されていく。こうして各自は教会の一員として、キリストの3つの使命(祭司職、預言職、王職)に参与する。
 信徒の祭司的役割とは、司祭の代わりに何かをすることではない。日々の生活の中で、自分自身を人々の救いのためにささげ、祈ることである。イエスがご聖体を設定されたのは、自分を常にいけにえとしてささげ続けるためであった。イエスが切に願ったいけにえに信徒はミサにおいて参与する。それゆえ、キリストとのつながりによって生きている者にとって、自分がしていることで価値のないもの、無意味なものは何もない。平凡な日常生活の中で、其々が与えられた場において自分自身をいけにえとしてささげていく。病人であればベッドを祭壇とし病気の苦痛・不安をささげ、事務員は仕事の単調さ・忙しさを、主婦は終わることのない家事の仕事の一つひとつをキリストのいけにえに参与させる。そして日曜日ミサに集まり、そこで再現されるキリストの十字架のいけにえに合わせて1週間の日々をささげるとき、日常の信徒の小さな祈り、生活のそれぞれの断片はキリストのいけにえの中に取り込まれ、世界を救う力ある祈りとなる。こうして信徒はキリストのあがないの業に参与し、福音宣教を担っている。

 教会において司祭・修道者の基礎となる身分は信徒であり(司祭は教会に仕える存在、修道者は教会の本質を見える「しるし」として証ししていく存在)、すべてのキリスト者は受肉されたおん子のあがないの業に参与し、其々の生活の場でキリストの愛を生き生きと証していく。色々な役職の中で一番秀でているのは愛の業である。自分ではなく相手を大切にするその行為の価値は愛の深さにある。






福音センター ニュース   

   講演会「でうすのご奉公にすすむべきこと」質疑応答


        

  5月に行われました川村信三師による講演会の質疑応答(要約)の第2回目です。
 なお、講演要旨も当誌に掲載されていますので併せてお読みください。

質問5、 すばらしい信仰の種がまかれたのに、どうして禁教令が出されなければならなかったのでしょうか。
何か宣教手段に問題があったのではないでしょうか。

回答  16世紀当時のヨーロッパの宣教師は他宗教を認めません。他の宗教は全部偶像崇拝です。偶像だから壊して回ったのです。神社仏閣などを壊したというキリシタンの記録が京都にもあります。しかし宣教師が壊すのではなく、説教を聞いていた信徒たちが壊したという例が沢山あります。それはやはり許しがたいです。わたしたちはそれを反省しなければいけない。ただし、では何でもいいのかと言うとそんなものではないですね。よく言われることは山に登るときに色々な登り口があって、最後には同じ頂上に達するのだからどんな宗教でもいい、みんなそれぞれ真理を求めて登って行ったら最後に真理に達するという。これを宗教多元論といいます。わたしはこれを正しいと思います。ただし、わたしはキリスト者としてキリストを宣言します。軸足はキリストの福音にあります。他者との交わりはしますけれども、まず自分の信仰を宣言することが先です。豊臣秀吉や徳川家康は排他的な宗教を絶対許さなかった。しかし残念ながら16世紀というのはトリエント公会議以降、プロテスタントに絶対に負けてはいけないというメンタリティの時代でしたから、行き過ぎがあったのも仕方のないことであったと思います。

質問6、 高山右近や大友宗麟といったキリシタン大名たちとコンフラリアとの関係はどのようなものだったのでしょうか。

回答  高山右近については把握しておりませんが、高山右近の父、高山飛騨守がキリシタンの「組」と一緒に行き倒れの死者を埋葬して回ったという記録はあります。周囲の人はびっくりしたでしょうね。いつもは、差別されていたヒジリさんという人達がやっていた仕事を領主がやっているのです。それを見た領民はたまげたと思います。そのようにしてキリシタン大名たちも非常に積極的に応援したのです。
 
質問7、 殉教には死ぬ殉教と、死なない殉教があると聞いていますがどう思われますか。

回答  ローマ時代にそういう概念がありました。死ぬ殉教は血を流しますので赤い殉教(血の殉教)。白い殉教(血を流さない殉教)というのは、一生涯修道生活をした人です。苦行して神との一致を求めて隠遁した人たちを死なない殉教と言っていました。ローマ帝国がキリスト教を公認した後(313年以降)死ぬチャンスがなくなったので、みんなは砂漠に逃れました。これが修道者のはじめで、そこで死なない殉教というのが生まれました。

質問8、 殉教者・列福・列聖など、カトリック側の一方的なものに終わってはいませんか。例えば講
     話の中では被差別者の話がありましたけれども、こういう人たちを忘れてはいませんか。

回答  お話のなかで申しあげましたように「触穢」という中世におこった概念は、はっきりと差別構造を決めていきました。それに対しキリシタンは、そういう日本の伝統を無視してヨーロッパの慈悲の業を行いました。ヨーロッパの慈悲の業の根拠はマタイ25章の最後の審判のところです。飢えている人に食べ物を与え、渇いている人に水を与え、旅人に宿を貸した、それはわたし(イエス)にしてくれたことだという慈悲の業です。差別を受けた人たちを忘れてよいはずはないです。実は初期のキリシタンの共同体には、特にハンセン病などで苦しんでいる人がたくさんおられました。その方たちをキリシタンはお世話したのです。ある宣教師がインドから巡察に来たときに、日本の宣教はこのままであったら、貧しい人と病人の宗教と思われるから、もう少し方向転換をした方がよいと言った人がいました。しかし、わたしは本当の意味での福音の精神はそのときに表れていたと思います。一番弱い人たちの味方でした。そのあと領主を積極的に改宗させて領民が全部改宗するというシステムが生まれたのですが、それ以前の10年くらいはこのような正攻法でやっていました。わたしたちはその事を思い起こしたいと思います。





福音センター養成コース ; 祈 り 


   いのち と 愛の声を 聴くために

  自分を知り、
    沈黙の中で祈り、
      人とわかちあう・・・ 


      参加をお待ちしています


● 日 時  08年11月26日(水) (午後2時) 〜
               27日(木)(午後4時 予定)
● 指 導  トニー・ブロドニァク師(メリノール宣教会)
          Sr.菊池陽子(福音センター)
● 会 場  唐崎ノートルダム修道院
        (〒520-0106 大津市唐崎1-3-1)
               ( 電話番号 077-579-2884 )
● 定 員  14名まで JR湖西線(京都駅から15分)唐崎駅下車 徒歩15分
● 申し込み締め切り 11月22日(土)までに   ● 参加費 11,000円

          − お問い合わせ・申し込み先 −
郵便番号・住所・氏名・参加コース名をご記入の上、参加費 11,000円を
郵便振替口座 (00920-4-161844 カトリック福音センター養成コース)へお振込みください。
〒604-8006 京都市中京区河原町通三条上ル 京都カトリック福音センター
電話 075-229-6800 ファックス 075-256-0090 E-mail fukuin◎kyoto.catholic.jp



でうすのご奉公にすすむべきこと
  〜キリシタン共同体のあゆみとはたらき〜
川村信三神父(イエズス会)


 
2008年5月24日におこなわれた表記の講演会(「京都の大殉教」列福記念特別委員会主催)の要約の後半を掲載いたします。

コンフラリヤの日本移入

 重い皮膚病の人達の「病」、そして死者の「死」はすべて穢れと言われまた。触穢(しょくえ)という概念があり、例えば死体に触れた人は約1ヶ月公の活動が出来ないという規定がありました。また、すでに病気は治っていても当時の医療技術では治らないように見えるため、病穢(びょうえ)という穢れをずっと負い続けた人たちは差別されました。また死体に触れると穢れるということで、死者を埋葬する人達も差別されました。同じような話は聖書にも出てきます。サマリア人の話の中で、倒れていた旅人の横を司祭たちが通り過ぎますが、それは倒れている人が死んでいたら困るからです。例えば司祭が今から何処かの儀式に行こうという時に、河原町の橋の上で誰か倒れているとします。そこで司祭が大丈夫ですかと起こした時に死んでいたとしたら、その司祭は行く先で儀式が出来なくなるわけです。ですから聖職者たちはそういうものを極力避けたのです。それを避けずに埋葬してあげられる人というのは穢れてもいい人たちだったのです。そこに差別があったのですが、そういう仕事をキリシタン達は嬉々としてやっていました。それを見た周りの人達は、この人達は一体何なのだろうか、何かあるに違いないと言い、少しずつ民衆が病院に集まり始めました。近郊の村々から来た人達がその共同体を見て、村に帰って皆で「あのキリシタンの教えを信仰しよう」と言って、村で数十人が一度に洗礼を受けるというようなことが起こり、共同体とのネットワークが出来ていきました。そしてそのネットワークを通じて、今度は豊後のミゼリコルヂア本部から各地の村々に、信徒代表である慈悲の役たちが祈りの指導や葬儀の手伝いに行くわけです。そうすると行き先の村でまた新しい信徒の共同体ができるのです。その人達も大分の共同体をまねて、司祭の指導を受けずに自分たちで共同体を作りました。こうして各地に共同体ができていきました。このような慈善事業型として伝えられたヨーロッパ型信徒組織を、私はカタカナ書きのコンフラリヤと言っています。ところが1587年伴天連追放令が出されると、公に教会活動が出来なくなり、各地の共同体は潜伏組織のような形に移行していきます。死者の埋葬や葬儀はできなくなり、今度は自分たちの家を中心に一緒に信心業、聖体賛美式、ロザリオをしていました。そこから潜伏共同体は始まります。司祭はほとんど来られない状況でしたが、もともと司祭の指導を受けずに自分たちで共同体を作っていたので彼らが困ることはありませんでした。リーダーがいて、会則があり、どのように運営するかを決め、時々司祭が来たときに準備をする。潜伏キリシタン、あるいは隠れキリシタンの共同体ができるシステムはすでに出来ていたのです。そしてこれをひらがな書きの「こんふらりや」とわたしは呼んでいます。世界中にコンフラリヤはありますが、日本のように潜伏共同体の核になるような働きをしたのは他に例がありません。

 188殉教者の信徒のほとんどは、このこんふらりやのリーダーです。天草の荒川アダムは少年のミゼリコルヂアの代表であり、米沢のルイス甘粕右衛門はご聖体を中心に集まっていた「こんふらりや」のリーダーでした。そのようなリーダー達が殉教者の筆頭に名を連ねているわけです。『マテウス・コーロス徴収文書』というイエズス会宣教師のマテウス・コーロスが集めた文書があります。江戸幕府の禁教令発令4年後の、1618年、フランシスコ会の人たちが、イエズス会は迫害が起こると信徒を置き去りにして逃げたという噂を流しました。それに対してイエズス会の宣教長だったマテウス・コーロスは全国の各共同体に手紙を送り、イエズス会員達が信徒と共に生活し、逃げも隠れもせず一緒に活動していることを証明して欲しいと、信徒の署名を集めたのです。その結果、全国約75箇所から約7百人以上の署名が集まりました。それは全国の信徒代表リストであり、慈悲役など各地のリーダー達の名前がたくさんあります。その中には殉教者に重複している人もいます。現在ではこの文書は各地に「こんふらりや」があったという動かぬ証拠となっています。 

 ローマのドミニコ会カサナテンセ図書館に『さんたまりやの御組規則』という「こんふらりや」の規則が残っています。その中にはこんふらりやの退会、謹慎処分となる条項として次のような規則があります。
 一、堕胎してはいけない。 
 二、離婚してはいけない。 
 三、子どもの同意を得ずに結婚相手を決めてはいけない。 
 四、教会で婚姻しなければならない。 
 五、奴隷売買をしてはいけない。  
 六、妾を持ってはいけない。 
 七、高利貸しをしてはいけない。  
 八、酔っ払ってはいけない。  

 この「こんふらりや」は信仰共同体ですが、生活共同体でもありました。そして彼らはこのような規則を守りながら、共に暮らしていたのです。逆に言うと日本人の中でも奴隷売買に加担する人がいたということ、また日本の婚姻がどれほど西洋の婚姻と違っていたかということの証拠でもあります。

 天草の切支丹資料館には『天草四郎陣中旗』が収められています。実はこれは反乱旗ではなく、ご聖体の組の旗です。先祖の信仰に立ち返りたいと思い、集まって一揆をおこそうとした人たちが共通のシンボルとして持ち出したのは、先祖たちが大事にしていた「こんふらりや」の旗でした。彼らはご聖体の前で静かに迫害を耐え忍ぼうと集まったのです。

接続された歴史
 このようなヨーロッパ起源の信徒組織が、日本に非常に速やかに且つ深く浸透出来た一つの背景には、浄土真宗の「講」という組織の存在があります。私は「接続された歴史」といって、ヨーロッパの概念が日本に来て、日本で形になる時には接続の役割をする何かがあるはずだと考えているのですが、やはりそのような日本的な16世紀の組織作りがあったようです。例えば浄土真宗の人達は自分たちの民家に祭壇を設けて集会を行っていましたが、そこでは毛坊主が信徒を指導していました。毛坊主とは、半分民間人、半分僧侶のような役割の民間指導者で、彼らが道場を経営し、そこに人々を集め、祈りの核を作っていたのです。まさにキリシタンも同じことをしています。また信徒代表を惣代、毛坊主は看坊とも呼びますが、これらはすべて本願寺の言葉です。先のマテウス・コーロス徴収文書の各名前の横にも看坊○○、惣代○○、慈悲役○○と書いてあり、キリシタンたちが信仰心をどのように守ろうとしたのかが見えます。

 初めに申し上げた通り、司祭不在でほとんど秘跡が受けられない状況にもかかわらず、なぜこの共同体は秘跡に集中していったのでしょうか。ある宣教師はこのような報告をしています。「赦しの秘跡を大事にしている共同体が潜伏できた。秘跡を大事にしていた共同体が潜伏出来たし、殉教者を生んだ。」これは私たちが言葉で言うだけではない重い内容を含んでいます。秘跡とは100パーセント純粋な信仰行為であり、信仰無くして秘跡はあり得ません。司祭がミサを行うと、それは秘跡としてイエスの記念としての体と血になるという信仰です。信仰しない人にとっては、何のことかさっぱりわからない。むしろ無意味です。そこにもかかわらず私たちの信仰が守り続けている秘跡に集中できた心に、やはり一番強さがあったということをもう一度考えたいと思います。殉教、あるいは共同体は、信仰の行為です。そしてその信仰とは何かというと、私たちが信じ抜いてもいい、死んでもいいと思っている相手であり、私たちにとっては確かな存在です。この存在を抜きにしたら私たちは何も無いのです。そういう思いで集まった共同体こそ力があり、命をかけて証しが出来たということではないでしようか。

天草四郎 陣中旗(天草切支丹館所蔵)





    

  教会学校研修会      河原町教会 奥埜さと子



 去る、8月30日(土)カトリック会館6階ホールにおいて、京都教区教会学校研修会が行われました。
 教会学校リーダー、および教会学校の活動に関心のある60名が、29小教区から参加しました。テーマは「教会学校における初聖体の重要性」で、お告げのマリア修道会のシスター下窄優美先生が、長崎の上五島から講師として来て下さいました。シスター下窄は、現在、カトリック新聞に“大人の教会学校”〜『カトリック教会の教え』から学ぶ〜を執筆しておられますが、長年子どもの信仰教育にもかかわってこられました。
 シスターは、まず初聖体の意味について、初聖体の歴史・初聖体を受ける子どもとその家族・初聖体と教会共同体の3つに分けてお話しくださいました。つぎに、初聖体準備のプログラム作成についてテキストの紹介もまじえてお話しくださり、最後に教会学校におけるリーダーの養成についてお話しくださいました。シスターは、教会学校の現場で働いてこられたご経験から、実例を挙げて具体的にお話しくださり、参加者からのたくさんの質問にも丁寧にこたえてくださいました。
 質疑応答のあと、和やかで温かい雰囲気の中で、大塚司教様が参加者の要望や質問を聞いて、それにこたえてくださり、励ましのお言葉と祝福をくださいました。
 参加者はこの研修会で、子どもの初聖体について考えることによって、その意味と教会学校の使命を再認識すると同時に、ここで学び、分かち合ったことを糧にそれぞれの共同体で働く力をいただくことができました。






    こんにちは神父さん



ブルーノ神父

所属 ペルー・ユリマグアス教区
生年 1958
叙階 1990

 大学を卒業して管理技師になった後、1990年にペルーで教区司祭になりました。最初の5年間はペルーの信徒宣教者会の担当者でした。1994年12月に日本に来て今年で14年になります。2年間は衣笠教会に住んで日本語を勉強しました。京都教区任命は、1997年4月からで最初は彦根教会でした。現在は鈴鹿教会に住み、毎週、教区内の各教会で外国語のミサを捧げています。教区のラテアメリカ人司牧を担当しています。司牧のポイントのひとつは、リーダーとなるカテキスタを養成することです。滞日者の相談も聞きますが、それは長い時間を必要とします。大好きな趣味は、温泉と運動で健康に留意して毎日をすごしています。母国語はスペイン語ですが、ポルトガル語を忘れないように、ポルトガル語の本を読みニュースを聞きます。




一場修神父

所属 マリスト会
生年 1962
叙階 2001

 今司祭として強く感じていることは、ミサ(特に、主日ミサ)を大切にしなければならないということ、そして、ミサを大切にしている、ミサを支えにしている信徒をいちばん大切にしなければならないということです。教会のすべての営みは、ミサによって支えられミサから出てミサに帰っていきます。今の教会は、ミサ以外のことにあまりにも心をうばわれていないでしょうか。ミサが教会に一致と平和をもたらし、ミサが人をひきつけているようにならなければ、教会に未来はないと強く感じています。そして、このようなあたりまえのことを強調しなければならないことに強く危機感を感じています。



大塚司教  10月のスケジュール


1日(水)諸宗教対話部門会議14時
2日(木)中央協議会
3日(金)2008年度 特別臨時司教会議
4日(土)済州京都交流部会議14時
      奈良・高の原野外礼拝センター「列福記念ローソクリレー・ミサ」17時
5日(日)衣笠教会献堂50周年ミサ
8日(水)教区評議会 議事局会議18時
9日〜(木)〜10日(金)大阪教会管区司教会議
14日(火)那須トラピスチン訪問
15日(水)東京カトリック神学院 那須ガリラヤの家 訪問
16日(木)中央協委員会
19日(日)桂教会創立50周年ミサ
21日(火)〜28日(火)教区司祭年の黙想(函館トラピスト修道院)
31日(金)中央協会議



青年センター あんてな                 
  青年の集い〜聴いてよ!司教様!!〜報告   桂教会 鈴木 和人


 去る6月29日、河原町教会地下ヴィリオンホールにて青年の集いが行われました。京都教区の5地区のみならず、愛知、兵庫、遠くはフランスからの参加者を交え、総勢23名の青年が集いました。

 今回の企画は、青年センターの公式ホームページにある「Forum(分かち合い掲示板)」上で、今まで分かち合われたテーマの中から3つのテーマを取り上げ、グループに分かれて分かち合いをしました。
 テーマは、「自分の居場所」、「いいストレスの発散方法ありますか?」、

 「自分にとって仕事って?」の三つです。参加者は、それぞれの社会的立場や年齢で持つ悩みや葛藤を話したり、言葉の本来の意味を考えなおしたり、それぞれのグループで和気あいあいと、自由に分かち合いが進められていきました。
 毎年枝の主日に合わせて青年の為のカテケージス集会が行われていましたが、今回は趣旨を変えて、テーマにもある通り、青年が今どんなことを考えているかということを司教様に聞いてもらう内容にしました。その意図に理解を示して下さり、司教様は終始メモをとったり相槌をうったりと、傾聴することに徹して下さいました。その後のミサの中で、全体に対して総評をいただきました。

 最後は全員でひとつの輪をつくり、一本締めで幕を下ろしたのでした。
今回の企画に限らず、最近は、分かち合いというものを見直す機会がよくあります。「分かち合う事」、それは討論ではなく、ひとつの答えを導き出すためにする会議でもない。今、自分の感じていること、持っている知識、不安、緊張、悩み…なんでも、自分ではない誰かと共有する。とても難しいことですが、とても大切なことだと感じます。これから先も、青年がたくさんのことを分かち合っていけたらと思います。


【青年センターホームページ】
http://www.kyoto.catholic.jp/seinen/

※青年センターからのお知らせやジョバニの記事、
  「forum(分かち合い掲示板)」などもご覧いただけます。掲示板等をご覧いただけます。
※携帯電話からもご覧いただけます。





お知らせ       



お知らせ(司祭の異動)
   村上透磨師 司教館気付


『ケアハウス神の園』
入居者募集中です!
 精華町の緑豊かな田園地帯に囲まれた高齢者福祉施設です。60歳以上の方が対象で、現在自立して生活されているものの、体力の低下等のために日常生活に不安をお持ちの方に比較的低額な料金で入居していただける安らぎの施設です。全室個室、トイレ、ミニキッチンを完備、高齢者の方が安心して健やかに生活していただけるよう、生活相談をはじめ、栄養士の献立による食事、毎日のお風呂等のサービスを提供しています。また季節の行楽や趣味の教室等、リフレッシュのための各種催しも行っています。見学も随時お受けしておりますので、お気楽にご連絡ください。問合せ先 0774(94)4129 井上迄


青年センターから

▼運営委員会(青年センター)
▼聖書の集い25日(土)

教区委員会から
◆聖書委員会
 ▼よく分かる聖書の学び29日(水)10時半 河原町会館6階ホール
 ▼聖書講座シリーズ1・2日奥村豊師、15・16日北村善朗師
◆列福記念事業特別委員会
 ▼京都の大殉教巡礼会25日(土)9時半 
   河原町教会、元和キリシタン殉教の地碑、南蛮寺、26聖人発祥の地碑などの巡礼、
  事前申込要FAX075(822)2397

修道会から
◆京都女子カルメル会
 ▼講演とミサ15日(水)13時半 京都女子カルメル会修道院聖堂 講演「聖テレジア」 講師・中川博道師
◆聖ドミニコ女子修道会
 ▼ロザリオを共に祈る会17日(金)10時半 どなたでもどうぞ
 ▼問合せ075(231)2017
◆ノートルダム教育修道会
 ▼来てみなさい「自分の生きる道を祈りましょう」11日(土)〜12日(日)ノートルダム唐崎修道院 
   対象独身女性 費用5000円 問合せ077(579)2884

地区協議会から
◆カトリック奈良地区協議会▼聖書講座10・11日畠基幸師、31日・11月1日森田直樹師 奈良教会

ブロック・小教区から
◆衣笠教会
 ▼5日(日)10時半 献堂50周年ミサ ミサ後、敬老会
◆桂教会
 ▼19日(日)14時 創立50周年ミサ ミサ後、茶話会
◆京都南部東ブロック
 ▼ウオーカソン11月3日(月)10時 河原町教会から鴨川沿い往復


諸施設・諸活動から
◆JOC
 ▼働いている青年の集い。京都働く人の家(九条教会前)連絡先090(8207)1831
◆カトリック聴覚障害者の会京都グループ ▼手話学習会9日(木)13時 河原町会館6階
◆京都カトリック混声合唱団 ▼練習日12日(日)14時、25日(土)19時
◆京都カナの会 ▼例会、結婚相談室5日(日)13時半 河原町会館6階ホール
◆京都キリシタン研究会 ▼京都の大殉教記念ミサ5日(日)河原町教会
◆コーロチェレステ ▼練習日毎月第2、第4、第5木曜日 河原町会館6階
◆在世フランシスコ会京都兄弟会 ▼集会18日(土)13時半 フランシスコの家
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会 ▼河原町協議会12日(日)河原町教会
◆二金会 ▼例会10日(金)11時 西陣教会
◆糠みその会 ▼例会30日(木)19時半 九条教会ホール 
◆心のともしび 10月番組案内
 ▼テレビ(衛星・ケーブル放送)スカイAスポーツプラス
   *毎週土曜日朝8時45分より*渡辺和子によるシリーズ。
     4日、11日、18日、25日放送(但し18日は7時45分からに時間変更)。
▼ラジオ(KBS京都ラジオ)
    *10月のテーマ「成長」。
    月〜土 朝5時15分より5分間。問合せ075(211)9341
◆「一万匹の蟻運動」基金報告 累計円52、938、931円(8月18日現在)



パウロの世界に学ぶ2 : パウロ書簡を分類する

1 パウロが執筆した書簡     ローマ、1・2コリント、ガラテヤ、フィリピ、1テサロニケ、フィレモン
2 パウロの名前で執筆された  書簡 第二パウロ前期 2テサロニケ、コロサイ、エフェソ
3 パウロの名前で執筆された書簡 第二パウロ後期 1・2テモテ、テトス



来年度年間予定

 1月号に2009年の年間予定を掲載します。締切11月20日(木)までに、「教区時報宛」と明記して、
   FAX075(211)4345または、henshu07◎kyoto.catholic.jp にお願いします。

 なお、編集担当者が変わりましたので詳細な内容での連絡をお願いします。
 はっきり確定していない場合でも、予定として掲載いたします。

 内容によってお問合せする必要がある場合がありますので、ご連絡者を明記して下さい。
 本件は個別にはご依頼はいたしませんのでよろしくお願いします。



編集部から

▼お知らせに載せたい情報は、前月の1日までに、教区時報担当宛にFAX075(211)4345か、
   henshu07@kyoto.catholic.jp        に、お寄せください。

 (スパムメール防止のためこのようにしています。メールを送る方は◎を@に置き換えてください)



時報TOPに戻る