― 正義と平和協議会とは ―                               
窓を開けましょう

        第二バチカン公会議からできた正義と平和協議会
 ヨハネ二十三世教皇は、ヨーロッパ中心の教会からの脱皮をはかり、
教会の窓を開け新しい空気を入れましょうと全教会に呼びかけ1959年
第二バチカン公会議の開催宣言をしました。


   2006年 第32回全国集会・京都大会
大塚司教と教皇大使を交えての子どもと共に捧げる派遣のミサ

 「現代人の喜びと希望、悲しみと苦しみ、特に、貧しい人々とすべて苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、悲しみと苦しみでもある。真に人間的な事がらで、キリストの弟子たちの心に反響を呼び起こさないものは一つもない」(現代世界憲章)

1.教皇庁正義と平和委員会の設立
 公会議をバトンタッチしたパウロ六世教皇は、1967年上記の公会議の要請に基づき「教皇庁正義と平和委員会」を設立しました。この委員会の目的は「すべての神の民に、現代が彼らに要請している役割を十分に認識せしめ、それによってより貧しい国の民の進歩推進と国家間の社会正義確立に協力し、低開発諸国を援助して、それらの国が自力で自国の進歩が可能になるようにすること」。

 委員会は、設立当初から各国の司教協議会に呼びかけて、各国に「正義と平和委員会」の設立を要請しました。目的は、教会全体が、正義と平和を実現するために奉仕してください。それは神の国の「しるし」と「道具」となることですと呼びかけています。正義があるところに平和は実現しているからです。


2.日本司教団の決定
 司教団は、バチカンの「正義と平和委員会」からの要請に応えて、1970年からよりよい社会を実現するため意識を高め、正義と平和のために働くことを宣言しました。

 1974年名称を「日本カトリック正義と平和協議会」と改名し、「正義のための努力が聖霊の働きによって平和をもたらし、社会の真の改革が必ず実現するとの希望をもって、謙虚な態度で歩み続けたい」という相馬司教の指導のもとに再出発をしました。カトリック教会が社会の良心となるという使命を果たすことが求められる時代となったのです。

3.正義と平和京都協議会の設立
 正義と平和京都協議会は1997年9月に発足し、「部落差別問題」を優先課題として、イエスの福音からの問いかけの実践、「サマリアの女性」「ザアカイの召命」「重い皮膚病のいやし」から、抑圧されている人びとの側にたって行動を起こすイエスの姿、これを目的として活動をはじめました。

 1992年9月「日本カトリック部落問題委員会」が設置された時点から、たがいに協力し合いながら「差別をなくす」ことをキリスト者の使命として、福音宣教の課題として考え取り組んできました。
正義と平和京都協議会の諸活動は、正義と平和全国大会1994年9月「貴と賎」、2006年10月「このままでいいの?−キリストとともに
歩もう−」が京都で行われました。また、機関紙「てくてく」を年4回発行しています。

 平和・人権・環境問題。憲法・裁判員制度・セクシュアルハラスメント問題。学習会・現地学習会・写真展等々で啓発活動を行い市民団体と連携しながら正義と平和活動に取り組んでいます。