2012/08 No.417
<京都教区時報 2012年8月号目次>

・1  救いの恵み・喜び・平和
    〔信仰の実践的センス〕


・2  リーズ小教区
   魅力ある教会って??(松阪教会)


・3  大船渡だより(第6回)

・  日本二十六聖人殉教者 列聖150年 記念ミサ


・5  京都教区・済州教区姉妹教区交流部

・6 青年センター  第2回京都教区青年の集い

・7 大塚司教 8月のスケジュール

・8  8月のお知らせ 

  



救いの恵み・喜び・平和

        〔信仰の実践的センス〕    


大船渡ベース


 この意味は「救いの恵み・喜び・平和」を日常生活の中で、
体験していく人に、信仰の救済的センスがあると言うことなのでしょうか。
 神との深い交わりにより、愛されている事を知った(認識的センス)キリスト者は「愛する」という行いを通して(実践的センス)愛することが使命だと理解するようになる。愛に促された信仰感覚によって生きるとき、人は自分の人生において、救いが実現していると体験されるようになる。こうして人々は自らの生活に救いの恵みが働き、それにより喜びと平和を感じ取るようになる。このような感覚が信仰の救済的センスとよばれている。
 さて、信仰のセンスは、主の死と復活にあやかることによって与えられる。年頭書簡は、信仰の救済的センスを次のように説明する。「救いに関する知識は、苦しみや不安からの解放という救いの経験によって意味を与えられ再生の力になる」と。
 イエスの十字架上の死(苦しみの神秘D)はすべてを捧げ尽くす奉献の極みである。それは救いの恵みが全ての人に与えられることを人々に示すことで、特に悲しむ人、貧しい人との中に先に行って生きておられるキリストに出会うという形を取る。
 救いは、苦しみの共感に留まらない、さらに永遠の命の希望と喜びに入る恵みを願う者に実現される。それが、マリアの被昇天(栄えの神秘C)の黙想へと私たちを招く。
 マリアの被昇天は、私たちの救いのために十字架上の死を遂げ、復活された主が、与えられる永遠の命の保証とその恵みの先取りである。主の再臨の時、私たち、主を信じ、主の道を歩む者にも与えられる。
(村上透磨)







シリーズ小教区

力ある教会って??(松阪教会)



皆が一つになる教会へ

 松阪教会は58年前に建てられました。それゆえ最近は建物、設備の老朽化で修復や改修が必要で不可欠となっています。

 私達の自慢は何と言っても聖堂正面にある大きな十字架です。これほどの十字架は日本国内でもめったにないそうです。
 さて、ご多聞にもれず松阪教会も高齢化が進み働き手がめっきり少なくなり、その分、在日外国人の信徒が増えており協力関係を築いています。

 松阪教会で圧倒的に多いのはフィリピンの信徒です。ミサの時は聖堂がいっぱいになります。その他ブラジル、中国、インドネシアなどの信徒の方がいます。この様に外国の信徒がたくさんいるのが松阪教会の特徴で、国際色豊かな信者が一つになってミサの秘跡に参加し分かち合い、恵みをいただき、皆で協力し合っています。

 その一つの取組みが毎月第3日曜日のミサ、午後2時から始まる全共同体ミサです。以前は国際ミサと称していましたが、「国際ミサ」と言う呼び方は多国籍の信者が集まって一緒にミサに与るという印象が強いことから、呼び方を「全共同体ミサ」と改めました。月に一度は松阪教会のミサにすべての信徒が、一同に集うという主旨を強く訴えたかったのです。

 ミサの典礼も、日本語で通すミサの中心部に、外国語の聖歌を取り入れたりしています。最近、皆さんはこの典礼に慣れてきました。ミサの後、信者間の絆を強めるためお茶会で親交を深め共同体づくりを行っています。

 今一つは、松阪教会として深い関わりがあるのが尾鷲共同体の存在です。尾鷲は教会の建物はなく、民間の会館ホールを一室借用して毎月第4日曜日にミサをしています。オヘール神父とエドモンド神父が交代で信徒の司牧に努めています。全員で40名程度ですが、ほとんどがフィリピンの女性です。彼女達は、日本人と結婚して尾鷲市に根付いている人達で、日本語は上手で、言葉の壁の心配はありません。毎回松阪教会から2名の信者と、フィリピンのシスターロリタが尾鷲に同行し、ミサに共に参加し交わり、信仰の恵みを分かち合っているのです。

 もう一つは、三重地区南部ブロックCグループとして、共同宣教司牧に努めております。「皆が一つになる教会」を目指し、神からの恵みを受け信仰共同体の一致にむけて努めている松阪教会の昨今です。
  カトリック松阪教会役員一同








大船渡だより(第6回)

森田直樹神父


意識のズレ

『世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。子たちよ、言葉や口先だけでなく、行いをもって誠実に愛し合おう。』(Tヨハネ3:17−18)

 東京や仙台の街を歩く度に感じることがある。東日本大震災と大津波は、実際に起こった出来事なのだろうか?と。しかしながら、毎朝読んでいる地元紙『東海新報』の紙面には、「これは夢であってほしい。夢に違いない。」と願いながら、暗くて寒い夜を過ごした中学生の被災体験談が載っている。震災から1年余りが過ぎて、ようやく綴られた体験談である。実際に被災された方々にとって、この出来事は過ぎ去ってしまった夢ではなく、紛れもない現実であり、「日常」であり続けるのだ。

 数多くの祈りが捧げられ、募金活動が日本国中でなされているのだろうが、被災地・復興地に住んでいても、正直なところ、鈍い私には、ほとんど実感できていない。被災地・復興地での「日常」は、日本の多くの場所において「非日常」の出来事として片づけられ、忘れ去られていくのではないだろうか?というある種の不安が私の中にもある。逆に、被災地以外の「日常」の中に、被災地からの「非日常」の欠片でも侵入することを拒む心理が、かつて日常生活の一部であった「震災廃棄物(がれき)受け入れ拒否」の根底にあるような気がしてならない。痛みの伴わない「絆」とは一体何なのだろうか?

 ある方から次のような話を聞いた。被災した者にとって「3.11」は「津波」と同じ意味がある、と。この数字は単なる数字ではなく、この数字を目にする度に、「あの日」の悲惨な光景、におい、空気感まで鮮やかに呼びさまされうる数字なのだ、と。「非日常」として片づけられていく「あの出来事」は、被災された人々の心の中に、彼らの「日常」の中に、深い傷をしっかりと残し続けている。このような「意識のズレ」は、今後ますます広がってゆき、その溝を埋めることはできないのだろうか?

 私事ではあるが、このような「非日常」を「日常」として生きようとしてきたところに、少々無理があったようで、体調を崩してしまった。そんな時、ある信者さんからの勧めもあり、家庭菜園を始めることにした。毎日、元気に育っていく野菜を眺めながら、少しずつではあるが、やっと私の足がこの地につきはじめたかな、と感じている。時折、野菜に向かって、「がんばれー」と力強い声援をかけてくれている海の星幼稚園の園児たちの声を、私への応援の声として受けとめて、希望をもって長い復興への道を歩み始めている方々に、改めて寄り添っていこうと思っている。








日本二十六聖人殉教者 列聖150年 記念ミサ



日本二十六聖人殉教者
 列聖150年 記念ミサ


 2012年6月8日に、日本二十六聖人殉教者 列聖150年 記念ミサが、バチカン駐日教皇庁大使ジョゼフ・チェノットゥ大司教様、池長潤大司教様、溝部脩司教様、野村純一司教様、押川壽夫司教様、郡山健次郎司教様、平賀徹夫司教様、浜口末男司教様、イエズス会管区長梶山義夫神父様、フランシスコ会管区長長谷川潤神父様をお迎えして、カトリック河原町教会で行われました。
 その時の大塚喜直司教の説教を紹介します。


「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」殉教者の原点は、キリストの死です。「一粒の麦」は、自分を救わず、人々の救いのために、いのちを捧げるキリストご自身です。1597年2月5日、26人の殉教者たちは、長崎・西坂の丘で処刑されました。京都は、26聖人の殉教の出発点です。24人が大阪と京都で捕えられ、のち2名が加わり、26名が長崎まで連行されました。これが「長崎への道」です。今日は、26聖人が列聖されて150年目を迎えます。1862年6月8日、その日は、聖霊降臨でしたが、ピオ9世教皇によって列聖されました。列聖150年を祝うにあたり、わたしたち日本の教会は、フランスをはじめ世界の教会が、心を合せて祈ってくれていたことを思い起こし、感謝したいと思います。

 26聖人の列聖運動は、殉教7年後に始まりました。1604年1月26日付けで、京阪地方の信徒12名が列聖を請願しています。ローマではモレホン神父の報告書をもとに列聖運動が始まるのですが、日本の禁教政策によって情報も途絶え一時中断しますが、1627年に列福されました。しかし、列聖までに235年待たねばなりませんでした。それはどうしてでしょうか。日本は江戸時代250年鎖国していました。19世紀中ごろから、フランスでは日本の宣教再開を望む機運が高まっていました。フランスの教会はフランス革命の後迫害され、民衆の教会離れが続きましたが、信心深い人々によって教会を再建する動きが起こりました。そのころ、日本26聖人の殉教や多くのキリシタンの殉教者を生んだ日本の教会がヨーロッパで関心を惹かれ、日本の再宣教のために祈る運動がおこりました。その代表的な出来事が、この教会にある「都の聖母」像の日本への贈答です。

 フランス、サン・クロード教区のレオン・ロバン神父は日本の殉教者の記録を読み、深く感激して、日本人の改宗のための祈祷会を始めました。会の目的は「日本に福音を説くために、教皇から派遣される司教および宣教師が入国できるように祈ること」でした。教皇ピオ9世は、パリ外国宣教会に日本の宣教を全権委託しました。そして教皇代牧区の初代教区長に任命されたのがフォルカード神父でした。日本の歴史は開国への流れが始まっていました。江戸幕府は諸外国の圧力に負けて、1858年、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの5か国と条約をむすびました。また、外国人居留地内に限っての教会建設を認めました。こうして、パリ外国宣教会の神父たちは鎖国以来はじめて横浜に教会をたてました。それが、同じく150年前のことでした。これが日本の再宣教のシンボルとなったのです。このように、26聖人の列聖は、日本の再宣教を望む世界の教会の熱い祈りによって実現したものなのです。ですから、今日私たちは、そのことを深く心に刻み、感謝したいと思います。しかし、それだけでは不十分です。ヨーロッパの教会が祈ったのは、福音をまだ知らない日本人のためです。

 
バチカン駐日教皇庁大使 ジョゼフ・チェノットゥ大司教 京都キリシタン関連場所視察
  羅城門跡(東寺口付近)
 聖人はここで都に別れを告げ大阪へ、そして長崎へ
  都の大殉教碑(正面通河原)
  都の聖母像(河原町教会)   殉教者の間(河原町教会)


 現代の私たちはどうでしょうか。この日本で、まだ福音を知らない人々に、どれだけ真剣にキリストの福音を宣べ伝えようとしているでしょうか。私たちは普段あまりにも自分のことだけを考え、どれほど周りの人々の救いのことを考えているでしょうか。それどころか、自分の信仰と救いさえも失いかけていないでしょうか。まして自分の信仰を証しする気持ちがあるでしょうか。前教皇福者ヨハネ・パウロ二世が来日の折、「日本の教会は、殉教者の血を土台としている」と言われました。4年前、ペトロ岐部と187殉教者の列福という恵みもいただきました。日本の地に福音の種をまかれた神の救いのご計画のなかで、現代の私たちキリスト者は、殉教者たちの模範によって、殉教者の信仰の子孫として、新たに信仰を強め、世俗化された時代の「精神の迫害」に立ち向かう勇気と熱意が求められているのです。今日、26聖人列聖150年を記念し、その取次によって、私たち日本の教会が新しい福音宣教の熱意をいただくことができるようにお祈りしたいと思います。



京都教区・済州教区姉妹教区交流部


父様の来訪
6月は京都・済州姉妹教区交流の月で、毎年、済州教区から神父様をお招きしていますが、今年は、社会司牧担当のミカエル玄(ヒョン)景勲神父様と社会福祉担当のトマス・アクイナス玄盛神父様が、6月6日(水)から10日(日)まで、4泊5日の日程で来られました。
今回は、8日(金)の日本26聖人殉教者列聖150年記念ミサに合わせてのスケジュールでした。
両神父様はミサに参加されたほか、カトリック京都司教区カリタス会の施設:児童養護施設「京都聖嬰会」と特別養護老人ホーム「神の園」を訪問されましたが、お二人とも社会福祉のご担当なので、熱心に、興味深そうに見学されていました。また、スケジュールの合間に保津川下りなどを楽しんでいただきました。

神学生の交流
2005年の姉妹教区縁組以降、毎年、神学生が研修に来ておられますが、今年は洪(ホン)助祭と鄭(チョン)神学生が、7月2日から21日まで訪洛されました。
京都教区からは、小立花助祭が7月23日から済州教区を訪問しています。このように様々なレベルでの交流が進んでいます。
 (文責:交流部 村田)



京都 保津川 トロッコ列車



「神の園」




青年センターあんてな
第2回京都教区青年の集い

四日市教会 城 裕之



4月29日、第2回京都教区青年の集い(kyoto youth day 通称KYD) が三重県亀山市の青年会館で催されました。
大塚司教様の呼びかけによって、京都教区のさまざまな国籍の青年が集まり、歌や講話、祈りを通してキリストの招きに応え、信仰を深める良い機会になりました。
プログラムの内容は、司教様の講話(+4人のパネラーからの話)、講話を基にしたグループでの分かち合い、アトラクション(各国からの催し物)、WYDの報告、ロザリオの祈り、ミサでした。
特に、講話を元にしたグループでの分かち合いは、各国の青年が混ざって、個々が体験した信仰や、これから教会に何ができるかを、話し合い、分かち合える大切な時間となりました。
すべてのプログラムが日本語だけでなく、さまざまな言語で進められ、内容・交流はとても良いものとなりました。 







    大塚司教 8月のスケジュール




3日(金)‐4日(土) 比叡山宗教サミット25周年 記念シンポジウム「平和の祈り」

5日(日)‐6日(月) 教区中学生広島巡礼に合流

8日(水)‐9日(木) 京都教区カトリック学校 教職員修養会

12日(日) 10:00 教区一斉平和祈願ミサ(鈴鹿)







       お知らせ         


第8回 済州教区 「ロザリオの祈りの夜」
 行事参加と聖地巡礼 参加者募集
  日  程:2012年10月17日(火)〜20日(土)3泊4日
        (日程を一部変更)
  発  着:関西空港
   (17日/17:25発 20日/16:25着)
  同行司祭:奥村 豊師 崔 聖煥師
  募集人員:20名
  旅行代金:90,000円(予定)
 問合せ先:教区本部事務局 .075(211)3025 (担当:村田)


※ 10月号の原稿締切り日は8月22日(水)です。

京都教区サポートセンター
東日本大震災「大船渡支援」献金報告
6月分 892,055円 / 累計 1,4203,270円

ボランティア募集中 
詳細は京都教区ホームページをクリック 




         8月のお知らせ

《ブロック・小教区・修道会》
京丹ブロッ

  第27回西山地区
    「平和を作り出すキリストと市民の集い」

   日 時:5日(日)16:00〜18:30
   テーマ:3.11以降 私たちはどう生きるか
   講 師:二宮令子(ヌヴェール愛徳修道会)
   場 所:長岡教会 Tel.075(952)2877
    福島の創業125年の菓子店の飴を販売

三重南部ブロック
 平和旬間 聖書講演会
  「震災被災地の現状を通した平和への祈り」

日 時:5日(日) 14:00〜15:30
講 師:森田 直樹師
会 場:セントヨゼフ女子学園 講堂

河原町教会
 平和旬間行事『東日本大震災への救援』

 ◇ ボランティア活動に参加して
            聖ドミニコ修道会のシスター
 ◇ 被災地に赴任して 森田直樹師
  日 時:12日(日) 10:30 ミサ後
  場 所:河原町教会 ヴィリオンホール

聖ドミニコ女子修道会(京都修道院)
 みことばを聴こう
/Tel.075(231)2017
  日 時:9月16日(日)19:00〜17日(月)16:00
  指 導:ホセゴンザレス師
     (グアダルペ宣教会・仙台教区)
  対 象:青年男女 / 定 員:7名
  会 費:2,500円 / 会 場:当修道院
 

《諸団体》

京都カトリック混声合唱団
 練習: 5日(日)14:00 カトリック会館6階
    25日(土)18:15ミサ奉仕後

聴覚障がい者の会
 典礼の手話表現 学習会
:9月4日(火) 13:00
          (聖書と典礼)カトリック会館1階

心のともしび 番組案内 
 テレビ(衛星
.CATV)スカイAスポーツプラス
     毎週土曜日 朝8:45(25日は7:45)
     植村高雄氏(心理療法家)による
     シリーズ「元気に生きる」
  ラジオ(KBS京都) (月)〜(土)朝5:15
     8月のテーマ「人生を変えた言葉」





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