2013/10 No.431
<京都教区時報 2013年10月号目次>

・1 2013年 司教年頭書簡「信仰パート3」
     9.イエスに信頼する喜び

・2
中学生広島平和巡礼 感想文

・3 高校生大船渡ボランティア合宿感想文


・4  
シリーズ小教区 魅力ある教会って?? (大和八木教会)

 


・5  青年センター   センター始まって以来ちゃいますか?

・6  大塚司教 10月のスケジュール

・7 10月のお知らせ

  


2013年 司教年頭書簡
信  仰 パート3


9.イエスに信頼する喜び
        
カナに保存されている
石の水かめ

現代は、人間を信仰の喜びから遠ざけるさまざまな誘惑に満ちている。現在の浪費主義、快楽主義、物質主義は、豊かさにこそ幸福があると思わせ、ネット社会はますますそれをあおりたてる。その結果、人々はその生活に、知らず知らず空しさを感じ始める。「物を所有することは真の喜びとはならないのに」と年頭書簡は、悲しみをこらえて語ります。そこでパウロの「悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています」(二コリ6・10)、つまり「イエス・キリストのみが真の喜びを与えて下さることを信頼し行動することが出来る」という言葉が出てくるのだと思います。さて、イエスだけが真の喜びを与える方だと知っているマリアは、人々の生活の中で真の喜びが欠けていることを知ることがお出来になりました。だからあのカナの婚礼においてマリアだけが、ぶどう酒が欠けたことに気付くことがお出来になったのだと。それは真の信仰の喜びを知る人だけが、真の喜びの「欠け」を知ることが出来るからだと、言うのです。
 

「キリストにならう」1章の3に、こんな言葉があります。「空しいことの空しさ、全ては空しい(コヘレト1・2)。ただ神を愛し、神に奉仕する以外は」と。でもちょっと注意しておかねばならないのは、快楽を求めている時、人はこれこそ楽しい喜びだと思い、そこに幸せがあると信じ込んで、情熱をこめて追い求めている。空しさが来るのはその後なのです。もっと悲しいことは、多くの場合その「欠け」にさえ気付かないことではないでしょうか。また逆に、その「欠け」を陰ながら支えて下さる方の「おかげ」で、今の自分の幸せがある事に気付けば、謙遜な感謝と喜びの心が、生まれてくるはずなのに。思うのですが、真の喜びや感謝の心は、無の発想から生まれるのではないか。もともと無にすぎず、何も持たなかった私達は、こんな恵みに満たされている。有難い有難いと思うことから始まるのです。

 そこで、カナの婚礼における奇跡に戻って考えてみると、水がぶどう酒に変わり、婚礼を祝福し喜びをもたらしたと言うこと以前に「空の水かめ」に注目します。私達が神様から信仰と生命の喜びで満たしていただくには、自分を「空にして御前に置くこと」から始める。ぶどう酒(喜びと命)に変えられるのは、神様の御業なのだと。(神様はお好きな様になさる)  
  (村上 透磨)











中学生広島平和巡礼 感想文  


「広島平和巡礼で思ったこと」   中学1年生 桃山教会 土持 こなみ

 今回、最も心に残ったのは、「ローマ法王平和アピール碑」に書いてあった言葉です。その言葉とは、
「戦争は人間の仕業」
というものです。私は、この言葉にとても説得力があるので、どんな言い方よりもいい言い方だと思いました。この言葉は全く本当だと思えました。人がやりだして、人が死んで人が辛い思いをするだけなのです。

 私は、小学6年生の時に、修学旅行で平和記念公園に来ました。その時は気づかなかった、そしてひどく衝撃を受けたことがありました。広島に住んでいた韓国人の数と、原爆によって被爆し、亡くなっていった人の数の多さです。当時、広島には約10万人も韓国人が住んでいたそうです。そして、原爆によって亡くなってしまった人の数はなんと2万人にもなるそうです。広島で亡くなった人の総数は20万人なので、1割にもおよぶのです。そして、その多くは「朝鮮人だから」といって治療もしてもらえなかったのです。私は、本当に日本は朝鮮にひどいことをしてしまって、悪かったなぁと思いました。別に私がやった訳でもないのに、とても反省させられてしまう事実です。

 私が感心したのは、その後の復興のスピードです。「75年間草木も生えない」と言われていた土地が、今では路電が走り、大きなビルが建ち、人々が楽しそうに行き交うようになりました。日本の歴史上、いつの時代だって一番偉いのは、戦後復興する人だな、と思いました。大切な人を亡くし、財産をなくし、思い出をなくしても、明日への希望を捨てずにがんばるのは、相当の精神力がいることです。誰かのせいでこの状況にさせられたのに、めげずにみんなで協力して復興するなんて、私にはできません。私だったらその誰かをうらみ、憎しみ、八つ当たりをするでしょう。改めて、復興の大変さを感じます。

 この巡礼で、私は少しでも平和について深まったと思います。そして、一日一時間一分一秒でも早く平和が訪れることを願います。
 また、冬の合宿にも行きたいと思います。



「広島平和巡礼を通して」   中学1年生 丹波教会 十倉 希望

 「原子爆弾でね、広島ではたくさんの人が亡くなったんだよ。その中には君達のような子どもも大勢いた。みんなもっと遊びたかった。もっと生きたかった。・・・でも・・・できなかったんだ。だから、その分、君達は精一杯生きてあげてね。」

 平和巡礼二日目に行った平和記念資料館で出会ったおじいさんが語ってくれた。これを聞いて私は、改めて、戦争のむごさと命の大切さを感じた。そして、平和な今にいる私は、精一杯生きていかなければならないと思った。

 しかし、どうすれば、自分の命を精一杯生かせることができるのだろう・・・。その答えは、分かち合いで少し見つけることができた。
 まず、一日目に聞いた被爆者証言についての分かち合い。「私の思っていた普通は本当は普通じゃないことに気づいた。」という意見を聞き、あたり前の生活に感謝することが、自分の命を精一杯に生きるための第一歩なのではないかと思った。

 次に、二日目に行なった黙とうや平和記念資料館見学についての分かち合い。「平和とは命が尊重されていること」、「大切な命を自分で絶つようなことは絶対にしたくない」。というような意見が出、自分や命を大切にすることも必要なのだと思った。
 この他にも、平和巡礼ではさまざまなことを学んだ。そして「命」や「平和」について考えた。だが、命を精一杯生かせるための答えは、まだ少ししか見つけられていない。だから、これから、少しずつ見つけていきたいと思う。そして、神様からいただいた命を、被爆された大勢の人々の分まで、精一杯生きていきたいと思う。



「本当にそれだけなのだろうか」   中学2年生 唐崎教会 永井 絵美里

 今年の広島平和巡礼は去年より内容が理解できて、考え方も去年と少しかわっていたことに気が付き驚きました。その他に、去年気が付けなかったことを、気が付けたりしました。その中で、広島に落ちた原子爆弾の被害者は日本人ばかりだと思っていたが、実は被害者の中に韓国人もたくさんいたということに、気が付きました。このようなことに気が付けて、うれしく思いました。けれども、日本がしかけた戦争に、植民地だったとしても本当は関係のない韓国人が被害にあったことが、心に「ぐさっ」ときました。私はその時代に生まれていませんでしたが、日本人として本当に申し訳ないことをしたような気持ちになりました。でもまだ私のしらない事実がたくさんあると思うので、来年も広島巡礼に参加して、もう一度調べにこようと思いました。

 その他に、8月5日にあった平和行進は、去年より楽しかったです。行進していくとき歌を歌っていくのですが、私は去年、はずかしくてなかなか歌えませんでした。でも今年は、なぜか去年とちがってリーダーや他の人達と楽しく歌えることができ、いい思い出になったと思います。

 私は平和記念資料館に行くのは三回目だったのですが、もう一度平和について考えさせられました。その前に「平和」っていうものはなんだろうと思いました。ほとんどの人がそうなのかはわからないのですが、平和は戦争がないことだとよく聞きます。でも本当にそれだけなのだろうかと思いました。

 今年の広島平和巡礼で、またいろんなことを知ったり、気が付いたりできてよかったです。でも、もっと知りたいことがあるので、来年も広島に来たいと思いました。



「一生懸命生きるということ」   中学2年生 唐崎教会 堀内 伸

 ぼくが今回の巡礼で心に残ったことは、平和資料館で見た佐々木禎子さんの話です。

 禎子さんは、2才で被爆し「黒い雨」をかぶってしまい、その影響で白血病にかかって12才で亡くなられたそうです。禎子さんは、入院しているとき、折り鶴を千羽折れば元気になれると信じて、鶴を折り続けました。
 被爆しても、治ると信じて必死で生きられるのはすごいと思うと同時に、禎子さんはもっと生きたかっただろうなと思います。鶴を折っていた禎子さんの一日と、特に考えることも無く過ごしているぼくの一日とでは、濃度が全然違うと思います。 

 戦争中の当時の人たちと違い、生きるか死ぬかに追われているわけでもないけれど、当時を生きていた人達や、禎子さんの様にぼくたちも毎日を一生懸命に生きないと、生きたくても原爆で亡くなってしまった人達をふくむ、戦争で亡くなってしまった人達に失礼だと思います。だから、ぼくも毎日を楽しみながら、一生懸命一日一日を大切に過ごしていきたいと思うし、ぼくはそういうことが今回の巡礼のテーマの「大切ないのち〜広島からのメッセージ〜」につながっていると思います。

 今回の巡礼も楽しかったので次も参加したいと思います。



「平和とは何か」   中学2年生 東舞鶴教会 高橋 壮太

 僕は初めてこの広島平和巡礼に来ました。
 内容はハードでつかれましたが新しい友達ができたり、楽しくレクリエーションができたりしてよかったです。また韓国の済洲教区の中学生も共に巡礼し、少しですが交流もできました。

 僕は、広島に来るのも初めてで、原爆ドームに来るのも初めてでした。テレビや本で見たものより、原爆ドームは原爆や核兵器の恐ろしさを語りかけてくるようでした。原爆平和祈念館では、被爆直後の広島市内の様子を360°タイルで描いた壁画(?)がありました。その絵は、まるで自分が実際にその場にいるかのような感覚にしてくれました。原爆資料館では、原爆の被害の惨状をオブラートに包むことなくつたえてきたので、自分でもすごくショックを受けました。無差別に人々の命をうばうその恐ろしい兵器と、それを作ってしまう人間が恐ろしいとも感じました。

 僕はなぜ戦争になったかを考えました。小さないさかいだったのでしょうか、一方的な侵略によるものだったのでしょうか。どれにせよ、僕が考える平和とは、国どうしにしても、人間関係にしても、「互いにガマンし、あやまれること」だと思うのです。一方がガマンせず、互いにガマンしあい、互いを尊ちょうすることで平和の道が開かれるのではないかと今回の巡礼で思いました。



「巡礼について」   中学3年生 東舞鶴教会 遊里道 凪人
平和祈願ミサ
プラカードの奉納

 今回の巡礼ではたくさんの話を聞きました。主に原発や核爆弾など、命に関わる大きな話でした。そんな話を聞いていて、思った事がいくつかありました。
 一つは、広島や長崎の人々が、原爆などでどのように命を奪われたのかを聞いて、原発がとても恐ろしく感じられました。またそれと同時に、これからは核爆弾で人が殺される事はあってはならないと強く思いました。

 二つ目は、被爆証言を聞いていて、「広島に原爆を投下するのは分かるけど、長崎への原爆投下は許せない。」という所で、広島は落とされる可能性のある府県の中で、アメリカ人の捕虜収容所がなかったとされ、この原爆投下がなければ戦争がもっと長引いていたかも知れません。しかし、一度原爆を落とし、脅威は伝えられたはずなのに、今度は長崎に落とすのは少しおかしいと思いました。

 三つ目は、偶然出会ったデモの人達のスローガンの一つに、「広島に原爆を投下したアメリカは謝罪しろ!」というのがありました。これには日本もアメリカに同じような事をしていたので、仕方が無いと思いました。また、原爆を落とした時の大統領も、「落とすべきではなかった。」と少しは反省している様子なので、日本がアメリカにした事を少しゆるしているという事だと思いました。それなのに、日本側がゆるさなければ争いが始まるかも知れません。どちらもゆるし合わなければ争いは止まらないので、アメリカも日本もゆるし合い、過去よりもこれからの平和を築くべきだと思います。



「僕にとって大切な3日間」   中学3年生 綾部教会 山中 圭

 僕が、この広島平和巡礼に来たのは、2回目です。なので、初めは、「2回目だから去年と同じだろう」と思って来ました。でも、その考えは、8月6日の出来事によって変わりました。一つ目は、相生橋での黙祷です。八時十五分に、みんながシーンとして、すごいと思いました。去年はそんなにすごいと思わなかったからとてもすごいと思いました。二つ目は、平和公園での碑巡りです。特に、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館の中にある八時十五分を表す建造物です。なぜかというと、その建造物には、水が流れています。なぜなら、被爆した人は「水をください」といって亡くなったからです。僕は、この建造物を見て、とても感動しました。なぜなら、追悼しようという方々の気持ちがすごく伝わってきたからです。三つ目は、平和記念資料館です。僕は、その中の八時十五分で止まった時計がとても印象的でした。なぜなら、原爆が落とされたという事が分かるし、落とされたというのが形として分かります。僕は、世界の全員が、原爆の恐ろしさを見て、「原爆はこの世にいらない」と思うことができれば、原爆がなくなり、平和へ大きな一歩を踏み出せると思います。なかなか難しい事だと思います。人は、自分の利益を優先させてしまったりする事があります。でも、人のために何かができる人もたくさんいます。そんな人が増えればいいなぁと思います。僕も、人のために何かができる人間になりたいと思います。

 僕はこの平和巡礼で、とても心の面で成長する事ができたと思います。いろんな見方ができるようになったし、前より物事をしっかり考えられるようになったと思います。ここで付けた力は、今後どのような形か分からないけれど、初心を忘れず、十分に力を発揮していきたいです。













  高校生大船渡ボランティア合宿感想文
  


「東北で学んだこと」  高校1年生 河原町教会 中島 基喜

大船渡ベース

 東北に行くこと。それは僕にとっての憧れでもあったし、夢でもあった。そんな気持ちが生まれたのはあの東日本大震災がおこる以前のことだ。東京より北にいったことのない僕にとって、それは桃源郷といっても過言ではなかった。しかし、それから二年あまりが過ぎた2011年3月11日、地震・津波はたくさんの命を奪っていった。僕にはテレビにうつし出された岩手、宮城、福島の東北三県に唖然とする他なかった。その時、僕の心に東北で手助けをしたい、ボランティアをしたいという気持ちが芽生えだした。だからこの合宿には文句なしで参加したのである。

 行く前日は岩手にいく好奇心、ワクワクがあり少し軽い気持ちだった。新幹線のなかでもふわふわした気持ちだった。しかしそんな気持ちはバスに乗って被災地を走る時、唖然へとかわった。今まで写真で見てきた光景が目に飛び込んできた。あれから二年たったとは思えないような光景、元々そこに何があったのかわからないぐらいに何もなくなってしまった商店街の跡。そして、七万本あった松の木は一本を残して跡形もなく消え去っていた。僕は移動のバスで被災地の現状を思い知った。僕はここで本当になにかできるのだろうか。僕の憧れだった東北はどこにいったのだろうか。そんなことを考えながら宿舎に到着した。

 日がたつにつれて僕の心は少しずつ変化していった。初めてのボランティア活動は漁業支援という名の除草だった。こんなことをして意味があるのか僕にはよくわからなかった。こんな暑い中、鎌を振り回して草を切ることに意味があるのか、と。でもそんな気持ちは漁業支援でお世話になった方に「ありがとう」と言われることで消え去った。その「ありがとう」で僕の心は突き刺さるようなものを感じた。「意味がないわけない!!こんな些細なことでもここの人々の役に立てる!!」そう感じた。あくる日も除草だった。雑草を抜き終わったとき満足感が僕の心に芽生えた。「あぁ草がなくなった。良かった」と。しかし、その日の分かち合いのときだった。シスターはこう言った。「ただの満足感でボランティアをしている人がいる」と。僕ははっとした。自己満足だけでやっていても意味がない。相手に幸せになってもらわなければやる意味なんかない。僕は日々学び成長していった。

 今回のボランティア活動で一番心に残ったのは視察だと思う。陸前高田のまちに降り立ったとき、雑草はぼうぼうに生え手付かずの土地がたくさんあった。昔、商店街としてとても賑わっていたと聞き、言葉が出なかった。すべて海が奪った。人の命も建物も。僕はすこし海のことを憎たらしく思った。でも地元の方は違っていた。震災の話をするとき海のせいなんかにしなかった。むしろ自分達は海に恩恵をいただいていると言っていた。困難を乗り越えて生き抜いた方のことばは力があった。

 大船渡でなくなった方のほとんどは、地震の後、津波が来る前に、家に一度帰った人たちだともきいた。何で帰るのかは僕には想像がつかなかったけど、人間には欲が出るのだろう。欲の恐ろしさを知った。

 毎日が学びだった。帰りのバスで僕は横目で海を見た。海は平和だった。



「東北ボランティアで気づいたこと」  高校1年生 大和田教会 橋本 真優


 今回、私は初めて東北ボランティアに参加しました。一日目に京都駅に集合した時は、みんなと仲良くなれるか不安でしたが、みんなが話しかけてくれて、少しずつではありますが徐々に話せるようになり、七日間という短い間でも仲良くなることができたと思います。現地のスタッフのみなさんも、本当に優しくて色々なことを教えて下さいました。
 二日目はある方の家の跡地の草刈りをしました。私はその場所で見かけた看板の言葉が、今も心に残っています。その言葉は「過去を想い、未来を夢みて今をいきる」です。この言葉を初めて目にしたとき、私は少し心を動かされるような気持ちになりました。今の私は過去の想いを捨て、ただ夢だけ見て今が良ければそれでいいと思っていました。大船渡といういつもと違った環境で出会ったこの言葉は、いつの間にか私が心の奥にしまい、忘れていた気持ちだと気づきました。
 三日目、四日目と過ぎゆく中で、私はたくさんの人から「ありがとう」という言葉のプレゼントをいただきました。「ありがとう」というたった五文字の中に大きな思いがあり、すごく心温まるような気持ちになれました。同時に人の心の痛みをいやすのは人であり、人だからこそお互い支え合って生きてゆくことが、できるんだと改めて確認しました。同じ空の下で生きている私たちだからこそ、助け合って生きていくことが大切だと思いました。
 私は東北ボランティアに参加することができて本当に良かったです。今回のボランティア活動において、朝早くから送り出してくれた家族、大切な七日間を共に過ごした仲間、神父様、スタッフの方々、この東北という場所で出会った全ての方々に感謝し、明日からもまた一つ一つの出会いを大切にし、自分の過去を想い、今という時を悔いのないように、一日一日を大切に生きていきたいと思いました。



「被災地を訪れて」   高校2年生 宮津教会 矢野 有希子


大船渡ベース
 初日に大船渡に行ったときの正直な感想は「思っていたよりだいぶ綺麗」だった。海の近くには津波の被害を受けたままの施設が数軒残っていたものの、本通りには新しくスーパーや本屋などが立ち並び、仮設ではあるが商店街もあった。またベースの周りには普通の家が建っていて、街中で瓦礫の山を見ることもなかった。

 しかし、そんな思いも次の日から始まったボランティア活動によってあっけなく覆された。その日は海に近い畑の草刈りに行った。そこはもともと家があったが、津波で流されてしまい、その土地を畑にしているそうだ。これを聞いてとても驚いたが、それ以上に衝撃だったのは、依頼主のおばあさんが、それを淡々と話していたことだった。大船渡では家が流されることは、そんな風に話せるほど珍しいことではないというのを実感し、改めて被害の大きさを感じた。

 六日目に行った視察も印象的だった。その時は陸前高田の道の駅や奇跡の一本松、駅前の商店街など、大船渡よりも被害が大きい地域を訪れた。どこも津波の大きな被害を感じさせるもので、とてもショックを受けた。陸前高田は大船渡と違い、瓦礫がとても多く残されていた。話を聞くと大船渡はセメント会社が瓦礫の処理をしているそうだ。市町村によって復興の早さに違いが出ていることを悲しく思った。

 今回の訪問中、県内のあちこちで「がんばっぺし岩手!」と書かれている看板を見かけた。以前、阪神淡路大震災についての本を読んだことがあるが、それには被災者が「街じゅうで『 がんばろう神戸!』という看板を見るが、もうすでに頑張っているのに、これ以上何を頑張ったらいいかわからない」と悩み、精神的に辛い状況に追い込まれたと書いてあった。東北の人たちも同じ状況に陥ってしまわないだろうか。もちろん被災地の努力なくして復興はあり得ない。しかし、被災地だけでなく日本全国で力を合わせて復興へ向かっていけたらと思う。
  今回のボランティアで私たちが、被災地に対してできたことはほんの少しだったと思う。しかし、その小さな積み重ねで少しずつでも復興していけるのではないだろうか。また、このタイミングで被災地に入り、実際に見て感じることで得ることも多かった。今回感じたことをずっと忘れず、人に伝えていくことでも被災地の力になると思う。宮津に帰っても今回の訪問で感じたことを忘れず、地元でも被災地に対してできることをやっていきたい。



「大船渡ベースでの七日間」   高校2年生 伊勢教会 濱口 桃子

草刈の準備

 今回私がこの合宿に参加したのは、普段の高校生会の流れというのもあったけれど、それよりも、東日本大震災で被災された方たちのために、何か少しでも役に立ちたいと思ったからです。今まで東北に行くことがなかったけれど、四日間ボランティアをすることで色々な出会いや思いを得ることができて、本当に良い体験をすることができました。ボランティアというのは自分だけが達成感を得るものではなくて、被災地の人々のためにどれだけ自分のベストを尽くして役に立つことができるのかが、重要なのだと知りました。この四日間、炎天下の中で協力して草抜きをしたり洗車をしたり、釜石で行われた、「ぼらまつり」に参加して、練習ではうまくいかなかったタコ焼きを本番ではすごく上手に焼けて、釜石に住む方々に提供できたり、被災地の視察に行くことができたり、本当に貴重な体験ができて、精神的にも肉体的にもしんどくなることも多かったけれど、素晴らしい日々だったと思います。

 東北についてから四日目の夜、震災当日の様子をDVDで見ました。そのDVDには大船渡にきて見慣れた町並みが、あっと言う間に津波に飲み込まれてしまっている、映像がうつされていて、正直信じられませんでした。今の大船渡は、震災前と比べたらお店や家も少なくなってしまったかもしれないけれど、約二年半のうちにこれだけ復興しているというのは、すごいなと感じました。この大船渡の町並みに震災が来たとは思えないほどでした。
道具洗い

 六日目には視察に連れていってもらい、奇跡の一本松や 高田松原の道の駅、気仙中学校などを見て六日目にして、ようやくはっきりとここで震災があったという事実を受け止めることができました。沢山のガレキが集められたところには、瓦やガラスをはじめ車の部品や日用品、電化製品の一部などが山積みになっていて、四日目にみたあのDVDの映像を思い出すと、すごく怖かったし残酷でした。

 被災地に住む人々は本当に優しい方ばかりで、とくに大船渡教会のみなさんや、大船渡ベースのスタッフさんたちは、私達のことを家族のように暖かく迎えてくれてすごく嬉しかったです。今回この合宿に参加して、ある方に「暗い心をもったひとたちをあなたたちの光で照らしてあげて欲しい」と言われました。私は全力でボランテイアに取り組み、満面のスマイルで人と接し、この言葉を実現させることができたかは分からないけれど、私の行動で一人でも多くの方が、暗い心を明るい心に変えることができていたら、良いなと思います。いつかまた機会があるならば、必ずこの大船渡の地に来てボランテイア活動をしたいと思っています。最後になりましたが、今回わたしたちが合宿するために何から何まで準備してくださった神父様、暖かく迎えてくれた大船渡ベースのスタッフのみなさん、大船渡教会のみなさんに心から感謝しています。ありがとうございました!




「東北で学んだもの」   高校3年生 丹波教会 水村 要

釜石で行われた「ぼらまつり」

 私は今回、八月一日から八月七日の間、岩手県の大船渡市にあるカリタスジャパン大船渡ベースにボランティアとして参加させて頂きました。私はかなり前からボランティアに参加したいと思っていたので、このお話を聞いた時直ぐに、「行きます!」と返事をしました。そして、大船渡市に着いて家が流されて更地になった場所をみて少し戸惑いました。京都でテレビでは見ていましたが、映像を見るのと現地に来て見るのとでは、印象が違いました。テレビでは、最初は津波の映像を流していましたが、福島県の原子力発電所の話になり、また、流れてくるのはドキュメント仕立ての物ばかりで、東北のことをいつの間にか忘れかけていました。しかし、現地についてそんな自分に腹が立ちました。大船渡市は、太平洋セメントという会社が瓦礫を燃やしたので、大船渡は他の市とくらべてわりと早く復興が進んでいる方だと言われましたが、私はそれでもまだこれからだな、と思いました。

たこ焼きの出店


 ボランティア活動として、畑周りなどの草刈り、「ぼらまつり」のたこ焼き屋の出店、被災地視察、仮設住宅訪問などを行いました。その中で、陸前高田への被災地視察が心に残っています。陸前高田が近付くにつれ、大きな衝撃を受けました。見渡す限りいくつもいくつも瓦礫の山があり、廃墟とも呼べないぐらいの家や果てしなく続く更地。なにも言葉がでてきませんでした。道の駅や気仙中学校の変わり果てた姿、また最初七万本あった松の木のほとんどが流されて奇跡的に残った一本松。とても、心が締め付けられました。大船渡市とは違い陸前高田は平地なので津波の被害はとても大きかったらしいです。何もかも流されてテレビで見るのとでは別次元だと思いました。この七日間で自分の出来ることは出来たと思っていますが、また必ずボランティアに行きたいです。とても自分の為になった七日間でした。皆感じ方が違うと思います。東北の方ありがとうございました。



「被災地での体験を通して聖母マリアに倣う
 〜小山教会での聖母被昇天についての分かち合いより〜」
   神学生 大塚 乾隆

奇跡の一本松

 教会は聖母の被昇天で、神のことばに忠実に従い、神の呼びかけとわざに完全に身を委ねた聖母マリアが、真っ先にキリストの復活と栄光にあずかっていることを祝い、さらにこれを「旅する民の希望、信じる者の慰め」と言います。しかし私は、「神のことばに忠実に従い、神の呼びかけとわざに完全に身を委ねること」を特別なことだと考えていたので、この特別なことを果たせなければ、キリストの復活と栄光にあずかれないのではないかと不安になりました。そこである神父様に尋ねると、「これは特別なことではない。日々の生活を送りながら、それぞれの立場に応じて求められていることを、具体的に生きるということで、全ての人に開かれている。きっとマリアも母としての生活を送っていたことでしょう。」と言われました。これを聞いて、私は一昨年の五月に被災地を訪れ、そこで考えたことを思い出しました。

 地震から二ヶ月が経ち、「何かできることはないか」という思いに駆り立てられて被災地に行きました。しかし、一日・二日の滞在でしかも個人で行ったところで何もできないと自分の無力さを痛感し、さらにその時は神学生でもあったので長期間そこで活動することもできません。では今の自分に何ができるかを考えると、「神学院に戻ってからの生活で、自分のできることにしっかり取り組もう。自分の置かれた状況で務めを果たそう。」ということでした。

 その後二年が経ち、この夏に高校生と共に大船渡に行きました。今回のボランティア活動では多くの時間が草むしりに割かれました。これは被災地に行かなくてもできることですし、しかし今の生活の中で草むしりをするかと言われれば、積極的にはやらないものでしょう。私は大船渡での体験を通して「与えられたことに対して、どういう気持ちで取り組むか」ということを考えました。「私たちが草むしりをしなければ、それを現地の方々がすることになる。その人達のお手伝いになっているのだから、草むしりも喜んですることではないだろうか。専門技術を持たない私たちの一行は、自分たちのできる範囲で喜んでお手伝いをさせて頂くという気持ちで取り組むべきではないか。」と思いました。

 与えられる仕事の中には気乗りのしないものもあり、「はいはい」と返事をしてしまうことがあります。しかし、天使からお告げを受けたマリアが思いめぐらして信仰において「はい」とこたえたように、「はい」とこたえて日々の生活を歩んでいける恵みが私にも与えられますように。被災地での体験を通してこのようなことを思いました。







シリーズ小教区

  魅力ある教会って?? (大和八木教会)
  


― 不完全ながらもそれに応えていく ―


チャペルコンサート

 国のまほろば大和三山に抱かれた大和八木教会は、五十有余年の命脈を戴いています。「信仰年」を迎えてこの小さな共同体においても、確かに第2バチカン公会議の精神が、具現化しつつある道筋が感じられます。

 八木教会は、立地交通の便が良く、活動拠点として最適の場所にあります。古くから国際交流ミサが行われ、最近はスペイン・ポルトガル語圏、フィリピン・英語圏との交流や触れ合いが多くなっております。
毎月1回ずつスペイン語・英語ミサがあり、小教区評議会にも代表が出席して、お互いの考えや意見を出し合い、小教区の行事にも積極的に参加し、理解が深まりつつあります。

 教会内の集会や勉強会だけではなく、ガーデン(薬物依存社会復帰の会)、AA(アルコール依存社会復帰の会)の二つの例会が毎週1回行われています。また、夏休みには、毎年地域の小学校のラジオ体操の行事が、教会の駐車場で行われています。  

 第2バチカン公会議の恵みのひとつとして、エキュメニカルの朝祷会が月1回行われています。「キリストはひとり、信仰はひとつ」のもとに、お互いの独自性と伝統を重んじあいながら、教会・社会のニーズに応じて共に祈っています。

(左)Sr.リーナ・ファラス
    (右)Sr.ポーリン・フェルナンデス

 八木の宣教司牧地区には高山右近洗礼の地・宇陀市榛原があり、四十数年前から教会と地元の人々との交流が行われています。「大和の祭り」として、「右近こどもまつり」は奈良県民手帳にも記載されています。近年は右近列福の実現を願って、列福祈願ミサ、ゆかりの地への巡礼、公開講座への参加などにより気運が盛り上がりつつあります。現代に通じる右近の霊性に学びながら、一日も早い列福を、幼少の右近を培った大和の地から、熱く祈っています。

 奈良南部ブロック主催で、八木教会の聖堂を開放して「チャペルコンサート」を開催しています。 南部ブロック聖歌隊では、主に「祈る教会の声」と言われるグレゴリオ聖歌や典礼聖歌を歌っています。 地元の音楽協会、合唱協会からの演奏家の出演も毎回あり、気軽に教会に足を運んで音楽を楽しめる場所となってきています。

 本教会は、この大和の地にご自分の教会を建てたいと望まれた神の摂理により、マリスト会司祭のご苦労により創立されました。以来、歴代の司祭方のご指導とウルスラ会のシスター方の献身により、育まれてきました。現在では共同宣教司牧になり、今年からカルメル宣教修道女会のシスターお二人が八木に住んで下さり、奈良の司牧のために働いて下さっています。私たちはこの大きな恵みをいつも思い起こし、不完全ながらもそれに応えていく責任を、恵みの内に果たしていくことができるよう願っています。
   カトリック大和八木教会

 












青年センター あんてな

センター始まって以来ちゃいますか?  宮津教会 白浜 みゆき



今年もやります、YES2013。今年のテーマは「Hon ne cafe 2」。まさかの、去年と同じテーマです。NWMがあったから、さぼったのではないですよ。リクエストにお応えしたのです。「普段は聞けない本音が聞きたい」そんな理由から始まった「Hon ne cafe」。簡単に説明をすると、1対1形式の分かち合いです。昨年のYESで実行し、全国の青年が集まるNWMでも実行しました。NWMの準備をする中で「当日、スタッフは運営のため分かち合いができない。自分たちもやりたい」という要望に応えたものです。
 前回のYESでは「自分より5つも6つも年上の人の考え方がわかって刺激になった」「若い人たちの気持ちに触れられて新鮮だった」
「同じ悩みを抱えている人がいた」といった感想をもらいました。NWMに参加したひとも、参加できなかった人も、YESでの「Hon ne cafe」でじっくり話をしてみませんか?で、ところで、YESって?青年センターって?と思った方は、HPでチェックして下さい。

日 程:11月9日(土)〜10日(日) 
場 所:唐崎メリノールハウス
申し込み締め切り:10月11日(金)
申し込み先、詳細:青年センター







    大塚司教 
10月のスケジュール




3日(木) 10:00 中央協 常任司教委員会
4日(金) 9:30 特別臨時司教総会(中央協)

6日(日) 9:00 山科教会 献堂60周年記念感謝ミサ
7日(月)−11日(金) 教区司祭 年の黙想(当別トラピスト修道院)

13日(日) 11:00 高野教会 創立75周年記念感謝ミサ
14日(月) 14:00 札幌教区 ベルナルド勝谷太治司教叙階式(札幌市・藤女子大学講堂)
17日(木) 14:00 司教顧問会
19日(土) 10:00 小教区役員交流会(河原町)

20日(日) 14:00 セニョール・デ・ロス・ミラグロス祭ミサ(草津教会)
21日(月)−30日(水) 大阪教会管区「信仰年」巡礼






  9月のお知らせ        

典礼委員会/Tel.075(211)3025(月)(水)(木)
  典礼研修会「典礼憲章」を学ぶ
   日 時: 1日(火) 14:00〜15:30
   テーマ:第3章 その他の秘跡と準秘跡A
   講 師:村上 透磨 師

   日 時:29日(火) 14:00〜15:30
   テーマ:第5章 典礼暦年
   講 師:北村 善朗 師
   対 象:小教区典礼奉仕者
   (各小教区4名程度、事前申込み不要)
   場 所:カトリック会館6階

聖書委員会/Tel.075(211)3484 (水)(木)
 聖書講座「信仰の喜びと福音宣教

  日 時:16日(水) 19:00 17日(木) 10:30
  テーマ:聖霊における喜びとと福音宣教
  講 師:北村 善朗 師

  日 時:23日(水) 19:00 24日(木) 10:30
  テーマ:イエスのわざと福音宣教
  講 師:鈴木 信一 師(聖パウロ会)
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール

 よく分かる聖書の学び
  日 時:30日(水) 10:30 参加費:300円
  講 師:北村 善朗 師
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール


《地区協議会》
奈良カトリック協議会
 聖書講座− 信仰の核としての出エジプト記 −

  日時会場:11日(金) 19:00 大和八木教会
       12日(土) 10:00 奈良教会
  テーマ:金の子牛と契約の更新
  講  師:鈴木 信一 師(聖パウロ会)

  日時会場:25日(金) 19:00 大和郡山教会
       26日(土) 10:00 奈良教会
  テーマ:まとめ
  講  師:松田 浩一 師(カルメル会)


《修道会》
男子カルメル修道会(宇治修道院)

    Tel.0774(32)7016 Fax.(32)7457
 社会人のための霊的同伴(松田 浩一 師)
  日 時:11日(金) 20:00〜12日(土)15:00
  参加費:5,500円(宿泊・食事込)

 水曜黙想(今泉 健 師)
  日 時:16日(水)10:00〜16:00
  テーマ:アラビアの聖テレジアとイエス
  参加費:2,700円(昼食代他)

 一般のためのカルメルの霊性入門(松田 浩一師)
  日 時:26日(土) 17:00〜27日(日) 16:00
  テーマ:テレサ的カルメルの霊性
  参加費:6,500円(宿泊・食事込)

 神との出会いを求める人々の母 聖テレジア
  テレジアの新しい人間への道(松田 浩一 師)
  日 時: 5日(土) 14:30〜16:00
  場 所:カトリック会館6階(この講座のみ)
  参加費:無料


聖ドミニコ女子修道会(京都修道院)
   Tel.075(231)2017 Fax.(222)2573
 ロザリオを共に祈る会
  日 時:18日(金) 10:30〜12:00



《諸団体》

望洋庵 Tel.075(366)8337
  秋季キリスト教入門講座
  日 時:3日(木)/17日(木) 19:00〜20:00
  講 師:溝部 脩 司教
  場 所:望洋庵(西陣教会内) 
  対 象:青年/会 費300円

京都カトリック混声合唱団

 練習: 13日(日)14:00/26日(土)18:15ミサ奉仕後
      カトリック会館6階

コーロ・チェレステ(女声コーラス)
 練習:
10日(木)/24日(木)/31日(木) 10:00
     カトリック会館6階

心のともしび 番組案内 
 テレビ(衛星
.CATV)スカイAスポーツプラス
  毎週土曜日 朝7:45
  松浦信行師(大阪教区)による
  シリーズ「イエスのポートレート」

 ラジオ(KBS京都) (月)〜(土)朝5:15
  10月のテーマ「私とロザリオ」

京都南部ウオーカソン
  日 時:11月4日(月) 10:00〜14:30
  (例年は3日ですが日曜日ですので4日に開催します)
  受 付:8:45〜9:30 河原町教会
  コース:河原町教会から鴨川沿い往復
  寄付先:東日本大震災被災地、
       ネパールバンディブール村の3つの教育活動支援

聴覚障がい者の会
  11月5日(火) 13:00 手話表現学習会
          (聖書と典礼)カトリック会館 6階


信仰を祝う −賛美の祈りをともに−
     詩 編 の 祈 り の 夕 べ

   日時会場:11月 9日(土)14:00 四日市教会
         :11月10日(日)14:00 河原町教会
(     詳しくは教会のポスターをご覧ください)


京都教区サポートセンター
  東日本大震災「大船渡支援」献金報告

  8月分 685,339円 / 累計 32,076,908円

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   詳細は京都教区ホームページをクリック

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   口座番号「01000−2−0024724」
   加入者名「カトリック京都司教区本部事務局」
   摘要欄に「大船渡支援」とご記入ください。


 

 ※ 12月号の原稿締切り日は10月23日(水)です。


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