2014/9 No.442 
<京都教区時報 2014年9月号目次>

・1 2014年 司教年頭書簡 神の「貧しさ」を生きる 
       8.喜んで貧しくなる

・2
教会史講座 「都の再宣教」
   近代日本における福音宣教の歩み 


・3 
施設紹介  社会福祉法人 聖ヨゼフ松阪
      南勢カトリック事業体
 



・4 6人の司教と青年たちはWaiWai語る2
   〜出会ったあの時〜 に参加して


・5  大塚司教 9 月のスケジュール

・6  9 月のお知らせ

  



2014年 司教年頭書簡
神の「貧しさ」を生きる


8.喜んで貧しくなる        

 先の「貧しい人に連帯する(7)」で語られた内容が「神が選んだ貧しさ」と「宣教を託された教会の貧しさ」とすれば、今回語られる「貧しさ」は「キリスト者の貧しさ」についてと言えましょう。

 年頭書簡は言います。「キリスト者の貧しさは、禁欲主義でも、物質的な『欠け』を体験することでもない。イエスのいのちの中に充満する最高の価値、即ち、福音を見つけた人の喜びそれが原因で起こる、実は心の豊かさのことなのだ」と、そして二つのたとえをあげます。それは、貧しい農夫を主人公とする「隠された宝のたとえ」と、裕福な商人を主人公とする「真珠商のたとえ」(マタイ13・44〜46)です。これらのたとえの主題は、「宝物を発見した人を圧倒する喜び」と、それがもたらす行動です。その発見の喜びは、全てを放棄させるほどです。その宝とは「神の国の福音」と言うことなのでしょうが、実は「イエス・キリストご自身」だと言うのです。イエスこそ「永遠のいのち」であり「真理」であり、命への道、救いであり、愛そのものなのです。このように気付いたのが、使徒達でした。彼らはこのイエスに出会ってしまったのでした。主に呼ばれたこと、恵みそのものである主に出会ったことが、彼らに、主のために「貧しく生きる喜び」という人生を歩む道を選ばせる事になりました。この出来事は使徒の召命物語に明らかにされます(例えば、ルカ5・11、9・1〜4、23〜25、9・57〜10・12 等)。「貧しさ」が喜びをもたらすのではなく「宝」(キリストとその福音)を見出したこと、その主に召されたことが喜びをもたらし、その人格と教えに魅了された事が、主のため、神の国の福音のために一切を捨て、全く主に委ねて貧しくなり喜びの中に生きることになるというのです。

 この「神が全て」という教えは十字架の聖ヨハネの教説を生み出し、幼きイエスの聖テレジアの霊的幼児の道、マザー・テレサの貧しい人の中にキリストを見出す、愛の奉仕の道にあらわれ、アシジの聖フランシスコの姉妹である清貧、そして教皇フランシスコの教皇職その教えと生き方、導き、そして、あの明るい笑顔にあふれ出るのです。

 人々は貧困が悲惨を生むことを知っています。だから「喜んで貧しくなる」ということは理解し難いでしょう。しかしキリスト者は、また「貧しい人は幸い」だということばが真実であることを知っているのです。そして福音が「喜びのおとずれ」だということも。神の霊の実りが、愛であり喜びであることも。だからキリスト教の本質も「平和な笑い」だということも……。
(村上 透磨)






   教会史講座

「都の再宣教」
 近代日本における福音宣教の歩み

 福音宣教企画室では昨年より、日本教会史講座を始めました。今年度は、2015年に行なわれる「信徒発見」及びピウス9世による都の聖母像祝別150周年に向けて「都の再宣教」というテーマで全4回の講座を企画しました。この講座を通して、近代日本の教会を支えた宣教師、修道者、信徒たちの宣教活動を振り返り、わたしたちの信仰の歩みを再確認できれば幸いです。


第1回 明治におけるパリ外国宣教会宣教師たちのはたらき

  講師 Sr.三好千春   
   (南山大学人文学部准教授、援助修道会)

 この講演会では、講師のSr.三好先生にパリ外国宣教会(MEP)の「黄金期」と呼ばれた時期、すなわち1850年の終わりごろから明治20年代の終わりごろ(1890年代)までのMEPの日本での宣教活動を中心にお話ししていただきました。1890年代の日本とは、ちょうど第一ヴァチカン公会議(1869〜70年)の影響が入ってきていた時期です。

1.パリ外国宣教会とはアジアに出かけたパリ外国宣教会の宣教師
 キリスト教史上最初の宣教会。「宣教会」とは修道会とは異なり、キリスト教国ではない国への福音宣教を目的とする「教区司祭の会」。パリ外国宣教会は、アジアの宣教を目的につくられた。
 MEP創立のきっかけは、グレゴリウス15世が1622年に「布教聖省」を創設したことだった。布教聖省は、16世紀に制定されていた「布教保護権」により、スペイン国やポルトガル国に掌握されていた宣教の主導権を、教皇庁が回復しようとする動きの中で制定された。その後、ベトナムの宣教の基礎を築いたイエズス会士アレクサンドル・ド・ロードが、自分の布教経験に基づき、ヨーロッパの修道会から宣教師を派遣するだけでなく、その国、地域の現地人司教及び司祭養成の必要性をローマ教皇庁に訴えた。宣教に協力する国としてフランスが選ばれ、布教聖省は1658年、フランス人代牧のアジア派遣を決定した。この年がMEP創立の年となっている。MEPは、布教聖省が出した「外国宣教に関する指針」(1659年)に基づき、1700年に「パリ外国宣教会会則」を書き、会の方針を成文化した。その中で、当宣教会の指針として強調されているのは(1)地域教会の司教・司祭養成(2)新信徒の司牧(3)非キリスト教徒への福音宣教の3点である。  
  アジアに出かけた
パリ外国宣教会の宣教師
 
  
                                                    
2.パリ外国宣教会来日   (カトリック教会の再宣教)

 MEPの日本への宣教は、香港にあった拠点を足掛かりに行われた。当時MEPは、そのアジア担当地域を、シャム(タイ)、べトナム、インド(マラバル)から朝鮮半島や日本をはじめ数々のアジア国に広げていく時期にあった。日本宣教の準備として、フォルカード神父をはじめ何人かの神父の日本語教育を琉球王国で試みるが、目的を達成するのは非常に困難だった。しかし、ペリーの来日と日本開国により、状況が変わり、1855年にジラール、フューレ、カション、ムニクー神父らが琉球王国へ派遣され、彼らの日本語教育も実現した。1858年に結ばれた「日仏修好通商条約」第4条でフランス人の居留地内での信教の自由が容認されたことから、翌年ジラール神父が江戸に足を踏み入れ、これに続き次々にMEPの宣教師たちが日本の開港地に入ることに成功し、居留地に教会を建て始めた。こうして1862年横浜に横浜天主堂が、1864年12月には長崎に大浦天主堂(フランス堂)が完成した。1865年2月にジラール神父による献堂式が行われたが、プティジャン神父による「信徒発見」の出来事が起こったのは3月17日のことだった。1867年11月の大政奉還後に明治政府が発足したが江戸幕府同様キリスト教は禁制とされ、浦上のキリシタンたちが西日本各地に移送されるなどの弾圧がおこった(浦上四番崩れ)が、結局1873年にキリシタン禁制の高札を撤去することで禁令が表面上撤廃され、キリスト教は黙許状態となった。これに伴って、同年MEPから新たに宣教師が11人追加派遣されるなど、カトリックの宣教活動が本格的に行われるようになった。この後、日本代牧区は、越前、美濃、尾張の西を境に、北と南に分割された。(北緯代牧区 ピエール・マリー・オズーフ司教、南緯代牧区 ベルナール・タデ・プティジャン司教)。この分割の背景には、長崎地域とそれ以外の地域の状況の相違、財政的問題(1874年末の横浜での火事によるMEPの建物焼失の影響)、また二つの代牧区が別々に宣教師、宣教活動、資金を申請することでそれらを増やす目的などが挙げられる。


3.パリ外国宣教会の日本での働き
 この当時の日本への宣教は、16、17世紀のカトリックのみが宣教していた時代とは大きく異なる環境の中で行われた。具体的には、@プロテスタントやロシア正教の宣教活動と競合、A西洋の影響下で近代化が進む明治日本で、西洋社会同様に反キリスト教的な思潮が普及していく状況と直面、という事が挙げられる
このような中で、都市部で中上流階級を対象に中等教育を通した宣教を重要視していたプロテスタントとは異なり、MEPの第一の使命は、邦人司教・司祭の養成にあった。例えば、1871年に東京にラテン語学校が設立され、1875年に長崎にラテン神学校が完成し、長崎では1882年に、東京では1894年に邦人司祭が誕生している。
第二の使命は、新信徒への司牧である。カトリック教会に復帰した潜伏キリシタンの世話や、日本各地での拠点の創設や教会堂の建設などを通して、再宣教後の日本の教会の基礎を形作った。 
 <B><FONT size="-1">パリ外国宣教会本部</FONT></B>
  パリ外国宣教会本部 
  そして第三の使命が非キリスト教徒への福音宣教である。例えば、MEPは原則として施設を持たなかったが、それぞれの状況や必要性には柔軟に対応し、必要であれば、社会福祉施設を作った。一例としては、ド・ロッツ(ド・ロ)神父が出津に設立した、授産施設や「聖ヨゼフ会」(女部屋)、伝道婦養成所、孤児院、あるいはテストヴィド神父が創立した神山復生病院などが挙げられる。1877年にプティジャン司教に招かれ、ショファイユの幼きイエズス修道会の修道女たちが神戸に来日したのも、そもそもは社会福祉分野でMEPに代わって活動するためであった。また、MEPは初等教育に力を入れていた。当時は公立小学校だけでは学校数が間に合わなかったため、80年代を中心にMEPは数多くの無料の小学校を設立した。同時に、中等教育の必要性を認めたMEPは、マリア会にその役目を依頼した。マリア会は1887年に来日し、東京に暁星中学校を作り、中等教育を始めた。

  さらに、日本におけるMEPの特色ある宣教方法として、「歩く宣教師(巡回宣教師)」の役割を挙げることができる。「巡回宣教師」は、それぞれ担当地区が決まっており、自分の担当地区内を巡回し、各地で説教や演説会などを行う宣教師たちのことで、少なくとも北緯代牧区では制度化されていたと考えられる。この制度が成立した背景には、外国人遊歩規定の緩和と1875年に「外国人内地旅行免状」制度が整備されたことがある。MEPの初期宣教の特徴は、被差別部落やハンセン病者など、日本社会の底辺層の人々との関わりにあった。

 この当時の日本カトリック教会の状況は、次のようにまとめることができる。@信徒、しかも男性信徒が教会内で活発に活動。A信徒たちの宣教意欲が高く、積極的にキリスト者として生きようとしていた。例えば、最初のカトリック雑誌『公教萬報』(1881〜1885年)は浅草教会の信徒、本多善右衛門が発刊している。B宣教師は少なかったので、伝道士が活躍(宣教師を支える数多くの日本人がいた)。他方、C信徒たちの移動が激しく、せっかく信徒になっても行方が分からなくなる者も多く、また教会がないため四散する場合も多かった。このような状況の中でのMEPの宣教方法の特徴は、日本人信徒たちの力を最大限に活かし、自由に活動させていたことである。そして知的な面よりも、キリスト者としてどのように生きるかということをとても大切にしていた。
   宣教師と日本人神学生
 4.明治後期の変化
 ところが1890年に入ると、日本のカトリック教会をめぐる状況は一転してしまう。この頃、第一ヴァチカン公会議の影響が日本に入ってきた。第一ヴァチカン公会議は、カトリック教会の近代社会に対する閉鎖的対決姿勢を浮き彫りにした。さらに、ローマ教皇とその代理者である司教、司祭に対する従順の強調があり、信徒たちの活動は束縛され、細かい法規によって教会活動が画一化された。例えば、信徒の家を教会代わりにして宣教する(ホーム・チャーチ)の不許可などが挙げられる。こうして巡回宣教師の時代は終焉を迎えた。また、1904年以降、日本宣教はフランス一国から、スペイン、ドイツ、カナダなど様々な国からの宣教師によって担われ、国際的色彩を帯びるようになった。そして、イエズス会によって1913年に上智大学が発足し、カトリック教会の宣教は高等教育にまで及ぶようになった。

 MEPの自ら出ていく「巡回宣教師」としてのあり方や社会の状況に柔軟に対応しながらの宣教活動、そしてキリスト者としてどのように生きるかということに重点を置きながら信徒を養成し、彼らの能力を最大限に発揮させた、という宣教方針は、現代の日本の教会を生きるわたしたちに多くのヒントを与えてくれる。




第2回 日本への再宣教と修道女たちのはたらき

講師 Sr.村田初子
(久留米信愛女学院理事長、ショファイユの幼きイエズス修道会)


教会とともに、信徒とともに、修道女たちのはたらき

 キリシタン禁制の立札が撤去されてからわずか4年後の1877年、キリスト教への偏見や差別が今なお生々しい時代に、神戸港に4人の若いフランス人シスターたちが上陸しました。出迎えたヴィリオン神父は声をあげて泣いたと伝えられています。上昇気分に酔う明治の文明開化の陰で苦しむ人々、その中でもとくに孤児を救おうと奔走していた神父が、待ちに待った「ショファイユの幼きイエズス修道会」のシスターたちの到着を見て感極まったのも無理からぬことです。
   フランスに数ある修道会のなかで、なぜショファイユの幼きイエズス修道会が日本宣教に招かれたのか、それはプティジャン司教(当時は神父)との出会いのためでした。「ショファイユの幼きイエズス会」が「幼きイエズス教育会」から分離独立されようとしていた苦しい時期に、修練者の養成のために送られた若い司祭がベルナール・プティジャン神父でした。その時以来、修道会総長、メール・アンティエとプティジャン師は交流を重ね、やがて機は熟してシスターたちの日本派遣へとつながっていきました。

 見知らぬ外国の地にあって、シスターたちの日常生活がどれほど苦労の多いものであったかは様々な資料より容易に想像できます。しかし彼女たちを支えていたのは神のみ旨に応えたいという強い願いと、子供たちへの愛情でした。フランスに送られた手紙のなかに、子供たちが「かわいい」という言葉が頻繁に出てきます。そのような熱意は実を結び、活動は徐々に広がってやがて1886年の「都入り」となりました。
  4名のフランス人シスターが来日 
 京都での活動を振り返るとき、二つのことが浮びあがってきます。一つは、シスターたちの活動は、信徒の貴重な協力により展開されたことです。大河ドラマ「八重の桜」で知られるようになった山本覺馬の娘、久榮はシスターからフランス語を習い、カトリックに改宗してシスターたちと一緒に暮らしました。久榮は父の協力を得て、子供たちの将来のため看護師養成の道を開き、若王子の墓地収得などにも貢献してくれたのです。

 もうひとつの特徴として、時代と社会の要請に即応するということです。恵まれない人々、今、ここで困っている人を助けるのです。すべての人が兄弟姉妹、すべての人が友でした。
 最後に、この講演を準備しながら痛切に感じたことは、時代と共に新しい宣教を構築する必要はありますが、司教を中心とした司祭・修道者・信徒の固い一致は不可欠だと確信します。個々の役割は違いますが、利害、名誉、労力などにかまけず、一つになって進むとき、神からくる喜びが生まれてきます。ご一緒に歩んでまいりましょう。
   (福音宣教企画室)



     








   施設紹介

社会福祉法人 聖ヨゼフ松阪
  南勢カトリック事業体

 南勢カトリック特別養護老人ホームは三重県中央部にある松阪市にあります。人口16万人弱の農業と中小企業の町であります。また文学者本居宣長などを輩出した歴史と文化の薫る町です。近隣には松阪牛を育てる牧場や農場もあります。そんな松阪市の西北部の農村地帯に社会福祉法人南勢カトリックがあります。

 開設は松阪市の要望により、1960年、古屋司教様、メリノール宣教会の神父様の許可のもと、社会福祉法人を設立し、聖ヨゼフ会のシスター方に事業運営を依頼、開設した事業です。当時は、生活保護法による事業で定員60名の養老事業の施設でした。松阪の地域にはじめてのカトリックの福祉事業としてスタートしました。当時は物資、人材、金銭共に不足した時代でした。生活困窮者、独居、働いていないなどの高齢者が多くて、献身的にお世話されたシスター方や、職員は福音の証しとして実務にあたり、今日に至っています。

 1972年、高齢化と社会的ニーズの変化から現在の地、松阪市小阿坂町に定員50名で特養の老人ホームを開設し、法人も聖ヨゼフ会に移行し、事業の経営、運営をすることとなりました。神父様や聖ヨゼフ会のシスター方、また多くの方々の温かい協力と援助で、そして何より神様のお恵みがあって今のホームはあります。また、1977年地域からの要望もあり40床の増床を行い、今年で47周年を迎えました。当施設は特に介護度の重い方を受け入れる施設の為、年間にして平均15名の方々が帰天されます。「私達の使命は利用者お一人お一人の魂を天国にお送りすること」にあります。

 その後、施設の老朽化に伴い施設整備を行い、一部は個室対応が出来る施設となり、現在の規模となりました。事業の理念は「全ての人々に愛と希望とやすらぎを」をモットーに神様のみ教えの証しで地域社会に貢献していくことにあります。
 現在、介護保険制度の中で南勢カトリック特養施設と各種の高齢者福祉事業として、南勢カトリックデイサービス事業(1日定員35名)ホームヘルプ事業(ヘルパー6名)居宅介護支援事業所(ケアマネージャー7名)の各事業を地域社会の中で展開しています。

 一方、老人福祉のもう一つの事業として南勢カトリックケアハウスがあります。この事業を利用されている方々は、60歳以上の方で日常生活に不安があり、生活支援や、少しの生活援助の必要な方々が集い、生活をしている施設です。施設内には個室、食堂、浴室、娯楽室、聖堂があり、日々の祈りやミサもあります。全国から信者の方々も入居されています。いつの時代にも福祉事業は必要です。多くの方が当施設を選んでくださり、利用されています。

 老人ホームの事業や在宅事業の職員は専門性が求められ、介護士、看護師、機能訓練士、栄養士、調理師、事務、社会福祉士、ケアマネージャー等が配置されています。重度の高齢者や認知症の方々に対する援助は、日々の変化、心身の状況に合わせることが求められているところです。施設介護の中で、私達が最も大切かつ重要視していることは、終末期ケアをどのように関わっていく事ができるかということです。私達、職員の使命と役割は大きく、利用者を中心に、家族、友人、知人など周囲の方々に与える影響は大きいと感じています。共に苦しみ、慰め、癒しを分かち合うところにキリストの光と証しがあるのではないでしょうか。
 カトリックの施設や事業の存在意義はこれからも将来にわたって受け継がれていくところにあると思っています。






 
6人の司教と青年たちはWaiWai語る2
〜出会ったあの時〜 に参加して

草津教会 森 宣希
 

私にとってこの合宿がカトリック信者としての大きな転機となりました。私は両親ともに信仰に熱心な家庭に生まれ、幼児洗礼を経て毎週日曜日に家族で教会に行ってミサに与るのが習慣でした。信仰というものが家庭に染み付いていて、それが当たり前でこれまで深く考えずに生きてきました。むしろ小さい頃は教会や信仰が理解できず、反抗して教会に行かなかった時期もあります。しかし、そんな時に信仰が熱心だった祖父が亡くなり、信仰について考え直すようになりました。伝道士だった時期もあった祖父は事故で障害を患い、教会に救われ信者としての道を歩んだと死後に知りました。そんな祖父の生涯を知った私は信仰を深め、信者として生きていきたいと考え直すようになりました。しかし、信仰を深めたいと考える一方で信仰に対して腑に落ちない部分もあり、葛藤していました。


 そんな時に参加したのが今回の合宿です。合宿では、6人の司教様と一緒に「神様と出会った時」について考え、自分と向き合いました。私は幼児洗礼で信者であるにも関わらず、成人洗礼の信者よりカトリックの知識がなく、そんな自分に違和感みたいなものを感じていました。しかし今回自分と向き合う中で気付いたことは、カトリックの家庭に生まれ、教会に育てられた私は知識はなくても知らない間にカトリックの精神や考えが染み付いていたということです。教会の人は本当に自分と合う人が多く、私にとっての居場所です。人見知りの私でも教会の人には初対面でもすぐに打ち解けられます。それは、自分にカトリックの精神や考えが染み付いていて、そういった同じような考えを持つ信者だからこそすぐに打ち解けられ、居場所だと感じることができるのだと思います。私はこの合宿を通じて信者として今まで葛藤していたものがなくなり、腑に落ちました。これからはより一層信仰を深め、信者としての道を歩んでいきたいと思います。


 



    大塚司教 9月
のスケジュール



2日(火) 14:00 福音宣教企画室 会議
4日(木) 10:00 中央協 常任司教委員会
5日(金)−8日(日) 大船渡ベース訪問

9日(火) 14:00 青少年委員会
10日(水)−11日(木) 列聖推進委員会(河原町)
12日(金) 19:00 奈良聖書講座(大和郡山)
13日(土) 10:00 奈良聖書講座(奈良)


14日(日)−15日(月) 正義と平和全国集会 2014福岡大会(大名町教会)
17日(水) 11:00 鈴鹿教会新聖堂起工式
       18:00 大阪教会管区部落問題 活動センター会議(大阪梅田教会)
18日(木) 13:00 中央協 日本カトリック神学院 常任司教委員会
19日(金) 13:30 メリノール女子学院 理事会

21日(日) 14:00 三重南部ブロック司教訪問 (松阪)
23日(火) 14:00 無原罪の聖母フランシスコ姉妹会 来日25周年記念ミサ(河原町)
24日(水) 14:00 中央協議会会議
25日(木) 10:00 司教顧問会
25日(木)−26日(金) 第4回「求道者に同伴する」信徒養成講座(河原町)
27日(土) 13:30 部落差別人権委員会・シンポジューム2014(大阪梅田教会)
28日(日) 14:00 草津教会・英語ミサ





 





  9 月のお知らせ        

《 教 区 》

福音宣教企画室
/Tel.075(229)6800
 講演会「都の再宣教」〜最終回〜
  第4回「都の聖母と日本の福音化を巡って」
 日 時:16日(火) 14:00
 講 師:中島昭子氏(捜真学院学院長)
 会 場:河原町教会 ヴィリオンホール
 参加費:300円

聖書委員会/Tel.075(211)3484 (水)(木)
 聖書講座
  「神に生かされて」-聖書にみる貧しさ-

  日 時:10日(水) 19:00 11日(木) 10:30
  テーマ:イエス・キリスト
  講 師:白浜 満 師(サンスルピス会)

  日 時:24日(水) 19:00 25日(木) 10:30
  テーマ:弟子たち
  講 師:西 経一 師(神言会)
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール

 よく分かる聖書の学び
  日 時:17日(水) 10:30
  講 師:北村 善朗師/参加費:300円
  会 場: 河原町教会ヴィリオンホール

信仰教育委員会
 青年のための黙想会

  日 時:10月4日(土) 19:00〜5日(日) 16:00
  講 師:溝部 脩 司教
  場 所:望洋庵
  対 象:青年男女 参加費:2,500円
  申込み:松阪教会(奥村師)Fax.0598(21)0823
  締 切:9月22日(月)


《ブロック》

奈良ブロック協議会
 聖書講座

  「キリスト者の信仰を支える旧約のことば
   日時会場:12日(金) 19:00 大和郡山教会
          13日(土) 10:00 奈良教会
   テ ー マ:律法上の清浄
   講  師:大塚 喜直司教

   日時会場:26日(金) 19:00 大和八木教会
          27日(土) 10:00 奈良教会
   テ ー マ:神の民の聖性と祭司職
   講  師:奥村 豊師

《修道会》
男子カルメル修道会(宇治修道院)

   Tel.0774(32)7016 Fax.(32)7457
 一般のための黙想(松田 浩一師)
  日 時:6日(土) 17:00〜7日(日)16:00
  テーマ:神の慈しみの歌
  参加費:7,000円(宿泊・食事込)

 聖書深読(九里 彰 師)
  日 時:13日(木) 10:00〜16:00
  参加費:2,500円

 水曜黙想(渡辺 幹夫 師)
  日 時:24日(水) 10:00〜16:00
  テーマ:福音的な小さな道
  参加費:3,000円(昼食代他)

 聖テレーズの黙想(伊従 信子 氏)
  日 時:30日(火) 17:00〜1日(水)16:00
  参加費:6,500円

聖ドミニコ女子修道会(京都修道院)
  Tel.075(231)2017 Fax.(222)2573
 ロザリオを共に祈る集い
  日 時:19日(金) 10:30〜12:00

《諸団体》

京都カトリック混声合唱団
 練習
14日(日)(日) 14:00/27日(土) 18:15ミサ奉仕後
     カトリック会館6階

コーロ・チェレステ(女声コーラス)
 練習 11日(木) 10:00 河原町教会聖堂 2階楽廊
      25日(木) 10:00 カトリック会館6階

聴覚障がい者の会
 手話表現学習会
(聖書と典礼)
  日 時:16日(火)13:00
  会 場:カトリック会館6階

 黙想会(事前申込要・亀岡)Tel. Fax.077(573)6036
   日 時:30日11:00〜14:00
   会 場:聖ドミニコ女子修道会(京都修道院)
   参加費:700円(昼食代)

心のともしび 番組案内 
 テレビ(衛星.CATV)スカイAスポーツプラス
     毎週土曜日 朝7:45
  シリーズ「イエスとともだち」
  出演は森田直樹師(仙台教区へ派遣)

 ラジオ(KBS京都) (月)〜(金)朝5:45 (土)朝5:15
  9月のテーマ「先輩に倣う」

京都カナの会
  10月5日(日) 13:30 例会 カトリック会館6階


京都教区サポートセンター

  東日本大震災「大船渡支援」献金報告

京都教区サポートセンター
東日本大震災「大船渡支援」献金報告
   7月分 791,224円 / 累計 42,775,430円

ボランティア募集中 
詳細は京都教区ホームページをクリック


  「大船渡支援」献金 郵便振替口座
   口座番号「01000−2−0024724」
   加入者名「カトリック京都司教区本部事務局」
   摘要欄に「大船渡支援」とご記入ください。



 ※ 11月号の原稿締切り日は9月24日(水)です。。


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