2015/10 No.455
<京都教区時報 2015年10月号目次>

・1 
2015年司教年頭書簡 神の「貧しさ」を生きる パートU
     不安を受け止めて生きる(8)

・2 祝 米寿 ライムンド田中健一司教様 2015年8月31日)

・3  「日本の教会を支えた女性たち
    」講師 Sr. 三好千春(援助修道会


・4 
社会と共に歩む教会  奈良少年刑務所での教誨奉仕

・5 
第5回東日本大震災仙台教区復興 支援全国会議


・6 2015教区高校生会 済州教区 青小年信仰大会
      2015中学生広島平和巡礼 体験学習 感想文

・7 中学生広島平和巡礼 感想文

・8 YES2015のお知らせ

・9  大塚司教 10月のスケジュール

・10 10 月のお知らせ



  2015年 司教年頭書簡
神の「貧しさ」を生きる パート U


不安を受けとめて生きる(8)
    
 
 人は、人生に不安がなければ幸せだと思っているようです。では、不安はどこからくるのでしょうか、その不安は「何かを持たないこと」その「欠け」にこだわる、思い煩うことから来る。では、その「欠け」(欠乏、貧しさ)はどんなものがあるのだろう。それには「物質的貧しさ」と「精神的貧しさ」があるという。どちらかが奪われても人は不安になるが、その両方が奪われるとき人は、単なる不安だけでなく、絶望感さえ感じるかも知れない。これこそ貧しくされている人の悲しみや痛みかも知れない。とはいえ人は生きている限り、多かれ少なかれ、何らかの不安の中にある。そのようなとき人は、その不安に対抗するために、様々な態度を取ろうとする。不安を恐れ、無感覚になってみたり、それを取り除こうとか、未然に防ごうとか。……しかし、そのような時、キリスト者なら、不安を一掃することだけ考えるのではなく、不安をそのまま受け入れて生きる道があると考え、不安を気にするより、正しく評価するはずだと語ります。

 ところで、不安を正しく評価して「受け入れる」か「受け入れない」の別れ目は、神の摂理、つまり「神の愛のはからい」「神の思いとその力ある御手」を信じるか信じないかにかかって来ます。
キリスト者の強みは、この神の愛の御手、その摂理を信じることにあるのではないかと気付かせます。
 そこで、浮かんで来るのは、あの(マタイ6・25〜34)の摂理についての教えです。この箇所は、神に信頼する者は、生きるために必要な物質的欠乏(貧しさ)への不安や恐れ、思い煩いなどに、とらわれなくてよいと教えている箇所ですが、ここに見落としてはならないことがある。それは、不安に陥らなくてすむには、たんに富に執着せず、離脱の精神を持つだけでは、不安は十分には解決しない。それを配慮してくださる神への信頼心を持つべきだという点です。それにまた「物資的経済的支えが不安を取り除く」とも言っていないことに留意することです。物の「有る無し」、物への「執着心か離脱か」によって、不安が取り除かれるというよりも、神への信頼が、不安を取り除くと強調していることです。

 詩人イエスが「空の鳥、野の百合、髪の毛一本のことを思え、案ずるな、私(かみ)がいるではないか」と語りながら、不安を取り除くのは神であり、神への信仰があり、神の御摂理なのだ。神への信仰こそが不安を取り除き、希望と喜びを生み出すのだと言っているのです。
 マザーテレサの笑顔は、小さな一人ひとりを愛してやまない神の愛とそのまなざし、神の御顔を見つめることによるものでした。
 それは聖女が貧しい人の中で、自分も貧しくなりながら、不安に陥ることなく、常に笑顔を持って愛の証しをなさった理由でした。
 神の愛とその御摂理への絶対的信頼が、聖女と貧しい人々に福音の喜びを伝えたのでした。
 愛と信頼を持って全てを受けとめようと願っています。  (村上 透磨)







      米寿 ライムンド田中健一司教様
2015年8月31日

     

    

  
         







 
  2015日本教会史講座 A

日本の教会を支えた女性たち 
   
 第2回 
   まっすぐに立つ女性たち


 「小笠原みや」の生涯と信仰を中心に

 講師 Sr. 三好千春(援助修道会)
      (南山大学人文学部キリスト教学科教授)

「殉教者を生むのはその痛みや苦しみではありません。殉教者を生むのは生きる動機です。」
講演会では、この聖アウグスティヌスの言葉を手掛かりに、殉教した小笠原みやとその家族たちにとって生きる動機とは何だったのか、を考えました。

 まず、「まっすぐに立つ女」の「まっすぐに立つ」は、ルカ福音書13章10〜13節によっています。安息日にイエスがある会堂で教えてられると、18年間も病の霊に取りつかれ、腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった女がいた。イエスはその女を見ると呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、その上に手を置かれると、女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した、という箇所です。

 「腰が曲がった」女がまっすぐに立つという状態は、自分の上に折れ曲がり、抑圧されている状態から、神のみ前に自分の背丈で(ありのままの自分で)立つことの象徴であり、同時に、今回取り上げる小笠原みやの人生を象徴した箇所だと思い、今回の題名に使いました。
 小笠原みやに関しては、男性の殉教者に比べて資料が少なく、洗礼名もはっきりしないほどです。ですから、当時のキリスト教迫害の況、武家の女性がどういう状況だったのか、そしてわずかな日本側と教会側の記録と、みや本人が残した5通の遺書を手掛かりに、みやと周辺の女性たちの生き方と死を通して、彼女の「生きる動機」を考えていきたいと思います。

 みやの父、ディエゴ加賀山隼人は、もともと高槻の出身で高山右近に仕えていましたが、右近が秀吉により追放された後、蒲生氏郷に仕えました。ところが蒲生も死去したため、1595年ごろに細川忠興の家臣になりました。その直後に、みやは加賀山隼人の長女として誕生したようです。
 一方、1600年の関ヶ原の戦いの際、石田光成側が細川忠興の妻ガラシアを人質にしようとし、それを拒んでガラシアは死にましたが、この時、小笠原少斎秀清がガラシアの介錯を務めました。みやの将来の夫となる小笠原玄也は、この少斎秀清の三男でした。
 みやが関係する加賀山家と小笠原家は、ともに細川家に仕えており、細川家がキリシタンにどう対応したかは、キリシタンとしての、みやたちの動向に影響を与えています。
 徳川家康側につき勝利者側に属した細川忠興は、1602年に北九州に領地を得て小倉に移りました。その際、忠興はイエズス会士グレゴリオ・デ・セスぺデスを小倉に呼び、小倉教会が誕生しました。(セスぺデス神父は、ガラシアがキリシタンになるきっかけを作った司祭です。)
 加賀山隼人は非常に信仰深い人物だったようで、忠興に従って小倉に移動すると、セスぺデスの片腕として小倉教会の中心人物として活躍しました。このような環境の中で、みやは自身の信仰を育んでいったのです。この時期、キリシタンにとっては平穏な時代で、1608年には伊東マンショがセスぺデスの助任司祭として小倉に来ています。ところが1611年にセスぺデスが死去した後、それまでキリスト教を保護してきた細川忠興はキリシタン弾圧に転じ、小倉・中津の教会を閉鎖し、伊東マンショも小倉を追放され、セスぺデスの遺体も小倉に葬ることができず、長崎に埋葬されました。
 さらに、忠興は徳川秀忠がキリシタン禁制を鮮明にしたことで、加賀山隼人にも小笠原玄也にも棄教を迫りました。その結果、1618年に加賀山隼人は俸禄を取り上げられ、小さな家に監禁されました。イエズス会の記録によると、この時隼人は、全ての苦痛を「主の愛の為に神の恵みでもってそれに対処する準備を決意した」と言ったといいます。そして1619年10月15日に隼人は斬首され、殉教しました。同日、隼人の従兄弟、バルタザル加賀山半左衛門と息子ディエゴも別の場所で殉教しています。
一方、みやの夫、小笠原玄也も棄教を迫られながらも、「不転書物」(ころばざるかきもの)を提出し、信仰を棄てないことを鮮明に表示しました。そして、みやも夫と心を一つにし、共に「転ばない」という意思を固めていたようです。このため、1614年にみや一家は小倉から農村地帯へと追放され、捨扶持を与えられ、貧しい生活を余儀なくされました。
 細川忠興が病気のため隠居し、息子の細川忠利が小倉藩主となった1620年、中浦ジュリアンが豊前を遍歴中、小笠原玄也、みや一家を訪問したということが、『イエズス会年報』に記録されています。この記録には、主に夫の玄也について、大名同様の身分であったのに「今や綴れて垢づき、破れ下がった襤褸を纏い、下層な職人、眞貧しい農民の中に混じ、最下級の奴隷か賤民階級の一人でもあるがごとく、自ら手を下して衣食を求め、如何なる賎務も厭わぬ」と記されています。この中にみやについての記述はありませんが、当時の武家の女性の役割が「家内を治める」こと、つまり、家族、家臣の生活に気を配り、子供を養育し、次代の家を継承発展させるにふさわしい人物に育てることであったことを考えると、この記録を通して間接的にではありますが、みやが果たした役割や苦労などが透けて見えます。
 ところで、みやの母、加賀山マリア(アガタ)も夫と信仰の心を一つにし、1614年に細川忠興が国許のキリシタンに棄教を迫った際に、仕事で江戸におり留守であった夫に代わって、「万一、皆のものが転ばないからとの理由で夫が処罰され、禄をはがれることになってもそれこそ夫の本望とするところで、夫の心は自分が良く知っている。それには間違いがない」と言い切った人物でした。また、みやの父の従兄弟バルタザル加賀山の妻ルチアは、自分たちが住んでいる地に司祭がいないことを訴えて、司祭を派遣してもらうなど、信仰共同体に深い配慮をする女性でした。そして、みやの娘の一人、くりは、処刑される前に書いた遺書中に、自分の殉教が両親の意思によるものでないと記しており、一人の信仰者として、まっすぐに立っている女性の姿を伺わせています。このように、みやと、みやを取り巻く女性たちは、一つの信仰共同体の一員として信仰を共有し、夫や親と心を分かち合いながら、自分の足でしっかりと、まっすぐに信仰者として立っていたのです。
 1623年に徳川家光が将軍となると、キリシタンへの弾圧は激しさを増しました。そんな中、1632年に細川忠利は熊本に転封となりましたが、彼は小笠原玄也一家をわざわざ熊本に移動させています。そこに、忠利のみや一家への思いを感じることができます。しかし、キリシタン禁制は厳しさを増す中で、忠利もやむなく再三小笠原玄也、みや一家に棄教を求めますが、彼らは自らの意思を貫き応じず、ついに1636年1月30日小笠原玄也・みやとその9人の子供、および彼らの奉公人4人は、現在の熊本市にある禅定院にて斬首され殉教しました。
   
 さて、みやは殉教する前に、全部で5通の遺書を残しています。その中に、「捨てがたき」という言葉が何度も出てきます。この「捨てることのできない」という言葉の向こうにあるのは何だったのでしょうか。彼女の遺書中には一か所「パライソ」という言葉がでてきますが、この世のことよりも、死後の永遠のいのちによって救われる、という教えを守って殉教した、と考えるだけでいいのでしょうか。
 17世紀前半の日本は、信仰というという個人の内面の事柄に対して国家権力が介入してくるという状況でした。そんな中、みやにとって信仰とは、自分という存在を形成している自分の一部、すなわちその信仰を捨ててしまったら、自分が自分でなくなる、というようなものだったのではないかと、私には思われます。だからこそ、「捨てることのできない」と繰り返し書き、言い切ったのではないでしょうか。自分を自分として活かしているものを捨てず、神に創造された「個」を生き抜くことが彼女たちの「生きる動機」であったのではないでしょうか。「殉教」という行為そのものよりも、自分を自分としてまっすぐ立たせてくれるものに忠実に生きようとしたことが、小笠原みやと、みやを取り巻く女性たちの生き方にとって大切だったのではないかと、私は思うのです。
   文責 福音宣教企画室
 殉教した小笠原玄也、みや一家の墓
    熊本市 花岡山







     社会と共に歩む教会
   奈良少年刑務所での教誨奉仕
北川 大介神父(サレジオ修道会)
   
 奈良少年刑務所で毎月教誨の仕事をさせていただいています。年に1、2回は奈良少年院にも行きます。少年刑務所は刑務所とは区別され、26歳までの男性の受刑者がいます。若年犯罪者は更生の可能性が高いと判断されての区別だと思いますが、更生のための教育プログラムに力が入れられているようです。少年刑務所の教育プログラムに与るために一定期間、他の刑務所から移って生活している成人受刑者もいますので、必ずしも若い受刑者だけというわけではありません。

   集団教誨と個人教誨がありますが、他の刑務所で教誨活動をしている方の話を聞くと、場所によって少しずつ様子が違うようです。集団教誨は50くらいの大人数を前に教壇から話をする刑務所もある一方、奈良少年刑務所ではひと桁の少人数で膝を突き合わせながら話をします。講義のような形ではなく、世間話などを交えながら、受刑者も気軽に話をすることができるのでとても良い雰囲気です。不謹慎と思われるかもしれませんが、私自身は彼らとおしゃべりするのを楽しみにしながら毎月通っているほどです。服役している青少年達は概してコミュニケーション能力に欠けている、とよく聞かされます。つまり人とうまく付き合うことができないようです。悩んでいても、苦しんでいても、それを分かち合う相手に恵まれていなかったり、伝えたくてもうまく伝えられなかったり、自分の居場所がなくて心を閉ざしてしまったり。そのことが直接犯罪の原因になるわけではないでしょうが、「一人で苦しまずに、悩みを打ち明ける誰かがいれば違ったのでは…」と言いたくなる現実が受刑者の数だけあるのかもしれません。
北川大介神父の良書紹介  
空が青いから白をえらんだのです  
奈良少年刑務所詩集 (新潮文庫)
 
 
   
  ぼくのゆめは・・・
「奈良少年刑務所詩集」より
 
  
  サレジオ修道会の創立者聖ヨハネ・ボスコは、イタリアの産業都市に流入する若者たちが搾取されて、見捨てられる中で犯罪に走ってしまう現実を見て、「これらの若者が刑務所の外に、自分たちの面倒を見てくれる友を一人でも持っているなら、自分たちの世話をし、祝祭日には宗教を学ばせてくれる友人が一人でもいるなら、破滅にいたらなくても済むのではないか。少なくとも刑務所に戻る者の数は減るのではないか」と書き残しています。

  毎月の教誨のほか、新入釈放教育といって新しい入所者と出所者に年2回話をします。つい先日も新入所者に話をしました。少年刑務所は受刑者の更生を願って生活を組み立て、望む人には様々なプログラムも用意されています。しかし、当たり前のことですが、一人ひとりの心の持ちようこそ大切です。受刑者本人と彼らに関わる刑務官や協力者の方々の心です。どんな立派なシステムを作っても、システムは人を変えません。イエス様が指を伸ばして若者たちの心に触れてくださるように祈りながら、その道具となれますようにこれからも関わっていこうと思います。





     第5回東日本大震災仙台教区復興
支援全国会議
     
日程 2015年6月29日〜7月1日
場所 元寺小路教会
視察 岩手・宮城沿岸部
宮古教会〜大槌、釜石、大船渡
 
視察の感想

 今回は復興状況を確認すべく岩手県宮古から宮城県沿岸部を視察。岩手・宮城の街の中心部の復興がみられるが、沿岸部においてはまだまだ先が見えない状況である。
 宮古の市街地全体としては復興が進んでいると思った。復興計画もほぼ順調であると聞いた。
 大槌ベース(長崎管区)の周辺は地上げが始まっているがまだ時間がかかりそうである。
 釜石(カリタス釜石)では町の中心部は復興が進んでいる。
 大船渡市は商業圏(海側)を中心に復興が進んでいるが、個人住宅はまだこれからのようだ。
 
   
 
   

 大船渡から陸前高田に向かい、道の駅で大船渡教会の担当者から説明を受けた。この山からベルトコンベアで土砂を運んでいたが、これもあと2年で終わりだそうである。かさ上げがきちんとできるのか、ここもまだまだかかりそうである。

 陸前高田から南三陸のさんさん商店街に寄り、米川ベース長より近況を伺った。また、志津川中学校の高台から南陸前の街並みを視察した。この後、南三陸社会福祉協議会で仮設住宅の支援員よりお話を伺った。志津川を後にして宮城県石巻ベースに向かった。石巻ベース長より現状説明を受け、市街地を視察した。石巻ベースの周辺は復興がかなり進んでいたが、沿岸部に行くと、こちらはまだ先が見えない。
  
   
震災前
   震災後 

全国会議

 仙台教区の小教区が実施している、復興支援活動についての概要説明と、仙台教区4県の各小教区及び活動体の発表があり、各小教区の取り組みが紹介された。
今後の復興支援活動についての情報交換を行い、今後の課題等についても意見交換が行われた。
これからも支援することで一致し、また復興支援全体会議も続けられることを確認し全体会議を終えた。
最後に「犠牲者を追悼し、被災者への癒しを求め、復興支援活動に祝福を求めるミサ」で締めくくった。
 京都教区サポートセンター
(担当 清冨)



京都教区サポートセンター
Tel.075(211)3025 Fax.(211)3041
cksc@kyoto.catholic.jp
ボランティア募集中 
詳細は京都教区ホームページをクリック





     高校生会済州体験学習 感想文
青年信仰大会とホームステイ
     
4泊5日の済州島を終えて 河原町教会 3年 守口 航平

 僕自身海外に行くことが初めてで、今回の済州島に行くことを心待ちにして、これに臨みました。4泊5日という時間はすぐに経ち、たくさんの経験ができたと思います。

 まず、異国の文化に触れることができたということです。一つ目は済州島での経験は何から何まで新鮮でした。車の運転席は左側だったり、料理屋に行ったらまずお惣菜が出てくるし、キムチはとても辛いし、とにかく色々な自分が今まで経験したものとは全く違う世界がそこにはありました。二つ目は済州の人たちとのコミュニケーションを取ったことはこの4泊5日の中で一番印象に残っています。韓国語を話せないし、英語も少ししか話せない自分がここまでたくさんの韓国の人達と会話できたのは、済州の人達が僕達に興味を持って話してくれたというのもありますが、自分が勇気を持ち、たくさんの人達と積極的に話すことができたおかげでもあると思います。3つ目は500人以上の前でスピーチをしたことです。今まで1300人の前で舞台上で発表したことがあったので、今回のスピーチは大丈夫だろうと思って臨みました。しかし、今回は前回の1300人とは違い、ほとんどの人が自分の言語が分からない人でした。神学生のペトロさんに翻訳してもらいながら、何とかスピーチを終えることができました。その中でたくさんの問題点を見つけることができましたが、それ以上にやり切れたという自信も得ることができました。このような経験の中で、自分はまだ未熟者ではありますが、少しばかりの自信を得ることができました。これからも色々なことを経験して、成長していきたいなと思いました。

 次に自分の信仰についても見つめ直せたような気がします。自分の信仰というものを、簡単に言うことは難しいし、自分でも、どのようなものなのか、ボヤボヤとして今まで生きていました。しかし、今回たくさんの人と、色々なコミュニケーションをとることで、自分の信仰がはっきりとしてきたとは言えませんが、以前よりも、ボヤボヤ感は失われた気がします。これからも、このボヤボヤ感を、どんどんはっきりして生きていけたらと思います。

 済州で4泊5日、色々なことができたのも、済州教区の皆さんやホームステイ先のご両親と神学生のアクィナスさん、一緒に行った高校生や小立花神父、チェ神父、河原町教会の人達、行くことを許可し色々準備してくれた母親など、たくさんの人のおかげです。本当に感謝し尽くしても足りません。本当にありがとうございました。
 この2日後に僕は18になります。選挙の投票に行くことができるようになり、いよいよ大人の仲間入りです。これに胸をはずませながら、大として自分に誇りが持てる大人になり、社会に貢献する人間になりたいです。
  
 
 
 



済州での体験を通して 大和高田教会 3年 橋本 真優
 
 今回の体験を通して、私はたくさんのことを学びました。中でも一番心に残ったことは、青少年大会の講義で先生がおっしゃっていた「間違えた道に進んでも、気付いたその時から正しい道に進めるよう努力することが大切だ。」という言葉です。私はどの道が正しいのか分からないけれど、日常生活の中で日々自分の心を振り返り、自ら間違いに気づこうとする努力をしようと思いました。

 また、言葉が通じないという不安を抱えていましたが、韓国の方々が私たちを温かく迎え入れ、日本語を理解しようとしてくださり、私たちも韓国語を理解しようとしていたことで、何とか言葉も伝わり、優しく接してくださって本当に嬉しかったです。
   ホームステイ先のみなさんも、私たちを娘のようだといってくださり、私も「お母さん」「お父さん」といって、まるで本当の家族のように過ごしました。
 たくさんの友達ができ、韓国語や文化を学び、また信仰を強めることができました。今回の体験で出会った人たちと、住んでいる場所は遠く離れているけれど、これからもずっと関わりたいです。

 済州での思い出のすべてが私の宝物になりました。今回の思い出をたくさんの人々に伝えられたらいいなと思います。
 済州で出会った人々の幸せを願い、終わります。カムサハムニダ。

 










済州体験学習に参加して
 登美が丘教会 3年 福田 てれさ 恵

 この5日間は、私にとって刺激的な毎日でした。
 まず、青少年信仰大会に参加したことが、大きな刺激の一つです。済州のミサは日本のものとは大きく異なり、若者たちが楽しそうにロック調の聖歌を歌ったり、ダンスをしていて、その様子がとても印象的でした。また、済州の信者の皆さんは本当に穏やかで、私たち日本人をほとんど戸惑いなく、明るく受け入れてくれたことは、とても感心しました。お陰で現地の方々とはすぐになじむことができました。この何でも受け入れるおおらかな性格の人が多いことが、キリスト教が済州で広まっている理由の一つではないかとも思いました。そして、若者が仲間と共にミサを楽しむということも、家族代々にキリスト教を受け継ぐ家庭が多い理由の一つだと思いました。

 青少年信仰大会のイベントの中で司教様に質問をする機会があったのですが、カン司教様は私の「日本の若者信者の減少とその解決策」についての質問に、希望ある答えを返して下さいました。「多くの人が迫害に遭ったりしても尚、今まで信仰が続いていることは素晴らしい」という言葉をいただき、自信を持つことができました。済州のミサ、若者たちの様子、司教様からのお話を受けて、日本に帰ってもっと教会に貢献したいと思いました。

 また、3日間チョンナンジュ教会の方の家でホームステイしたことも、素敵な体験の一つです。ホームステイファミリーの方々は皆、親切にしてくださり、家族の中での信仰に触れると共に、韓国での楽しい体験をすることができました。本当に感謝しています。

 このような体験ができて良かったと、心から思います。済州の方々や同行してくださった神父様と共に、大きな恵みを下さった神様に感謝します。そして済州の方々へ祝福をお祈りします。
 
 




4泊5日を終えて 河原町教会 1年 平野 慶明

 7月24日から28日にかけて済州島という島に行きました。はじめはすごく緊張していました。英語も韓国語もまったく話せない状態で行くという事だったからです。島に着いたとき、え!済州ってこんなにビルとかマンションがたくさん建っているのだ、とびっくりしました。

 大会ではミサが印象的でした。日本のミサとは異なって歌や振り付けがあり、とても楽しいミサだと思いました。会場付近の「恵みの丘」ではリアルな像があり、衝撃的でした。日本では見たことのないようなシーンがあり、とても良い勉強になりました。たくさんの信仰に対するイメージを持つのは大切だと感じました。

 2日目、青少年祭が夜に行われました。私たち京都教区の高校生もチェ神父様と神学生がステージに乗ってダンスしました。このダンスは皆で一生懸命練習しました。人前で踊るなんて初めての体験でした。練習よりも皆、よく踊れたせいか、済州教区の青少年たちは熱狂的に私たちのダンスに応えてくれて、大きな拍手をもらえました。本当に嬉しかったです。

 ホームステイでは、二人の子供のいるファミリーの家に滞在し、中学生の時に広島巡礼に参加していた中学生に再会しました。広島ではあまり話せなかったのですが、ホームステイ先のお母さんの勧めで彼と話すと、彼は日本語を話す事ができ、コミュニケーションの難しい時はジェスチャーや会話帳を使って意思疎通ができました。こんなに一生懸命に自分の思いを伝えようとするのは、初めての体験で良かったと思います。もし、彼らが日本に来てホームステイするのだったら、私の家に招きたいと思います。
 ミサ、青少年祭、ホームステイなど、とても良い体験ができました。済州教区の皆さんに、「カムサハムニダ」。


青少年信仰大会に参加して  大塚 乾隆 神学生

 青少年信仰大会に済州教区内の中高生・スタッフが約500人集まりました。京都からは高校生11人が参加し、私たちは互いに片言の日本語と韓国語、表情や身振りを用いて積極的に交流し、充実した3日間を過ごせたと思います。初日は開幕ミサと中高生のスピーチ、2日目は講話・レクリエーション・カン(姜)司教様との対話・フェスティバルと聖体賛美式、最終日は振り返りと派遣ミサというプログラムでした。私は、昨年と今年の韓国訪問を通して、韓国のカトリック教会の勢いを感じました。韓国はカトリック信者が多いので、日本と比べれば勢いはあるでしょう。規模を考えると、日本の教会は韓国の教会と同じことはできません。それでは韓国での体験は参考にならないのでしょうか。

 私は昨年・今年の体験を通して、同じ信仰を持つ仲間がいることの心強さを感じました。日本の外へ目を向けることで、多くの仲間とイエス・キリストを通してつながっていることがわかります。カン司教様が「互いに信仰の絆を深めながら他の人々に接することで、福音の花を咲かせていけるでしょう」と言われました。済州教区訪問の機会を与えて下さった神様に感謝すると共に、私たちが信仰者としてお互いの関わりを深めていくためにも、イエス様とのつながりを深めたいと思いました。

   
 
 
 
 













   
 中学生広島平和巡礼 感想文
     

戦争の種を作らないために 
  高野教会 1年 近藤 菫
 私は今回平和について学習して、戦争は何から起こったのか、と考えました。結果、戦争は人間の気持ちから起こったのではないかと考えました。そして、自分の気持ちを優先してしまい、相手の気持ちとぶつかり合ってしまったのか、と思います。だから、こういった戦争の種を作らないように、相手の気持ちを考えていれば、原子爆弾が投下されることもなかったし、まず戦争も起こらなかったのではないかと思います。
 これからこういうことがまた起こらないように、私は身近にある、けんかやいじめから直していきたいです。身近にあることなら私にもできると思うので、見て見ぬふりなどをしないようにしたいです。そして他の国の戦争など、身近ではないことでも、「私には関係ない」や「どうせ何もできない」などと言ってあきらめてしまう前に、平和になるように、毎日少しでも祈ることが大事だと思います。私たちが何もしないでいることは、めんどうくさいことから、にげているのと同じことなので、「少しでも何かをしたい」と私は思います。
 このように私は広島で色々なことを考え、学ぶことができました。家に帰っても、戦争の種をつくらないように、相手の気持ちを考えて行動し、世界中の平和のために祈らなければならない、ということを周りの人に伝えていきたいです。


広島平和巡礼を終えて
    衣笠教会 1年 長谷川 鈴
 私は、小学校五年生の時にも一度平和学習で広島に来ています。そのとき、語り部さんから被爆体験のお話を聞き、資料館の見学をして心が痛み、苦しい気持ちになりました。本当はもう一度同じおもいをするのはつらいので、広島に行くのは気が重かったです。でも、「平和アピール」に何度も「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。」と繰り返されているのを読んで、私はつらくても平和巡礼に参加しなければならないと思って巡礼に参加しました。
 私は広島平和巡礼でいろいろな話を聞いて、戦争は誰かがしようとするから起こるのだと思いました。戦争をすることも、他人まかせではいけないと思うし、自分のこととしてしっかり考えて行動しないといけないと思いました。被爆者証言でも、自分が想像していたよりもずっとひどいものだったんだと悲しく思いました。
 この広島平和巡礼で私は、自分の生活や身近なことから、平和を作り出していきたいと思いました。本当に巡礼に来ることが出来てよかったです。


忘れられない広島平和巡礼     
   河原町教会 3年 並川 透
 8月5日、僕たちの3日間にわたる広島平和巡礼が始まりました。最初ぼくは、広島平和巡礼は楽しんだり、遊んだりするものだと思っていました。しかし、実際はそんなに楽ではありませんでした。見たり聞いたりして、少しいやな気持ちになることもありました。その中で一番心に残ったのは、2日目に班でした、どうやったら世界が平和になるのかという話し合いです。このときには様々な話を分かち合いました。例えば、一人が笑えばみんなも笑う、一人が怒るとみんなはいやな顔になる。だから、みんなが笑えば世界は平和になるという意見などがありました。どの意見にも「ああ、なるほど、そういう考えもあるのだな」と思いました。そんな中で、僕の意見は、みんなが互いを分かりあえることが、世界の平和につながると思いました。ただ、優しさだけでゆずってばかりいると、自分の意見が言えずに、考えが広がらないと思います。だから、自分の考えを持ち、しっかり言葉にすることが大切です。ときには討論になることもあると思います。けれど、それを乗り越えたら世界平和が待っていると思います。

 しかし、今の世界は平和に見えますが、明日戦争が起こってもおかしくありません。だからみんなが広島、長崎の原子爆弾の被害を忘れずに、一秒でも早く世界が平和になるために頑張っていきたいと思いました。

     

最後の広島平和巡礼合宿でたどりついた考え
     桃山教会 3年 土持 こなみ
 今回で私は最後の広島平和巡礼合宿となりました。4度目の平和学習で私が考えたことは「平和とは何か」ということでした。
 私は、世の中のあらゆることにおいて、争いを避けることができると考えました。争いの根本とは自己中心的、利己的かつ一方的な感情の主張だと私は考えます。つまり、争いが起きているという現実は、そのような感情の制御の出来ない人が多数いるということの証拠としてみられるのではないか、という考えに行きつきました。
 感情の制御ができない人というのは、大人ではありません。大人になるにつれそのような制御が出来るようになるものですが、大人になってもできない人は、いつまでたってもダメなひとのままだと思います。そのような人にならないためには、小さいころからしっかりとした教育や、親からのしつけを受けるべきだと思います。また、子供は周りの環境にもよく影響を受けるものなので、身近な大人がしっかりとしているべきだと思います。
 つまり、戦争や紛争などの争い、それに限らず世界中の問題は、ちゃんとした教育やしつけ、また良識ある大人の存在によってほぼほぼ解決するのではないかと考えました。
 私は今回の広島合宿に来て本当によかったと思います。くわえて、今回を含めた全3回の夏合宿にすべてくることが出来てとても良かったと思います。なぜなら、今回の夏合宿に来たこと、この「平和とは何か」についての考えにたどり着けたこと、そしてこの考えは今回までの夏合宿で学んだ事からヒントを得ているからです。
 私は、これらを踏まえてこれからの学びを大切にしつつ、良識有る大人になりたいと思います。


リーダー ナムグン・ジュンミョン
 私は初めて広島平和巡礼に参加しました。やはり、初めて参加したため両国の学生さんたちの間をよくつなげることができなかったので、申し訳ありませんでした。しかし、今回の巡礼は私にとって忘れられない経験になったと感じます。特に、平和の意味、戦争の悲惨さ、そして戦争の本質を勉強するようになりました。日本が起こした戦争の最後を迎える1945年8月、広島と長崎に原爆が投下され数多くの命を失った、ということを字だけで学びましたが、事件の現場で見、聞き、接したことは考えたこと以上でした。原爆ドームを始め原爆が投下された8時15分に停止した時計、犠牲者の服、溶けた瓦、人影の石、そして佐々木禎子さんの一生の記録は戦争がどのように人々を襲い、破壊するか、そして人間がどこまで辿ったかを認識するようになりました。狂気に満たされていた結果はこのような残虐な結果になっただけで終わるのではなく、戦争自体を避けるようにどのようにすべきかをよく考えるようになりました。この中で、私もこの巡礼の意味を刻むことができました。韓日両国の学生同士が、互いに交流し話し合う場を作ることで、両国の人々が心を開き、友達になる。小さな歩みではあるが、少しずつ理解していくことを学べるようになりました。おかげさまで私も巡礼に参加した皆様に多くのものをもらえるようになった巡礼でした。








     YES2015のお知らせ     
河原町教会 橋本仁子   
     
 皆さんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

 今年もまた、YESの時期がやってまいりました!!毎年恒例となっているこの行事は、特に京都教区内での青年同士の交流、分かち合いを目的としていますが、今年はなんと、京都教区と姉妹教区である済州教区の青年達も参加してくれる事になりました!
 近年国際交流が充実してきている京都教区なので、とても楽しみです。

 現在、YES2015実行委員会が、11月の当日に向けて準備を進めています。どんな内容になっていくのか、ワクワクします!
 詳細は青年センターのホームページをご覧いただくか、直接お問い合わせくださいね!
 
 
   神父様を囲んだ分かち合い

     

    大塚司教 10 月
のスケジュール



1日(木) 10:00 中央協 常任司教委員会
2日(金) 9:00 特別 臨時 司教総会
3日(土)−5日(月) 大船渡〜釜石 大船渡教会ミサ・釜石教会ミサ
9日(金) 13:00 高山右近「列福式準備委員会(大阪教区本部)
10日(土) 聖母の小さな学校 スポーツフェスタ

11日(日) 11:30「アパレシーダの聖母」上野教会・ポルトガル語ミサ
12日(月) 15:00 ノートルダム教育修道女会金祝ミサ(岩倉修道院)
13日(火)−14日(水) 大阪教会管区 司教会議
15日(木) 10:00 大津 聖母幼稚園創立50周年 感謝の集い・講演

18日(日) 12:00「セニョール・デ・ロス・ミラグロス祭 」鈴鹿教会(鈴鹿川)・スペイン語ミサ
25日(月) 10:00 宇治教会創立60周年記念ミサ


26日(月)−30日(金)教区司祭 年の黙想 (軽井沢 宣教クララ修道会 黙想の家)









  10 月のお知らせ    



 
《 教 区 》
 

福音宣教企画室/Tel. 075-229-6800
 病者・高齢者訪問講座
  第3回「人として人らしく生きること
        認知症と向き合うために」
  講 師:松島慈児氏(公益社団法人 認知症の人と家族の会 京都府支部会員)
  日 時:20日(火) 13:30〜16:30
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール
  受講費:300円

 特別講座
  「現代世界憲章」から学ぶ「婚姻と家庭の尊さ」
   第2回「家庭における子どもとの関わり」
   講 師:井上新二氏(京都市内公立小学校 元校長、児童養護施設京  都聖嬰会前施設長)
    定本ゆきこ氏(精神科医、京都市少年鑑別所法務技官)
   日 時:29日(木) 13:00〜16:30
   会 場:河原町教会 ヴィリオンホール
   受講費:300円

聖書委員会/Tel.075(211)3484 (月)(水)(木)
 聖書講座「聖霊に導かれて」
  日 時:14日(水) 19:00 15日(木) 10:30
  テーマ:パウロと律法
  講 師:西 経一師(神言会)
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール

 よく分かる聖書の学び(ヨハネ福音書を読む)
  日 時:7日(水) 10:30
  講 師:北村 善朗師/参加費:300円
  会 場: 河原町教会ヴィリオンホール

信仰教育委員会
 青年のための黙想会

  日 時:17日(土)19:00〜18日(日)16:00
  場 所:望洋庵
  講 師:溝部 脩司教
  対 象:青年男女/参加費:2,500円
  申込要:FAX 075(211)4345
  締 切:10月4日(日)

青少年委員会(青年センターTel.075(414)6239)
 京都カトリック青年センター
  青年のための聖書の集い

   日 時:24日(土)18:00〜19:00
   場 所:青年センター(西陣教会内)
   対 象:青年男女(初めての方歓迎)
   費 用:なし/申 込:不要

《ブロック》
奈良ブロック
 聖書講座− 詩編を歌って 神を讃えよう −

  日時場所: 9日(金) 19:00 大和郡山教会
        10日(土) 10:00 奈良教会
   テーマ:結び、あなたのみ前に全てはひざをかがめるでしょう
   講  師:一場 修師(マリスト会)

《修道会》
聖ドミニコ女子修道会(京都修道院
)
  Tel.075(231)2017 Fax.(222)2573
 みことばを聴こう!
  日 時:17日(土) 14:00〜16:30
  テーマ:神の愛を歌う−アンゲルス・シレジウスのもう一つの詩集
  指 導:松田美佳氏(花園大学非常勤講師)
  対 象:青年男女/会 費:300円(資料代)
  申 込:10月12日(月)まで

 ロザリオを共に祈る集い
  日 時:16日(金) 10:30〜12:00

男子カルメル修道会(宇治修道院)
  Tel.0774(32)7016 Fax.(32)7457
 社会人のための霊的同伴(松田 浩一師)
  日 時:2日(金)20:00〜3日(土)15:00
  参加費:6,500円

 聖書深読(渡辺 幹夫師)
  日 時:10日(土) 10:00〜16:00
  参加費:2,500円

 水曜黙想(渡辺 幹夫師)
 日 時:14日(水) 10:00〜16:00
 テーマ:聖テレジアの過ぎ越し
 参加費:3,000円
一般のためのカルメル霊性入門(松田浩一師)
 日 時:14日(水) 17:00〜15日(木) 16:00
 テーマ:イエスの聖テレサ生誕500年祭の実り
          「神の目に映る人間の尊厳」
 参加費;6500円

イエスの聖テレサ生誕500年祭閉祭ミサ
 日 時:15日(木) 15:00
 場 所:カルメル会宇治修道院聖堂
 司 式:松田 浩一師




《諸団体》

望洋庵/Tel. 075-366-8337
 青年のための聖書入門講座
  日 時:15日(水)19:00/29日(木)19:00
  講 師:溝部 脩 司教
  対 象:青年男女(初めての方歓迎)
  会 場:望洋庵(西陣教会内)
  費 用:300円(食事代含む)

京都カトリック混声合唱団
  練習11日(日) 14:00 /24日(土) 18:00ミサ奉仕後
  カトリック会館6階

コーロ・チェレステ(女声コーラス)
  練習 8日(木)10:00 /22日(木)10:00 /29日(木)10:00
  カトリック会館6階

聴覚障がい者の会
 手話表現学習会
(聖書と典礼)
  20日(火) 13:00    カトリック会館6階

心のともしび 番組案内 
 テレビ
(衛星.CATV)スカイAスポーツプラス
  毎週土曜日 朝7:45
  シリーズ「人生を導く聖書のことば」
  出演は 松浦 謙師(大阪教区)
   このシリーズは31日が最終回
 ラジオ(KBS京都) (月)〜(金)朝5:55 (土)朝5:15
 10月のテーマ「共にいる神」


カトリック鈴鹿教会新聖堂 竣工
 鈴鹿教会が、9月に完成しました。
 新教会
 教会堂名:ルルドの聖母
 所 在 地:〒513-0801 鈴鹿市神戸3-17-5
 電話059(395)6728 FAX 059(395)6729


※ 12月号の原稿締切り日は10月28日(水)です。



 帰天
ルイス・ウォルケン師
(メリノール宣教会)
   2015年7月12日に帰天されました   (享年96歳)
   1953年に来日、京都教区内でご奉仕くださいました
永遠の安息のためにお祈りください




教区広報委員会からのお知らせ
※ お知らせに載せたい情報は、原稿締切り日までに教区広報委員会宛にFax.075(211)4345 かkouhou@kyoto.catholic.jp に発信者のお名前を明記してお寄せください。


京都教区サポートセンター
  Tel.075(211)3025 Fax.(211)3041
  cksc@kyoto.catholic.jp
 ボランティア募集中 
  詳細は京都教区ホームページをクリック

 
   


※ 2015年12月号の原稿締切り日は 10月28日(水)です。


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