2015/1 No.456
<京都教区時報 2015年11月号目次>

・1 2015年 司教年頭書簡 貧しい人のために生きる信仰(9)


・2 「いつくしみの特別聖年」開幕

・3 社会と共に歩む教会 小さい姉妹マドレーヌによってイエスの小さい姉妹

・4 
アジア体験学習感想文

・5 教会学校研修会



・6 良書紹介  海をわたった「都の聖母」

・7 あんてな  青年センター 運営委員会って?

・8 大塚司教 11月のスケジュール

・9 ルルドの聖母 カトリック鈴鹿教会 新聖堂

・10 11月のお知らせ

  




2015年 司教年頭書簡
神の「貧しさ」を生きる パート2


貧しい人のために生きる信仰(9) 



「貧しさを選ぶ」
「貧しい生き方を選ぶ」
「貧しい人を優先する」

 この三つの表現は同じように見えて「貧しさ」に対して全く異なった態度を表しています。

 旧約聖書の神は「貧しさを選ぶ神」というより「反貧困の神である」と言わねばならないと言います。(反貧困の神-旧約聖書神学入門、ノルベルト・ローフィンク 著/大宮有博 訳、キリスト新聞社)神が貧しい人に共観を持たれるのは反貧困の神だからです。

「貧しい生き方を選ぶ」とは、奉献生活者が愛の完全な奉献のしるしとして生きる貧しさです。(人は「清貧」の誓願と呼びます)

「貧しい人を優先する」とは、全てのキリスト者の根本的な生き方であることを、あのナザレの説教(ルカ4・18~21)をはじめ、全福音書を通して教えていることです。
 さて年頭書簡は、貧しく生きることの価値を見出せなくなった現代の物質主義、快楽主義、自己中心主義的な不信仰の時代を憂い「貧しい人のために生きる信仰」を呼び起こすように勧告します。それに打ち勝った方法として、荒れ野での誘惑を戦うイエスに目を向けます、そこには神のみ言葉、神のみ旨を選び取るための絶え間ない戦いがあります。この戦いこそまさに神の貧しさに生きることであったと語ります。

 この大きな挑戦で大切なことは、「貧しくあるという選択が、真にイエスに従うことによるのですが、そうなるためには、それが貧しい人のための選択であるかどうかにかかっている」と言い、また教皇フランシスコも呼びかける貧しい教会になるためには「一人ひとりが貧しい人のために生きる信仰を求めるのでなければならない」と語ります。つまり、この訴えの意味は「信仰は貧しい人のために、自分の教会も貧しくなって生きなければならない」ということなのでしょう。

 ところで、この訴えに答える力(動機)はどこから生まれるのかなと考えてみます。それは貧しい人への単なる同情では生まれて来ない、この根底に全てを与え尽して自ら貧しくなられたキリストの愛(二コリント8・9)、自らを無化することさえ辞さない神の愛がある。自分の命さえ惜しまない御子の愛がある、聖霊の愛がある。神と人間を結ぶ、全歴史はまさにこの神の愛と謙りによる出会いの歴史なのです。

 この神の側からの「あふれ」と理解しなければ、神の前に貧しくなるという意味が解らないだろう。この神の「あふれ」を知ったものだけが、その自分の「欠け」に気付き、その「欠け」を「みたすもの」を体験する。そしてそれが「愛」を生み、互いの「欠け」を補い(分かち)合い、共観するもの、共有するものとなれるというのです。

 もう一つ主が、私の後に従いたいなら、全てを捨て(ルカ18・28~30)命までも捨て(ルカ9・23)何も持たずに(ルカ9・1~6)貧しい者とならねばなりません。しかし本当にそのようになれるのは、見出したもの(キリストの国、命、救い、愛、等……)全てにすばらしく圧倒されてのことなのです。

 「貧しくなること、無になること、無一物になること」が目的なのではない、ただそれは、神の命、愛、恵みが満たされるため、神の全く新しい創造(神にとっては遊びであり祈りである)に委ねるために他ならない。

 もう一つ荒れ野の誘惑についての言及があります。そこでは世の富で誘惑するサタンの試みに勝つ方法としての「み言葉」の力について語っていますが、そこに働く聖霊のことを、私は楽しく想いうかべています。聖霊は神の前に貧しくされた人を通して働く。「聖霊はイエスを荒れ野に追いやり……(ルカ4・1)とあり。また、ナザレの説教は、「主の霊が、私の上におられる……主が私をお遣わしになられたのは、貧しい者によいおとずれを伝え……恵みの羊を知らせるためである」とある。

 聖霊は、人を貧しくする、貧しくして神に出会わせる……そして人は、聖霊にみたされ……神をアッバと呼ぶ、人はもはや奴隷ではく、御身を共に、御父の子と共に、相続人とされた。
(村上透磨)



 
「いつくしみの特別聖年」開幕
   

 来る12月8日「無原罪の聖マリア」の祭日に「いつくしみの特別聖年」が開幕します。

 「いつくしみの特別聖年」は、「御父のようにいつくしみ深い者となりなさい」をモットーに、バチカン・聖ペトロ大聖堂の「聖年の扉(ポルタ・サンタ)」を教皇が開くことで始まり、2016年11月20日、「王であるキリスト」の祭日で終わります。

 「いつくしみの特別聖年」を前にフランシスコ教皇は大勅書『イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔』を公布されました。私たちも教皇の招きに応え、特別聖年開幕に向けて共に祈りを深めていきたいと思います。











   社会と共に歩む教会
小さい姉妹マドレーヌによって
イエスの小さい姉妹
 
人々の中で 人々の間で
 
  北アイルランドの姉妹、友人
  
 戦後70年、司教団が出された「平和を実現する人は幸い」のメッセージは、福音の言葉と共に態度表明を促すものとして響いてきます。私たち「イエスの小さい姉妹会」は第二次世界大戦が勃発した1939年、マドレーヌ・ユタンによって創立されました。
創立者である小さい姉妹マドレーヌが司教の勧めでアフリカの白衣宣教会で養成を受け、マリアの誕生の祝日に初誓願を立てたのは1939年9月8日、第二次世界大戦勃発の数日後でした。そして、小さい姉妹マドレーヌの葬儀の日、冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩壊。数十年の間、鉄のカーテンという境界を越えて、亡くなるその年まで、毎年足を運び多くの人を支え続けていたのです。

 マドレーヌは、1898年にパリで生まれました。しかし家族のルーツがあるアルザス地方のロレーヌに強いつながりを感じていました。そこは、1870~71年のフランスとプロシアの戦争でドイツに組み込まれ、第一次世界大戦ではドイツが敗れフランス領となり、第二次世界大戦の時ナチスにフランスが敗れ、再びドイツ領になるという歴史的な背景を持っています。マドレーヌは幼い時から人と人が反目すること、人と人とを隔てる障壁に敏感でした。

 マドレーヌの父親は軍医としてチュニジアで従事していた際に、落馬で骨折し半年間乗馬を禁止されていたにも拘らず、イスラム教徒の子供を救おうと血清を入手するため命がけで馬を走らせました。子供は救われたのですが、父親は30歳で体が不自由になり、軍医としての職業を失ってしまったのです。安定した生活を望めない家族は度々引っ越さねばならず、マドレーヌは幼い時から移住者の生活を体験します。その行為を決して後悔することのなかった父からは、北アフリカのアラブの国々とアラブの人たちへの愛を注ぎ込まれたのです。「私はアフリカへの愛と共に生まれてきたのだと思います。」
 マドレーヌは、16~20歳を第一次世界大戦下で生きました。祖母はドイツ軍に殺され、兄二人は戦死、聖心会の修練者だった姉はスペイン風邪がもとで亡くなります。残されたのは両親と自分だけでした。
 
  ソエトの近所の人と姉妹2人
 


シャルルの跡に続いて

 1921年にシャルル・ド・フコーの伝記が出版され、父親と二人で普及に専念することになります。マドレーヌは自分の生涯の生き方となる、全ての理想をシャルル・ド・フコーの霊性の内に見出し心を奪われます。「福音を身をもって生きる貧しさそのもの。見捨てられた人々の只中で目立たなく生きる。何よりもイエスの愛に充たされて、愛を生きる…」とは言え病弱なマドレーヌにはアフリカに行くことなど誰の目にも不可能なことでした。
 しかし!神におできにならないことはない「不可能事の師!」への揺るぎない信仰で、マドレーヌはシャルル・ド・フコーの生き方に従うためにアフリカに行く日を20年間一途に待ち望み続けたのです。「あの20年!という歳月が意味することを分かるためには、かわるがわる起きてくる信頼と不安を徹底的に生きてみねばなりませんでした…」。      

 1921年にシャルル・ド・フコーの伝記が出版され、父親と二人で普及に専念することになります。マドレーヌは自分の生涯の生き方となる、全ての理想をシャルル・ド・フコーの霊性の内に見出し心を奪われます。「福音を身をもって生きる貧しさそのもの。見捨てられた人々の只中で目立たなく生きる。何よりもイエスの愛に充たされて、愛を生きる…」とは言え病弱なマドレーヌにはアフリカに行くことなど誰の目にも不可能なことでした。
 しかし!神におできにならないことはない「不可能事の師!」への揺るぎない信仰で、マドレーヌはシャルル・ド・フコーの生き方に従うためにアフリカに行く日を20年間一途に待ち望み続けたのです。「あの20年!という歳月が意味することを分かるためには、かわるがわる起きてくる信頼と不安を徹底的に生きてみねばなりませんでした…」。
そして、肩関節のひどい病気にかかった時、医師からの「雨が一滴も降らない地に行かなければ寝たきりになる!」という言葉がアフリカ・サハラへの出立の告知となったのです。
 アフリカの生活の初めに、小さいイエスとの体験「…そして、聖母はこの私に幼子イエスを抱かせてくださったのです…幼子イエスの有り様を言い表すことはできません。思いつく言葉といえばただ、“光、穏やかさ、そして愛です”」。小さいイエスとのこの体験は、小さい姉妹マドレーヌの内に永続的な変化と生涯に著しい影響を与えることになります。「ベトレヘムの馬ぶねは、何か、とても美しく偉大なものです。この揺り籠の先には、ナザレの仕事場、受難と十字架、復活と天国の限りない栄光があるからです」。

 創立当初、小さい姉妹マドレーヌは北アフリカのイスラム教徒の遊牧民の間で生きる生活しか考えていませんでした。しかし、若い人たちの入会が増えて来るにつれ、他への呼びかけを聞くことになります。小さい姉妹たちが呼ばれていることに耳を傾けることは、聖霊の促しに聴き入ることになって行きます。
     北アイルランドの同僚たち


  北アイルランドの姉妹、友人


  アフガニスタン カブール 黒いチャドラの姉妹 日本人とスイス人
 1952~54年の間、小さい姉妹マドレーヌは小さい兄弟会の創立者ルネ・ヴォアイヨーム神父と世界中を回ります。そして訪ねて行った国々の中で社会から排斥され、蔑視されている貧しい人たちの中に、いわばその人たちに姉妹たちに託して行ったのです。それはサハラ砂漠での創立時、たった一人で国、言葉、宗教が異なる人達と生きた信頼関係の体験が根拠となっていました。
 教会が普通の使徒職では入って行けない場に「そこの一人となって」、「練り粉の中のパン種のように」溶け込んでいく生き方は、ナザレのイエスが30年間、そこの一人として貧しく生きた、その生き方への望みの表れです。労働者の中で労働者として、ロマ(ジプシーと呼ばれていた人たち、ロマとは人という意味)の人たちの中で、サーカスの人たちの中で、アフリカやラテンアメリカの先住民、エスキモーの中で、…「世界地図を広げて、忘れ去られているほんの一握りの人たちを探して、そこに出向いて行くべきです、最愛の兄弟イエスが、その人たちを愛していることを告げるために!」
     
       南アメリカ ヨハネスブルグの姉妹、友人                アラスカのエスキモーの友人たち

 兄弟シャルルの内で、人間イエスは“唯一の存在”として、全ての場を占め、イエスは彼の生涯の大いなる情熱となったように、小さい姉妹マドレーヌにとっても、イエスが霊性の目標となったのです。小さい姉妹マドレーヌにとって観想は身近な生活の中で生きられるもので誰にでも開かれています。観想的に生きるとは単純なことです。あなたがどこにいても、仕事をしていても、道を歩いていても、群集の中にいても、まっすぐにイエスへと目をあげて、世界中で最も大切な方に対するように、イエスと語り合うのです。『イエスの存在に、イエスの命に』気づくこと。ますますイエスにすべての場を渡すこと、イエスが働かれるままになることです。私たち自身を空にする分、イエスは私たちを満たしてくださるように思えます。」

(アンゲリカ・ダイカー著/イエスの小さい姉妹訳「国境を越えて」から引用)



弘法さんの露店
  小さい姉妹たちは、世界中で様々な生き方をしています。その中の一つ、日本の姉妹の一人の生き方を紹介します。

 20年ほど前に、イタリア人と日本人の姉妹で露天商の人に雇われた関係から、東寺の弘法さんに場所を頂けることになりました。イタリア人の姉妹は帰天し、日本人の姉妹も高齢となり、お店は小さくなりましたが、一人の親方さんのご好意で、今も21日には「ハーブティ」の店を出しています。
 ここでは本当にいろいろな方々に出会うことができます。そして出会った方々との友情は続きます。

イエスの小さい姉妹の友愛会
 21日の弘法さんの露店商にまじって  




   第32回 カトリック青年
アジア体験学習 感想文
 

「あなたの教会を思い起こし」  山科教会 江原 裕見子
  
 私は以前、接客業に就いていた時、いつも心掛けていることがあった。それは、店に訪れる外国人客に丁寧に接すること。私自身は英語を話せないのだけど、例えば、単語に合わせ手で示すことや、掲示された金額を指し示すだけでも相手には伝わりやすい。
 その様に行動するのには理由があって、私自身が外国人として海外へホームステイや旅行へ行った時、言葉が分からないことで辛い目にあったから。そういう思いは嫌な思い出として一生残る。でもこの嫌な思い出が後になって力となった。

 海外からのお客様に楽しかった、嬉しかったと思ってもらいたいから自然とそう行動するようになっていた。それが、今も日本に住みに、また働きに来られている方々への接し方に活きている。

 教会に通うようになって、更にそういう方と出会う機会が増えた。観光で訪れるのではなく、自分の国を離れて暮らすということのどんなところに困難があるのか、短期間ではあるけれども自分の肌で感じてみたい。それがこの学習会に参加した理由。
とはいえ、出発まで色々考えてしまって不安になる。「行きたいから行く」のだろ?
弱気になる自分と向き合う。キリの無い心配ごとは手放して。とにかく実践。

 トライシクルのハンドルに無造作に巻きつけられたロザリオ、歩いていても車の中からでも、教会の前を過ぎる時に十字をきる姿、肌身離さず身に付けているのだろう少し色あせたスカプラリオ。生活の中にすっかり馴染んだ信仰は、さりげないのに素晴らしい。
 バイクは3人乗り時々4人乗りなんていうのも見かけた。ニワトリの鳴き声、枝付きで売られているバナナ。食事中絶えず飛び交うハエ、それを一生懸命はらってくれるホストファミリー。同じ町の人同士なら家族のように接する。バルコニーへ通じる扉の音に気付いてニコッと手を振ってくれたり。日本よりもフレンドリーなところがフィリピンの良いところ。

 今回の参加は3名。どちらも気さくで初めて会ったとは思えない程。2人には、この旅で何度も助けられた。訪れた先々でよく見かけた2つの三位一体を示す十字架像。片方は父と子と聖霊、もう片方の三位一体は、ヨセフとマリアと幼子イエス。ヨセフがマリアの肩を、マリアが幼子イエスの両手をとって左右に広げている。それを見ていたら、あぁ私達も聖家族のように手をとり合って、つまり助け合っていくのだと学んだ。多分この先、会う機会は少なくなるのだろうけど、2人のことは忘れない。

 フィリピン宣教会神学校にて1泊。午前5時半、朝の祈り。続いてミサ。その日は木曜、毎週木曜はラテン語で捧げるそうだ。司祭になる為に勉強し生活している学生に交わらせていただくという、貴重な体験。寝室に備えられた木製の机と椅子はよく使い込まれ、あぁみんなここで沢山勉強して、沢山悩んでそしていつかそれぞれの道へ派遣されていくのだろうと思いながら過ごした。私達を温かく迎えてくれた教会の若者達。聖堂の修繕にあたる人達。そしてホストファミリー。『あなたの教会を思い起こし』祈りを通じて共に居たい大切な家族がまた増えた。

 トライシクル
   フィリピンの日常的な乗り物

 
 
  リパ大司教区の青年と共に昼食
 
  バワン町のスラム訪問
 
フィリピン研修レポート  網野教会 池本 葵
 このフィリピンでの経験は、日本では体験できないことばかりで、とても楽しくまたとても印象的なものとなりました。
 中でも印象深いのが、スラムで暮らす方々の笑顔です。私は、この体験をする前はスラムとはとても貧しい暮らしをしている人がたくさんいて、そんなところに住んでいる人と笑顔とが全く結びついていなかったというのが正直なところです。ですが、行ってみて実際に暮らしていらっしゃる方々を交流として、みなさんいきいきと楽しそうに生活していらっしゃいました。そしてみなさん笑顔で暮らしておられました。自分のイメージとあまりにも違ったという印象もありますが、普段、日本でスラムでの生活より、はるかに良い生活をしているであろう私より、笑顔の多い生活を送っているのではないかと考えてしまうくらい印象的なものでした。
 またフィリピンに行って驚いたことは現地のユースの活動量です。いろんな地域のユースとの交流を通して、どんな活動をしているのかを聞いていると、少なくとも私の暮らしている地域の活動よりもはるかに範囲の大きい、内容の濃い活動をしているなという印象を持ちました。そしてその活動を当たり前のようにしていることも驚きました。もし同じ活動を私の住んでいる地域でもしようと思ったらまず人数が集まらないだろうし、スムーズに事が進まないだろうと思ったからです。
 この体験を通して、フィリピン人と日本人との考え方、文化の違いを身をもって実感しました。たとえば、食事を食べに行くとき、日本人は基本お金の払方は割り勘ですが、フィリピンの方は訪れてきてくれた人に対して、自分たちがすべて払う、ほかの人のためにお金を払う習慣があるそうです。日本とお金の価値観が違う中で、こういった習慣があるというのは、日本でも見習うべきところがあるなと思いました。そして、この体験を支えてくれたホストファミリーや神父様方、ユースのみなさん、現地の方々には本当に感謝しています。
 この体験を通して得たことを、今後に活かしていけるよう頑張りたいです。
 


 歓迎会パーティー
  (ポラ教会の青年と)

 
アジア体験学習ュ(アジ体)に参加して  登美が丘教会 林 愛子

 私が初めてアジ体に参加したのはジュビリーの年。だから…かれこれ15年前⁈になる。信じられないけど、そういうことらしい。今回の参加者は3名。高校生の葵ちゃんに、私と同年代のゆみこちゃん。と、私の3人。15年前のツアーの時、私は英語も話せなかったし、海外旅行経験もさほどなく、登美が丘教会の当時のお兄さん⁈たちと一緒に行く決心をした。しかし、今回の参加は結構ドタバタ…1か月前に引率のランディ神父様を通して司教様から連絡があり、8月の超忙しい時期にカリタス大船渡ベースの皆さんに特別許可?を頂き参加させていただくこととなった。

 2000年のアジ体参加が私の人生を大きく左右した。と言ったら言い過ぎかな?とも思うが、そうでなくもない。それから看護の道を目指したり、信徒宣教者としてカンボジアに派遣されたり、今の東北での仕事もしかり、アジ体での経験がきっかけの大きな一つになったかなぁ?と…説明はうまくできないけど、なんとなく思う。そして、フィリピンは私の好きな国のひとつだ。今、関わっている人たちにフィリピン出身の方が多いこともあるが、やっぱり人は明るく素敵だし、ごはんもおいしいし、自然は豊かだし、とっても好きだな~と改めて思う。あともう一つ、せっかくなので付け加えるとカトリック国だけあって、日本の教会で普段感じる以上に教会に対する人々の思いや教会の青年たちとの出会いは特別なものだった。
せっかくなので今回のアジ体でどんなことをしてきたか、ざっとあげてみようと思う…

 8月17日、空港でポラ教会の信者さんたちに迎えてもらい、ただいま建設途中のポラ教会へ。フィリピン宣教会(MSP)の神父様に迎えられ、ちょっとお話をして、この日は早々にホテルでお休み。

 8月18日、朝から市内観光へ。高山右近の像があるところで記念撮影をし、リザル公園を歩く。夕方にはポラ教会青年との集いがあり、アニメーションを一緒に踊ったり、地元の町を一緒に歩いて案内してもらい、日本では考えられないスペースに大家族が住んでいたりするのを垣間見た。青年たちや地元の方は私たち3人を歓迎してくれ、人通り、ある道の真ん中でジュースやお菓子を頂いてミリエンダタイム!(ちょっとお菓子休憩)。それから、ミサに参加し、ミサ後には私たちの自己紹介や青年たちの活動紹介。練習したアニメーションをみんなで踊ったり、日本の歌を歌ったりして過ごし、それから大写真撮影会。これがなかなか終わらない…晩ごはんを教会でいただいた後、ポラ教会の信者さんの家でホームステイ1泊。とても短い時間でしたが、家族のことやCouples For Christ(CFC)の活動で日本へ来たことがあることなどを話してくださった。  

 8月19日、朝は教会まで送ってもらい、建設中の教会内を丁寧に案内してもらう。それから、ランディ神父様の家庭訪問。ランディ神父様のお母様はおいしい昼食を準備して待ってくれており、みんなでもりもり食べ、一寝入りして海水浴へ!久々の海‼マングローブの木の芽が波にプカプカ浮いているのを拾ったり、ゆったり波に揺られたり、ゆるい時間を過ごし、ランディ神父様のおうちでは、神父様のかわいい甥っ子、姪っ子ちゃんたちと遊んだ。

 8月20日、リパ教区バタンガスの司教館で、ラモン司教様にあいさつをして、一緒に昼食をとった。リパの青年たちに司教館を案内してもらった後、ホームステイ先のバウアンへ。ホームステイ1日目はホストファミリーや教会の信者さんと一緒におうちで晩ごはんをいただいた。

 8月21日、身寄りのない老人ホームを訪問。フィリピンでは昔の日本がそうであったように家族が面倒をみる、と。マニラでは最近そうでないかもしれないけど、ここらへんにはこのような施設はここぐらいしかない、とのこと。たまたま訪問した日、その日が誕生日という女性がたくさんのご馳走をもってこの施設を訪問していた。その彼女は施設にいる人の家族というわけではないが、そうやって施設を訪問しているのだそうだ。夕方、スラムの訪問。普段は聖書の分かち合いなどをしているそうだが、この日はスラムの子どもたちがたくさん集まってきてくれ、いくつかの家庭訪問をさせてもらった。川の近くで衛生環境もあまりよくない中、仕事が忙しく教会に通えない人たちのために一緒に祈ったり分かち合いをしたり、このような活動をずっと続けているとのこと。日本ではとても難しいなぁ…と思う。

 8月22日、リパのカテドラルへ。赤ちゃんの洗礼式が行われていた。それから、マリア様のご出現があったカルメル会へ。そして、カルメルのシスターたちとの面会部屋に行くと、なんとラッキーなことにpresident of BCCP(フィリピン司教団の長?と訳せばいいのかな)のソクラテス大司教様に会う。本当はシスターたちと歌う予定だったが司教様がおられたので司教様のお話を聞いてお昼ごはんへ。午後はピオ神父様の教会へ。とても大きな教会でShrineになるとのこと(私の理解ではSt.ピオのための特別な教会になる)。建物がフィリピンスタイルで窓がない風通しのいい素晴らしい作りの教会で、行ったらちょうど結婚式中で聖歌が響いていた。

 8月23日、バウアン教会の主日のミサにあずかる。ミサは日曜日に5回だったかな?だからミサも1時間交代で次のミサの人が外で待っている状態。その状況下でランディ神父様のタガログ語と日本語での超スピーディーなお説教。でも、みんな笑って受けていた!さらにミサ後に私たちの紹介をしてもらう。今まで経験したことないくらいのたくさんの人の前に立ってすごいドキドキ。
ミサ後、教会めぐり…バウアン教会から近くのテレジア教会へ。洗礼式の赤ちゃんたちが何人か待っていた。日本ではまれだけど本当によくこの光景に出会う…それから、タール湖へ。子どもたちが雨にも関わらず泳いでいて、漁師さんが魚をとっていた。そこから昔、噴火して壊れる前にあったタール教会跡や聖ニコラスの教会ではおいしい地元のカカオからのホットチョコレートをいただき、カイササイの聖母の教会へ。ここは川の中から出てきたマリア様がいて、リオの青年大会に行ったときに知った川の中から出てきたアパレシーダのマリア様のようだな、とふと思う。そして、新しい場所に移ったタール教会は木で作られたとても趣のある教会で、みんなで鐘楼に登り、タール湖やマリア様が出てきた川、周りの景色が一望することができた。最後は犬と一緒の聖ロクの教会、青年たちの活動がとても活発のようで、ここでの活動などパワーポイントを使って説明してくれ、お決まりのアニメーションも踊ってくれ、私たちも歌のお返しをした。どこの教会を訪問しても本当に皆さんに大歓迎していただき、感謝感謝!

 8月24日、朝ごはんにLomiという麺を屋台で食べる。通る人々の中に「お金ちょーだい」という子どもや小さい赤ちゃんを連れたお母さん…島から出て貧しい生活を余儀なくされ、彼らはごみを集めたりして生活をしているそうだ。それから、バウアン教会の隣の学校見学へ。小学生の教室にお邪魔すると「日本語で愛しているは何て言うの?」「何か歌って!」などなど質問攻めにあいながら元気いっぱいの子どもたちと出会った。その後、ローカルの市場にコーヒーを買いに…バタンガスはバラコというコーヒーで有名。スペイン植民地時代に宣教師たちが始めたらしい。夕方はテゼの祈り。近くの教会からも青年が参加し、ギターと共にみんなで祈った。祈りの後、青年と交流し、彼らはバイクに3人乗りして帰っていた。神様にお祈りしたから警察には捕まらなかったらしい…

 8月25日、モンテ・マリアへ。世界で何番目?かの大きさのマリア様らしくちょうど移転中、工事中だったので降ろされたたマリア様のお顔と手を触ることができた。教会から見える海一面の景色は息をのむほどで、海に浮かぶ島々の中にも生活をしている人がいるのかぁ、と眺め続けた。
 
ランディ神父の家族と修道会 訪問



カルメル修道会へ訪問
(ソクラテス大司教と共に)




ミサ後の紹介



ポラ教会青年との活動



竹で立てた教会



タアルバジリカの前






高山右近の像が立っている
 ヂラオ公園


 8月26日、ホームステイ最終日、朝から病院訪問。産科に行ったときにたくさんの赤ちゃんとお母さんの中にとても若いお母さんがいた。そのお母さんは未婚で赤ちゃんを養子に出すことを希望していた…ロザリオの祈りが始まるとぽつりぽつりと人が集まってきて、祈りに加わった。
 ホームステイ、短い期間だったにも関わらず集まったたくさんのお世話になったみんなに歌で送られ、お別れを告げ、タガイタイ(黙想できる修道院などがたくさんある所)へ。
 タガイタイのMSPでお昼をいただき。一休み…がちょっと寝坊。それから神言会の神学校へ。そこでのこと、ランディ神父様は歩いている人の背中・歩き方を見るだけで神父か神学生か分かる!と。本当かどうかは実証できませんでしたが…それからルルド小教区、ピンクシスターズの修道会へ。本当にショッキングピンクの修道着を着たシスターが聖堂で絶えず24時間体制でお祈り中。お祈りはシスターにお任せして、フィリピンのカキ氷のハロハロを食べに…タガイタイ最後の夜、最高の景色が眺められるレストランで、バウアン教会の青年担当のFr.PeeweeとFr.Dong, MSPとランディ神父様の家族と最後の晩餐!もう夜になると景色も見えず、花より団子…おいしかった!

 8月27日、フィリピン最終日、MSP本部へ。ステキな神父様やスタッフの方々がおられ、沖縄におられた神父様や台湾からのミッションから次ベルギーへの新しいミッションへ準備しておられる神父様…楽しい昼食をいただき、モールでお買い物を済ませ、次の日の早朝出発に備えておやすみ。そして、無事に日本へ戻ってまいりました。私は関空からそのまま仙台へ。

 最後にこのツアーの引率をしてくださったランディ神父様、快く受け入れてくださったリパ教区の神父様、MSPの神父様、出会った教会の青年・信者の皆様、京都教区の教会の皆様、大船渡ベースのスタッフの皆様に感謝したいと思います。ありがとうございました。



   
教会学校研修会
   

 8月29日(土)河原町教会ヴィリオンホールにおいて、京都教区教会学校研修会が行われました。教会学校リーダー、および教会学校の活動に関心のある47名が、20小教区から参加しました。テーマは「教会学校における信仰体験」で、サレジオ会の佐藤直樹師が、講師としてご指導下さいました。

研修会の冒頭、大塚司教から、「信仰体験」についてお話しをいただきました。司教は、「神さまがどんな方か」を知るだけではなくて、知ると同時に知識が体験となって、体験から神さまはどんな方なのかを伝えることが必要だと述べられました。「信仰体験」とは、出来事とともに神さまとの関係が、記憶として信仰(神様への思い)として築きあげられると説明されました。そして、聖書に記されているイエスの姿をとおして、御父の心を子どもたちに伝えてほしいと、リーダーたちを激励されました。

 佐藤師は、学校や幼稚園で教えておられ、教員の研修にも携わり、青少年司牧にも関わっておられ、そうした現場の体験から、今回のテーマ「信仰体験」に基づく信仰教育について、お話しくださいました。

 信仰教育で伝えなければならないのは、聖書の中身(旧約 物語を中心に、新約 イエスの物語を中心に)とカテキズム…特に秘跡で、「あなたたちは、キリスト信者なんだよ!」ということへの自覚、日常のなかで、神さまを意識することを、しっかり伝えなければならないし、このことは、子どもたちに対してだけではなく、家庭全体に対しても求められることだと話されました。また、神さまの存在について、神さまはどのような方かを伝え、祈りの大切さと祈りの言葉・内容・所作をきちんと教え、一緒に祈り、祈りの習慣を身につけるよう、導かなければならないと説かれました。さらに、キリスト教的価値観(生きていくうえで)を子どもの発達段階に応じて、“みことば”に照らし合わせて適応させ、倫理・道徳を、聖書のなかのお話を用いて伝えることが信仰教育に求められていると説かれました。

 最後に、信仰教育の実践は、子どもたちに対してだけ行われるものではなく、教会全体として取り組むことである。何より家庭での実践が求められると話されました。今の教会は、活動に流れすぎて、霊性を忘れています。信仰を培うために祈りが必要、『私の家は祈りの家でなければならない』とイエスは言われました。信仰教育を考えるうえで本当に必要なものは、神さまのはたらきかけです。信仰体験とは「私たち一人一人の、パーソナルな神さまとの関わりかた=どう関わるかで、神と関わる時間を持っているか?神の働きかけを感じているか?神を意識しているか?」このような原点に帰って考えたとき、忘れがちになっている信仰が復活すると思います。と結ばれました。     
信仰教育委員会 奥埜さと子                       

   良書紹介

海をわたった「都の聖母」
―日本の再宣教とフランスからの祈り―
 

 河原町教会司教座聖堂の地下に「都の聖母」(Notre Dame de Miyako)小聖堂があるのをご存知でしょうか。今年、この「都の聖母」像がピオ9世によってローマで祝福されてから150年を迎えるのを記念し、像をめぐる小冊子が完成しました。
高さ40センチほどの小さな聖母像をとおして、日本の再宣教時代(19世紀)の京都の教会と、日本の再宣教を祈り求めていたフランスの小さな教会との関わりが浮き彫りにされます。わたしたちが今、信仰生活を営んでいる教会が、神のめぐみと共に、どれほどの人々の祈りと努力に支えられていたかを知るのは、これからの教会を考えるうえでぜひ心に留めておきたいことがらです。

ロバン神父の企て
 19世紀の中ごろ、フランス東部の小さな村、ディーニャの教会の主任司祭であったロバン神父は、鎖国時代の日本のキリスト者たちが迫害と殉教に苦しんでいることを知り、「日本の改宗を祈る会」を始めました。村民の大部分がこの会に入会したものの、ほとんどの人は日本がどこにあるかさえ知らなかったことでしょう。しかしこの会は徐々に大きくなり、やがてはフランス国外からの入会者も増えてくるようになります。


 
 しかし、ロバン神父はさらに次の計画にとりかかります。フランシスコ・ザベリオが日本に携えていったという図絵に描かれたマリア像を鋳造し、日本に送ることはできないだろうか、と。計画は実行にうつされ、6体造られたマリア像は、日本をはじめ別々の場所に送られました。日本に送られたマリア像は、様々な人を介し、出来事を経て、日本へ、ついには京都へと運ばれました。
このマリア像の歴史には、京都にゆかりの深いヴィリオン神父も登場します。そして、あと5体の聖母像はどこに行ったのでしょうか。まだまだ謎の多い「都の聖母」と共に、京都の教会の歴史はこれからも紡がれていきます。

『海をわたった「都の聖母」―日本の再宣教とフランスからの祈り―』
B6版 16ページ カラー刷

小冊子は、各小教区へ送付されています。
問い合わせは、福音宣教企画室
電話 075(229)6800
Eメール fukuin@kyoto.catholic.jp
 
「都の聖母」像は「京都を見下ろす丘」に埋められていました。
それが東山の将軍塚です。(将軍塚から望む京都市街)
   




   青年センター 運営委員会って?
   河原町教会 奥埜のぞみ
   
 青年センターでは2ヶ月に1回,京都教区内の教会をお借りして,運営委員会を行っています。運営委員会では,青年センターの常時活動である聖書の集い(毎月第4土曜日18時~)の打ち合わせや,機関紙ジョバニの編集会議などをしています。

 この運営委員会は土日の一泊二日で行われ,運営委員だけでなくたくさんの青年が参加しています。日曜日には御ミサに与った後その教会の青年をはじめとするみなさんと交流会もしています。

 8月には西舞鶴教会をお借りして運営委員会が開かれました。運営委員5名,オブザーバー3名,神学生1名,司祭2名の総勢11名で行われました。翌日の交流会では,西舞鶴教会のたくさんの方と交流をしました。

 運営委員会の詳細はジョバニに掲載しておりますので,ぜひご覧下さい。また,「うちの教会で運営委員会していいよ!」という教会がおられましたら,ぜひお声かけいただけると幸いです。次回の運営委員会は10月に三重地区で,12月は滋賀地区で行われます。たくさんの青年の方のご参加お待ちしております。

    
運営委員会                     西舞鶴教会の方たちとの交流会       交流会後の集合写真

   

    大塚司教 11 月
のスケジュール




1日(日) 14:00 衣笠墓苑 物故者追悼ミサ(衣笠教会)
4日(水) 10:30 広報委員会
5日(木) 10:00中央協 常任司教委員会
      15:00 〃 社会司教委員会
7日(土) 10:30 小教区評議会 役員研修会

8日(日) 9:00 奈良ブロック司教訪問(登美が丘教会)

9日(月)-12日(木) 第21回 日韓司教交流会(横浜教区)

15日(日) 13:00 四日市教会・英語ミサ
17日(火) 14:30 青少年委員会
19日(木) 14:00 司教顧問会
       17:00 教区司祭追悼ミサ(河原町)
21日(土) 10:00 海星中学校・高等学校 創立70周年記念ミサ
       19:00 YES2015(青年の集い)(京都宇多野ユースホステル)

22日(日) 10:00 桂教会献堂50周年記念ミサ
24日(火) 14:00 京都済州姉妹教区交流委員会
26日(木) 10:30 司祭全体集会(河原町)
       15:30 司祭評議会
27日(金) 11:00 中央協 列聖推進委員会

30日(月) 18:00 教区宣教司牧評議会 書記局会議






   

ルルドの聖母 カトリック鈴鹿教会 新聖堂
  
 
   教会正面
   
   聖堂
     
 
   教会全景
   
   夜の教会
     



  1 1月のお知らせ    



帰 天
ヨセフ・マリオ村上眞理雄 師
 (京都司教区司祭)
9月4日に帰天されました。 (享年86)         
神様のため、人々のため、
教会のために長年ご奉仕
くださいました
永遠の安息のためにお祈り
ください。





《 教 区 》
聖書委員会/Tel.075(211)3484(月)(水)(木)
 聖書講座「聖霊に導かれて」

  日 時:4日(水) 19:00 5日(木) 10:30
   テーマ:パウロの宣教
   講 師:北村 善朗師

  日 時:11日(水) 19:00 12日(木) 10:30
   テーマ:パウロの受難
   講 師:鈴木 信一師(聖パウロ会)
  日 時:25日(水) 19:00 26日(木) 10:30
   テーマ:パウロからわたしたちへ
   講 師:澤田 豊成師(聖パウロ会)
  会 場:河原町教会 ヴィリオンホール

 感謝と派遣のミサ
  日 時:12月3日(木) 10:30
  会 場:河原町教会 聖堂

 よく分かる聖書の学び(ヨハネ福音書を読む)
  日 時:18日(水) 10:30
  講 師:北村 善朗師/参加費:300円
  会 場: 河原町教会ヴィリオンホール

京都教区カトリック正義と平和協議会
 学習会
/Tel. Fax.075(223)2291
  何にとらわれているのですか!
   ~墓は 空だった~
  日 時:14日(土) 14:00~15:30 講演
          15:40~16:30 分かち合い
  講 師:奥村 豊師
  会 場:カトリック会館6階
  入 場:無料

《修道会》

聖ドミニコ女子修道会(京都修道院)
  Tel.075(231)2017 Fax.(222)2573
 ロザリオを共に祈る集い
  日 時:20日(金) 10:30~12:00

男子カルメル修道会(宇治修道院)
   Tel.0774(32)7016 Fax.(32)7457
 社会人のための霊的同伴(松田 浩一師)
  日 時:6日(金)20:00~7日(土)15:00
  参加費:6,500円

 水曜黙想(松田 浩一師)
  日 時:18日(水) 10:00~16:00
  テーマ:観想と活動
  参加費:3,000円

 カルメル青年の集い(松田 浩一師)
  日 時:22日(日) 17:00~23日㊊16:00
  テーマ:神よ、あなたはどこにいるのですか?
           〈神の慈しみを受ける〉
  参加費:6,500円

 一般のための黙想(中川 博道師)
  日 時:28日(土) 17:00~29日(日) 16:00
  テーマ:日常生活の中でイエスと共に生きる
  参加費;6,500円

ノートルダム教育修道女会(唐崎修道院)
 召命黙想会 <捧げるということ>

  日 時:21日(土)15:00~22日(日)15:30
  テーマ:あなたがたがパンを与えなさい
  指 導:山内 十束師(御受難会)
  対 象:独身女性信徒/費用 2,500円
  締切り:15日(日)(事前申込要)Sr.桂川
  申込み:Tel.077(579)2884 Fax.(579)3804



《諸団体》

京都カトリック混声合唱団
 練習
 8日(日) 14:00 /28日(土) 18:00ミサ奉仕後
      カトリック会館6階

コーロ・チェレステ(女声コーラス)
 練習 12日(木)10:00 カトリック会館6階
     26日(木)10:00 河原町教会聖堂2階楽廊

聴覚障がい者の会
 手話表現学習会
(聖書と典礼)
  17日(火) 13:00 カトリック会館7階会議室

心のともしび 番組案内 
 テレビ(衛星.CATV)スカイAスポーツプラス
  毎週土曜日 朝7:45
  新シリーズ「高山右近没後400年 ~列福に向けて~」
  出演は 溝部 脩司教

 ラジオ(KBS京都) (月)~(金)朝5:55 (土)朝5:15
   11月のテーマ「なつかしい」

京都南部ウオーカソン
 日 時:3日(火) 10:00~14:30
 受 付:8:45~9:30 河原町教会
 コース:河原町教会から鴨川沿い往復
 寄付先:東日本大震災被災地、
   フィリピン台風被災地、ネパール大震災被災地
京都教区サポートセンター Tel.075(211)3025 Fax.(211)3041
                 cksc@kyoto.catholic.jp
  ボランティア募集中 
   詳細は京都教区ホームページをクリック



教区広報委員会からのお知らせ
  ※ お知らせに載せたい情報は、原稿締切り日までに教区広報委員会宛にFax.075(211)4345 か     kouhou@kyoto.catholic.jp に発信者のお名前を明記してお寄せください。

 
 
  

※ 2016年1月号の原稿締切り日は 11月18日(水)です。


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