2005年度文集

自分を見つめて

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○ 聖母に通い始めて ―今では校内に入るのはあまりつらくない― Y.O.

○ 聖母に通い始めて ―聖母に来てよかったと思えるようになった― H.Y.

○ 聖母に来るようになった頃 ―もっと自分も頑張らないとと思うようになった― T.U.

○ 一学期 ―イヤなことがあってもガマンせんなんのやなあ― T.U.

○ 一学期のこと ― おはようとかさよならとか― M.Y.

○ スポーツ・フェスタのこと ― 一瞬でも生きていたいと思うことがある― Y.G.

○ スポーツ・フェスタを終えて ―出たくないさけたいとはちがうもの― M.Y

○ スポーツフェスタを終えて ―落ち込んだりしないのは聖母でいろんな体験をしたから― T.U.

○ 聖母で学んだこと ―不登校になったから出来る経験もあった― M.Y.

○ 聖母に通ってきて ―たいへんだったけど本当に楽しかった― T.N.

○ 聖母で学んだ事 ―今のこのままで生きていても悪くないんじゃないか― Y.G

一学期を終えて ―自分らしくやっていきたい― N.W.

○ 高校生活を振り返って ―周りの友達はいつも励ましてくれた― Y.O.


聖母に通い始めて ―今では校内に入るのはあまりつらくない― Y.O.
 
 聖母に通い始めてから僕の生活はかなり変わった。ひまが無くなったし、M分校にも、週三回で行けるようになった。みんながいる教室にも一回だけだけど入れた。その時は一時間だけだったけど次は二時間ぐらいを目標にがんばりたいと思う。そして最終的には来年M分校を休まずに通う事を目標にしたいと思う。
 
(自分の気持ち)
 週三でM分校に行くのは正直辛かった。辛かったのは人に見られたり、校内に入る事が辛かった。それでも一回校内に入ると段々慣れて今では校内に入るのはあまり辛くない。四月に一度入ったきり入れなかった校内に初めて入った時、頭の中が真っ白になってどうしたらいいか解らずとまどい、急いで長い坂を下って行ったと思う。


聖母に通い始めて ―聖母に来てよかったと思えるようになった― H.Y.

 私は、去年の9月ごろに、父や祖母がすすめたので聖母に来はじめました。
 最初は、先生と面接だけして帰ることが多かったです。でも、祖父母に送り迎えしてもらいながら毎日これるようになりました。

 最初は、昼で帰っていて、それから少しずつ午後からも出るようになりました。 
お弁当は、自分で作って持ってくるけどなかなかみんなと一緒に食べれませんでした。
 授業では、華道と茶道と陶芸が、苦手で、その授業がある日は、休みたいと思うことが多かったです。でも、今は、聖母にきてよかったと思えるようになりました。聖母にくる前までは午前も午後も寝てばかりで、一日中家にいたけど来れるようになってからは毎朝8時ごろにおきて洗濯して、お弁当を作って登校するという、規則正しい生活ができるようになったからです。

 今では、寝てばっかりで一日中家にいた生活が信じられなくなって、今の生活が当たり前なんだと思うようになりました。前は聖母に来るのがめんどくさかったけど、今では、そういうことはあまり思わなくなりました。4月から、N高校の通信制に入学して聖母に来ながら通信に通うので今の生活を守っていきたいです。こう考えていても昔の私にもどります。

 この前、祖母に迎えにきてもらって帰ったとき、祖母の家で人としゃべっているときや勉強している時にメールばかりしていたので祖母におこられました。その時自分もおこってしまい、祖母の家には、一生こないといって帰りました。そのあと祖母の家へ行って話し合った時、ほんとうに悪いことをしたと思って、あやまりました。今後は、こういうことがないように気をつけたいです。


聖母に来るようになった頃 ―もっと自分も頑張らないとと思うようになった― T.U.

 最初に聖母に見学に行くきっかけは姉が教えてくれたからです。卒業する年の先輩達が話していたり、Gさんが「おはよう」と言ってくれたのを覚えています。私はその時「よく言えるなぁ」と思いました。多分自分には無理だと思ったんだと思います。

 不登校になった頃は学校に行っているフリをしていました。バレてからは半年ぐらい家にいました。
 聖母に通いだす前にスケートに行くことがあって、見学しかしてなかった頃なのになんでか私は行こうとしてました。スケートに行きたかったわけじゃなくて行かなきゃいけないと思ったんだと思います。先生が行かなくていいと言ってくれたので行かなかったけどいつも私は人にどう思われるかを気にしてると思います。自分はしたくないとおもっていちもやらなきゃいけない事がたくさんあるからやてもイヤだなぁと思うし、やらなくてもイヤな気分になります。何をどうしてもイヤな気持ちになるから自分はおかしいんだと思います。そういうところを治していかないと人と付きあっていくことができないと思います。

 夏休みに初めてバイトをして行きたくはなかったけど行かなきゃいけないから生きました。バイトに行きたくないと言えなかったし行くとも言えませんでした。こういうはっきりしない所も良くないと思います。
 私はいつも人と自分を比べて勝手に落ちこんでます。でもそういう時にY君やGさんをみててもっと自分も頑張らないとと思うようになりました。まだできないことはいっぱいあるけど、これからできるようになれたらいいなぁと思います。


一学期 ―イヤなことがあってもガマンせんなんのやなあ― T.U.

 一学期は休めなかったです。行きたくないのに休めんかったから一学期はすごいしんどかったです。イライラしたり落ち込んだりして全部がイヤになりました。私はひねくれてるから怒られてもイヤだしほめられてもイヤだし当たり前のことを言われてもイヤです。なんで生きとらなあかんのやろとか思うし、自分はおかしいんやと思います。自分が大嫌いです。こういうことを言うと何にもしないわけにはいかんだろうとかいつか良いことがあるといわれるのですごいイライラします。

 だからもう言わんとこうと思いました。イヤだとか言うと人に迷惑をかけてしまうのでそうこうところは出さないで隠しとかんなんのやなぁと思いました。でもそれはすごくつかれるのでイライラしたり落ちこんだりするのでそういうのも出さんようにせなダメなんだなぁと思います。大人になるってそういうことらしいからすごいイヤなことがあってもガマンせんなんのやなぁと思いました。


一学期のこと ― おはようとかさよならとか― M.Y.
          
 意識していたことは、あいさつをすること。おはようとかさよならとか。
 一学期は、一回だけ休んだけど全部きているよりなんか気が楽だった。
 やっぱり話したくないと思ったり話しかけんといてほしいという時もあった。


スポーツ・フェスタのこと ― 一瞬でも生きていたいと思うことがある― Y.G.

(テーマについての話し合いの時)
 私は、聖母に毎日来てなかったから、休んでるうちに話し合いが始まっていて、紙に書いてあるのを読んで、すごくびっくりした。よくこんな話を、先生やみんなの前でできたなぁと思ったのもあるし、自分が聖母に来る前に思ってた事と同じだった事にびっくりした。本当に自分が全部ダメだと思ったし、全部自分が悪いと思ったし、とにかく自分が嫌で、消えてなくなりたいような感じだった。自分が生きてるのも悪いように思っていて、テーマの話し合いの紙を見て、泣きそうになった時があった。Uさんの気持ちが、よくわかると思った。

 私は、話し合いの時は何も言えなくて、ノートに書いて先生に渡しただけだった。今思っても、私にはそれが精一杯だなと思う。自分の口で、こういう話をするのはできないなぁと思う。ノートに、たまに生きていたいと思うことがあるって書いたけど、それは自分にとって一瞬しか思わないぐらいのことだと思う。私は、聖母に来なくてずっと家にいたとしたら、生きとっただろうかってたまに思う。大げさでも何でもなくて本当にそう思う。そんな自分が、一瞬でも生きていたいと思う事があるなんて、何か信じられんなぁって思った。信じられんけど、本当の気持ちだなぁと思う。

(当日のこと)
 毎年思うけど、行きたくないなぁと思った。今年は、(私は)手話をしなかったから、初めてY君とUさんが手話をしてるのを見た。
 いろんな気持ちが、頭でぐちゃぐちゃになってきて、涙が出た。二人の手話がすごく良かったのと、自分がすごく嫌になってきたのとで、泣いてしまった。手話は、本当に良かったなぁと思ったし、こんな風に見えるのかと思って感動した。


スポーツ・フェスタを終えて ―出たくないさけたいとはちがうもの― M.Y.

 スポーツフェスタのテーマを決める話し合いの時に僕は、意見とかが少ししか言わなかったし思いうかばなかった。
 スポーツフェスタにむけての気持ちは、とにかくがんばってやろう、これについて特にがんばろうというのはなかったけど全体的にきちんとやっていこうと思っていた。

 スポーツフェスタについては、しかたがないなあと思っていた。でも、その気持ちは、スポーツフェスタの準備をしていくうちにしかたがないという気持ちが無くなったのではないけど気にならなくなった。しかたがないというのは9月になったらスポーツフェスタがあるのはわかっていたことだし、前のスポーツフェスタには出てないし嫌だなあという気持ちもあった。でもそのことにこだわっていても身動きとれなくなるし、しかたがないの言葉の中にある嫌だは、前は、さけたい、スポーツフェスタ出たくない、という意味もあったが、今回書いた、しかたがない、というのは、出たくないさけたいとはちがう物だった。

 準備の時は、商品を包んだり、パネルを書いたり準備でもしっかりとできました。
スポーツフェスタの準備をとおして嫌だったことは、テーマを決める時に、あんなこと言わなきゃよかったとか思うこと。


スポーツフェスタを終えて ―落ち込んだりしないのは聖母でいろんな体験をしたから― T.U.

 スポーツフェスタにでるのは3回目だったけどやっぱりいやでした。でも休みませんでした。皆が行くのに私だけ休めないっていうのもあったけど後で怒られたり、責められたりされるのがいやでした。人の目ばかり気にしているんだと思います。自分の気持ちはマイナスなことばかりで「したくない」とか「いやだ」とかそんなことはあんまり人には言えないです。 

 小さいこととかくだらないことを気にしてしまうので、自分の好きなことをしてたら誰かに何か言われるんじゃないかと思ってできませんでした。もっとちゃんとできないとだめだと思うけど自分にはできないから人にそのことを言われたくなかったです。今は前ほど落ちこんだりはしないけど何でできないんだろうとかダメだなあと思うことはあります。落ちこんだりしないのは聖母でいろんな体験をしたからだと思います。

 パネルのテーマについての話し合いではいろいろ言ったけど自分の気持ちとはどこかちがって自分の気持ちを言葉にするのは難しいと思いました。
 当日は景品を配ったりしたけど渡せなかったりした人もいたし、あんまりちゃんとできなかったなぁと思います。


聖母で学んだこと ―不登校になったから出来る経験もあった― M.Y.

 聖母に来始めた頃は、自分の状況を知らない、知ろうともしない、知りたくもないし、というような状態でした。でもこれは今もそうかもしれない。完ぺきに考え方が変わったとは、言えません。
 でもそれは、にげるということであり、どうしようもない現実から自分を守ろうとしたのだと思う。
 聖母に来た時は、ちょうどスポーツフェスタの時期で、みんなテーマを考えている時でした。その時に自分は、そのテーマを考える時に案をまとめた紙を見たり話し合ってる内容を聞いたりして、暗いとかそういうことを言ったと思います。それもにげるということであり、自分を守ることであり、そのために暗いとかいう、自分はこの場での出来事と受けとめていないような、一歩も二歩も後ろでみているような発言をしたのではと思います。

 聖母に来だした時は、とても新鮮で、でもそれは、それまでの生活が週2回塾に行くぐらいの単調な生活だったのもあるけど、自分的にはスポーツフェスタも出たけどスポーツフェスタの時はその場にいただけで内容はどうこうの話ではなかったけど、今思い返すとその時は、聖母に来だしたころこれまでの生活から比べると毎日通ってすごい聖母に行っている錯覚を覚えて順調にいっているような感じがしました。

 でも、夏ごろから聖母に行くのが嫌になって、その時の面談ではなんで嫌になったのか本当にわからなかった。今思うと、その時期から不登校になった時のこととか、その後どうしていたかなどのハードメニューが入ってきだしたころで、そういう話になっても、答えがまとまらなくてなにも言えない時もあったが、その場では別にどうもないなという感じだけど、やっぱりにげたいとかこの話は自分とは関係ないものにしたいと、無意識に思ったから聖母がなぜだか分からないが嫌だと思ったのだと思う。

 それで聖母を休んでいる間は気が休まらなかった。
 でも二学期の後半ごろから週一回の面談をするようになったけど、はじめのころは先生と面談しても聞く耳を持たなかった。この話は自分には関係ない、こんな話をする先生に腹が立っていた。でもはじめは週一回だった面談が三学期から週二回面談をするようになって、少しずつではあるが自分は不登校をしていた時の体験は、自分のこととしてしっかり受け止めていなかった。だから自分は、嫌なことが一週間後にあると分かっても、その嫌なことがある前日から、寝る前からしかそのことを考えてみない。それは絶対悪い考えだとも思わないけど、困ったことは、見ないようにしていく自分に気づきましたし、それでも行動を起こしていかなければなんにもならないとも思いました。それまでは、なんとかなるんじゃないかと思っていましたがそう考えるのは、少なくとも行動を起こしてから言うことでなにもしないで思うことではないと思いました。

 4月から僕は、高校に進むことにしましたが、去年は高校に進もうとも思わなかったし行ける状態でもなかったと思います。それは去年はこんなに自分のことをまとめた作文もかけなかったと思うしそのころは、聖母も休んでいて自分が四月から高校に行って今の生活を百八十度変えてやっていくことも考えられなかったし、なにより入っても続けていく自信がなかったです。でも今はこういうことを思うようになったのはごく最近ですが、聖母での取り組みをしたり、作文を書いていく中でも、自分のことを見つめて文章にしていくうちなにか自信のような、なにかやってやろうかなという気持ちになってきて高校に進むことにしました。でも高校でも嫌なことはたくさん今以上にあると思います。でも僕は、嫌な事でもすると言う目標がありました。聖母で嫌なことはたくさんありましたが、嫌なことでもなれてきたり続けてやっているとだんだん嫌じゃなくなってくるような気がします。それはただ高校のことだけでなく、もっとさきの将来にもつながってくる問題だと思います。嫌なことでもその物を見て行動を起こし、どうにもならない時も嫌なことを忘れようとするのではなく、人に助けてもらって、でも最終的には、自分で解決できたらいいと思います。

 今考えると、自分にとって不登校とはどんな意味があったのかと考えると、前は不登校にならなかったらいろんなことができていたのにと思って不登校になって損したと思うことがありましたが、今は少し不登校になったからできる経験もあったなと思うようになりましたし、普通に学校に通っていた人と比べて考えてみると、たぶん内容は違うけど同じぐらい貴重な経験ができたんじゃないかなと思えるようになりました。
 春から高校でもまじめにやっていきたいと思います。


聖母に通ってきて ―たいへんだったけど本当に楽しかった― T.N.

 4月ぐらいから聖母に通い出して、最初は、どんな所かすごく不安だったけど勇気を出してきて見たら通えそうな雰囲気で、きてよかったなぁと思ってます。人数が少なかったしやさしそうな先生なので少し安心しました。
 初めは、午前中で一週間ぐらい通い、それからは、午後の最後までいたり午前中で帰ったりの繰り返しでした。

 聖母に来て最初にしたことは、掃除で廊下、階段、学習室ひととおりふき終わると、雑きんをしぼったあと干して、掃除が終わったら次は、ホームルームで昨日何してたかが言えなくてみんなの話を聞いてました。
 3ヶ月ほどたつと少しずつ話せるようになってきてみんなに質問することもできるようになりました。ホームルームが終わると次は、休憩時間でウノ、トランプ、卓球が楽しみでした。その後は、授業を習い数学、英語色々な教科を教えてもらいました。勉強のほうも、中学1年生から教えてもらいたすかりました。

 1年の勉強でもついていくのがたいへんで本当にこましました。やはりこの3年、学校に行かなくなってから、勉強を全然していなかったのでそれがこたえました。

 行事も、陶芸、華道、茶道、つり、キャンプなどの色々な行事をし、たいへんだったけど、本当に楽しかったです。
 受験前に青葉(中学校)へ写真をはりに行き青葉に行くのはこれで2回目でした。1回目はお父さんに買い物に行くとだまされつれてかれました。身長、体重をはかりに行きすぐ帰りました。受験日、H高校に行き体育館で説明を聞き教室で問題用紙がくばられ始めて受けました。とてもむずかしかったです。 
 この受験で校長や担任の先生に会えました。


聖母で学んだ事 ―今のこのままで生きていても悪くないんじゃないか― Y.G.

 聖母に来はじめた頃は、ずっと家にいたので、外に出るのも苦痛だったし、不安だし、すごく嫌でした。行きはじめてすぐの頃のことは、あんんまり覚えてないけど、和裁をしたと思います。毎日通うようになってからは、人も増えて、また、すごく嫌になりました。人に自分を見られるのが嫌だし、見るのも嫌だし、すごく苦しかったです。特に毎日ある、朝の会が本当に嫌で嫌でたまりませんでした。ひとつのテーブルのまわりにイスがあってそこにみんなが座って話しをしたり聞いたりして、すぐそばに人がいて、ちょっと顔をあげたら人が見えて、それが本当に苦痛でたまらなくて、顔をあげることも出来ませんでした。

 でも、はじめの頃は、ただ漠然と不安だったり嫌だったりで、自分のことが分かってなかったので、聖母に通って自分を見始めてからの方が、もっとつらくて苦しかったような気がします。聖母に来る前は、ものすごく自分が嫌で、何もかも自分が悪く思えて自分が生きている事が自分で許せないくらい、本当に嫌でした。お母さんが泣いてるのを何回か見た事があったし、自分が全て悪いと思ったし、私なんか消えてなくなればいいと思っていました。うそでも大げさでもなんでもなくて本当に死んでしまいたいと思っていました。聖母に行きはじめて、自分の事を見るようになって、自分のいろんな事が見えてきて、見ないように、気付かないようにしてきたのによけいに苦しくなりました。私は、すごく人がこわくてたまらなくて、自分を見られるのも知られるのもこわくて人をよせつけないようになっていたような気がします。そういう自分も本当の自分だし、その反面人とつながりたいと思っている、そういう自分もいる事に気づきました。一人がいいとか誰もいなくていいとか、いつも思っていて、今もそういう所があるけど、そういう自分は、本当は人一倍誰かと話したいとか、仲よくなりたいと思っていたと思います。

 自分にくさりを巻いて、カギもいっぱいつけてるような、ずっとそんな感じだったと思います。いつもなにかしめつけられてるような感じで、ずっとそれはなくなりませんでした。完ペキに出来ることなんてひとつもないけど完ペキにしていたくて、こうしないといけないばっかり思っていて、人の目ばっかり気になって、もう本当に外に出るのがこわいと思いました。少し聖母を休んだだけで、人に会うのがこわくなりました。今までに、何回も聖母に行くのをやめようと思いました。いつまでたっても人がこわくて、外に出るのが嫌な自分は、もう本当にダメになってしまったというか、どうしようもなくなってしまったんだと思って、もう一生外に出なくてもいいと思ったりしていました。誰のことも信じれないし、心も開けないし、誰も私のことをほっといてくれればいいと思っていました。

 この一年、聖母に残ると決めて頑張っていたつもりだけど、別に何も変わってないとしか思えなくて、落ち込んだりしました。何をしても楽しくないし、しんどいだけで、本当に嫌でした。私は、家から聖母まで少し遠いので、いつも音楽を聞きながら車に乗っていました。いつもは何気なく聞いていたけど、その日は歌詞をじっくり聞いていました。自分がずっとずっと、探していたものが見つかったような気がして、すごく涙が出ました。私は今まで、何も見たくない、何も聞きたくないってずっと思っていました。でも、そうやって目も耳もふさいでいたのは、他の誰でもなくて、自分の手だった事に、その曲を聞いて気付きました。どこか人のせいにしてしまっている所があったと思うけど、それに気づいて自分を責めることもなく、素直に受け止められて、すごく涙が出ました。私が探してたのは、これだって思いました。自分の手は、自分ではずすしかないんだって思いました。私の心にいっぱいついているカギも、自分を守る為に自分でかけたんだと思います。そして、その手もカギも、すこしだけはずしたくなりました。

 私は、自分の年齢のこともすごく気になっていて、こんな事していて大丈夫なんだろうか‥って思っていました。十代最後だし、何かひとつでも自分でやってみようと思って、先生にもたよらないでバイトをする事に決めました。冬休みに十日間ぐらいの事だけど、私にとっては、すごく大きな挑戦でした。面接の日も、途中で帰ろうかと思いました。バイトが始まって、自分と同じくらいの年代のバイトの人の中で働くのは、しんどかったです。あいさつもちゃんとしないといけないし、分からない事はちゃんと聞かないといけないし、大変でした。その十日間くらいの間に、悲しかった事もつらかった事も、腹の立った事もたくさんありました。前の日から泣きながら行った事もありました。でも、一日一日終わっていくたびに、少しうれしくも思いました。

 自分をどう思われるかとか、人の十倍も百倍も、もう死ぬほど気にする自分が、悲しくても辛くても、腹が立っても我慢して続ける事が出来て、この経験が自分にとって、すごく大きい事だと思います。他の人からみたら、本当にたいした事ないんだと思うけど、勇気を出してやってみて、良かったです。私は何もできないとずっと思っていたけど、そんな事ないんかなぁ?って思ったし、自分が外でこんな風に動いたり出来るのかと分かりました。それで、自信がついたとか、今までずっと悩んできた事がなくなったわけじゃないです。人がこわいと思う気持ちや、自分の事を知られるのがこわい気持ちも、信じられない気持ちも、今でも自分の中にあります。でも、今はそれが悪い事だと思いません。自分の目や耳をふさいでいた手やカギが全部外れたわけじゃありません。それも、無理に外そうとしなくてもいいんじゃないかと思います。

 今まで悩んで苦しんできた事を、私は一生悩み続けるかもしれないし、今以上に苦しむ事があるかもしれません。でも、それが今の私なんだと思います。それが自分だから、今のこのままで生きていても悪くないんじゃないかと思います。私は、本当に年齢の事は言いたくないけど、今年で二十歳になります。成人式の着物を見に行って、着せてもらったりしました。お母さんに写真をとってもらいました。今まで、写真なんかとるのも見るのも嫌でした。でも、着物を着せてもらって、自分が写ってる写真を何回も何回も見ました。あんなに死にたいと思っていた自分が、二十年も生きていたんだと思うと、少しうれしく思って涙が出ました。死にたいと思って泣いた事は、何回もあるけど、自分が生きていてうれしくて泣く時が来るなんて、本当に思っていませんでした。

 私は、聖母に来て変わりました!とか、そんな大きな事は言えません。だけど、何がきっかけで少し前向きに思えたりするかわからないし、本当にゆっくりだけど、今のままの自分で生きていけばいいんだと思いました。


一学期を終えて ―自分らしくやっていきたい― N.W.

 高校に入学し、最初の一学期が終わりました。終ってみれば、あっという間に過ぎてしまいましたが、良い一学期になったと思います。
 クラス発表があった入学前の説明会の時、貼り出された紙の中に自分の名前を見つけて初めてクラスごとに並んで座りました。私は出席番号が一番最後で、その時の席も一番後ろでした。私の前には、色んな制服の子が沢山座っていました。そこで私は改めて知らない子ばかりだということや、人数の多さを実感し、不安な気持ちになりました。そして、入学式の日、朝来て教室に入る時が、一番緊張しました。教室や雰囲気はどんな感じだろうと、前日からドキドキしてはいましたが、いざ教室に入ると、すでに教室には人が結構来ていました。

 式が始まるまで、教室にいましたが、何もせず、ずっと自分の席にいました。見ると、私以外にもそういう人はいました。少し、「誰かに声をかけてみようかな。」と思ったりもしたけど、まだ声を掛けるほどの余裕はなく、入学式を終えました。
 学校が始まり、しばらくはオリエンテーションで、高校の色々な話を聞いたり、教室でHRをしたりしました。これからの生活についての話を聞いたりしましたが、いよいよ学校生活が始まるんだと思う反面、不安が入学以前よりも増してきていました。また、オリエンテーションが進むにつれ、周りの子たちが仲良くなっていくのを見ていると、「これから、本当に友達つくったりできるんかなぁ?」と思い、正直あせっていたかもしれません。でも、その時に、ただ一人で悶々と考えているだけでは、以前の自分と何ら変わりがないと思いました。確かにまだほかの子に声をかけたりしていないけれど、「誰かに声をかけようかな」とは、ずっと思っている。そう思うこともしなかった時もあったので、そう思っている自分の気持ちは大事にしようと思いました。

 そこからもう一歩、その思いを実際に行動に移すのには、時間がいりました。それができたのは、入学して一週間と少しオリエンテーションが終わるころでした。初めて、同じクラスの子と話すことができたのです。その時は、やっぱり嬉しかったしそれまでの不安な気持ちがやわらぎました。自分から、何かを発していく事は、私の一番苦手なところでした。入学してからも、一番不安でしたが、話してみたら、とてもよく話ができて、その子とは今では一番クラスでも仲良くなりました。このことは、自分の中でも自信が持てた気がしたし、これをきっかけに、近くの席の子や、同じ系列(注:コース選択)の子、同じ班の子などとも話すようになりました。何もしないでいると分からないことも、少し話しかけてみると、その人のちょっとした事が分かって嬉しかったり、周りの人や物事にもっと関心がわくようになりました。毎日の生活が、単純に楽しめるようになったと思います。
 
 本格的に授業が始まってからは、驚きが多くありました。授業を抜けたり、遅刻で途中で入ってきたり、教室にいても、私語、ケイタイをする人が普通にいたことです。最初は、そういう事が普通にあることに驚いていたけど、やはりそういう状態であっても、自分はやるべき事をして、自分らしくやっていきたいと思いました。
 若干不安だった勉強も、ちゃんと授業を聞いていたら、理解できて、テストも自分の力で、自分なりに頑張れました。系列の授業は、自分が興味を持って選択した授業なので、本格的に学べる事がとてもいいなと思いました。また、入学した時に興味を持った、オーケストラ同好会に入って、チェロを始めたり、それまで、自分自身あまり経験がなかった先輩との繋がりもできて、新たな挑戦の楽しさも感じる事ができたと思います。

 毎日、色々な授業をし、クラブもやり、帰り道で遊んだりして、帰りが随分と遅くなる時もあります。でも、家に帰ってきた時の疲れは、嫌な感じではありません。むしろ、心地よいものでもあります。それは、毎日の学校生活を自分なりに楽しみ、過ごせているからかなと思います。
 1学期は本当に早く過ぎていった気がしました。最初の不安も、少し一歩踏み出して、大切な友達ができた事でなくなりました。また周りに関心を持って、新たに色んなものを得ました。今の自分を、以前の自分が見たらどうだろうと思いました。「学校生活が楽しい」と感じている事が信じられないだろうと思います。

 私は聖母を卒業し、高校に入学してからの約半年で、改めて聖母で学んだ事の大切さを感じました。でも、まだまだ高校生活は長いです。その反面、3年間なんてあっというまにすぎさっていくんじゃないかとも思っています。
 これからもっと、聖母で学んだ事の大切さを感じる時があると思います。一日一日を、楽しんで、大切に過ごしていこうと思います。2学期は行事もたくさんある学期です。また、新しいものを得ることができるかもしれないです。またそれが、「学校生活の楽しさ」に繋がればと思います。


高校生活を振り返って ―周りの友達はいつも励ましてくれた― Y.O.

 聖母の小さな学校を卒業し、N高校に入学した時から早くも三年が経ち、私はN高校を卒業しました。今思うと入学したばかりの頃は「友達ができるかなぁ」とか「勉強についていけるかなぁ」といった不安でいっぱいでした。しかし、その不安は入学後数週間で消えてしまいました。勉強は興味が持てて楽しかったですし、友達も割りとすぐにできました。特に卓球部での友達とは仲が良く、殆どの行動を共にしていた様に思います。クラブでは練習や規則、上下関係が厳しくて参ってしまう事もありましたが、卓球の技術以外の礼儀やチームワーク、目標を立てる大切さも学べてとても貴重な時間でした。忙しくて厳しい毎日の中で互いに励ましあい、競い合える友達がいたことは本当に良かったと感じています。

 二年生になると、私は普通コースから国際コースに移らさせていただきました。ここでも、自分だけが新たにたった5人のクラスに二年生から入ることになったので人間関係に対しての不安は多少ありました。しかし、周りから積極的に話しかけてきてくれたし、私自身も早く皆と仲良くなりたかったので、すぐ打ち解けることができました。逆に勉強の方はレベルがかけ離れていて落ち込む事もありましたが、皆に色々な形で助けてもらって少しずつレベルを上げることができました。反対に私の方が得意な科目は教えてあげたりして、ここでも励まし合う関係を築くことができました。二年生ではスピーチコンテストの代表になったり、留学生の激励の挨拶をする役になったりと舞台に上がることが多かったです。そういった場面での発表は緊張しましたが、大勢の前で意見を述べる良い経験になりました。

 三年生では生徒会の役員になりましたが、多くの時間を受験勉強に費やしていました。今思うと、その分、友達との関係をないがしろにしていた部分もあったと思います。しかし、そんな私を周りの友達はいつも励ましてくれました。教科担当の先生は勿論、そうでない先生にも「頑張れよ」と声をかけていただき本当に多くの人々に支えられていたと思います。そして頑張った甲斐あって第一志望だったO大学に合格することができました。
 生徒会では意見が合わなかったり、理不尽な仕事を押しつけられたりして困惑したりイラ立こともありましたが、皆で体育祭や文化祭を成功させることが出来た時は本当に嬉しかったです。そして安心して信頼できる友達が新たにできたことも嬉しかったです。

 三年間は私にとってあっという間でしたがクラブ、生徒会、受験勉強など様々な新しいことにチャレンジし経験できてとても充実していました。今のところ、私は大学で経済学を学び、将来社会の発展にそれを役立てていきたいと考えています。大学に行ってからは高校以上に色々なことに挑戦してみたいです。

 聖母では、「自分を見つめる」ということを学びました。高校生の頃は一つの事で忙しすぎてあまり出来ない時もありましたが、友達と接することで自分の気付かなかった内面に気付く事がよくありました。大学生、社会人になっても、この三年間、聖母にいた時も合わせて六年間で得たことを大切にし、次のステージにも生かしたいと思っています。