文集2
「聖母で学んだ事」


聖母で学んだ事1

 ぼくが聖母で学んだ事の一つが、素直になるという事です。聖母で学ぶまでは自分が素直かどうかなんてかんがえた事もなかった。
 でも今考えると人の話とかを素直に聞けてなかった。人が話している時も「あぁ、めんどくさいなぁ」とか思っていたし、先生にやりなさいといわれた事も「なんでやらなだめなんや」とか思ってた。でも中学校3年の春、なぜかわからないが、ホームルームの時とかに先生の話を真剣に聞こうと思っていた。そうこうしてる時にS君とも話せるようになって、じょうだんも言えるようになった。そしたらだんだん聖母が楽しくなってきていた。でもまだその時は素直とかいうのはわからなかった。体育祭のテーマを出した時に素直というのを聞いた。
 そうして今考えると中3の春に先生の話をまじめに聞こうと思ったのが、素直になるということかなと思いました。

聖母で学んだ事2

 ぼくが聖母に来て最初にびっくりしたのは、あいさつをするというのだった。それまでは、「おはよう」とか、「おはようございます」とか言ったことがあまりなく、最初は、はずかしかった。あと言葉づかいも注意された。答えるときも「うん」じゃなく「はい」だというのも教わった。
 聖母で学んだ中でやるのが出来にくかったのが、あやまるというのがある。なぜ出来にくかったのかというのを考えたら、勝ちたい勝ちたいと思っていた。
 自分があやまるというのは負けるのを意味していたからだと思う。でも親にあやまってからはだいぶ素直にあやまれるようになった。
 あとけいごの使い方も教えてもらった。最初は、ぜんぜんできなかったが、先生の話を聞いているうちにだんだん出来るようになった。今では、だいぶ言えるようになった。

聖母で学んだ事3

 聖母で教えてもらったことの一つに、しかられてわかったものがある。それは人の心のいたみを知るということです。それは、去年の工芸の時に「A君とB君が、たっきゅうをすればどっちが強いかなぁ」と軽い言葉で言った。そしたら、秀明先生は、「勝ち負けじゃない。たっきゅうをみんなで楽しむことが大切だ。」としかられた。
 その時、ぼくはびっくりした。じょうだんで言った言葉だったので、じょうだんで返ってくるだろうと思っていた。その時は、その言葉のやばさをわかってなかった。もしあのまま勝負をやってて、勝敗がついた時に、負けた人がいやでつらくなる気持ちなんてかんがえてもなかった。
 そのころから、ぼくはかてばいいというのをなくそうと思って、人のいやな事とかもいわないようにしようと思った。そう考えているうちに、自分の勝てばいいと思うのも少なくなったような気がします。

聖母で楽しかった事

 今、聖母が楽しい。みんなと話してる時、勉強してる時も楽しい。最初、聖母に来た時もぜんぜんしゃべれなかった。三年の四月に、来れるようになってからS君としゃべれるようになり、じょうだんを言えるようになった。それから楽しくなった。でも、ぼくの楽しい事はみんなは楽しくなく、ぼくだけが楽しいだけだった。その一つはたっきゅうの時で、ぼくは勝とうとする性格なので、強い球をうってしまう。でもみんなはぼくと楽しくあそびたいだけなのに、ぼくが強くうつと捕れない。そうすると、ぼくはよろこび、みんなは楽しくない、というのを教えてもらった。でもやっとぼくもラリーでみんなと楽しくあそべるようになった。

今、聖母を卒業する事について

 「成長した点」
 ぼくは素直になった。勝ち負けをあまり気にしなくなった。人の気持ちが大分わかるようになった。
 「素直」
 一年生や二年生のころはとても人の話とかを真剣に聞けなかった。まじめに言われた事が聞けなかった。でも今は、人の話も聞けるようになった。
 「勝ち負け」
 これはずっとぼくの中にあったもの。人とどうしてもくらべて、自分が勝っていればよろこび、負ければいやな事をしていた。それが今あまりなくなった。
 「人の気持ち」
 これは素直になれたことでわかるようになった。一年や二年のころは、人の気持ちなんて考えたりもしなかった。人がきずつこうが、自分の好き勝手な事ばかりしていた。でもやっと今こういう事言ったらダメだろうとかがわかってきた。これが聖母に来て成長した三つの事です。でも一番成長したと思うのは素直になるということです。これがなければ残りの二つも出来てなかったと思います。
 聖母をそつぎょうするのはいやだ。とても不安になる。聖母は学校という所で初めて楽しいと思った所だ。みんなで話してる時も、勉強してる時も楽しい。それと、とてもいこごちがいい。そして、先生も三年の体育祭をすぎたころからしんらいできるようになって、先生の言われる事なら素直に聞けるようになり、自分でも先生の言われた事なら出来るんだと思えるようになった。
 聖母で学んだ事(勉強とか、人とかのかんけい、人の気持ちを考える)とかがあるんだけど、とても不安になるけれども、ぼくには、帰れる所がある。つらい時や、なやんだりした時もまた聖母で学んで得るものがあると思います。


(2001.3.24聖母の小さな学校 卒業生文集 「自分をみつめて」から)

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