体験談

卒業生の体験・座談会


「私たちが不登校だった頃」


・ 家の近くに住んでいる友達が、犬の散歩の途中なんかによく来てくれた。来て何かするわけでもなかったけれど、その子のさりげない優しさがうれしかった。その頃はどんどん友達が離れていってしまう不安も大きかったから、余計に嬉しかった。だけど興味本位で来ていた人はいやだった。

・ 担任の先生と遊んだことがうれしかった。最初は来てほしくなかったけど、だんだん来てほしいと思うようになった。

・ 責める言葉を言われたわけではないけれど、先生に責められている気持になった。

・ 学校に行け、行けと強く言われたわけではなかったけれど、自分の中で「行かなければ」と思っていた。心の中では行きたくないと思っているけど、一応制服を着て学校へ行く用意をしてみる。だけどそれでも行けない。一番辛かった時期は、学校へ行くか、行かないかとそれで毎朝自分の葛藤があったし、親ともケンカになった。朝のことを考えると夜寝るときもずっと不安で、いつも追われている気がした。全く学校に行かなくなってからは、この毎朝の苦しみを思うと、少しだけ気持が楽になった気がした。だけど学校へ行かないことは最低のことのように思えた。自分がわがままだけで学校へ行かないでいるのかのように思えたりもした。気が晴れることはない。

・ 聖母に通っていると、ちゃんとしたことをしている感じがした。

・ 勉強においていかれるということがとても気になった。ある先生の紹介で聖母のことを知って、「勉強が出来るなら」という思いや、「このままの自分じゃいけない」という思いから、聖母に一度行ってみようかなと思った。

・ 自分にとって「人の目」がとても気になって、友達からずっと家にいると思われるのも嫌だった。ときどき中学の友達と電話などで話すことがあって話していたけれど、自分の中に「不登校」という大きな劣等感があるからいつも見下されている気がして嫌だった。聖母に通うことを自分の心の拠り所にしていた部分もあった。

・ 2年半くらい家の中にいて「この生活のままじゃダメだ」と思った。何かを変えたかった。だけど普通の学校には通えない。だから両親がすすめる聖母に行ってみようかと思いだし、行きはじめた。普通に学校に通っている人に憧れていた。

・ 不登校の自分を認めるには大きな恐怖があった。不登校の自分を認めてしまったら、もっと大きな苦しみが襲いかかる気がした。いつも自分の中に 不登校=人生のおわり という気持があって、認めるのが怖かった。いつも自分は不登校じゃないと強がっていた。だけど本当はそうじゃないとようやく3年の秋頃感じるようになっていった。自分は逃げていた。

・ 「普通の学校と比べて聖母に通ってきている生徒の方が、笑っていることが多いと思った。普通の学校の中では何の目的もなく、ぼうっとしている人もいるし、おもしろそうにしていても、表面的な部分だけの人もいる。だけど聖母には小さな目的を一人ひとりが持っている」と、不登校ではない生徒が言っていたのを聞いたことがある。

・ 心の拠り所になったことといえば、「留学したい」という夢を持つことだった。何か夢を持つことが、他の人を見返すというか、劣等感から少し抜けだせる気がした。海外文通をしたり英会話を習うことがとても楽しくて仕方ないほどだった。心の中でいつも普通の中学に通っている人たちを追いかけていた。少しでもみんなと対等になれるんじゃないかという思いから、夢を抱いていた部分もある。

・ 勉強が離されていくのがすごくいやだった。だけど何も出来ない。だからそういう自分から逃れるため、ゲームで現実逃避していた。そのときだけ逃げられた。

・ 聖母に通うようになってからだんだん劣等感が薄れていった。今高校で頑張っている。最初の頃聖母でやっていた通り、先生の話をよく聞いて一生懸命やっていた。そしたらテストでも驚くくらいいい点が取れた。この頃は人と比べるというのが薄れていた。

・ 自分が不登校している時、救われたなと思ったのが、「普通中学に通うことが全てじゃないんだ」と思えたとき。M中に行くことが全てと考えていた頃は本当に行けない自分がダメな人間で、生きてる価値がないと思った。何もかも全てが絶望的で、これで自分の人生は終わったとまで思った。レールから脱線した気持ちだったし、真っ暗な闇が永遠に続く気がした。だけどM中が人生のすべてじゃないと思ったら楽になれた。聖母に来て、みんな不登校している人達ばかりなのに、ニコニコして話していること自体驚きだった。みんなそれぞれ自分の意見を言い合っていてそれも驚きだった。その頃の自分は、人と話すことすら苦痛で自分自身をだれにも知られたくなかった。自分の存在を消したいくらい、不登校している自分が嫌いだった。「M中が全てではない」というのはわりと早くに感じていたと思う。聖母に来て、色々な道があるんだなと実感した。

・ 人からいじめられた怒りがある。

・ 学校に行くことは当たり前でそれが出来ない人間はダメで、しんどくても行っている人もいるけど、自分はついに行けなかった。本当に行けないのに怠けているように感じてしまう。そういう風に怒られたせいもある。自分でもろくでもない人間に思えて、何をしているんだと思ってしまった。中1の2学期にはもう絶対に行けないと思った。その頃言っていたことは「だれでも行きたくないのに行っているのに、自分はその行きたくない気持ちに負けたんだ」と言っていた。

・ 保健室登校も少ししていたけど、何かあるたび「教室に行ってみたら?」と言われ、嫌だと思いながら嫌だとも言えず、先生のペースで教室に行くけれども、教室の自分の椅子に座っていられないほど、辛くて、何分と教室にはいれなかった。「やっぱりダメやった…」という思いばかり大きくなって辛かった。だんだん保健室にいても「教室に行かないといけない」と言われたり、思うようになって保健室でも落ちつけなくなって、保健室登校もできなくなっていった。学校をずっと休むようになっても、罪悪感があって、心が休まる時がなかった。日曜日にはみんな休んでいるのに自分はいつも休んでいるから外に出ることも許されない気がした。心が落ちつかない。好きなことをしたら自分はわがままで学校に行ってない気がして好きなこともしてはいけない気がした。

・ 先生からにしても友達からにしても「なんで学校来れんの?」とか「何か原因があるんか?」と不登校の理由を聞かれたときが一番困った。自分でも分からなくて苦しんでいるのに人に聞かれても答えようがない。「分からない」と答えるのは馬鹿みたいで言えない。きっと先生方は早く原因を解決して教室へ戻したいとばかり思われているんだろうけど、「何が原因で行けない」という問題でもない。そんなものではない。もっとずしんと心の底まで落ちているものだから、自分自身も分からないから苦しい。「これを解決したから今日から元気に教室に通えます」というような簡単な問題じゃなかった。

・ 一般の先生たちは 不登校=悪いこと 不登校=人生の汚点 と考えている。

・ 不登校しだした頃はなにをしていても現実逃避になってしまっていた。現実から逃れたいけど逃れられない。どうしようもないから辛くなる。現実から逃げたくてゲームするが、現実を忘れられない。現実とつながる。どちらも辛いから困る。だけど聖母に通うのは逃避ではないから落ちつく。

・ 聖母に来た頃、保護者会に出席した両親が、聖母の生徒の作文をもらってきて、「これ読んでみたら?」と言われたけど、それすら読めなかった。拒否していた。なぜかはわからないけれど読みたくなかった。


(2000.3.24聖母の小さな学校 卒業生文集 「自分らしさを求め続けて」不登校体験者の話し合いから)

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