1996/10 No.227

京都教区時報10月号

・津の殉教者とその遺跡

・チリだより─MOANI(モアニ)の活動

・教区中学生広島体験学習感想文

・紀元二千年をめざしての五カ年計画(2)

・日本の教会の現状と課題

・映画『デッドマン・ウォーキング』を見て

・あんてな


津の殉教者とその遺跡

  

 津教会の周辺には、殉教者の処刑地や遺跡等が数多く見受けられる。江戸時代中期の津城下の古地図を見ると、中央に本丸と西の丸が書かれ、その外郭を二の丸が取り巻き、そこには重臣達の屋敷や藩の各役所が置かれている。

西側の式部蔵の空地で、1635年に中島長兵衛夫妻が逆さにはりつけられた。掘の南東端の岩田堤の空地で、鯰江九右衛門夫婦が、その後永田少蔵、古賀半七、森島藤三郎が逆さにはりつけられ殉教した。城内の牢獄では、研ぎやの長右衛門が、ついで八幡町に住んでいた八左衛門が拷問の末絶命した。

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チリだより─MOANI(モアニ)の活動

カロンドレット聖ヨゼフ会

●MOANI(モアニ) 青少年の使徒的運動


 モアニとは若者のグループ活動の名前です。私が彼らとともに働き始めて3年になります。正式には、Movimiento Apostolica de Adolecentes y Ninos=青少年の使徒的運動。高校生から勤労青年を含みます。チリは失業率も高いので、職をさがしている青年もいます。彼らは自分が住んでいる同じ路地に住む子供たちのお兄さん、お姉さんになって子供たちの相談相手、遊び相手になっています。子供たちの家庭はもちろん貧困だけでなく家庭内暴力や両親のアルコール及び薬物薬毒などの問題をかかえています。若者たちは、こうした子供たちの人生の歩みにより添って、手助けをしてゆきます。シンナーに犯された一人の少女は彼らに助けられて成長し、後に彼女も子供たちの世話をするようになり、昨年結婚しました。私たちは彼女の結婚式に参加し、幸せにあずかりました。

●日々の活動内容は


 彼らの一年間の活動は実に豊富です。自分のグループの子供たちの話し相手になるだけでなく、子供たちを集めて遊んだり、映画を見せたり、グループで話し合ったり、おやつの準備、ミサ、クリスマスの祝い、劇など子供たちのための集会は二十回以上に及びます。さらに、毎週リーダーたちの集会、勉強会、年二回首都サンティアゴで行われる国内大会にも子供代表をつれて参加しています。その他、活動資金集め、食料の寄付集め、などなど絶えず動いています。私は彼らのおしまない奉仕へのエネルギーと責任感に頭の下がる思いをしています。

●夏休みの一つの活動から


 夏休み中に若者たちは子供大会(五日間)を私たちの小教区で催しました。まず、聖堂や五つの集会室、台所の使用許可を得ることに始まり、次にそれぞれの場所のワックスかけの大掃除、ゲームの準備大会前日には約150人の子供たちのための食器洗い、日中の暑さから子供たちを守るために網目のテント張り、舞台をつくり風船で飾りつけて準備OK。
 彼らの働きは、自分の夢を一歩一歩実現しているかのように一生懸命で、私はその姿に感心させられました。
 子供大会第一日目。朝九時、若者たちが到着。椅子を並べたり最後の準備に走り回っています。九時半。他の若者たちが自分のグループの子供たち(7歳位から15歳位まで)を連れて現われる。子供の数。ざっと150人。
 この四日間。グループの歌、踊り、劇などの発表に始まり、朝十時から夕方六時までゲーム、遊びはもとより、毎回一つのテーマにもとづいて子供たちは学びます。例えば、薬物やタバコの害について、家族のかかわりや性についてなどビデオや指人形を通して学び、その後グループに分かれて話し合ったり、グループごとで紙にまとめたり、各自が絵を描いたり、粘土で作品を作ったり、薬物やタバコの放棄を呼びかけるポスターを描いたりなど、大会内容はよく計画され、すばらしいものでした。
 最終日は、バスで子供たちを川に連れていきます。それが大会の最大イベントなのですが、その前日、若者たちは子供たちを少し早く帰らせ、使用した集会室と大聖堂の大掃除と片づけを始めました。そして、それが終わると明日のピクニックのために150人分の食事の用意に夜遅くまでかかっていました。ピクニック当日も朝八時には集合し、バスに食料や飲みもの、おやつ、ナベ、ヤカンにいたるまで積み込む仕事に始まり、帰宅するまで、子供たちの服の着がえの手助け、一緒に遊んだり、本当に一日中働きづめでした。
 時々失敗してもすべて自分たちで計画し、実行し、責任をとり、奉仕活動を自発的に実行してゆく。それとともに子供たちを教え、みずからも視野を広げ学び成長してゆく、こんなたのもしい若者たちが、ここに育っていっています。

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教区中学生広島体験学習感想文

平和の大切さ
M・I(登美ヶ丘教会)

 私は8月4日〜7日まで広島体験学習に参加しました。広島には、6年生の時修学旅行に行ったので、これで二回目です。でも、修学旅行の時とこん回の広島では、感じたことも全然ちがいます。この体験学習で学んだことといえば、「平和の大切さ」です。原爆ドームや原爆の子の像を見て、どれだけ平和というものが大切なものだということがよくわかりました。原爆ドームは、修学旅行の時はバスの中から見ただけだったけど、こん回は、ひめぐりでじっくりと見れました。戦争で原爆をうけたのに、一部がまだ残っているのがすごいと思いました。平和に向かって鶴を飛ばそうとしている原爆の子の像は、大へん印象にのこりました。いろんな所からたくさんの人が原爆の子の像に千羽づるをささげていました。

 そして6日の午後は、実際にひ爆された山口やす子さんの話をききました。山口さんはひ爆した時の話をされるたびに、その時のことを思い出しているような気がしました。山口さんは13さいの時に原爆をうけて、お姉さんをなくしました。山口さんのお母さんが山口さんに「お姉さんが亡くなった」ということを知らせたら、山口さんはしんじられなくて、それが本当の話と知った時は、悲しい思いをしたそうです。私達といっしょのとしに原爆をうけたので、山口さんの気もちがよくわかりました。

 私達は、平和が当たり前のように毎日生活をおくっているけれど、世界中には平和を求めて生活している人々がたくさんいるということがわかり、私達ももう二度と戦争をおこさないように、一人一人が平和についてもっと心がけることが大切です。そうすることができたら、世界中の人々が「ほんとうの平和」を迎えることができると思いました。この体験学習は、私にとってとても意味深いものとなりました。私もこれから自分のできることは、いやがらずに進んでできるようにがんばりたいと思います。

何故こんな事に
T・M(草津教会)

 私がこの広島体験学習に参加したのは、今年で二回目でした。果たして、私が去年よりも戦争について理解できているのか、と問われると少し自信がありませんが、去年とは違う事を考えられたのは確かです。
 去年はただ怖い、と思いながら色々なモノを見ていました。特に原爆資料館のモノ等はその後の食事が食べられなかったほどでした。しかし今年は、『何故こんな事になったのか』という事を、常に頭において色々なモノを見ました。そんな事考えたって仕方がないと思う人もいるかもしれないけど、私は考えてみました。まず簡単な答えを出すと、それは『戦争をしていたから』という事になります。では何故戦争をしていたのか、となるとその答えは、『許し合ったり、愛し合ったり、恋し合ったりする事ができなかったから』という事になると、私は思うのです。だって、許し合って愛し合って、どこにどう戦争が起こるのでしょうか。
 そして今、また別の戦争が私達の回りで起こっています。それは『いじめ』です。この戦争でまだ幼い命を絶った人達は、私達に何かを訴える為に自殺なんかをしてしまったのだと思います。それに、大きな戦争だろうが小さな戦争だろうが、一人一人に残すキズの深さは同じです。だから絶対に、戦争はしてはいけないし、私もできるだけ人を許し、愛せる様な人になれたらいいなあと思います。
 この体験学習に参加して、私は友達も増えたし、戦争や平和についても考える事ができたので、本当に行って良かったと思います。

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紀元二千年をめざしての五カ年計画(2)

唐崎教会(滋賀)


◆1996年のテーマ
教会と家庭
▼1996年の課題
・教会学校について
・家庭における信仰について
[実践]シスター、司祭にお話を聞く
◆1997年のテーマ
共同体の一致
▼1997年の課題
・信徒の話し合い(目的の共有=ベクトルの一致)
・神父さんとの話し合い、神学生との話し合い
◆1998年のテーマ
地域と宣教(準備の年)
▼1998年の課題
・唐崎教会創立五十周年を期して地域へのアピール(啓蒙活動)
・地域とのつながり方法の模索
・差別問題(障害者・部落・いじめ等)を学ぶ
◆1999年のテーマ
地域と宣教(実践の年)
▼1999年の課題
・地域の子供達の教会学校への導き
・聖パウロ幼稚園を通して教会の
理解
・社会への奉仕、活動の実践
◆2000年のテーマ
希望(隣人への愛の実践)
▼2000年の課題
・四年間を振り返って、反省と見直し

信睦二金会


◆五年間のテーマ
カトリックの信仰に今生きるものとして
▼1996年の課題
 創造主を父としての私たちは
・苦痛をさけない
・問題を忠実に見つめる力
・判断する力
・よりよい方向への希望と祈り
・個人と共に共同体の中で課題をおく生活に集中したい。
▼1997年の課題
 家族として教会も大切にし、秘跡を通して、
・キリストへの委託
・キリストとの交わりの喜びと基にして
・キリストの心を求める祈り、日常、愛の業
・人間の弱さ(老い、病苦の底にあるキリストがいやそうとされた人間の考え)から離脱したい努力
▼1998年の課題
 神が生命をわけて下さる聖霊と共に
・処女マリアを聖母とされた聖霊、十二人の男を聖なる証人とされた聖霊を信頼して、罪深い人間の営みを神のものとする社会の中の教会の一人として生活を通して信仰の証人となる恵みに留意しつづけること。
▼1999年の課題
 四百五十年前に神なる父は聖フランシスコを日本に送って下さり、普遍教会を中心にゆるしと愛を人々に分つ工夫を重ね、
・キリストは御父への賛美をささげて、よい業をして世を渡られたので、ミサ聖祭の心と二金会
・賛美と奉仕・奉献の生涯を完成させていただくこと。
▼2000年の課題
 御父の安息と復活の生命を引き出させた真理に心を集中して、
・人間性が新しく地上に与えられる限り続く罪との闘いの現実から回心と希望を新しい勇気で示し
・キリストの意義深さを伝える新しい時をはじめること。

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日本の教会の現状と課題


(岡田司教の講話の要旨)

 8月19日〜21日に、京都教区司祭・修道士研修会が名古屋で開かれ、紀元2000年に向けての取り組みについて話し合われました。最初に岡田司教より講話をして頂きました。私たちが今後考えていくための参考にするため要旨を掲載します。

NICEは何であったか。


◎1984年の基本方針と優先課題、1986年のNICE1、1993年のNICE2。
◎NICEはもう結構という雰囲気はなぜ?当初から、会議をやれば教会が変わるわけではない、という冷ややかな見方、またNICEは政治的偏向の会議などの批判あり。NICE2の「家庭」は教会の刷新か家庭の問題かの議論が決着しないまま中途半端でおわる。白け、倦怠、挫折感。
◎生活から信仰を、社会の現実から教会のあり方を考える、というNICEの方向を確認する。

日本の教会の宣教の歴史の振り返り


◎キリシタンの禁教はなぜか。
◎明治以降の宣教において、日清・日露戦争のあたりで大きな方針の転換があったのではないか、あったとしたらなぜか。
◎昭和の教会の戦前・戦中と戦後の歩み。

アジアの教会との和解・連帯・協力


◎共通の歴史認識。韓国との関係から初めて。
◎経済侵略の問題、主としてフイリッピンとの関係で。
◎教会間の交流。
◎教会の歴史教育の課題。

教会の社会教説


◎教会の社会教説は日本の教会にどのような意味をもっているか。
◎日本教会はそれをどのように受け止め説明するか。
◎日本の教会独自の社会へのメッセージは何か。

日本文化と社会の福音化


◎個の確立。自立。つかずはなれずの人間関係。
◎日本社会の中核としての天皇制。価値観の基準、アイデンティティの基準。その福音化は?
◎新しいカテキズム。

現代人の現実と生活


◎いまは企業中心の社会。企業の論理が生活を支配。そのなかで教会はいかにいきるか。
◎現代人の飢え乾き。ふれあい知り合い教え合い一つになりたいという欲求。それに応える宗教の使命。コムニケーションと教会。
◎典礼のあり方の刷新。外国人とのミサ。司祭不在の主日の典礼。
◎外国人移住者・滞在者・定住者と教会。緊急かつ重大な課題。日本人と結婚したフイリッピン女性とその子どもの世話、教育。教会の普遍性への挑戦/日本の教会の成長のとき。
◎障害者について。境界線上の人々。

教会の現状と課題


◎現代社会と人々の要望にいかにこたえるか。
◎暖かいふれあいの必要。
◎若者に夢を!青少年育成。教会に若者の場を!JYDは注目。
◎修道生活の刷新。召命の促進。
◎共同宣教司牧。

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映画『デッドマン・ウォーキング』を見て

 小山教会 A・K

 人間は、どのようにして死を受け入れるのか。周囲にいる者はその死に対して何を学ぶのか。
 このように私たちに問いかけたのは、映画『デッドマン・ウォーキング』という作品である。内容を簡単に説明すると、ひとりの死刑囚とカトリックのシスターとの死刑執行までの日々を通じて、死刑囚、シスター、被害者の遺族、死刑囚の家族、そして、死刑制度の賛否も考慮したあらゆる人間の利害関係を率直に描いた作品である。私は今まで死刑制度の歴史的背景や存在意義など正直言って深く考えてこなかった。しかし、何故このような作品が人々に評価され、私のような無知の者でも感涙にむせぶのか。
 私はここで作品の中のそれぞれの立場の思いや感情を忖度(そんたく)する気はない。しかし、唯一すべての立場に共通した普遍的に考えられることがある。それは冒頭に述べたように死である。ご存知のように死は私たちに平等に与えられ、一度しか味わえない見過しできない問題である。しかも、この作品では死刑囚という立場から、死とは何か、死刑とは何か、そして人(社会)が人を裁くとは何か、を問いかけたものである。より具体的に言えば、死刑囚の死に私たちはいかなる価値を生みだせばよいのか。
 私がここで生死論、死刑制度について論じる程の者ではない。だから最後に私の好きなヴィクトル・ユーゴの「レ・ミゼラブル」の序の部分を引用させて終わらして頂きたい。「法律と風習とによって、ある永劫(えいごう)の社会的処罰が存在し、かくして人為的に地獄を文明のさなかにこしらえ、聖なる運命を世間的因果によって粉糾(ふんきゅう)せしむる間は、……本書のごとき性質の書物も、おそらく無益ではないだろう。」(豊島与志雄訳)。
 この文章の中で、「社会的処罰」「本書」「書物」の部分をそれぞれ「死刑制度」「デッドマン・ウォーキング」そして「映画」と置きかえてもらいたい。

[編集者注]
忖度(そんたく)=他人の心中をおしはかること。推察。

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LOOK AT ME 

 こんにちは!若者のみなさん、まだまだ若者だと思っているみなさん、いかがお過ごしでしょうか?ご存じだとは思いますが、11月23日(土・祝)京都ノートルダム女子大学において、日本二十六聖人殉教四百年祭in京都が行われます。このイベントに、たくさんの人が集まります!この機会をのがしてはならないと、私たち青年も、たくさんの若者たちが交流できる企画を用意しました。
 タイトルは、“LOOK AT ME”です。「わたしを見てください」という意味ですが、その名のとおり、バンド演奏や、演劇、写真の展示などの他、模擬店などを予定しています。
 めったにない青年たちがたくさん集まれるこのチャンス!!これを読んだ人は、11月23日ノートルダムへ集まろう!


日時 11月23日(土・祝)10時30分〜13時
場所 京都ノートルダム女子大学内、ブルーラウンジ
内容 バンド演奏、演劇、写真展示、模擬店等(予定)
   日本二十六聖人殉教四百年祭in京都終了後、青年の交流会を予定しています。


 場所、時間など詳細は決定しだい、じょばにやポスターその他で、お知らせします。
 わたしを見て!!と思っているあなた!この“LOOK AT ME”に出演してみませんか?演奏、演劇、アピールなんでもOKです。また、スタッフも募集しています。
 出演、出展の申し込み、詳細のお問い合わせは、青年センターまで。

 

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