1997/10 No.239

京都教区時報10月号

・召命

・異人キリスト

・教区中学生広島体験学習

・第11回近隣小教区教会学校合同キャンプ

・あんてな


召命

  

学校では、生徒達に多くの課題が課せられます。特に暑い夏休みには、これでもかという程の宿題に悩まされます。何もすることがないならば、せみの鳴き声もボーッとした頭に非常に心地良いのですが。

 この世にデビューした人間は、昨今の芸能プロダクション所属の歌手のように、売り出す戦略を持っていません。職業選択の自由が定着し、どの職種にもそれ相応の価値と安定性が認められるようになった社会では、なおさら人間が生きてゆく方針、戦略を見出すことは難しいでしょう。

 そこで大切と思われるのは、各々の職種の本質なのだと思います。心身の健康は医者が、知性を養い育むことは教師が、鉄道の安全な運行は運転手が司るなら、司祭は何を司るのか。求め続けるべき宿題のようです。

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異人キリスト

中川明神父の講演

 聖書講座シリーズ「イエスとは誰?」の講演要旨です。

 イエスの存在を「異人」と捉えることができるのではないかと少し考えています。また、このような視点があってもいいのではないかとも思っています。それでは、具体的に聖書の中から見たいと思います。

●マルコ5・15〜、ルカ5・27〜


 この箇所から言えることは、イエスが出ていってほしい存在、気分を悪くする存在、さらには恐れをいだかせる存在だと言えるのではないでしょうか。
 それは何故かということですが、ルカ5・12〜、7・36〜の箇所を読んでいただいて、例えば異なったAとBという集団があります。この異なった集団、世界を持っているものの中から、ある種の偏見がでてきて、差別が生まれる。違う世界ということと差別とは違うのですが、やはり差別は出てくる。このまったく異なった世界の中に若干重なる部分がある。そこにいる人を「異人」といいます。両方属しているんだけれど、両方から異人にみられる。すごく中途半端な存在が異人です。
 イエスが例えば、重い皮膚病の人々に手を触れて癒す。現在こそ感染はしないと証明されていますが、イエスのいた当時の時代では考えられないことだったと思います。だから、イエスは重い皮膚病の人達に属していたと捉えることができると思います。
 あるいは、売春婦の話からも明かに、どこかのグループに属していますし、ファリサイ派の宴会にも出席していますからここにも属しています。このような存在が異人です。私はこのような視点が大事だと思います。これは聖書の伝統のような気がします。

●旧約聖書、出エジプトから


 出エジプトの話を思い出してください。モーゼもまた人々にとっていやな存在だったのです。出エジプトを読んでいて思うのですが、エジプト人はもとよりイスラエル人も神を知らない。そして、出エジプトという出来事。イスラエル人にとって決して楽なことではなかった。しかし、このことを通じてエジプト人もイスラエル人も神を知るのです。
 それまではエジプト人もイスラエル人もある種の依存関係で成り立ち、最低限度の生活保障がなされていたが、出エジプトの出来事で最低限度の生活保障が壊れるわけです。水がないなどの。だから、最低限度の生活を壊したモーゼはとんでもない人、気分を悪くする存在なのです。このような異質なとんでもない働き、そういうものをもたらすということ、それがもう一つの異人がもっている力だと思います。イエスの異人性もそのように言えるのではないでしょうか。
 神を知るということは決して甘いことではないです。出エジプトにあらわされるようにパワーのいることです。このような力、ある種の妖怪が持っている力、どきっとさせる存在、そういうイエスの存在を私たちはもう少し丁寧に見つめて見たいと思います。

●現代の生活の中で考えると


 境界の上に教会を。教会というのは境界線上に建てなければならないと思うのです。それは、境界線というのは、いたるところにあり、例えば、海岸線、山の向こうとこちら。特に、教会は町の中心に建っていますが、山の向こうとこちらの境界にある峠茶屋のように人が行きかう場所になればと思います。
 パターン化した現代社会の中で悩む多くの人々の悩みを打ち破る場所、異質な部分に出会う場所、そんな教会であればと思います。
 イエスが異人でいたのは、本当に私たちが自分自身でわからない殻からぬけ出る、福音をもたらす、そんな意味で異人だと思うのです。イエスがファリサイ派の人々に招かれる、重い皮膚病の人に触れて治す、どちらにも属しているように。
 イエスの存在は、今の私たちの苦しみを思った時、何か打ち破ることのできる力、幸福の訪れ、といった方向の道をもたらすのではないかと思います。教会はそういう方向を示すところであってほしいと思うし、現代社会の中で大切な視点だと考えます。

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教区中学生広島体験学習

今年も平和を学ぶために、8月4日から7日まで広島体験学習を行い、中学生23名が参加しました。4日は大津教会で学習会と交流会を行い、5日は「青春18きっぷ」で広島へ向かいました。途中、集中豪雨に見舞われ、電車が3時間もストップし、予定していた平和行進に参加できませんでしたが、平和祈願ミサには参加でき、共に祈りました。
 原爆投下の6日、平和公園で祈りを捧げた後、資料館や碑を見学し、午後には長谷川儀神父の被爆体験談を聞きました。暑い中の4日間でしたが、参加した中学生の皆さんはそれぞれ何か大切なことを学んでくれたようです。その一部を紹介します。

原爆が落とされるようなことを日本もしていた
      M・S(宮津教会)

 今回の広島体験学習は、二度目の参加だった。しかし、去年とは違うことも感じとった。
 去年は、なぜ日本は、原爆をおとされなければならなかったのだろうとか、アメリカの人達はひどいなあとか、日本が被害者としてだけ見ていた。けれど、今年はちがった。今年は、原爆が落とされるようなことを、日本もしていたのだろうなあと思った。
 原爆資料館を見ると、原爆の恐ろしさがすごく分かった。
 残念だったのは、平和行進です。夜、頑張って歌の練習をしたのに、歌えなかったからです。
 碑めぐりでは、去年見れなかった碑も見れて良かったです。
 被爆された神父様の話は、本当に分かりやすかったです。びっくりしたのは、音楽の時間にプロペラ音を聞いて、飛行機の種類や、高度を聞き分ける練習をされていたということでした。本当にうまく話してくださって、貴重な話をして頂いたなあと思った。なぜかというと、原爆のことは本などで調べようと思えば調べられるけど、原爆が落とされた瞬間のことは、本当に被爆された人にしか分からないからです。

平和を願って
    M・Y(精華教会)

 楽しそうだな〜とか、おもしろそうだな〜とか、楽しいことばかり考えていたけれど、そうじゃなかった。
 原爆資料館で見た戦争のおそろしさや、はげしさ、碑めぐりで見た原爆犠牲国民学校教師と子供の碑や、嵐の中の母子像たちが私に教えてくれたきけんさや母子のきずな、そして、ひっしでなにかを守ろうとする心などが私につたわってきました。
 原爆ドームや広島市レストハウスは、なんでこんなにもひどい原爆をうけたのに、のこっていたんだろう。
 2キロメートルぐらいはなれていた人が、やけどをおったり、しんだりしたのに、のこっていたんだろう。
 私はその答えを見つけたい…。
 私が一番心にのこったのが、平和の灯や平和の池、そして、峠三吉詩碑です。
 平和の灯や平和の池は、うまくひょうげんできないほどに、かんどうした。
 峠三吉詩碑の「ちちをかえせ、ははをかえせ…私にかんするすべての人をかえせ…」という詩は、ほんとうにかんどうしました。なにか私にできる事はないのだろうか?
 精霊流しやろうそくに平和とかかれたもの、おりずるがいっぱいおいてあった原爆の子の像、みんな、み〜んな、平和を願っている人たちが、広島の平和をねがって一つ一つ心をこめて、おったり、かいたり、ながしたりしたんだな〜と思った。
 きっと、もっともっと広島は平和になると思うな、私は……。

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第11回近隣小教区教会学校合同キャンプ

 伏見・桃山・八幡・宇治・青谷・田辺・精華・山科の8教会で運営している合同キャンプが、野外礼拝センターで、7月25日〜27日に行われ、約百名の参加がありました。今年のテーマは、集まれ友達神様の子、サブテーマは、学ぼう神様に命を捧げた二十六聖人の心をでした。
 昨年は大腸菌O(オー)157の発生のため、やむなく中止となりましたが、今年は食事係のお母さん方を中心に万全の体制で臨みました。
 キャンプは台風の到来で、プログラムが変更となり、楽しみにしていたプールや、お隣りのサンタマリア老人ホームのおじいさん・おばあさん方との交流会が中止となりました。しかし、その分たくさんのゲーム大会ができ、かえって友だちがたくさんでき、グループのつながりも深まりました。その他、工作(旗づくり、ペンダント作り)、夜まつり、キャンプファイヤー、老人ホーム訪問(聖歌のプレゼント)なで、とても思い出に残るキャンプとなりました。

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高校生会夏の合宿

 7月31日から、8月2日にかけての3日間、大津教会にて、高校生会がおこなわれた。参加人数が22人とゆうこともあって、大津教会や、働く人の家にある布団だけでは足りず、唐崎教会からも5セットほど持って行ったのだが、その布団の中には1年ほど使っていない物もあるらしいので、大津教会に着いたらまず最初に、その時いた人達全員で布団をすべて干した。ひと通り全部干し終えて、ゆっくりしていると、急に夕立がきて、ほとんど赤外線消毒の効果のないままかたずけなければならなくなった。その事が原因かどうか分からないが、夜、布団をひき終えると、かなりホコリがたったらしく、ぜんそくの症状がある人は、少しせきこんでいる人もいた。やはり教会に置いてある布団は、日頃使わなくても、使わしてもらっている小学生、中学生、高校生が、定期的に干したらいいと思った。
 そうこうしている間に集合時間になり、ぞくぞくと参加者が集まってきた。さっそく昼食をすませた後、今回のテーマである「苦しみ」について班ごとに話し合いをした。僕の班では、かなりリラックスしたムードの中話し合いが進んでいき、おたがいの「苦しみ」について話し合ったのだが、あらためて自分達の苦しみについて考えてみると、たかがしれていると思った。世界中には、その日を生きるか死ぬかとゆうぐらい苦しみの中で生きている人達がたくさんいるのに、僕達の苦しみとゆうのは、平和な時代、そして、先進国とゆう豊かすぎる世の中で育ったからなのか、かなりわがままな意見が多いと思った。
 次の日の夜に行われた発表の時、他の班の意見を聞いても、同じ事を思った。平和で豊かな時代とゆうのは、世界中の誰もが望んでいる事だが、豊かすぎるうえに見のがしてしまっている幸せとゆうのもたくさんあるのではないのだろうか。このようにして、一人一人、さまざまな思いを胸に、長くとも短くともある高校生会は終了した。
(唐崎教会 M・S)

 

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