2000/10 No.275

京都教区時報10月号

・聖年に和解のしるしを

・京都教区巡礼指定地紹介〈その9〉

・大聖年指定行事

・青少年活動報告

・聖書講座シリーズ「旅する神の民」信仰の証し ―殉教とは―  六月十四、十五日

・京都教区のフィリピン人共同体の集会

・お知らせ

・大塚司教の10月のスケジュール

・京都教区中学生会広島巡礼報告


聖年に和解のしるしを

 神と人との和解には、人間の回心と神からのゆるしが必要。神がその慈悲深い憐れみにより、私たちのとがや過ちやこだわりから解放して下さるのだから、人は互いにゆるし合わなければならない。
 しかし、歴史の中で、人間や教会が犯してきたことといえば……

教会も唯我独尊、不正や過ちへの不可謬性をおごり固持することは出来ないだろう。

そこで、教皇は過去の思い出を清めるしるしを表そうと語る。個人としてだけではなく、教会としても神と人々の前にひざまずき、ゆるしを乞わねばならぬと言い、教皇は公にゆるしを乞うた。

 思えば第二バチカン公会議も、世界の前に平伏すことから始まった。
和解は自分の非も認め、ゆるして下さいという「回心」から始まる。自分の聖性を傲るなら、父の抱擁は受けられなくなるかも知れない(放蕩息子のたとえ)。
                           (写真は巡礼指定地の奈良教会の遠景です)


 戻る



京都教区巡礼指定地紹介<その9>

一 奈良教会の歴史

 教会が誕生したのは一九〇四(明治三七)年、奈良市高畑(現在菩提町)に於いて、パリ外国宣教会のワグネル神父様が初代主任司祭として着任したことに始まります。
 教会と言っても、当時は一軒の家を借りて仮教会として出発したのでした。その後、東向中町、東寺林町、小太郎町、東城戸町、阿字万字町と転々としました。

 一九三二(昭和七)年に待望の独立した教会が建てられました。名称は、「天主公教・聖ペトロ、聖パウロ教会」でした。写真にありますように、奈良公園や興福寺などの社寺の風景にとけ込むように工夫されています。
 聖堂は縦長で、最前部に祭壇、左側に香部屋、そして約百畳ほどの畳敷きの純日本的なものでした。中央にふすまの仕切りがあり、後ろ半分は集会室として信者の集まりや聖歌の練習などに使われ、最後部には告解場がつくられていました。

 現在の教会は一九六八(昭和四三)年に建てられたものです。県の土地整備に関して、教会用地買収の話が持ち込まれ、立ち退きは避けられない状況だったそうです。代わりの土地の交渉・選択に苦労しながら最終的に現在の地に決定したわけです。
 新しい土地に新しい発想で新築するにあたり、当時主任司祭だったマリスト会のニュージェント神父様、信徒会長は大変苦労されています。

 バチカン公会議に依って典礼が著しく変化したことは、この新しい聖堂建築にも関係があります。永い間続けられていた祭壇から聖櫃が除かれ、ミサは祭壇を囲んで捧げる様式が取り入れられました。また外観に関しては天平時代の豪快な建物の風貌を少しでも表現しようとした努力が感じられます。

 塔については鐘楼ではなく、聖堂のシンボルとしての塔という考えで、高くそびえて見えるようにしています。この塔についても、はじめは三十二メートルにする計画で、県の建築課に書類を提出しました。その頃これほど高い建築物がなく、奈良の土地柄から許可されず、結局現在の二十六メートルになったということです。
 このように、現在の教会が建てられるまでには大変な苦労があったようです。
 一九〇五(明治八)年信徒数一五名で出発した奈良教会も、二〇〇〇年六月現在では一〇七一名になりました。

二 奈良教会の特色

 建物は三つに分かれています。聖堂、司祭館、信徒館です。
 新しく建築された聖堂は、祭壇を囲んでミサが捧げられるようにしています。これは最後の晩餐を表現しています。かつての奥行きが深い、歴史的聖堂の近づき難い森厳さから解放された、親しみ易い聖堂として新しい形式を採用しています。また、小聖堂は日本伝統の障子と畳を採用して静穏な雰囲気を出しています。これはニュージェント神父様のご発想です。
 聖堂の一室には納骨堂を設置して、いつでもお祈りができるようにしています。
 司祭館には独立した家庭の雰囲気を出すために、聖堂や信徒館とは別棟にしております。以前は司祭館は信徒館と同じ建物の中にありました。
 信徒館は二階建てで、二階は日曜学校、おもちゃライブラリー、スカウトその他種々の集会に使い易いように広くとっています。一階は七つの部屋に区切り、一つひとつの部屋に聖書から名前をとり、カナ、エルサレム、ベタニア、ガリラヤ、エンマウス、ナイン、サマリアとつけております。少人数での話し合いができるようにしており、特に洗礼志願者の勉強場所として、主要な役割を果たしております。今後一部屋を青年会、中高生会の活動場所として利用できるようにしたいと計画が進められています。


三 奈良教会の活動

 私たちの教会では次のような活動をしております。活動の一つひとつを説明するには紙面上無理ですので、主な項目をあげておきたいと思います。
・キリスト教講座
・結婚寿日セミナー
・結婚互助会
・エキュメニズム (キリスト教諸派一致運動)
・おもちゃライブラリーと  喫茶シャローム
・カトリック正義と平和活動
・レジオ・マリエ
・祈りの集い
・広報活動
・ローソクの会などです。

 これ以上で最近新しい奉仕活動として、
@ ボランティア委員を中心に、困っている方々の手助けをしております。
A 営繕委員が中心になって、教会全体を見て回り、自分たちの手で修理できる所は献身的に行っております。
  これは教会財政の援助に大きな役割を果たしております。
B 近年増加している滞日外国人問題に積極的に取り組むため、国際協力委員を中心に信徒への意識を高めております。
C 日曜学校委員を中心に、小中高生の指導に努力しています。

四 奈良教会の取り組み
 京都教区では現在、共同宣教司牧が行われております。新しい試みですので、信徒間ではまだ充分理解されておりませんが、司祭・修道者・信徒代表を中心に少しずつ前進しております。
 奈良教会は「奈良県北ブロック共同宣教司牧」に入っていて、郡山教会、登美ヶ丘教会、富雄教会の四つの教会となっています。
 二ヶ月に一回、各教会と善きサマリア人修道院を回り、会議の場所としております。
 この一年間で具体的に前進したことは、@日曜学校のサマーキャンプを共同で実施したこと、A「入門講座のできる信徒の養成」の実施を今年五月から始めたことです。
 また、今後の取り組みの一つとして財政問題を取り上げています。各教会の現状を報告し、問題点を出し合って四つの教会で協力して、できるものはないかと知恵をしぼっているところです。

五 巡礼者の皆様へ

 奈良教会では、巡礼者のために聖堂内に記念スタンプとパンフレットを用意しました。
 また、休憩される方のために信徒館の一室を準備しており、セルフサービスでお茶の用意をしております。事務所に声をかけていただければ案内もいたします。どうぞご利用下さい。

カトリック奈良教会
〒630-8213
奈良市登大路町三六
電話 0742(26)2094
FAX0742(27)3027
主日のミサ(土)  午後六時
     (日)  午前七時
          午前十時半
平日のミサ(月水金)午前七時
     (火木) 午後六時

 戻る


大聖年指定行事

京都南部地区 西ブロック

 六月十八日(日)梅雨空のもと京都南部地区西ブロック(桂、九条、西院、長岡、丹波の五教会)の大聖年行事として、長岡教会に於いて合同ミサと講演会が行われた。

 テーマは「環境問題を考える」。前日の大雨で空模様が心配されていたが、皆さんの祈りが通じたのか雨も止み、約百五十名が集まり、十時から四教会共同宣教司牧担当司祭の西野師、外崎師、福岡師の共同司式により合同ミサを捧げた。

 典礼は、子どもと共に捧げる「元気の出るミサ」をコンセプトに、典礼奉仕を各教会で分担し、子ども達はタンバリンや鈴等、思い思いの楽器を持って祭壇に上がり、教会学校リーダーは、ギター、ベース、フルート、木琴等を持ち寄り、賑やかに神を賛美した。

 平和の挨拶は司祭団も会衆の中に分け入って、大リーグ式ハイタッチで行うなど、厳粛な中にも溌剌とした若さのあるミサとなった。

 ミサ後、大人は約七十名が残り、西野師に講師をお願いして「環境問題を考える―なぜゴミ問題なのか」と題して講演が行われた。
 いのちそのものである神に生かされている人間や自然界。創り主としての神が環境に左右されるもの(人=イエス)として地上に来られたこと等、なぜ教会が環境問題に取り組むのかを、信仰の視点から分かり易く説明された。

 環境問題は、まさにいのちの関わりの問題であり、知性と意志を持つ人間だけがその関わりを破壊する存在であること、また、人間が引き起こす戦争が、その破壊の最たるものであることが良く理解できた。

 具体的にはゴミ問題について、乙訓地域にあるゴミ処理施設「クリーンプラザ乙訓」を紹介するビデオを見て最新のゴミ処理過程を学んだ。これは、行事計画当初、現地の見学を希望していたところ、日祝祭日の見学が出来ないためにビデオを教材としたもので、関連行事として秋のリサイクルフェアを見学できるかどうかを検討中である。
 その後、グループに分かれ、簡単なチェックシートを一人ひとりの環境問題意識、日頃の生活パターンを見つめ直し、分かち合いを行った。

 この間、子ども達は保護者、外崎師、福岡師、リーダーに引率され、近くの長岡公園でオリエンテーリングを行った。
 ポイントごとに、廃材でのペンダント作り、牛乳パックでボーリング、空き缶積み立てゲーム等、遊びながらゴミ問題を考えるプログラムで楽しんだ後、ゲームや昼食で小教区を越えて親睦を深めた。

 当日は父の日で、地域の小学校で行事がある等、子ども達の参加が少なかったことが残念だったが、大聖年という大きな恵みの年の西ブロック行事として有意義な一日だった。(長岡教会 高田 記)

 戻る


青少年活動報告

 ワールド・ユース・デイ(ローマ)

 八月一五日から二〇日にかけてローマで開催された第一五回『ワールド・ユース・デイ(WYD)』には、世界各国から二百万人もの青年が、教皇様に招かれ集まりました。
 参加の仕方は幾通りかありましたが、日本の公式団体(総勢一六〇名程)には、京都教区から七名の青年がアルフォンソ・キム神父様と共に加わりました。

 私たちはその数日間、『ヨハネによる福音』を通して神の受肉について黙想して過ごしました。具体的に言えば、最初の二日間は主にローマ市内を巡礼して聖なる門を幾つかくぐり、続く二日間は森(東京教区)・松浦(大阪教区)両司教様によるカテケージスを受け、WYDのテーマである「御言葉は肉となり、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ一・一四)ということの意味を各々に考えました。
 
 最後の二日間には、甲子園が幾つも入る巨大な大学の敷地を埋め尽くす兄弟姉妹と共に夕べの祈りを捧げ、教皇様のミサに与ったのでした。
 世界に散らばる共同体が主イエス・キリストを頭に一なる共同体として連帯して存在していることを、この旅は私たち一人一人に体験させてくれたと言えるでしょう。佐藤紀子(青年センター専従者)


京都教区高校生会
 広島平和体験合宿報告(広島)

 毎年、京都教区高校生会では、将来の福音宣教者の養成及び信仰者の育成のために、高校生の休暇中に合宿を行ってきました。今年は八月四日から七日にかけて、大聖年の大阪管区行事に参加するために、広島で合宿を行いました。   
 広島では管区の平和ミサに参加し、現地の高校生と共に原爆資料館をじっくり見学し、交流を深めながら碑めぐりをし、そして最終日の夜は灯篭流しを見ながら、静かな時間を持つことが出来ました。
 高校生達の感想文の多くは、行事に参加することを通して、「自分にとって平和とはなんだろう」という問いかけを持ったことと、暑い広島の街を、仲間と共に歩いたことがとても良かったという内容でした。
 高校生会の確認事項である、「自主運営・自己責任」の確認をしつつ、一人一人がキリストの平和を歩み始めるきっかけになることが出来たと思っています。福岡一穂(京都教区高校生会担当司祭)

※京都教区中学生会の広島巡礼報告記事は、10ページの下段です。

 戻る


聖書講座シリーズ
「旅する神の民」信仰の証し ―殉教とは―  六月十四、十五日

          

泉安広神父

「殉教」というテーマのもとで、話をするわけですが、その実態についてではなく、むしろ、それが現代において持つ意味に比重をおいて、考えてみたいと思います。
 殉教に限らず、宗教に端を発する争いは、古今東西を通じて枚挙にいとまがありません。日本のキリスト教で言うならば、一五九六年の二六聖人の殉教が最も有名です。しかし、殉教史という点から見れば、これはほんの一例にすぎません。徳川家康、秀忠親子が発令したキリシタン禁教令は、三代将軍家光の時代に最大の効力を発揮し、国内のいたる所で、多くの宣教師、信徒が、信仰のゆえに生命を落としていきました。

 その後の紆余曲折を経て、明治時代には、二三年に発布された教育勅語、また日清、日露戦争という混乱の中で、キリスト者に対する弾圧は継続され、信教の自由が保障されたのは、ようやく昭和時代に入ってからのことでした。
 聖書に目を向けますと、紀元前二世紀のパレスティナにおいて最初の殉教が生じます。この間の経緯は、特にマカバイ記下に詳述されています。新約時代には、当時ようやく根をおろし始めた、ローマのキリスト者に対する、皇帝ネロによる迫害が吹き荒れます。この迫害の中で、ペトロやパウロも殉教していきました。
 ところで、「殉教」はギリシァ語で「マルトゥス」と言いますが、元来これは「証人」を意味します。すなわち、証人が存在して初めて、殉教者が存在するわけです。換言するなら、証人としての働きが、時と場合によって、殉教へとつながっていくと言えます。

 それでは、証人は何を証言したのでしょうか。使徒言行録には、その例がいくつも見られます(例えば七章一〜五三節)。それらの証言に共通しているのは、イエスとその十字架が歴史においてもつ意味です。つまり、使徒たちは今という時を、常に過去、現在、未来という時の流れの中に位置づけながら、イエスとその十字架のもとで理解し、それを証言しました。
 この証言はしかし、証言自体を目的としているわけではありません。例えばマルコ福音書を開きますと、そこに、証言が目指す方向性とでもいうべきものが、弟子の描き方を通して、明らかにされています。まず、三章一三〜一九節で、イエスが十二人の弟子団を形成する場面が記述されています。この短い個所にも、マルコ福音書を読み解くうえでのいくつかのポイントがありますが、それはさておき、この箇所の前後を見てください。三章一一節には、汚れた霊の、「あなたは神の子です」という叫びが、また二〇〜三〇節には、イエスがどういう方なのかについての否定的な見解が述べられています。
 次に六章七〜一三節では、弟子団の宣教派遣が記されています。同じように、ここでもその前後を見ますと、三節に「彼は大工ではないか」に始まるイエスについての人々の問いかけが、また一四〜一五節には、イエスの素性に関する人々の意見が記されています。

 このように、マルコは弟子団の形成、また弟子の宣教を、「イエスとは誰なのか」という本質的な問いと関連づけて、記述していることがわかります。すなわちマルコによれば、キリスト者として呼ばれ、また宣教に派遣されて証言するとは、何か固定した教義を語ることではなく、日常の生活体験を通して、「イエスとは誰なのか」という根本的な問いに直面し、それに対する答えを見出し、深めていくことにあると言えます。
 信教の自由が保障された現在の日本で、迫害、殉教という事態は起こりえないかもしれません。しかし証人としての使命が消滅したわけではありません。

 今日、通信、医学を始めとするあらゆる分野で、目をみはるような先端技術が駆使され、人間による自らの絶対化が、ますます顕著になっています。加速度的に展開し、真に畏れるべき存在を見失ったかのようにも思える時代は、かつてのような、連続したものとしての時理解を、困難なものにしているとも言えます。その渦中にあって、イエスとその十字架の意味を語り続け、「イエスとは誰なのか」という理解を深めていく。殉教の本質ともいうべきこうした証言の意味は、迫害時代以上に、その重みを増しているのかもしれません。

 戻る


京都教区のフィリピン人共同体の集会

七月二十二日、三条河原町司教館にて、歴史上初めて、京都教区内各地区(京都、奈良、郡山、滋賀、舞鶴、三重、大和八木、大和高田)にあるフィリピン人共同体のりーダーたち二十九人が集まり、大塚司教様をお迎えした。

 司教様は意味深く「京都教区のフィリピンの方たちは見知らぬ人々ではなく、同じ教区民であると思っています。この集まりでフィリピンの人々の境遇、必要や問題などを知り、京都教区がそれに対して何が出来るかを考え、更に教区のりーダーを通して、フィリピンの人々ともっと親密に働き始めることが出来ればと望んでいます。」と語った。

 また、離婚したり、教会からのけ者にされたり、主日のミサに全く来なくなっているフィリピン女性の事について、心配していると話され、リーダーたちがその様な人々を探し、教会に連れ戻すようにチャレンジしてほしいとも言われた。

オヘール神父様は「フィリピンの人々は、特別の方法で神の召し出しに応えた人々であり、特にりーダーとしてはそうです」と歓迎の挨拶をされ、彼自身は京都教区国際協力委員会のリーダーとして、フィリピン人共同体との仲介者でありたいと話された。
 教区事務局長の森田神父様と、パグ・アサ・フィリピノ共同体の霊的指導者のルカ神父様(フランシスコ会)も出席され、フィリピナSr.Eustella、Sr.Mary Lou、Sr.Alta、日本人Sr.Ambrose、Sr.Harada(霊的、その他を指導)も出席した。
 聖母訪問会(西舞鶴)のSr.Haradaはフィリピン人の母親達七十人に日本語と漢字を教えている。その中の何人かは日本語能力テストをよい成績でパスし、更にチャレンジを続けている。

今回の参加者たちは、それぞれ属する共同体で、互いに日本での生活をどのように支え、協力をして行くかを分かち合った。文化、社会、家庭生活と精神面の諸活動は、彼ら自身を日本社会に統合しようとするものである。
 特に、彼らの共同体が日曜日に捧げるミサは、フィリピン人にとって日本での困難に直面するときには、力と勇気、そして、より深い信仰を与える。
 ミサ後のお茶のひとときは、友達や他のフィリピン人と互いに話し、支え合う場であり、特に結婚や子育て、言葉の不自由さ、日本の法律や文化、フィリピン人と日本人とのトラブルをどのように解決しようとしているかという問題を互いに話し合う機会である。
 以上が分かち合いの主なポイントであった。

休憩後、小グループに分かれ、今後の共通の問題として、相互のつながりとネットワーク、情報の分かち合いのための核グループを作る必要性を認め、組織した。そして、第一回会合を八月二十七日午前十時に、西院力トリック・センターで開く事が決定され、そこでは核グループの役割、全共同体が参加可能な共通の活動、計画と組織作り、財政確保等が討議される。(中略)京都教区のフィリピン人たちの願いは、彼らが互いに、より深いつながりを体験し、この日本で受容され、帰属感を持つこと、ひいては日本人とフィリピン人が相互の文化の豊かさと美しさを分かち合うことによって、より豊かにされること。これが日本にいるフィリピン人の夢であり希望である。

※ Sr.Mary Lou による英語レポートより抜粋
Sr.Mary Ambrose (国際協力委員会)

 戻る


お知らせ

青年センターから
電話 075(822)6246
FAX075(812)6685
◆LOOK AT ME in 京都北部 宮津市大江山バンガロー村 9月30日(土)十四時集合〜10月1日(日)12時半まで、参加費二千五百円 

福音センターから
電話 075(822)7123
FAX075(822)7020
◆養成コース 典礼コース 14日(土)午前10時〜午後5時、西院カトリック会館。テーマ「生活へと派遣するミサ典礼」講師=森田直樹師・福音センタースタッフ、費用三千円(昼食費含む)、申込みは7日までに所属教会か福音センターまで
◆聖書講座シリーズ 「旅する神の民」、第17回 4・5日、テーマ「終末への旅(父に帰る)」、講師=鈴木信一神父。第18回 11・12日、テーマ「ペトロとパウロを中心にした教会の旅」、講師=菊池功神父。第19回 18・19日、テーマ「死から生命への旅」、講師=池永潤大司教、第20回(最終回)25・26日。テーマ「御子の受肉(インマヌエル)」、講師=奥村一郎神父、いずれも西院会館。水曜日夜7時半〜9時、木曜日午前10時〜正午

教区委員会から
◆典礼委員会 教会の祈りと聖体賛美式 第一日曜日17時半 河原町教会、第三土曜日16時半 衣笠カルメル修道会
◆信仰教育委員会 祈りのつどい「みことば、テゼの歌、黙想」8日(日)午後3時〜9日(月)午後3時まで。宇治カルメル会黙想の家。青年男女対象。申し込みはドミニコ会のシスター安達(075-231-2017)まで。1日締切り
◆部落問題委員会・正義と平和京都協議会▼事務局会議14日(土)▼学習会21日(土)19時河原町カトリック会館6階、「舞鶴港から見えてきたもの」講師=高橋一郎氏(新舞鶴小学校教員)、平和な港が再び軍港として復活するのだろうか。地元市民の心配が高まりつつある様子を聞き、どうしたら平和にづなぐことが出来るのかを考える。▼日本カトリック正義と平和協議会「第26回全国集会」日時=11月23日(祝)、24日(金)、25日(土)の三日間。会場=南山学園講堂・南山学園会議室・南山短大の教室・南山教会信徒会館・南山教会。「暮らしやすい21世紀を目指して」人間・環境の過去・現在・未来を考える国際集会、内容=アジアの正義と平和の活動家を迎えて、「正義」と「平和」について考え、意識を高め、ネットワ−クを作り、「21世紀にすべての人が人間らしく生きることができる'地球'」を目指す集会です。どなたでもご自由にご参加下さい。

奈良地区から
◆正義と平和奈良協議会22日(日)「東チモール問題(現状と課題)」について。発題者=柳本師と活動家。奈良教会にて14時から16時まで

京都北部地区から
◆福知山教会 五十周年司教ミサ 29日(日)

京都南部地区から
◆第21回京都南部ウォーカソン 日時=11月3日(祝)9時半開会式、10時出発。場所=河原町教会スタート・ゴール(北山橋往復)、募金送付先=ラホールでの支援活動(パキスタン)、レテフォホの人々の支援(東チモール)、フマニタス慈善協会の支援(ブラジル)、ルワンダに義足を(ルワンダ)、主催=京都南部カトリック協議会
◆河原町教会 都のラザロ殉教者顕彰ミサ 1日(日)10時半
◆北ブロック「聖体大会」15日ヴィアトール学園グランド
◆京都カトリック混声合唱団 練習日 8日(日)14時、28日(土)19時、河原町会館6階。団員の募集をしています。練習の見学にお越し下さい。
◆京都キリシタン研究会 定例会 22日(日)14時〜16時 カトリック会館6階ホール
◆カナの会 結婚相談室開設・例会 1日(日)13時受付、13時半〜15時 河原町会館6階ホール
◆信睦二金会 13日(金)10時 西陣教会
◆聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会▼河原町協議会8日(日)▼京都中央理事会22日(日)いずれも13時30
分、河原町教会
◆糠みその会 26日(木)19時45分、九条教会
◆コーロチェレステ 練習日 第2、第4、第5木曜日10時〜12時河原町教会地下ホール
◆レジオ・マリエコミチウム 9日(月)黙想会10時、大津教会、指導=畠師(御受難会)。第3日曜日13時30分。河原町会館
◆子羊会 22日(日)施設訪問とつどい「唐崎メリノールハウス」
◆カルメル会修道院 巡礼指定地の大聖年行事 講演会とミサ 1日(日)「現代人の苦悩とテレーズのメッセージ」講師=北村善郎師、14日(土)「テレジアと現代」講師=中川博道師、いずれも午後1時半より講演会、ミサ午後3時
◆聖ドミニコ女子修道院 みことばを聴こう! 1日(日)9時半〜17時半(ミサあり)、講師=中川博道師、対象=青年男女、会費五百円(昼食費)、問合せ=075(231)2017(担当=シスター安達)
◆『諸聖人の祭日のミサ』グレゴリア聖歌とルネサンス・ポリフォニーによるミサ形式の演奏会 11月6日(月)19時 河原町教会 ヴォーカル・アンサンブル カペラ 前売 三千円 当日 三千五百円、学生・シニア 各千円引き 問合せ カルメル会宇治修道院 電話0774(32)7456
◆衣笠墓苑委員会 合同清掃22日(日)雨天順延、合同墓参11月5日(日)午後2時

教育関係
◆ヴィアトール学園 創立記念日・記念宗教講演会21日(土)ミサ9時20分、講演会10時20分、講師=沼野尚美氏、テーマ「生命の輝き」
◆ノートルダム学院小学校 学院祭15日(日)、来年度入学説明会21日(土)
◆ノートルダム女学院中学・高等学校 文化祭オープンデー 1日(日)、創立記念日・音楽鑑賞会12日(木)
◆聖母教育文化センター 聖書講座 第2期「闇から光へ」10月は毎週金曜日9時半〜10時半 場所 聖母女学院藤の森学舎本館2階会議室 申込み電話075(641)0507

その他
◆「一万匹の蟻運動」基金報告 累計26、521、802円 加入者860名(8月21日現在)

 

 戻る


大塚司教の10月のスケジュール


1日(日)大分教区宮原良治被選司教叙階式 別府市明星学園 15時
3日(火)〜14日(土)ローマ訪問
6日 (金) 〜8日 (日) ローマ 司教のための大聖年集会
15日 (日) 宇治カルメル司教ミサ 9時
17日(火)〜24日(火)教区司祭・年の黙想会
24日 (火) 正平協事務局会議 潮見 15時〜17時
26日(木)社会福祉施設協会全国大会
26日(木)教区協議会書記局会議 18時
28日(土)教区協議会 14時
29日(日)福知山教会五十周年司教ミサ
29日 (日) 青少年委員会
31日(火)司教顧問会 10時

その他のお知らせ
◆京都南部地区「平和へのあゆみ」行事報告
8月13日午後3時より「国際平和ミサ」が大塚司教司式により、河原町教会で行われた(主催=京都南部カトリック協議会)。聖歌、朗読、説教、共同祈願などを数カ国語で行い、平和への熱い祈りがこめられていた(参加者約270名)。午後5時より「平和行進」が行われ、信徒、修道者、司祭、滞日の方々、京都キリスト教協議会加盟のプロテスタント教会の方々が、河原町教会より丸山公園まで行進した(参加者約250名)。
◆祝叙階
パウロ中島貴幸師(丹波教会・園部聖堂出身)オプスデイ所属。昨年6月にローマにて叙階。8月6日に園部聖堂にて初ミサが行われた。赴任地は長崎教区内の教育関連施設。

◆編集部より お知らせに載せたい情報は、12月号は10月16日、1月号は11月20日までにお願いします。

 戻る


京都教区中学生会広島巡礼報告


 

 中学生19名、神父様4名、リーダー4名、総勢27名。二泊三日の巡礼は、京都駅集合から始まりました。皆まだ落ち着かず、友達にも慣れない様子が、広島に近づくにつれ変わっていきました。
 観音町教会に到着。お昼と休憩を挟み、オリエンテーションで、西名さんの体験談を聞きました。西名さんは戦下での暮らしぶりや家族の事等を話されました。原爆が多くの人の人生を狂わせたこと、今もまだ戦争を背負っている人々がたくさんいること・・・皆心の中で、色々な事を受け止め、感じたと思います。そのあとの平和祈願ミサや平和行進では、小さな1歩ですが平和への呼びかけが出来ました。
 二日目の6日は、原爆投下の日です。平和公園であの鐘の音を、生で聞きました。黙祷には、どれほどの人の思いが込められているのだろう・・。原爆資料館や、フィールドワークで行った交換台、園内の様々な碑に、歴史の重みを見ました。夕方からは灯篭流しを見に行きました。夕闇が迫るほどに、光を増してくる川面は、とても綺麗でした。祈りが灯された灯篭は、どこへ流れていくのでしょう。
 教会へ帰った後、今度は私達自身の平和への思いを灯して、ミサに捧げました。今まで、平和というものに責任があることを、中学生を含め私達も特に自覚を持たずにいました。その反省をふまえて、これからは、自分の周りで出来る小さなことからキリストの平和を広げる・・皆が分かち合った祈りです。そして、この巡礼の参加証明を司教様からいただきました。
 巡礼の最終日は、朝から掃除をして、朝食後早々と出発となりました。帰りの電車では、仲良くなった友達と語らいながら、帰途につきました。
 8月6日の広島は、いつも暑い日だと言われています。じりじりと焼け付く太陽、乾き切った道、淀んだ熱い空気。私達は今回の巡礼で、たしかにそれを体験しました。実り多いものとなりました。(リーダー岸里実)

 戻る


Back to Home    前号  次号