1998/3 No.244

京都教区時報3月号

・詩

・田中司教が語るエピソード(1)

・聖霊の働きを理解するための取り組み

・国籍を越えた共同体に

・あんてな


沈黙は 深み。
 存在の深奥に流れる
 神の息吹きを聞く
観想は 高み。
 神の存在の中に輝く
 神の「コト」を観る
祈りは 広さ
 神の心に我が身をひたし
 神の大きさに入る

その時
 私は 無化されており
 神が 全てとなっておられる

 私は「かいほう」され
 神が「自由」となられる

 そこでみちるのは 神の息
 神の愛 神の霊 神の恵

祈りの中で
 神の愛があふれる
沈黙の中に
 神の息吹きを聞く
観想の中に
 神の霊を見る

心の砂漠(こどく)の中で
 人は神に出会う
砕かれた体の中に
 聖霊は活き動き働き始める

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田中司教が語るエピソード(1)

 昨年(1997年)現役を引退された田中司教は、インタビューに伺った時には健康も回復され二十一年間の司教生活を懐かしく振りかえっていただきました。今月からしばらく掲載していきます。


▼1976年京都司教に任命を受けられたのですね。


◆そうです。話を聞いた時、いろいろなことが頭に浮かびました。旧約の預言者たちのように私は共にいるという神の言葉を思い出しましたね。そして、信仰の心をもって、神は共にいるという言葉を信じて「京都司教職を受理します」と書きました。それから、1976年9月23日、洛星高校の講堂で司教叙階式を行ないました。高松から京都に来たのです。その時ね、古屋司教から司教職の印しの赤い帯とズケッタなどをいただきました。今と違ってその頃はスリムでしたね。
 後ですね、司教叙階式の時の挨拶で私は三本の柱、すなわち「みことばを大切に、秘跡を大切に、相互愛の実行に努めましょう」ということを話したことは印象深いです。

▼紋章について聞かせてください。


◆イエスはダビドの子孫ということで、ダビドの星を一番上に置き、中心にイエス、それからミトラとバクルス、そして、教区の一府三県(京都府、滋賀県、奈良県、三重県)の印をいれ、一番下にイエスにならい砂漠の道を歩くということで砂漠をあらわしました。残念ながら司教座聖堂にかかげていました紋章には砂漠は描くことができませんでした。
 こうして、着任しましてからは、一日も早く教区内をまわってくださいということで、忙しく各地区をまわりました。また、学校、施設関係も行きました。そうですね、京都北部をまわった時、西舞鶴教会で泊まり翌日起きると一面真っ白な雪景色で、それでチェーンをつけて宮津、峰山などをまわったのは思い出ですね。

▼外国からのお客さまが多いとのことですが。


◆着任してから、教区内を訪問している間にも本当に多くのお客さまがいらっしゃいましたよ。京都は必ず訪問したい場所のようです。それで、私は、観光コースを作りまして、平安神宮、御所、二条城、金閣寺、東西本願寺、三十三間堂これが一日の行程です。平安神宮はその色鮮やかさが外国人には喜ばれますね。案内で思い出すのは、FABC(アジア司教協議会)とういう会議が東京でありましてその参加者二百名が京都観光をするということで、宿泊の世話から観光案内まですべて用意しなければならなかったのは思い出ですね。

▼1976年〜1980年の五年間の中から印象深いことをお話くさだい。


◆そうですね。1976年10月にカーディナル・ピネドリーという諸宗教長官が来られました。この方が来られて「あなたはベビー・ビショップだが、京都の司教であれば、諸宗教の担当をしなければなりませんよ」と直接言われた一言で現在も続けています。諸宗教のことと関わることは、私の運命的なことのように思います。カーディナル・ピネドリーという方は、日本における諸宗教の対話について道を開いて下さった人で、私にとって本当に印象深い人です。日本は、一神教ではないので、諸宗教が何か共にやりましょうという時とてもやりやすい国のようです。そのため、バチカンも日本における諸宗教の対話ということを高く評価してくれています。

 それから、特に神社神道を中心とした宗教者とピネドリーを中心としたバチカンの関係者がイタリア北部のネミというところで会議を催しました。会議と言いましても勉強会です。これが諸宗教関係で一番最初の私の仕事となりました。この時、パウロ六世に謁見したのですが、この十日後亡くなられ、私達の謁見が彼の最後の謁見となりました。また、これは余分の話ですが、ネミに行くときソビエトの旅客機に乗り、帰りもシンガポール経由で、旅費を節約したのですが大変でしたよ。シンガポールではシンガポールなまりのシンガの大司教と英語が通じなくて苦労しました。

 この後、WOREC(世界宗教者倫理会議)、WCRP(世界宗教者平和会議)というのがあるのですが、WCRPも私の印象深いですね。村上真理雄神父は「WCだけ知っていたらよかったけど、田中司教さんのおかげでWCPPも覚えることが増えた」と言われましたよ。そして、この頃から、倫理、平和ということに宗教者がイニシアチブをとらなければならないという気運が高まっていきましたね。私は、このため、東京と京都を二ケ月ごとに行ったり、来たり教区の仕事の合間にしましたね。本当に休む暇なしでしたね。それほど、日本における諸宗教対話というのは期待のかかっていることです。

▼その他なにかありますか。


◆そうですね。1980年からは教区ビジョンのたたきだい作りのためにバチカン公会議の再勉強会が始まりますね。神父が回り持ちで有志の人を対象に毎週火曜日に学習会を始めました。教区ビジョンについては、それだけでまとめてお話しましょう。

(つづく)

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聖霊の働きを理解するための取り組み

* 日本カトリック司教協議会大聖年準備特別委員会より、今年になって、大聖年の準備第2年目・テーマ「聖霊」について取り組むための手引きが出されました。以下に一部を紹介します。

聖霊来てください。
あなたの光の輝きで私たちを照らしてください。

●聖霊の年


 1997年の待降節第1主日前晩の祈りから、大聖年直前の準備第2年目に入りました。この一年はとくに、私たちキリストの弟子たちの共同体とともにいてくださる聖霊にささげられます。キリストは十字架の上で人類を罪と死から解放してくださいましたが、このキリストとの生きた出会いを現代においても実現させてくださるのが聖霊です。
 キリストのことばを味わいキリストの生涯を見つめながら、聖霊の尊きに身をゆだね、福音をあかしする共同体とともに歩む以外に、新しい千年期を準備することはできません。

●小教区での取り組みのため


 教皇は、教会を導いている聖霊の働きについての理解を刷新するように、と呼びかけおられます。そこで、キリストとの出会いを実現させてくださる聖霊を体験的に理解すための取り組みをいくつか紹介します。
 一つ目は、皆さんよくご存知の典礼聖歌「聖霊の続唱」を黙想しながら「聖霊の現存働き」を味わうための手引きです。二つ目は、「教会」という言葉の意味を確認し合うめの手引きです。三つ目は、私たちの実際の生活から聖霊の促しを見直していくための引きです。
 それぞれの共同体の実状に合わせて、これらの手引きを利用してみてください。また聖霊に対する理解を深めるための皆さまの工夫や取り組み方を教えてください。互いに協力し合うことで聖霊の導きをよりいっそう理解し、「イエス・キリストにおける神の国の完全な現れを準備する」ことができますよう、心からお祈りしております。
ビデオ「みながひとつになるために」利用していますか

 聖霊の年を始めるにあたって、大塚司教より、ビデオメッセージ「みながひとつになるために〜二千年に向かって聖霊の年を準備する〜」が昨年配布されました。みなさんは、すでに見られましたか。
 加悦教会では、四つの地区で毎月それぞれ家庭集会をしていますが、担当司祭の横田師がビデオ付きのテレビを持ち込んで、ミサの後みんなでビデオを見ました。ビデオを見た感想は、「普段はなかなか実感できないですが、ビデオを見ると現在の教会の動きがよくわかって、とてもいい」ということでした。
 ビデオを見ただけでは、それを材料にしての話し合いがむずかしいので、今年になってシナリオが配られました。ビデオの中のメッセージの確認や、分かち合いの参考になると思います。
 ビデオを見た感想や、ビデオを使っての取り組みを編集部へお送り下されば、順次教区時報に掲載したいと思います。又、来年の御父の年のためのビデオも作成予定です。御期待下さい。

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国籍を越えた共同体に

京都教区のみなさん。あなたの暖かいひと言で、滞日外国人と友達になってみませんか。そして、私たちキリスト者が国籍を越えて共生し、「みながひとつになろう」を実現させる好機に参加してみませんか。

   

京都教区に於ける滞日外国人   
(1995年統計)

京都北部 約1000名
京都南部 約2000名
滋賀県  約7000名
三重県  約7000名
奈良県  約3000名

 かつて日本が貧しかったとき、北米、南米、アジア諸国に、およそ百万人もの人々が移住しました。現在、日系人と呼ばれる人々の子孫は百三十万余人におよび、そのなかにはカトリック信者も少なくありません。近年、豊かになった日本を訪れるさまざまな国籍の人々が急増しています。
 このような人々との出会いによって、わたしたちがともに生き、ともに働き、ともに祈ることを学ぶ教会や社会をめざすならば、日本の教会と社会に福音的変革がもたらされると思います。


    (日本カトリック協議会社会司教委員会 1993年)

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神が私達を選ばれた

 昨年の4月から青年センターの専従者となり、もうすぐ一年になる。青年センターが創立されてから今年で10年という事だが、その間には、場所や人、そしてセンターの有様も変化してきている。
 初代の専従者の方に話を伺っていると、私とは比較にならない苦労や責任があり、何よりセンター創立のための熱意には大変驚かされた。
 青年センター自身の活動に教会や宗教的な性格はないと思われる可能性がある。私自身も「教会の青年達」とは、どういう人で、「教会に務める」とはどういう事だろう。と疑問を感じることもあった。
 しかし、初代の専従者の方と話をしているうちに、こういう言い方は個人的には好きではないが、やはりこの場所は、神の計画の一つであり、神のはからいのもとにあるという事をなんとなく感じる様になった。
 人間が一人一人違うように、キリスト信者も様々である。その有様や個人的な神への思想・信じ方などは一人一人違うのである。共通点はキリストを知っていること、教会に関わっているということである。
 「神は人間の考えをはるかに越えている」と聖書にも書いてある。10年前、当時の青年達が思いと熱意を込めて創立された青年センター。教会もキリストも意識していなくとも青年が集まる場所があるという事は、青年がキリストを求めて足を運ぶのではなく、神が私達を選ばれ、この場所に呼んだのではないだろうか。そして、思いもしない時にセンターへの関わりが、神へのかかわりとなるのではないだろうか。神は何をも無駄になさらない。その意味は、こんな所へも示されているのだろうか。(N・T)

 

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