1994/3 No.196

京都教区時報3月号

・家庭は召命の苗床・神学校です

・“場所がなかった”物語

・NICE2長崎全国会議に参加して

・京都典礼研修会「ともにささげるミサ」

・あんてな

・JOCヤング・ワーカーズ・フェスティバル'94へのお誘い



家庭は召命の苗床・神学校です

 ライムンド田中健一

 神の恵みにより一つに集められた神の民・家族である皆様、お一人おひとりに、神様の豊かな祝福を祈念いたします。この度は四句節又は復活教書といった肩ぐるしいものでなく、ごく自然な手紙としてさしあげたいと思っております。

◆「家庭が人類の平和をつくる」
 さて昨年10日、長崎において、第2回福音宣教推進全国会議(NICE)が「家庭の現実から福音宣教のあり方を探る」と題して開かれ、代表者たちは、皆様の祈りと励まし、そして霊性の照らしに支えられて、「福音宣教する日本の教会の刷新のために」という答申を司教団に提出されました(カトリック新聞11月7日号を御覧ください)。また、今年は国際家族年にあたり、教皇様は、年頭平和メッセージを「家庭庭が人類の平和をつくる」と題して出されました。

 家庭は平和の基であり、平和を脅かす根本的なものに貧困がある。この貧困の克服こそ平和のカギであると述べ、その熱い思いを、各国、各世代の人々に表明されました(カトリック新聞1月2日号)。 こうして今、私たちは、この世界的な精神運動の流れの中におります。家庭の大切さが、これほど各界から叫ばれますのは、家庭が人間の幸せの根底にあると考えさせられるからであります。

◆福音宣教と家庭
 こう申しますと、家庭とは何か、家庭のない人、家庭を失った人、家庭から追い出された人達のことはどうなるのかとの厳しい問いかけがなされましょう。また、家庭には実に多方面にわたる問題がある事から、その問題を取り扱うことは容易ではないため、問題に取り組む事にはじめから戸惑いや疑問視する声も確かにありました。その中に、又家族の問題は、社会との関わり、教会との関わりに深く関連している事も見えてまいりました。実に家庭の問題は最も身近な問題でありながら、取り扱いにくく、それでいて福音宣教にとり最も重要な問題であるとも気付きました。ですからこの問題は、一方では一つ一つていねいに取り扱われながら、同時に、その根本的で本質的な、共通の意義を探っていく必要性もあるのです。

◆司祭の召命
 家庭にまつわる数多くの問題の中、私たちは今回特に家庭と司祭の召命と言う事について一言申し上げたいのです。神の民のこの歴史の歩みの中で司祭がどれほど重要であるかは、言をまたず、皆様もそれをどれほど痛に感じ始めておられる事でしょう。
 ごらんの様に司祭は高齢化し、みな殆どの司祭達は何等かの病気をかかえています。京都教区は恵まれている、まだ大丈夫と思っておられる方もかなり多い様ですが、あと5年もすれば真剣な問題をかかえ始めるのが目に見えております。邦人司祭が少なくなれば、宣教会、修道会、外国の神父様方に来てもらえばよいと考えるのは全く甘い考えです。外国も司祭不足に深刻な悩みをかかえ始めているのです。
 では基本となる邦人司祭の現状を見てみましょう。
 邦人司祭の平均年齢は55歳です。でも平均年齢が比較的若いと安心しないでください。絶対数が少ないのです。邦人司祭は私を入れて20名、小数区が約60あります。年齢構成を見ると、60歳以上が11名、40、50代が4名、30代以下が55名で神学生は一人です。これをみなさんはどうお考えになりますか。

◆何故増えない?
 何故司祭が増えないのでしょう。1991年10月「よりよい福音宣教共同体になるために」を目的に、アンケートを実施し、その結果報告が1993年6月付けで、私に答申してくださいました(皆さんもこれを研究してみてください)。
 それによると、増えない理由に、社会の影響、家庭内の信仰のあり方が圧倒的理由。続いて共同体の盛り上がり、子供の数が少ない、司祭の魅力が欠けるというものでした。更に、青少年の中に、司祭になりたいと思ってもみた事がない人43%、不明が34%でした。
 では、自分の子に召命を期待しているが14%、希望していない、本人にまかせるが約65%。「ではどうすればよいか」については、祈りと経済的援助が圧倒的で、積極的に勧めるが22%でした。

◆奉献を
 この事をふまえ、みなさまに是非お願いしたい事があります。どうぞ司祭の召命を、あなたまかせ、他人事にしないで、ご自分から問題として下さい。祈る事、経済的援助に加え、御子様たちへの、御両親の積極的な働きかけと犠牲の伴った奉献をお願いしたいのです。

◆信徒使徒職
 召命の問題と並行し、信徒の使徒職への開眼と積極的参加と養成、信徒リーダーの養成に心を砕いていただきたいのです。その計画は、福音センターや種々の使徒職委員会の活動により地道に進められている事を喜ぶと共に、ますます発展され、参加されます様、主任神父様はじめ信徒会の皆様の御協力を期待しております。
 勿論、信徒養成の中で青少年の育成、召命の促進養成は急務を要します。ところで一つ心に留めていただきたいのは、信徒の養成は、ただ司祭の代わりをする、ミニ司祭、代役司祭を養成する事ではなく、信徒自身の自己刷新、聖化養成にあるという事であります。

◆家庭はセミナリオ
 司祭の召し出しと養成、信徒の召命と養成、青少年の育成等これら全てを含めて、家庭はその温床であり、苗床であり神学校であります(神学校セミナリオは苗床という意味もあります)。そしてその中心はやはり、父であり母であります。父母の信仰、父母の生き方、父母のおもい、父母の祈り、父母の励ましと支えが、どれほど大切なみのりを産み出す事でしょう。召命への招きは、召命に応じようとする本人にとっても、その家庭にとっても、一人一人への信仰の問いかけとなります。
 信仰の問いかけは、何かの奉献を要求します。奉献について考えておりました時、ふと、「重荷を負っている人は私のもとに来なさい……私の与える荷は軽い」と言う言葉でした(マタイ11・5〜30)。
 主と共に生きる事は、何らかの十字架と苦しみを引き受ける事。でもそれは軽く、快い。何故軽く快いのでしょう。それは愛がそうさせるからではありませんか。
 神様の恵みとしての愛、そして、人々の思いや親切や、支えとしての愛、両親と家族と共同体の愛、そんな事を思いながら、パウロのガラテヤ書5・3〜26、コロサイ書2章から4睾、エフェソ2章から5章などが心に浮かんでくるのです。

◆持わりに
 どうぞみな様の上に豊かな祝福があります様に、そして家庭と言う苗床に豊かな実を結びます様に。
 聖家族の御保護のもとに

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“場所がなかった”物語

  聖母訪問会 シスター関ワカ子

●小さな物語
 遠く太平洋戦争時代には軍港として、あるいは「岸壁の母」として、近くは「ええにょぼ」のロケ地として有名?な舞鶴での、小さなノンフィクション物語。
 私たちの修道院には泊りがけの来客が多い。翌朝、「よくおやすみになれましたか?」「ええ、でも鶏が朝早くから鳴くんですね。時計を見たら3時半でした」との会話をよく聞く。
 ところが毎日聞いている私たちは、殆どそれによって目が覚めるということがない(注・修道院には80羽程のチャボ、にわとり、合鴨がいる)。

●心の動き
 さて、トリ年の1993年も終わりに近づき待降節に入る前日、私たち6人の姉妹たちは恒例の集会をもった。クリスマス準備の待降節の過ごし方を話し合うために。
 「祈りの時、何もわいて来なかった。困った」と思いつつ、そのまま言うと、5人のうち4人まで「私も昨年と同しことしか出てこないんですよ」という反応だ。つまり毎朝の鶏の声と同じ、何十回のクリスマスを繰り返していると、聖書のことばが素通りしてしまう。幸い一人の姉妹が「この頃“宿屋には泊まる場所がなかった”の場がなかったということばが心に響くんです」と彼女の中の霊の動きを話してくれた。それに相乗りしてようやく待降節に滑りこむことができたのである。

●場とは?
 つまりイエスに場をつくることとは?とか、場を十分にもてない姉妹がいるのではないか?などから、拘置所の青柳さんのこと、滞日外国人労働者の場のこと、世界の中で場のない人びとのことまで話に出たあげく、始めにかえり、「では姉妹の場をつくるということはどういうこと?」「それは受け容れること?」「受け容れるとは具体的にどうすること?」「受け容れる、受け容れるで観念的に待降節が過ぎたら何もならないしね」等々、互いに深め合った結果、“場がなかった”というみことばがだんだん私たちの中に場を占めて、今年度の共同体の待降節の心がけを次のようにまとめることができた。

●祈り
 イエス、隣人、姉妹娩たちに場所を与える実行として、私たちは
一、ひとを受け容れる
・ひとの言葉を、まずその人の心に沿って受けとる。
・姉妹の話をよく聞く。
二、理解する
・言いたいことをくみとる(早とちりで返事をしない、あるいは言葉の奥の心をわかろうとする)。・行動の動機を理解しようとする三、場をとられている人への奉仕・金曜日に聖時間をしてその人びとのために祈る。夕食を粗食とし沈黙でいただく。
・経済的奉仕−人権センター、青柳氏等
 翌日の静修の日、まず「私たち自身はいるべき場にいるか」という心の状態への問いかけに始まって、世界の人びとにまで具体的に心を向け、私たちの取決めを祝福してくださるよう祈った次第だった。

●憐れみ
 その数日後、チャボ(小さな鶏)小屋で痛ましい光景を見た。ボスの座の交替である。全身血まみれ羽をだらんとしている先代ボスを抱いて、「あなたにはもう場がないね」と涙した。
 場のない人びとへの御父の憐れみが、今私の魂を動かしている。


 
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NICE2長崎全国会議に参加して

青年ネットワークの拡大を
(衣笠教会青年 M・I)

 去る1月14〜16日、カトリック京都青年センターにおいて、「NICE青年ネットワーク」についての会議が行われました。このネットワークは、NICE1以降、点いては消えを繰り返していた全国的な青年同士の情報交換の場として機能するものとなることを主な目的としています。
 当日、北は新潟教区、南は鹿児島教区からNICE2青年代表が集まり、講師として小田神父を招き、カトリック青少年委員会秘書の澤野神父も交え、第二バチカン公会議からNICEまでの流れについての勉強会が行われ、その後、これからこのネットワークをどのように使い、拡大、運常していくかについて話し合われました。
 自分自身「NICE長崎大会に行った時、勉強不足を感じていましたが、(今でもかも…)今回の勉強会において、「自分自身がかわっていき、キリストの愛を生きていくこと。喜びも苦しみも受け入れていくことが福音宣教につながる」という小田神父の言葉をきき、少しだけわかったような気がしています。
 最後になりましたが、先の「NICE青年ネットワーク」の最初のアクションとして、各教区で青年がどのような活動をしているか、ということを把握しようと思っています。各小数区や活動しておられる方に、うかがった時は、御協力の程をよろしくお願い申しあげます。

共同体の生き方こそ福音宣教
(峰山教会 Y・F)

 NICE2長崎大会では、分かち合いに重用が置かれ、その為に分かち合いに最適な8人前後の分団が設けられ、私の属した分団は霊的にも分かち合いでも成長したグループで、司会者として分かち合いが進めやすかったと思います。
 メンバー各自が立場の違いを超え、信者の一人として同一のテーブルを囲んで、各教区からの報告と、これまで取り組んで来た自分達の歩みを基に、NICE2のテーマに添って分かち合いを深め、出し合い、祈りによって識別・集約し全体会でまとめたものを、展望として、司教団に答申しました。
 分かち合いの中で特に重要視されたのは、社会的に又信仰上からも小さくされている家庭や人々を、キリストに倣ってありのまま受け人れる事の出来る共同体への刷新という事だったと思います。
 初代教会の信者達が聖霊に導かれキリストにおいて一致し、周囲の人々に好ましい影響を与えたように、共同体(教会・家庭)の生隼き方そのものが福音宣教であるとの感を深くしました。分かち合いは、そのような共同作造りに効果のある手段である事をあらためて感しました。
 今後も分かち合いを重ね継続していく事によって、福音宣教共同体へと成長していきたいものだという思いを強く持ちました。

共感と共有のはざまで
(宇治教会信徒 A・S)

 この度、NICE2長崎会議に出席させていただき4日間を感激の内に過ごせた事は正に神に感謝の一言につきます。初日のミサは司教様方17名を初め司祭・信徒約2千人の参加で感動致しました。 ミサ後、カトリックセンターにおいて全体会があり、NICE2の趣旨説明や基調考察等があり、午後6時に夕の祈りで終わり、市営の貸切バスにてホテル迄30分。長崎駅が見おろせる夜景の美しいホテルでした。大阪教区の代表の方と同室になり、6人すぐに親しくなり、ここでも「分かち合い」の場となりました。
 2日目は朝の祈りの後、全休会にて各教区の報告があり30に分かれての分団会があり、全体会で報告と、移動しながらぎっしりとつまったプログラムでした。
 夕食は長崎教区の婦人達の愛のこもった郷土料理に家庭というテーマさながらに嬉しく感しました。
 毎日のミサでは、黙想の間を多分にとり入れて下さり、安らぎ・喜び・神への感謝を体全体に感じる事が出来ました。私の分団では聖職者が5人、信徒3人で終始家庭の話でしたが、家庭の中の現実を見つめる時、特に弱い立場の人に対しては、共感出来ても、共有のむずかしさがあり、又、信仰の価値感の違いの苦しみ、心の葛藤があります。理想論も出ましたが現実は容易ではありません。教会共同体の刷新は自己刷新につながり、個々の考え方や生き方も問われます。さまぎまな「家庭」には広く深い苦しみ等が根底にあり、社会と教会とのつながりを常に見つめ合い、神の助けを願いながら、歩める様願うものです。
 4日間、全国からの霊的花束が代表者を励まし支えて下さいました。このNICE2が、これからの日本の教会のあり方を少しでも示すものとなるなら、信仰貧しい私の参加が無ではなかったと思う日もある事を信じてやみません。ありがとうございました。

一人一人の姿勢が問われている
(ウィチタ聖ヨゼフ修道会 Sr氏家阪枝)

 満員の浦上天主堂での開会ミサに始まったNICE2長崎会議は、かなりハードなスケジュールでしたが多くの方々のお祈りと支えによって参加者全員が真剣に取り組んだ4日間だったと感じています。
 この会議の全体会、分団会を通じて、私の心に強くひびいたことは、教会共同体を形成しているひとりひとりの姿勢そのものが今問われているのではないかと言う点で、自分自身がいろいろな事から解放され、変えられて行くことが大切であることを痛感致しました。特に、自分の心のどこかにあることの大切さを。そしてひとりひとりが置かれている場の現状をしっかりと受けとめ、現実の中に存在する神の国の建設のために、だれかがしてくれるのを待っているのではなく、私自身が教会共同件の一員であることを自覚して、責任をもって行動することの大切さに気づかせて項きました。
 また、この会議の中で感動させられたことは、青年代表者が教会の将来を担う者として、非常に積極的に参加していたことです。
 青年達がそれぞれ置かれている場で、困難に出会いながらも何かにめざめようとしている姿にふれた時、とてもすがすがしいものを感じ、青年達が失敗や困難さをおそれずに、青年としての主体性をもって、教会共同体の中で取り組んで行けるようにと願い、祈りました。神に賛美と感謝!

キリストの導きに支えられて
(NICE2担当司祭 柳本昭) 

第2回福音宣教推進全国会議は会議としては長崎で、昨年の10月21日から24日までの4日間に行われましたが、私にとってはむしろ、それまでの準備の方がNICEであったと思います。
 教区のNICE2担当者として任命されてから、私にとっての担当者の什事は「NICEとは何か」を理解することでした。なぜNICEをするのか?なぜ家庭というテーマか?教区圧の取り組みとの関係は?……。しかし、そのおかげで、私はNICE1のことをよく理解することができましたし、また、京都教区のビジョン作りから始まった取り組みについても知らなかったことに多く気づかされました。そして、何よりもその教区の取り組みと、日本の教会の取り組みが、表現こそ違うものの同じものであることを知ったことが最大の恵みでした。
 長崎での会議は、そのような教区における取り組みが認められ、さらに准進されるような方向性でまとめられました。今まで私たちが京都教区ですすめてきたことは、キリストの導きだったんだ、ということを強く感じました。
 また、長崎会議のあと、全国の青年代表者が集まり、何かをはじめようとする動きに立合えたのも大きな喜びです。
 これらの喜びに支えられて、これからの歩みを続けてゆきたいと思っています。

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京都典礼研修会「ともにささげるミサ」

1992年近隣小教区連絡会(伏見・桃山・八幡・宇治・青谷・精華・田辺)で故ラッキー神父様の提案のもとに京都で研修会を開いてミサについて勉強しようという事になり、そのため準備係り「典礼奉仕グループ」と名付け準備をはしめました。直前のラッキー神父様の事故死の悲しみを乗り越え、昨年11月23日河原町教会聖堂で土屋正吉師(イエズス会・上智大学典礼学教授)、さかばやし功師(大阪教区司祭・北浜教会主任・教区典礼担当)、小田腎二氏(典礼音楽家)をお招きして「とともにささげるミサ」と題しての研修会を行いました。
 京都数区はもとより、「現代典礼研究会」(土屋氏主宰)の機関誌にもお知らせ頂き、遠く名古屋、岐阜、大阪教区や高松教区からも参加者があり、220名ほどの人たちが朝9時半から昼食を挟んで午後4時45分のミサまで、一同熱心に3人の講師の方々のご指導を頂きました。
 はじめに田中司教様からの開会のご接拶があり励ましのお言葉を頂きました。
 研修は、さかばやし師の司会で進行し、土屋師がミサの式次第の順序でキリスト教典礼についての基礎的な定義や意味を折り込みながら講義され、歌ミサの練習として小田氏が指揮されながら、その都度ミサの応唱や典礼聖歌、詩編の歌い方などの歌唱指導を受けて合唱するという方法を繰り返しながらのテンポのあるプログラムでした。
 第2バチカン公会議以来25年にわたる典礼刷新が日本においても斬く浸透し、母国語(日本語)で捧げるミサの典礼と典礼聖歌が定着著した現在、従来ややもするとミサは司祭一人が捧げるもので信者はそれに受身的に与るという考え方から、神の民全体が集まり、神を賛美し感謝の祭儀を捧げるという、まさに「ともにささげるミサ」というキリスト教典礼の最も基礎的なことを確認することができました。
 また典礼の言葉を「歌う」ことが、いかに自然にいのりの心を創りあげていくかを実際に歌唱練習しながら体験できました。
 さかばやし師の司式、参加者の7人の司祭の共同司式でミサが終る頃は日も暮れて短い一日の密度の濃い研修会も無事終わりました。
 多くの参加者の皆さんから口ぐちに、ミサの意味とその深さをあらためて勉強して、かつ祈りを歌にして捧げるすばらしさを味わい、本当に充実した研修会だったとの感想を頂きました。また時間の都合で詳しく取り汲えなかったミサの後半部についての勉強を続けたいとの要望も聞かれました。
 キリスト者にとって信仰生活の中心であり源泉であるミサを更にそれぞれの共同体でよりいきいきとした典礼で捧げることができるための知識と勇気が与えられました。   (文責・大塚喜直)

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ソフトボール大会

 三ヵ月も前の話になりますが、昨年11月7日(日)に青年合交流ソフトボール大会が行われました。
 今回初めて大会委員長をやらせてもらい、色々な経験をしました。
 前回スタッフの方に「人数は揃うでしょ」と聞いて、安心してたら、前日の時点で申し込み者が18人にもならない始末。
 原因は私が全く動かなかったからで、急いで何人かに電話をかけまくるといった状態でした。
 そして、当日河原町教会の高校生等がチームで参加してくれる事を知り(この時は嬉しかった)3チームによるリーグ戦を行うことができました。
 試合は珍プレー(9・1)好プレー続出の大熱戦が繰り広げられ、結果はヤングパワーの河原町教会チームの優勝、楽しい一日を過ごせたと思います。
 最後にグラウンドを貸して下さった方、柳本神父様を中心に私の知らない所で働いてくれた皆さん、ありがとうごぎいました。また来年もやりたいと思っております。
(西院教会 Y・T)

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JOCヤング・ワーカーズ・フェスティバル'94へのお誘い

 JOCとはカトリックの特徴を持った働く青年の運動で、カトリックの洗礼を受けている人だけを対象にしているのではなく、すベての働く青年と共に歩もうとしている運動です。JOCは私達働く青年ひとりひとりが持っている無眼の可能性を信じ、仲間と共に考え、分かち合うことでひとりひとりのすばらしさを発見し、そこからお互いが学び合い、成長していこうとしています。学び、成長(変化)することで誰もがかけがえのない存在として大切にされる社会が築けるものと信じています。
 このJOCをもっと多くの働く青年に紹介するため、またもっと多くの青年と接することでひとりひとりが豊かになりたいために、1994年5月3日(火)〜5日(木)に横浜の聖光学園にて『ヤング・ワーカーズ・フェスティバル'94』を開催することにしました。
 フェスティバルではコンサートや話し合い、バンド、歌、おどり、仮装大会、ゲームなど、若者のフェスティバルらしい華やかで楽しい催し物を計画しています。また、当日の準備から参加者全員で行い、参加者全員で創り上げるものにしたいと思います。
 このフェスティバルで全国の働く仲間と出会い一緒に遊んだり、話し合ったりしながらひとりひとりが元気を充電し、また互いに励まし合って成長していきたいと思
っています。
 多くの働く青年の参加を希望しています。
「ヤング・ワーカーズ・フェスティバル'94」
NEWフェイス・出会い・発見−広げよう私自身の仲間の輪−
日時 1994年5月3日〜5日
場所 横浜 聖光学院(横浜市中区滝之上lOO)
参加費 3日間参加5千円
主催 カトリック青年労働者連盟 (JOC)
後援 カトリック青少年委員会
連格先 京都働く人の家(京都市南区唐橋川久保町10)
TELO75−672−6569

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