4994/4 No.197

京都教区時報4月号

・表紙

・家庭における宣教

・共に考えよう21世紀の福祉を

・やればできるの証明

・伊達さん(子羊会会長)帰天

・みことばをかこう書道展・絵画展から

・あんてな

・1994年教区平和への歩み実行委員会



表紙

分かち合う 人こそうれし
かなしみの 多きこの世に
 ちちの愛  知りてうれしや
あいし合う 人の交わり
うまし世に 輝きわたる


 ことここに 救いはなれり
 とうとくも 神のいのちは
この世にも すでに輝く
そだちゆく 齢と共に
 うつくしき 恵みあふれて
 れいこんは 人を満たせり
 しあわせは 君にあれませ


人々の   探き思いは
のぞみなき 人を包みて
 愛し合う  人を生むなり


  復活の   主に出会うなら
 活き活きと 神のいのちを
おおいなる 喜びを知り
   
       祝いつつ  楽しくなれり
       うまれくる 光のうちに

          人々は   愛を知りたり
       人の間(ウチ) 愛生れたり
       のこりなく 捧げ合いつつ
       群集い   神を讃えん

                                [MT]

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家庭における宣教

 私は四十数年前に、父・姉とともに幼児洗礼を受けた。その後、受洗により父が変われば母も受洗すると言ってたが、シスターの「御主人を見ないで、神様を見て下さい」との指導で、母は妹と一緒に受洗した。熱心な仏教徒であった祖母も、八十才を過ぎて、多くの神父方との出会いを通じ、受洗の恵みをいただき、幸せな一生を送りました。

 中学・高校とミッション・スクールに通い、反発しながら、シスターの宗教教育を受けた。非受洗者の夫と、教会で結婚式もあげ、四人の子供達に恵まれたが、若い日々に、教会へ通うのを苦痛に感じたり、教えが、心の負担になり、煩わしく思う事も多かったが、主人と子供達を連れて、日曜ごと教会へ通った。

 四人の子供を、夢中で育てたが、四十才を過ぎて、多くの試練にあった時、信仰を持った事を、心より神と両親に感謝できた。人間は神のもとへ招かれるまでに、さまざまな苦難にあい、キリストとともに、痛みを分かち合っていかなければならないのだろうか。自分を無にし、神にゆだねた時に、始めて救いがきた。

 私の子育ての経験を述べてみたいと思います。私達夫婦は、一才違いの長男・次男を育てる時、自分達の良かれと思う教育方針で、手探りでは合ったが、夢中で、最善をつくしたつもりであった。
 しかし、思春期になった長男は、両親の価値観の押しつけが、たまらなくなり、何かにつけて反抗するようになった。親・教師等、大人の言う事にことごとく反発し、禁止される事を次々とした。高校三年生の十二月に、校長先生より退学を求められ、退学せざるをえなくなってしまった。その時にこの子の味方になり、暖かく、見守ってやるのは、我々夫婦と家族だと話し合い、すべてを許し、全てを受け入れ、神に我が子を、おまかせし、この子に道を示して下さるよう祈り続けた。

 二十三才になった時に、息子が夫に「お父さんの常に言ってたとおりしてきたら、社会に出ても近道だった。友達が大学までいた間、僕は必死で寝る間も少なくし、からだを使って働いて生きてきた。でも、社会生活をする人間関係では、ぜったい負けない自信はある。高校の時、勉強なんかと思ったが、もう一度やり直すので協力して欲しい」と言って来た。
 現在は、単位制の学校へ通い、あと一ヶ月で卒業です。親がいくら口で諭すより、自分で経験し悟った時は、責任を持って成しとげます。何ごとにも時があります。大きな気持ちで時を待ち、主を信頼しようと思ってます。
 昨秋に息子が結婚すると相談に来た。十数年間も教会から遠ざかっていた。教会での挙式には多々障害があった。幸いにも、放蕩息子を迎い入れてくれた父のような、神父様の協力を得て、すばらしい式が出来た。
 彼女の両親は、自分達の結婚が一度失敗に終わり、再婚なので、ずいぶんこの結婚にも反対された。母親は式の直前に駆けつけてくれて、涙・涙の式となった。

 教会へ始めて入った沢山の若者達は、「結婚とは何か」とか、「子供は神からの恵みなのだから、両親は子育てにおき重大な責任がある。」等々の神父様の話に、現代の若者の忘れていた事を思い出し、神を思い出してくれる、感激の多い式となった。教会も、離れていった罪深い若者を排除するのではなく、暖かく迎い入れてくれる事により、ずい分と、結婚式場も宣教の場となります。

 子育てを通し、色々と悩み苦しんだが、息子が神の道具となり、両親を成長させてくれた事を感謝します。
 家庭の宣教も、思いがけぬ形となりやってくる。私の友も、障害の兄と弟を持ち、手のかからぬ弟が、受験期に家庭内暴力になり、大変な苦労をされた。しかし、母は自分を無にし、神に依り頼み続け、すばらしい祈りで、御主人と兄を洗礼まで導いていかれた。彼女の愛と、周囲の人々の祈りで、奇跡としかおもえぬ変化が現れた。神は、苦労や困難を通し、人々を導き成長させられる。主に感謝。
(京都 Y・S)

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共に考えよう21世紀の福祉を

特別養護老人ホーム神の園施設長 高田全康

 昨年の京都教区時報194号(12月1日発行)で聖ドミニコ宣教修道女会Sr藤本美子氏の『福祉の時代と福祉コース』の記事を拝見しました。少なからず時報愛読者にとって我が身も含めて今こそ共に考えなければならない時を得たと大切な呼びかけをくださったと感謝いたします。

●ほんものの豊かさを
 21世紀の初頭にやってくる避けることのできない日本の超高齢者社会は本当に長寿社会と言えるかをみんなで問い続ける必要をひしひしと感します。出生人口の低下(一人の女性の出産率1.37人)という現実は、超高齢化社会を生む大きな要因となっていることも。
 先の京都教区時報でSr藤本氏が述べられている『ほんものの豊かさ』には深い共感を覚えます。

 私たちのおかれている老人福祉の分野では全国社会福祉協議会の中の全国老人福祉施設協議会があり、日本カトリック司教協議会・社会福祉委員会カリタス・ジャパンの中に日本カトリック老人福祉施設協会があります。
 前者を略して全国老施協の通信(昨年11月号記事抜粋)の中に『ゆとり、豊かさを実感できるということは大きな意味では経済全体の豊かさと一人ひとりの生活実感が同じになることではないか。しかし、我が国の経済力と高齢者の生活との落差はあまりにも大きく、国民一人ひとりが生涯をとおしてゆとりと豊かさを実感できるようにするためには、産業や企業の考えを経済、社会の中に持ち込むのではなく、これからは人間中心の尺度、生活本意の感覚を経済や社会の中に持ち込んで行くことが求められる。平たく言えば、人と暮らしにやさしい社会づくりということになる。

 一口に高齢者と言っても現実は健康な人ばかりでなく介護を必要としている高齢者の方も多い。子と同居している人もいれば一人募らしの人もいる。経済的に余袷のある人ばかりではない。自宅にいる人も、病院や老人保健施設、福祉施設にいる人もいる。福祉施設に入りたくても人れずに空きを待っている人も多い。様々な高齢者がいる。高齢者の方々にはいわゆる「平均値」の世界は通用しない。大事なことは、一人ひとりの高齢者の生活や意見にしっかりと目を開き耳を傾け、実態やニーズを具体的に掴む事ではないか。これからは、量だけではなく一人ひとりに合わせた質の充実も一重要であろう。福祉や環境にお金や人手をかけることは、とかく無駄とか非効率と見られがちであったが、本当にそうなのか見直す時期に来ていると思われる。(連合・佐川英美氏論評)』と、実にカトリック的な視点を示されており、昨年12月カリタス・ジャパン主催のカトリック社会福祉施設理事長・施設長合同研修(医療・老人福祉・児童・保育4協会主催)で濱尾文郎司教様が「社会福祉は福音宣教で愛の業。国に提案し、地域社会を変えていけたら」(1月2日付けカトリック新聞)と述べられ、参加者一同が利用者の視点からカトリック施設のあり方を問い直し、施設中心主義を脱して地域で共に住むノーマライゼーションの実現を目指して、介護者の派遭など地域に密着した福祉、利用者の真のニーズに対応する人権の視点が大切であることが確認された。

●21世紀にむかって
 このような福祉分野の様々な活動の情報が教会共同体の隅々まで行き渡り、福祉は顧祉分野だけの役割でなく、NICE2の精神に基づくキリストのからだの家庭の切実な問題として、明日は我が身の福祉として、来る21世紀に向かってまさに物の時代から心の時代への真の展開をともに考えて行けることを願わずにはいられない。

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やればできるの証明

   精華教会で献堂式

 おかげさまで精華教会の建築が完了し、1月16日に献堂式を挙行させていただきました。
 春を想せるおだやかな天気で祝福されました。


●建物のあらまし
 玄関のひさしと土間タイルは「人を漁る網」を表す格子状になっています。段差をなくしスロープで車椅子のまま入れます。
 玄関ホールの正面にはファチマの聖母像とその後ろは1917年10月13日、最後のご出現の太陽の異変の奇跡をステンドグラスで描いています。

 右に折れて聖堂で、正三角形の空間です(写真参照)。ジュウタンは正面の壁まで立ちのぼっています。「主に至る道」と考えていただいても、恵みが十字架のあがないと祭壇の秘跡を通って私たちのところに来ると見ていただいて結構です。

 十字架は旧聖堂の古材を使って作られ、床面から直接立っています。すてふだはヘブライ語・ラテン語・ギリシャ語でナザレのイエス・ユダヤ人の王と全文書かれています。あえてキリスト像を付けませんでした。実物大に近い大きさの十字架です。見る人は自然にご受難・ご死去・ご復活をも黙想できるでしょう。
 祭壇のためのステージはありません。同じ平面で主の食卓を囲むことができるようにです。
 後ろの壁面上部に納骨のための棚を付けました。
 道路側の窓は二重窓にして騒音を遮っています。落ち着いた空間にするため窓は小さくしています。
 天井はゆるやかなドームになっています。そのため特に中央部では残響があります。照明はダウンライトで星空のような、または光の世界を思わせます。

●努力しました
 京都教区の中で最も小さな共同体の一つである精華教会にとって工事費6000万円の捻出は大変なことでした。数年前から婦人たちは手作りケーキを持って近隣の教会を訪ねて販売させていただき、教会で廃品回収をして資金作りとし、みなで高額の拠出金を負担しました。なみたいていの努力ではありませんでした。しかし自分たちの聖堂を持とうとの意気込みで一致してここまで来ることができました。
 隠れた功労者の一人はロバート・ヒューズ神父様でした。神父様様の財産の半分が精華教会に残されていました。感謝しています。
 ご協力いただいた小教区や個人の方々に紙面をお借りしてお礼申しあげます。
 とにかく外部からの借り入れ金なしで建設できました。

●さてこれからの課題
 全国的な知名度は低いのですが精華町は関西文化研究都市の中心に位置します。民間の資金を頼りに計画された学研都市ですからバブル崩壊後あまり進展してないとの批判もありますが、今年町開きの行事が組まれています。
 内外の研究者の来訪もあると考えられる教会です。開かれた心でお迎えしなければならないでしょう。
 地域社会に寄与するため、文化の発信基地となること、そのためにはどんな共同体にしなければならないか。新しい革袋に、宿題はたくさんあります。
 現代の典礼に合わせて工夫された聖堂です、ぜひ一度お訪ねください。

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伊達さん(子羊会会長)帰天

子羊会会長として人々から敬愛されてきたマリアメルセデス伊達よしえさんが、去る1月15日帰天されました。1956年に子羊会発足以来、常に会の中心として会を導いて来られました。故人を偲ぶ文章をここに掲載します。

 「京都の子羊会の皆さん。皆さんの巡礼のみのりが一粒のからし種となって宣教に役立つよう祈ります」。1990年7月9日から23日迄、子羊会の人達と共に巡礼の旅に行くことができた折に教皇様より言葉を賜りました。

 告別式で神父様は「伊達よしえさんのベットは祭壇であり車椅子は教会でした」とすばらしい言葉を説かれました。
 心より御冥福をお祈り申し上げますとともに、生前の伊達さんの心を大切に皆で明るく助け合ってがんばってゆきたいと思います。(子羊会代表 N)


だてさんのおばちゃん
 今日、おばちゃんのおそう式に行きました。おばちゃんは、20才の時からリウマチで、車イスでしか動けませんでした。
 私がまだ、歩けないころは、こひつじ会に行くと、車イスのあばちゃんおひざの上が、私のとくとう席で、おばちゃんは、まがった手でおちないように、もっていてくれたそうです。
 幼稚園に行くようになったころから、おばちゃんの車イスを押すのが当番でした。と言うより、押したかったのです。まっすぐに押せなくても、こわくても、おばちゃんは、がまんしていてくれたんだと、今になって思います。
 そんなおばちゃんは、今からなん年か前にガンになりました。「リウマチで動けないのに、ガンなんてひどすぎるね」ってみんなで言っていたけど、おばちゃんは、「神様からのプレゼントよ」と、ニコニコしていました。
 おばちゃんは、天国に行く前に「ありがとう」と言ったそうです。私もおわかれの時に「おばちゃんがんばったね。私もがんばるよ。ありがとう」と言いました。
 おばちゃんは、ほんとうに明るくて、強い人でした。(K・K)

 私達の婚約式での証人でもある大恩人。マリア様といつも一緒と言い続け、最後はマラナタを歌いながら死の訪れを待った人。私にとって生涯忘れられない人です。一度だけお茶漬となべ焼が食べたいと言われた事がある。たべれば…と言おうとしてはっとした。曲った指と硬直した腕で達筆な筆使い。障害者という事を一瞬忘れていたのです。子羊会を維持するのは、妹の田鶴子さんいわく、私達が考えるのでなく神様の手足として働くから続けられるという事です。どうなるか、この先分かりませんが、肩肘張らずに流れにまかせがんばるつもりです。(F・T)

 来る人拒まず去る人追わず。伊達だんの日々、まさにこの言葉の実践でした。だって動けないから追い帰すわけにもいかないし、追いかける事も出来ないし。(Y・K)

 伊達さんにとって、ベットと車椅子が祭壇であり、説教台であり、人々に耳を傾け慰め励ます宣教の場であった。又、手紙と電話は彼女との霊的な交わりの最も有効な手段であった。彼女はまさに障害者の故に、障害者としか出来ない福音宣教の先端を行く人であった。
 彼女の働きは私達司祭・修道者にまさるものがあったとさえ言える。しかし、この働きの影に、いつも支え寄りそって彼女の手足となった、妹田鶴子さんの献身なくして彼女のこのすばらしい生涯は考えられないし、又、この二人を実に温かく尊敬を持って支えた弟一郎さん御一家、更に、本当に数多くのボランテイア(友の会)の人々の心あたたまる支えが、彼女の功績を輝かしている事を感謝したい。(T・M)

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みことばをかこう書道展・絵画展から

 昨年の聖書週間行事としての「みことばをかこう書道展・絵画展」は、11月16日(火)から26日(金)までの11日間、西院カトリック会館ホールで開催されました。

 今回は書道展が12回目、絵画展が6回目。今回も京都教区内外の一般・幼・小・中・高校生から素晴らしい力作が寄せられ、会場は大変豊かになりました。書道は成人が37点、児童(高校生を含む)が172点、絵画は成人が4点、児童が18点と、絵画が昨年よりも少ないのが少々淋しい感じでした。やはり聖書のみことばを絵に表現するのは、「書」ょりも易しくないからでしょうか。しかし、今回は、河原町教会の土曜学校の児童が「聖書カルタ」を出品してくれて、楽しい一場面もありました。5才児と一年生の兄弟の合作による「バベルの塔」も迫力があり、素敵でした。その他、祈りながら書かれた新約聖書の書写全巻、点字聖書の展示などがありました。

 西院会館で開催されるようになって4回目ですが、河原町会館の時より観賞者が少ないのは残念です。まだまだ西院会館が不便な所としての印象が強いのです。慣れればそんなに不便なところでもありませんので、今年は是非見に来て下さいますようお待ちしています。

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 今年の1月15日をもって青年センターは、五周年をむかえました。 青年センターとは、どんな所で何をする所なのか?もう一度振りかえってみたいと思います。
 理念=現代社会にあって、青年一人一人が交流を深めキリスト者として生きる喜びを共に分かち合い、育て合う。
 機能=
●情報システムのキーステーション。京都数区内外の青年活動状況の把握とその情報交換の仲介。機関誌「Giovani」の発行。
●相談機関。京都教区内の各ブロック、青年諸活動グループが活動する上で種々の情報を集積し、また個人的な相談、精神的支えにもなれる様な相談機関。
●企画・立案。個人、教区、諸活動グループからの企画に基づき必要により行事を企画、または協賛する。全国的行事、全世界的行事に京都教区として対応するための企画を立案する。
 というのが青年センターなのです。
 ですから、青年センターは青年達のたまり場というわけではありません。また「青年センターは何もしてくれない。」という言葉もちょっと筋ちがいだと思います。受動的ではなく能動的に活用して下さい。
 ところで青年センターでは、五周年のお祝いをします。
 4月16・17日に園部教会において、ミサ・パーティー・交流会を中心に行います。詳しくは、各教会のポスター・チラシを見て下さい。尚、当日は青年センターの運営委員会も併せて行います。青年センターをもっと知りたい人、自分の教会以外の人と親しくなりたい人はぜひとも御参加下さい。


(青年センター運営委員京都南部 M・I)

 

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1994年教区平和への歩み実行委員会

「家庭こそが人類家族の平和をつくる」

 去る1月22日、1994年度の京都数区平和への歩み第1回実行委員会が行われ、以下のことが話し合われました。
一、各ブロックの行事報告
二、教区行事について
・8目7日に一斉平和祈願ミサを教会ごとに行う。
・典礼の内容は教区として固定したものにし、併せて外国語訳もつくる。但し、司教メッセージ、共同祈願は毎年作って挿入する。
三、教区委員会の開催
・年2回とする。
 1月 前年度報告、教区テーマ決定
 4月 行事の具体化
 なお、8月に各ブロック行事の中間報告を提出する。
四、今年のテーマ
・1月1日の教皇平和メッセージを受けて「家庭こそが人類家族の平和をつくる」とする。
五、次回は4月9日に開催。
 教区のテーマについては、教皇の意向、教区テーマ、地区テーマなどが重なることもあり、司教の提案を受けて、教皇の1月1日、平和メッセージのテーマとして同じものにしました。
 今年は国連の国際家族年でもあり、日本の教会では昨年、NICE2が「家庭」というテーマで行われました。しかし、世界の現実を見ると、家庭が社会の波におしつぶされ、戦争や騒乱の犠牲となっています。そして、貧困が多くの家庭を脅かしています。国家はそのような平和を阻害する原因を取り除く努力をする必要がある、と教皇も述べています。
 わたしたち京都教区でもこの意向に応えて一歩一歩、平和を築いていきましょう。(京都教区平和への歩み実行委員会)

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