1997/4 No.233

京都教区時報4月号

・イエスは復活した

・極東ロシアの信徒宣教者

・教区神学生が二名に!

・あんてな



イエスは復活した

 春が来ると、冬のあいだ死んだようになていた木や花がはえ出て来て、見違えるようになります。私たちの回りでも、春になると、冬には見られなかった事が起こります。

 ちょっと自分たちの回りをよく注意して見ると、今まで私たちが気づかないでいた事がたくさんあります。普段からもっと外に出て、自然を観察する習慣を身につけたいものです。
 イエスが十字架にかけられて殺された時、弟子たちは、ちょうど冬になると木が枯れたようになるように、死んだように元気がなくなっていました。

 でも、春になると死んで枯れてしまったような木から、新しい芽が顔を出すのと同じように、死んだように元気がなかった弟子たちの心に、希望がわいてきました。

 弟子たちはイエスが死なれた事によってすべてが終ったとは思っていませんでした。何かが起こる事を期待していました。そして、人々に向かって、「イエスは復活した」と証言するようになりました。

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極東ロシアの信徒宣教者

 +主の平安!
 わたくしは、『カトリック信徒宣教者会(Japan Lay Missionary Movement)』から極東ロシア・ウラジオストックヘ派遣されました。仕事内容は、カリタス・ジャパンがアメリカの『CRS(Catholic Relief Services)』というNGO団体と共同で、行なっているプロジェクトのお手伝いです。プロジェクトには、サハリンでの施設援助、沿海州での訪問看護事業なとがあります。去年から高松教区から仁科御夫妻も派遣されており、現在一緒に生活しています。

 私は、仏教徒の家で育ち、キリスト教は新しい価値観との出会いでした。求めていたものに出会ったという気かしています。詩編4・8「人々は麦と葡萄を豊かに取り入れて喜びます。それにもまさる喜びを私にお与え下さい。」という箇所か大好きで、それを信条としています。物質的でなく、俗的でなく、実益的でなく、具体的でなく、目に見えない何かを求めていると言えるかもしれません。全てを越えた普遍的な真理を求めています。


●待つことの大切さ

 私は三年間程、学校で教鞭を取らせて頂きました。教師業は裏方の仕事だと感じました。『学校』というのは、人間の大きな自己形成の場であり、とても多感で感受性が強く、まだ幼い自己中心主義者達の集まりですが、でもその一人一人がとてもとても大切であり、「右に倣え」とは絶対にいかない場です。成長には本当に『待つ』ということに秘訣があるように思われます。「『待つ』ことの大切さ」を今また思い直しています。
 『開発』も似たところがあるかもしれません。すぐに結果は期待出来ません。


●神様の道具

 また『宣教』も同じではないでしょうか。
 出身教会である四日市教会で、「水野さんが、真の福音化を目指し、神の国の実現のために働くことか出来るように」と共同祈願をして頂きました。私は、地球上の全ての社会が、よりよくなるようにと、その為に、働くことが、福音化だと信じています。カトリックの教えを広めに行くとか、信者の数を増やすということは、私には無理です。しかし、自分が神様の道具である、何かしら使命を受けてこの世に命を授かったという考えから働くことは出来ると考えています。皆それぞれに神様から賜物を与えられていて、それぞれの働きがあります。みなさんがご自分の使命を果たされているように、私もロシアで、神様の道具となれるように、自分の働きが出来るように一生懸命がんばりたいと思います。
 どうか同じカトリック教徒の仲間として、私の為にお祈りください。私もロシアから皆様のことを想い、祈っています。どうぞ、これからも宜しくお願い致します。(M・M)

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教区神学生が二名に!

 この四月より、京都教区神学生が二名となります。
 西院教会出身の小山太郎さんは、この四月に入学されます。
 伏見教会出身の奥村豊さんは、病気のため一年留年されましたが、哲学科二年となります。
 教区の神学生になりたい志願者は、神学生養成担当者である、松本師へ連絡下さい。連絡先は奈良教会です。

教区司祭養成のための一粒会報告

 いつも教区司祭養成費用のためのご協力ありがとうございます。昨年度は小教区からの納入が前年より65万円ほど増加しました。

《ご協力いただいた小教区》
▼京都南部地区
河原町、伏見、桂、九条、高野、西院、衣笠、山科、桃山、西陣、宇治、田辺、亀岡、精華、八幡、カルメル教会
▼京都北部地区
岩滝、綾部
▼滋賀地区
彦根、唐崎、草津
▼奈良地区
大和高田、御所、大和郡山、奈良
▼三重地区
伊勢、松阪、津、鈴鹿、亀山、久居、尾鷲
(担当司祭・花井拓夫)

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アジアの人達との楽しい交流

 第一回「青年についての信徒使徒職司教研修会」すなわちBILA on Youth が今年の1月6日から12日、フィリピンのタガイタイ市において開催されました。テーマは、「アジアの社会・経済的発展の中での青年:信仰と青年の生活・職業の統合へのチャレンジ」で、一週間にわたって、アジア各国から、司教、司祭、青年の代表が、各国の青年の活動、麻薬問題、若者の教会離れなどについて、話し合いました。

 最終日に、マニラのラ・ピーナス教会で、青年のミサに出席しました。そのミサは担当が青年というだけあって、若さであふれ、パワフルで、歌を歌うときはライブのようなノリでした。平和のあいさつの時は、15分くらいかけて、聖堂内の人達は大移動し、pieace be with you!と、握手したり、抱きあったり。『本当に心から神様を賛美して、お互いを大切にしているのだ!!』を体で感じました。「主の平和」「主の平和」とさっさとお辞儀をしてあっさり終わってしまう、日本のミサが、なんだかさみしく、もったいないような気がしました。

 司式の司教様は、閉祭で退堂されるとき、私服で出てきて、『みんな、私の肩につかまれー!』といわれました。すると、順々に肩をつかんでいって、司教様を先頭に、すごく長い列ができ、そのままみんなで歌いながらの退堂。聖堂に残されたのは、みんなの忘れ物とバンド演奏の青年たち。

 ミサが楽しければ、人々は集まり、集まれば、何かが始まる。青年の教会離れも、解消するのでは?と思えたミサでした。
 今、日本では、青年の活動はめちゃくちゃ活発だとは言えません。しかし、昨年には四百人もの青年が集まったジャパン・ユース・デイ(全国青年のつどい)が開催され、確実に青年たちの活動は広がっています。京都教区でも、6月に奈良の登美が丘教会で青年のつどいを開催します。2000年の大聖年に向けて、京都教区の青年の、ネットワークを広げ、活動の活性化を目指していますので、どうぞ応援してください。

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