1995/5 No.210

京都教区時報5月号

・地域の復興の拠点に

・きょうとキリスト者夜まわりの会

・カトリックボランティア奈良連絡会の歩み

・大阪教区新生計画「姉妹教会」による協力

・京都教区合同洗礼志願式の報告

・教区司祭養成のための一粒会報告

・あんてな



地域の復興の拠点に

聖堂、信徒館、旧園舎を焼失した鷹取教会は、周辺のおびただしい焼け跡と対照的に活気にあふれていた。神田裕神父は「地震でこれまで見えなかったものが見えるようになり、忘れていた共同体が具体化してきた。日々、地域と共に、人々と一緒に生きる教会を実感している」という。

 鷹取教会には、ボランティアや地域の人、修道女や信徒など大勢の人たちが集まっている。仮設建物による無料診療所では、カトリック医療施設協議会の医師が現在、高齢者のケアに重点をおいた診療活動を行っている。十分時間をかけて相談に応じ、修道女が温かいコーヒーで接待していた。

 明石教会が物資の輸送、鈴蘭台と北須磨教会が広範囲に避難所や地域を回り、垂水教会などが責任を持って炊き出しを実施。このように役割分担をしながら、姉妹教会としての機能を果たしている。姉妹教会は、医師に連絡をとったり、ボランティアが家屋の取り壊しを引き受けたり、相談と情報の担い手にもなっている。
(大阪カトリック時報1995年4月号より転載)

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きょうとキリスト者夜まわりの会

京都市内での夜まわり〜野宿・日雇労働者の支援活動が始まって早11年の時を刻んでいます。このような活動は「自己否定的」であり、活動しなくてもよい(野宿しなくてもよい)社会、労働・生活環境の実現によって、活動を否定していくものです。

*解決されること・されないこと

 さて、11年「同じように」やっていることで何が解決されてきたでしょうか。野宿の人々に福祉事務所の窓口が開かれてきたことは確かです。当初に較べて、生活保護取得の壁も多少は低くなり、医療も受けやすくなり、中央保護所という更正施設も建て替えられて、多少は「間口」が広がりました。しかし未だに、「家がない」ことが福祉的サービスさえ受けられない理由になっています。こんなことは生存権の侵害ですし、今回の阪神大震災での厚生省や神戸市等の対応にも、このような切り捨ての論理がまかり通っています。
 なお今越年期は57名の方が中央保護所で過ごされ、同時に少なくとも数10人の方が野宿で年を越しました。
 医療機関の中には、相変わらず野宿者に差別的な対応をするところが見られます。身なりや貧富などに関係なく、生命の重さは同じはずです。ところが人間の尊厳を踏みにじり、まともに診察もせず、野宿とわかっていて「食事と休養を取ればいい」とか、たらい回しとか、一部にそのような対応が未だに見られます。
 また、鴨川河川敷(橋の下)での野宿に対し、昨年も天皇の訪問にあわせて撤去の通告(10月26日付)が京都府・市の土木事務所から出され、あるいは橋の下がフェンスでおおわれるなどの嫌がらせが今も続いています。

*労働の面では

 労働の面はどう変わったでしょうか。
 一昨年11月、中京区の劣悪飯場で六名の労働者が死亡する火事がありました。その中には駅手配で仕事に就いた人もいたそうです。よく「駅にいる手配師から声をかけられて仕事に行ったが、ひどいところで日当も安く逃げて帰ってきた」という話を聞きます。日雇労働者の就労過程には、このような違法で暴力的な中間搾取が横行しており、しかも京都ではよりきつい状況です。また宿舎(飯場)も安全面に欠けるなどが実態です。しかし、この問題に取り組むことは一切できていません。

*日雇とは

 「日雇い」という雇用形態は労働者にとってではなく、利潤追求の資本家にとって必要な形態ですし、しかも労働内容が、より肉体的消耗度の強い建築土木の労働集約型ですから、この内容自体を問い返していくことが必要でしょう。それは私たちの生活様式自体を問い返していくことにつながっています。未来永劫にわたって土木工事が続くとは思えません。「列島改造」や「リゾート法」等によって、埋め立てや空港、博覧会などの大規模工事が続きますが、これらによって地球環境の破壊はますます進んでいます。建築土木などは必要最小限に抑える方向しかないと思います。
 そうすると自ずと新しい別の労働のあり方が、「社会的弱者」を中心とした、利潤追求型ではない、資本家に頼らず仲間で仕事を回し合っていく労働のあり方が追求されることになります。
 さて、夜まわりは一つの出会いです。その出会いには喜びもあり悲しみもあります。人生の中で選択肢を狭められ、結局は野宿しか残されなかった人々が多いのです。もちろんそれは「一般社会」(この言葉は差別的ですが)の縮図でもありますが。
 前述のように「家がない」という理由で福祉行政に拒否されていたのが、最近は権利として生活保護でアパート生活になった方もおられます。一方では「まだ若い」とか「入院するほどではない」とかで生活保護を断られ、野宿のままで亡くなっていく方も絶えません。病院で、あるいは居宅で一人息を引き取っていくことも多いです。その度に怒りと出会いの悲しさを感じます。もっと回れたら、もっと訪問できたら。

*夜まわり会が目指すこと

 新しい出会いの中から、食事会や畑作業などの取り組みも生まれ、お互いを確認し合い「家庭的な交わり」を作っていく中で、私たちはこの悲しみに打ち勝ち、喜びを得、また怒りを共有していこうとしています。
 夜まわりが、人間関係のあり方や社会や労働の新しい仕組みを目指すものとして、このような喜びや悲しみ、怒りを大事に活動していきたいものです。
 なお活動のための物資(バザー用品も)と現金のカンパを募っています。御協力お願いします。(T・H)

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カトリックボランティア奈良連絡会の歩み

 1989年4月、教会や地域でボランティア活動を、地道に続けている奈良地区8教会と、京都南部2教会の信徒が、福祉交流会を行いました。
 その折、「福音の心を社会に具体化していく」という共通の志を持つ私達が、あらゆる分野に関心と理解を深めながら関わっていく為に、研修を重ね、互いに学び合い情報交換を行う場を必要としていることが、分りました。
 カリタス京都の助言で、カリタス奈良が誕生し、その後援のもと歩みは始まったのです。

*今までの取りくみ

 「キリストの福音的精神に基づくボランティアの育成と推進」を目的に掲げ、10の小教区で「窓口」を決め連絡と推進を行って来ました。
 早速ボランティア育成の為に、講座を開くことになり、年間10回コースの基礎講座から始まり年毎に中級、上級講座、リーダー養成講座と続行して開講。教会内外より多くの人が受講され、実践の場で役立っています。
 講座内容につきましては、基礎講座で「全国カトリックボランティア連絡協議会」会長で「聖母学院」カウンセラーの広岡洋子氏をお招きして、福祉の理論を学習。中級講座で老人ホームでの介護実習や、障害児(者)と日々関わっておられる方々のお話しを聞き理解を深めることが、出来ました。上級・リーダー養成講座は、専門の先生方をお招きして、さまざまな人間の心のひだ(心理)を学び認識も新たにされ、関わる姿勢を受講者一同、心に刻みました。
 この間、全国カトリックボランティア連絡協議会に奈良グループとして位置づけされ、会として発足。名称を「カトリックボランティア奈良連絡会」とし、同時に京都教区の宣教活動グループに認可していただき、以後支えられて来ました。

*今後の歩み

 1994年度より、昼間何らかの都合で受講出来ない人達の為に、前回と同じプログラムで、夜間の講座を開いて参りましたので、基礎講座終了者を対象に、中級講座を次の通り実行する予定です。

*1995年度の講座プログラム
5月19日(金)19時半〜21時(1月2月以外毎回)
 黙想会 指導・本田哲郎神父
 場所・野外礼拝センター
6月22日(木)滞日外国人と共に
 講師・山本直子
 場所・奈良教会(6〜12月)
7月20日(木)精神の病を理解する為に
 講師・川端精神科医
9月21日(木)アルコール・薬物中毒を理解する為に
 講師・田島己喜雄
10月26日(木)カウンセリング1
11月16日(木)カウンセリング2
12月7日(木)カウンセリング3
 講師(3回)広岡洋子
1月 お年寄りの介護と、デイサービス
 場所・サンタマリア特別養護老人ホーム
2月 身障者の介助実習
 場所・身障者通所施設「わかば園・いづみ園」
3月 聴覚障害者理解の為に
 講師・小暮照代他一名
 場所・奈良教会

 この他、滞日外国人(ペルー、ブラジル、ボリビア国籍)と共にスペイン語ミサと、交流会を計画中。
 又、阪神大震災の被災地(宝塚での炊き出し協力を、被災者の皆さんが自立されるまで行う予定です。
 今後も各活動の御案内は、小教区の連絡員(窓口)が行いますので奮って御参加下さい。(文責 E・N)
「カトリックボランティア奈良連絡会」連絡先・電0742-71-6031


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大阪教区新生計画「姉妹教会」による協力

1年間を目途に被災地の教会と非被災地の境界群(地区)を姉妹教会とし、物資、人材など、本格的な「復興」には立ち入らず、当座の必要に応える協力体制をつくります。

 姉妹教会による救援活動の継続について

1、被災地教会へのきめの細かい対応を教区全体で取り組む体制にしたい。
2、姉妹教会は、まず相手教会を訪問し、現状を体験し、できれば、信徒を含む地域の人たちの話を聞く。
3、最低限の司祭の住まい、典礼の場の確保は教区の責任でする。
4、例えば、壊れた機器の購入、片づけボランティアなどのサポートを必要とするとき依頼できる。
5、中山手やカリタス等が有している物資があればそれを利用し、ない場合に姉妹教会の相手先へ必ず「窓口」を通して依頼する。
6、被災地教会から依頼されない物資等を、善意からであっても送付しない。
7、物資の面だけでなく、人捜しとかでの協力の道も探す。
8、このようなプロセスの中で、仮住まいを希望する人たちを見つけた場合は、直接に対応せず必ずカリタス大阪を通す。
9、この姉妹教会関係の期限は1年を目途とする。
10、本格的な「復興」計画には入らない。

 大阪教区では、阪神大震災からの新生計画の中で、以上のような「姉妹教会」制度による救援活動をおこなっています。
 このような活動は、京都教区での20XX年にむけての取り組みを考える上で大いに参考になると思い、ここに詳しく掲載します。

         教会「新生」のための姉妹教会

+--------------------------------------------+--------------------+
| 神戸・阪神地区の教会・修道院(避難所を含む) |  非被災地    |
+--------------+------------------+--------+--------------------+
| 自力復興  |  被災地 | 窓口 |  姉妹教会    |
+--------------+------------------+--------+--------------------+
|明石教会   |鷹取教会 |    |          |
|垂水教会   |ヨハネ病院    |    |          |
|北須磨教会 →|マリスト国際学校 | 神田 |←姫路地区12教会 |
|鈴蘭台教会  |   及び避難所 |(鷹取)|          |
|       |愛徳学園     |    |          |
+--------------+------------------+--------+--------------------+
|       |兵庫教会     |    |          |
|       |下山手教会・避難所|コーナン|          |
|       |中山手教会 |(兵庫)|          |
|  |灘教会・避難所 |   |←岸和田9教会   |
+--------------+------------------+--------+←大阪北地区20教会|
|三田教会   |         |    |     ↓    |
|六甲教会  →|住吉教会     | 生藤 |  被災地豊中教会 |
|洲本教会   |         |(住吉)|          |
+--------------+------------------+--------+--------------------+
|芦屋教会   |         |    |          |
|夙川教会   |カルメル会    |    |          |
|甲子園教会  |クララ会     |    |          |
|仁川教会   |幼きイエズス会  |    |←和歌山地区12教会|
|宝塚教会  →|小林聖心     | 野田 |←大阪南地区16教会|
|武庫之荘教会 |小林バラホーム  | (夙川) |          |
|伊丹教会   |トラピスト    |    |          |
|尼崎教会   |仁川教会避難所  |    |          |
|園田教会   |仁川学院     |    |          |
+--------------+------------------+--------+--------------------+

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京都教区合同洗礼志願式の報告

 今年も3月5日に、第七回の洗礼志願者のための典礼が河原町教会で行われました。46人の成人と2組の夫婦のお子さん達4人でした。
 この式の特色は、志願者の方がいみじくも申されました。「たくさんの方のお世話になったのですね」。その通りで、洗礼を受けることが主イエスへの私たち信者の信仰宣言でありますので、信者はみなイエスを中心に動くのです。当日のスタッフの方々も多くの初参加の方々が、すすんで御参加下さっています。田中司教さんも「一つの運動になりましたね」とお話しかけでした。主が祝福豊かによき信仰者をおつくり下さいますように。感謝のうちに。

(準備会委員・浅田神父)


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教区司祭養成のための一粒会報告

いつもご協力ありがとうございます。1994年度は前年より4小教区が新たにご協力くださることになりました。金額にして約80万円増となっています。

(担当司祭・花井拓夫)

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「被災地で感じたこと」

 

 生まれて初めて体験した震度5のショックからようやく立ち直った1月末、被災地の人々のために何かをしようという気持ちが生まれてきました。しかし、テレビ等では「人手は足りている」という情報が流れており、中山手救援本部のボランティアに参加しようと思って問い合わせても、当時は「短期の方はお断りしています」という返事。遅かったか、と思いながらも、被災地でボランティア活動をしている、京都学連の先輩をあてにして、とりあえず神戸に出かけてみました。
 彼女は大地震直後から避難所に泊まり込み、活動を続けていました。1月17日以降1週間はかなり混乱していて、ほとんど記憶がないそうです。状況の説明をとりあえずされたあと、彼女の口から出てきたのは「京都の教会の若者はいったい何やってんの」でした。もちろん中山手救援本部や鷹取教会などで活動されている人達はいたのですが、地元・他府県からの学生や野外活動のグループ、その他の団体らが活躍しているのに対して、教会の動きが見えてこないことの素直な感想だと思います。

 ところで、私が現地で一緒に活動した青年たちがみんな口にしたのは「被災して不自由な生活している人のために何か自分にできることはないかと思い、神戸に来た」でした。ボランティアが一つの流行のようになっていたため、軽い気持ちでやって来た人もいたようですが、状況を目のあたりにして帰ってしまわずに活動を続けた人は同じようなことを感じたのでしょう。
 彼等のほとんどは教会とは無関係の若者です。結局「困っている人の手助けをしたい」という気持ちはキリストの言葉を知らない人でも持っている、人間として自然なもの何だと確認しました。「情は人のためならづ」といったところでしょうか。
 「困っている人」というのは今回の阪神大震災の被害にあった方々以外にもたくさんおられます。震災からの復興に達成されても、「何か役にたつようなことをしたい」という気持ちを忘れずにいたいものです。(や)

 

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