1996/5 No.222

京都教区時報5月号

・私たちの手の働きをどうか確かなものにしてください 詩編90章17節

・ルワンダ難民キャンプで体験したこと

・集会司式者123名、聖体奉仕者154名任命される

・聖書講座から

・あんてな



私たちの手の働きをどうか確かなものにしてください  詩編90章17節

  

阪神淡路大震災直後に大阪教区が設置した中山手救援本部は、震災一周年にあたる1996年1月17日を機に「カトリック社会活動神戸センター」と名称を変更し、緊急の活動から長期的展望にたった支援活動へと形をかえて活動が続けられています。

 京都教区では皆様からの義援金を大阪教区に送付し、また1995年6月から1996年3月までの期間、京都南部・滋賀の小教区から、中山手救援本部の生活班ボランティアを支援する活動に多くの方々が参加しました。

 救援・支援活動を通して得られたさまざまな体験が、これからもそれぞれの活動の場で生かされ、また新生への大きな力となりますように。

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ルワンダ難民キャンプで体験したこと

  聖母訪問会 Sr諏訪清子   

 私は一昨年の秋から5ヶ月間、アフリカのザイールのルワンダ難民キャンプの人々と過ごしました。
 冷戦崩壊後、自由と平和の到来を夢みたのも束の間、世界のいたるところで内戦や民族紛争が噴出し、今なお多くの人々が生命を奪われ、戦火の絶えない現状が続いています。

 長い歴史を通してくすぶっていた、ルワンダ国のフツ族とツチ族の対立も、一昨年4月の大統領暗殺をきっかけに、一気に火蓋を切って燃え上がり、二・三ヶ月の間に、50万人にものぼる虐殺というおぞましい事件に発展し、遂に200万という難民を出すにいたりました。

 この緊急事態のために、カリタス・ジャパンから私は他の二人のシスターと共に、ザイール国のブカブ地区の難民救援活動に参加いたしました。人口750万といわれる小さなルワンダ国は、キブ湖という美しい湖をはさんで、ザイール国の一部と隣接しています。この湖の南端にブカブの町はあります。私達は国際カリタスの傘下にあって、ブカブ町から35キロ北の方のビラバという集落の中に新しく出来たキャンプにに配属されたのです。

 私達が入ったキャンプは比較的小さなキャンプでしたが、給水設備、トイレの設置、薪木や他の必要物資の供給もスムーズに行われていず、キブ湖の沿岸の林の木はすっかり根本から伐られ、つんつるてんの赤土の地肌が無惨に残された根っこを支えているといった状態でした。

 難民の人達の実態というのは今思ってもそれは言葉で説明できない深い悲しい現実でした。
 キャンプ内にいる多くの家族がバラバラにされた人々でした。平和時の中でフツ族とツチ族の人達は結婚し家庭を築いていたのですが、それが大きな民族紛争に発展した今、敵と味方に別れることを余儀なくされてしまったのです。私達カリタス・ジャパンのドライバーを務めてくれたアルフォンソさんもその被害者の一人でした。紛争がはじまって一家揃って逃げ歩いていた或日、ツチ族の奥さんは小さい下の二人の子供を連れて姿を消してしまいました。残された上の二人の子供を連れて、やっと難民キャンプに辿りついた親子でしたが、何処でも三人は安眠できませんでした。長男の容姿がツチ族のイメージをはっきり持っているということで、いろんな難民キャンプをめぐり歩いても迫害をうけつづけていました。十歳にも足りない二人の子供達は笑いを失い、表情をどこかに捨てて来たのでしょう。そのいたましい姿が忘れられません。

 水辺に近いキャンプは夜になると蚊の襲撃になやまされます。マラリヤ患者が次々に増え、昼間からテントの内外を問わず高熱にうなされる男や女の人達がごろごろ倒れている有様でした。
 キャンプの人数は何時も正確にかぞえることが出来ません。毎朝のように新しい顔が増えて来ました。夜中に特に月夜に乗じてカヌーで人々が逃げ込んで来ました。特に私達の胸をしめつけ、どうにも手伝うことのできない無力さをかんじさせられたのは、孤児の増加でした。人々の群にまじって流れるままに着いた土地で、あたりは知らない人ばかりだったという子供達が、うつろな顔でさまよっている姿を度々目にしました。私達の仕事はこの子供達に暖かいミルクをのませ、衣服をととのえて、子供専用のキャンプに送ることでした。

 私達が奉仕させてもらった医療援助ということは、人々の現実の中であまりにも小さいことだったことを実感しながらも、この期間に見、触れ、体で祈ったことの重さ、深さをあらためてかみしめています。
 私が難民キャンプで見てきたこと、それは人間そのものをつきつけられた体験でした。罪の結果がもたらす生々しい現実でした。そして、それにもまして私の心をえぐって通った強いことば、叫びのことばは『あなた方が互い愛しあうこと、これがあなた方に与える戒めです』。
        キリストの愛のしぼるような声が心の耳朶をふるわせた体験でした。

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集会司式者123名、聖体奉仕者154名任命される


 1994年12月の司教会議の決定により、主日・祭日の集会祭儀を司式する奉仕者(司祭・助祭を除く)は集会司式者と、ミサや集会における聖体授与と病者の聖体授与の奉仕者は聖体奉仕者と呼ばれるようになりました。集会司式者は聖体奉仕者の役割も含まれます。
 京都教区では今年より奉仕者の任命を4月からの一年間と致しました。各小教区の主任司祭よりの推薦に基づき、以下の方々が任命されました。

名前の掲載は省略

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聖書講座から

聖書委員会主催の聖書講座の、昨年のテーマは「聖書における女性像」でした。教皇の平和メッセージも「平和の教育者ー女性」というテーマでしたし、秋には北京で世界女性会議が行なわれ、「女性」について学ぶ時宣にかなっていたためか、参加者は今までになく多数でした。参加者の感想文を紹介いたします。
 尚、今年のテーマは「聖書の物語・たとえ話にみる神のメッセージ」です。より多くの方々に聖書に親しんでいただけるよう、ご参加をお待ちしています。

従順  A・S(登美ヶ丘教会)

 男性優位の中で女性が、如何に低い立場におかれていたか、時には、聖女であり、悪女にも見え、したたかに生きた女性たち、その時代を一生懸命神を信じ、素直で、そして従順に信仰を貫き通した女性の生きざまに感動を覚えました。
 なんと愛らしい女性たちでしょう。聖書を身近に感じ、現代と本質的には変わらないと思いました。
 講座の中で、私が感銘を受けた点は、聖母マリアの生き方である「ことごとく心におさめて生きる」ということ。自分もこのような生き方に少しでも近づけますよう願ってやみません。

共感  S・I(衣笠教会)

 子育てや家事という日常から離れてこうした講座に参加することは、新しいことを試みる楽しさや、知らないことを発見する喜びをもたらしてくれます。
 一人一人の講師の持ち味の違いの中に、常に誠実で謙虚であり、そのうえ神様が作って下さった自分を心から良しとしておられることがにじみ出ています。だから時には優しく、深く考え選ばれた言葉、時には活気溢れるテンポの描写の中に、本当の祈りのような霊的な高まりを体験します。聖書の中の人物と、語られる講師の方と、そしてそれを受け取る私との間が一直線につながり、同じ人間としての共感が生まれてくるのです。それは本当に素晴らしいものでした。色や香り、触った感触までが分かるようで、私の五感を揺さぶるものでした。
 このようなことは自分一人で実現することも、また単に人々が聖書を片手に集っていても起こりはしないと思います。講師の方々の知識と経験に裏づけられた、それでいて神様の愛を知った霊的な人格と通すことによって初めて可能になったのだと信じます。
 「今を生きている私」。「生きるチャンスを頂いている私」。そのことをひたすら大切にしたいと思っています。

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三重『青年の集い』を終えて

 去る3月9日〜10日、三重『青年の集い』第1回を催しました。そんな堅いものではありませんが。
 四日市教会には青年会がここ数年ありませんでした。でも去年のウォーカソンをきっかけに青年達が集まり始めました。そして何か教会らしいことをしよう!と森田直樹神父様を迎えて『青年の集い』が企画されました。初めてで、至らない点も多かったと思いますが、皆様の協力を得てどうにか無事終了しました。ありがとうございました。

●みんなの、ほんのひとこと感想特集I

「森田神父さんの話よかった」喜大
「乱暴に起こしてごめん」伸夫
「ありがとう! またね」実香
「ミサもよかったです」秀樹
「これからもどんどん盛り上がろう」陽子
「もっとこんな機会を」加奈
「かわらなきゃもかわらなきゃ」竜吉
「新しい試みの集いでした」里美
「面白かったです」照子
「もう少し長く居たかったです」亜矢
「よかったと思っています」麻矢
「次回も楽しみにしています」一広
「ワイワイワイン」モッチー
「気さくな神父さんで素朴な疑問に答えてくれて嬉しかった」周太
「出会いは夢の始まり」毅
「青年同士、神父さんを囲んで語り合えたのが良かった」陽一郎
「とても楽しかったです」弥生
「参加できてよかったです」二郎
「本当に勉強になりました」真
「もっと楽しくなりそう」逸夫
 この集いを通しての”出会い”に感謝し、これから一人ひとりが遣わされる場でそれぞれの働きが出来ますように。

(四日市教会・みかりん)

 

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