1994/6 No.199

京都教区時報6月号

・私たちはみな友達なの 私たちはみな家族なの

・ある友との出会い

・中高生黙想会より

・聖ヴィアトール北白川教会献堂式

・侍者合宿から 

・一万匹の蟻運動第2回総会報告

・あんてな

・第4回バングラディシュ訪問記



私たちはみな友達なの 私たちはみな家族なの

 ある時 私達は友達になる
小さな心と心の交わりにより


ある時 私達は家族となる
小さな愛の交流により


遠くに見知らぬ人が住んでいる
誰かがそこに出かけて行った


遠くの人と人の間は近くくなり
近寄ってて握手したら友達となった


日本とタイの子供たちと
バングラディシュと日本の人々と


ネパールと日本の子供達と
アフリカと日本の人々と……


友の輪は広がり 人をこえ
生きとし生けるものにまで及ぶ


人と人 人と獣の間にも
何んとやさしいまなざしが……


母牛の やさしき微笑(えみ)よ
己が子と見間違えているほどに……


私たちはみな家族だ
人も 動物も そして自然も


(M・T)

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ある友との出会い

 月1回のローテーションを組んで、脳性マヒの女性を大津市民病院まで連れて行く。車中での会話は、いつもはずむ内容だ。今日もあるボランティア活動を通じて結ばれたカップルのことで花が咲いた。それまでの重く苦しい行程について、めまぐるしく行き交う頭脳の働きから飛び散る言葉のやりとりの中で、彼女の口からは、暖かいことばが次々とほとばしり出るのである。
 彼女の生き方に教えられることが多い。まず話題が豊富で、片寄らないものの見方が出来る人である。決してものごとから逃避しないし、適格な答えが返ってくる。ユーモアもあり、何よりも人への思いやる気持ちが、じんじんこちらに伝わってくるのである。

 生まれ育った豊かな暮らしに比べ、体の不自由さは、何にも例え難い苦痛と惜やしさを覚えたであろうこの人に、家族から離れ一人で一軒家に住み、自立運動を提唱し仲間に呼びかけ、日夜講演に飛び回る情熱は、一体何処から湧き出てくるのだろう。以前は機械編みの教師をしていたが今はもう出来なくなっている。体が次第に硬直度と疲労を増してくるからだ。

 彼女の回りには、60名のボランティアがいる。それは、自らの動きで得たものであり、あらゆるところへ出かけて働きかけた結果で、これからも体の続く限り行動するであろう。昨年も龍谷大学の聴講性となって、福祉分野での授業を終えたばかりである。滋賀大学の教育学部の学生さんなどは毎晩食事作りにやってくる。先輩から後輩へと引き継がれた行為で毎年、新しい人が来るのも楽しみである。いろんな相談を受けたり出入りの多い彼女の家は、まるで憩いの家でもある。わずかなお金で食事の工面をするのも単純なことではない。講演で得た礼金が唯一の活動資金源となっている。

 4、5年前になるが、高校生数10人らと共に富士登山に挑戦したことがある。手造りの椅子に体を固定し、それを6名の男子高校生にかついでもらい、頂上目指して登っていくのである。惜しくも八合目までで終わったあのときのみんなの号泣は、引き返すのもいさぎよしとする気持と無念さは、何にも例えようがない程、参加したものしか語れない感じない胸中であっただろう。その後、彼女はヘルニアで7ヶ月入院したが上向きに寝られず、前に二つ折れの状態で何ヶ月もすごしたのである。そのときのエピソードはいろいろあるが、彼女のことばに、人が病気になって寝る気持ちは、自分がそうなってはじめてその人の気持ちがわかった。と言ったとき、深い感慨を覚え、私の心にいつまでも余韻となって残っている。

 神様は、私に何を求めておられるのだろうか。歩く足をもっているのに、目が見えるのに、どうしてもっと有意義に使わないのだと暗示されているのだろうか。毎日あくせく、みみっちく、自分さえよければよいという風潮の中で、あちらこちらとぶつかりながら、不器用にしか生きていけない自分を見つめなおし、衿を正すのも、ときには必要なのかもしれない。私は洗礼を受けて30年をすぎた今、結婚して15年間御聖体をいただいていない。伴侶が離婚経験者であるからだ。
 社会にうごめく人々の中での生きざまは、私にとってもその中で、一つの証しを子供たちに残さなければならない。あっという間に人生の終焉を迎えてしまうのだから。自分にとって、人生は口先だけのものではなかったか。ロマンをもちつづけ、実践することができたであろうか。絶えず模索し、手段は違っても、同じ目的をもつ仲間と共に、励まし合い、助け合い、真剣に本音で納得行くまで語り合い、互いに向上至高する為に努力しただろうか。人間性やモラルは大きな渦中で、ときとして見失うことがある。その中で自己を見つめ、再発見したときは、まるで放蕩息子のようでもある。

 ただ、教会から拒否されるということは、余程のお人良しか、信仰心の厚い人でなければ、少しづつではあるが、教会から離れていくということである。どんなに素晴らしい説教でも、聖書朗読を聞いても、与える人の心のぬくもりがあれば、人の心を打つこともできるし、建前だけの信者でなければ人は感化され、同じ信条をもつ者のきづなは、より強くなるだろう。
 神と人との結びつきは、簡単なことで崩れることはないが、小さな社会での他を受け入れる関係においては、しばしば容易なことではない。社会でのモラルや秩序は、お互い譲り合い、自制せねば保たれないが、一つの規約によって、心まで同じ制約にまとめられることは、愛の行為とはほど遠いものとなってしまう。

 自分を守るばかりで、個性のないのは魅力がないし、与えられたタレントを生かさないのなら、何の為に生きているのだろう。
私が、日々あえいで捜し求めつづけるのは、神のみが知ることなのかもしれないが、規制の枠からはみ出た者の苦しみは、本人が蒔いた種だから、仕方がないのだろうか。私は神に近づきたいのに、教会はこれを拒絶する。
 しかし、私はこれからも、神を求めつづける為に、人との出会いや触れ合いを通し、この友人を通して得た、純粋な心と行いが、今後の足跡になるように、息を吹き返そうと思っている。又、日々存分に過す為に、神の愛を信じ、自分の然るべき行動を、今後も続けて行こうと思っている。

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中高生黙想会より

 去る3月19日〜20日に、召命促進委員会主催で、中高生を対象に祈りの体験と召命を目的に、宇治カルメルで黙想会が行われました。参加者の感想を載せます。

一つの福音書から S・H(名張教会)

 最後にイエス様がおっしゃった「安心して行きなさい」というお言葉は私にとって、すごく良いはげましになったように思います。この先、たくさんの境ぐうに立ち向かうことになるでしょうが、神様をあつく信じ、祈って行くことによって、何でも乗り越えて行けると、この福音書を通じ、私の心に強くやき付きました。

聖書 S・K(小山教会)

 祈りなどをやっていると、日ごろは味わえないようなことが味わえました。こんなふうに深く聖書を読んだりするのは始めてです。聖書も一回だけ読むよりは、二回、三回と読むと、いろいろなことがわかります。

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聖ヴィアトール北白川教会献堂式

新しい教会をめざしての新たな第ー歩を

 左京区北白川のカトリック聖ヴィアトール教会は、去る3月27日の「枝の主日」の日、京都教区田中健一司教様をお迎えして、厳粛のうちにも大いなる喜びをもって献堂式を行うことができました。
 思えば実にたくさんの方々の、そしてまた実にたくさんの親身のご協力・お骨折りをいただいて、おかげをもちまして、名実ともにこの教会が、祈りの家、イエス様の体、聖霊の神殿、神さまと私たちとが共に生きる場となることとなりました。

 私たちに、このような大きな役割と喜びをお与えくださった恵みに感謝いたしますとともに、物心両面にわたって惜しみない励ましをお寄せくださった、当教区の皆様をはじめ多くの方々のはかり知れぬばかりのご好意に、関係者ー同ほんとうに心からの感謝と御礼を申しあげます。
 かつての木造の旧聖堂も、建築から40年余を経て、ありがたいことに手狭になり、反面また、鉄骨による補強や補修も限界を越えて、床が抜け落ちれば大変なことになりかねないという状態にもなって、聖堂の新築プランというものが、なにぶんにも膨大な額のこの世的なものとの兼ね合いもあって、ここ数年は、浮かんでは消え沈んでは浮かびを繰りかえしてきたのですが、どういうわけか、資金的なメドとは全く無関係に、90年代に入って一気に新築への気勢・気運が盛り上がってきました。

 それまでの、お金をどうするのか、心や思いを一つにまとめられるか、私たち自身の信仰の問題、また何のために等々、心配と悩みをこれまでシッカリとかつ真摯に積み上げてきたことに対し、「かけるべき時間はかけた。もはや心わずらわせることはなにもない」との神さまからのメッセージが、それぞれの人の心の内におりたからではないかと思われます。
 とはいえ、昨年の4月4日に土地の祝別と起工式、それから1年もたたずして、こうして夢のような教会がまるで地からはえ出てきたかのごとく建ちあがりはいたしましたが、その間、1日たりとも心穏やかな時は無かったかといっていいかもしれません。
 誰ひとり「自分のためにする」わけではない無心にして純なる真剣さが、不安や自信やら綯(ナ)い交ぜになってさまざまな人間ドラマが演じられることとなりました。もちろんこれらは今、「雨降って地かたまる」の喩どおりに、かえってこれから将来に向けての新たな第一歩を踏み出す上で、ほんとうに心をひとつに大きな力を生み出していくための、なかなかに得がたい体験になったという意味で、今となれば深い感謝を込めて語れるようになりました。

 これまでの当教会の歴史、そしてそれを支えてきた先人たちの血と汗と苦労をけっして忘れることのないように、その原点を見失って道を踏み誤ったりすることのないようにという意味で、教会と信仰の原点を思い起こすよすがとなれば、そしてまた、これからこの教会の門をたたこうとする人たちにとっての手引きともなればと願って、ごく簡素なものですが、パンフレットを作ってみました。
 今まさに私たちにとって、身に余るほどの眩しいばかりの教会ができて、しかし、その本の本を忘れ、その内に最高最深のソフトである神が働くことがなければ、それはただのハード、鉄とコソクリート、木とレソガの塊に過ぎない事になるのです。
 奇しくも、献堂式のその日、「聖書と典礼」の表紙を飾った言葉は、「門よかまちを上げよ、永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入る」でした。
 天の国をめざし歩みを共にする皆様がたへの心からなる感謝の思いを込めて。

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侍者合宿から 

去る3月28日から30日まで、小学4〜6年(旧学年)を対象にした侍者合宿が、ヴィアトール宗研館で行われ、最終日には河原町教会で聖香油ミサの侍者の奉仕をしました。


 合宿に参加した子供たちの感想を掲載します。



侍者会に行って T・M(高槻教会)

 ぼくは、2はく3日の侍者会に行って思ったことは、最初の練習は、神父様の話や、侍者についての話をきたりしました。
 とても、侍者のことについて、くわしく話してくれました。それから、夜のじゅんびをしたりして、ねました。次の日は、まず、朝に、また侍者の練習を、しました。こんどは、ローソクと、十じかをもつれんしゅうをしました。かんたんそうだったけど、あんがいむずかしかったです。それから、次は、山登りをしました。高くて、すごくつかれました。
 次は、カルメル会のしゅうどういんに行って、またもとの場所にもどり、食事をして、また、侍者の練習をしました。最後は、こうろうを持ったり、ろうそくや、十じかを持つふく習をしたりしました。それから、ねました。
 次の日は、なんと、河原町教会にいって、ミサを受けました。京都大司教さまがきていました。そのほかにも、たくさんの神父様がきていました。ぼくは、こんなにすごいミサにあずかったのは、はじめてです。ミサが終わってから、写真をとりました。侍者会に参加してよかったです。

春の侍者合宿のこと N・E(奈良教会)

 ぼくは、侍者合宿に行って前ほどミサがいやじゃなくなりました。これも神様のおめぐみだと思います。
 ぼくは、侍者合宿が好きです。ただ一ついやなのは、バスがぎゅうぎゅうづめだった事でした。去年の友達もいました。新しい友達もできました。リーダーやシスターもやさしかったです。
 カルメル会では、おいしいおかしを、もらいました。家に帰って、何日か、かかって、大事に食べました。シスターありがとう。
 今は、教会には、一週間おきにいってます。理由は、友達と遊びたいからです。でも行った日は、侍者をします。侍者をしたら気持ちよくなります。侍者をもっと上手になりたいです。
 来年も絶対参加します。

はじめてのじしゃがっしゅく H・S(大津教会)

 ぼくは、はじめてのじしゃがっしゅくでドキドキしました。でんしゃにのってバスにのって京とまでいきました。ついてからかばんをおいてオセロをしてあそんでいました。あきてぼくが、さいしょテニスのボールをみつけてあそんでいました。
 さいしょの日は、ふろにはいらずにねました。じしゃのれんしゅうもして次のあさもれんしゅうです。ごはんをたべて昼ごはんをもっていってピクニックへいきました。いっぱいのぼって上へいくとさむかったです。
 3日目いよいよほんばんです。きんちょうしてむねがドキドキしました。ほんばんになったらもうドキドキがなくなりきらくにじしゃをできました。いちばんえらいしんぷさまにもあったし、たのしい2はく3日のたびでした。

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一万匹の蟻運動第2回総会報告

去る3三月20日(日)午後2時30分より河原町教会地下ホールにて、現在この運動に参加されている各小教区の代表者の方々及び個人会員多数のご出席を得て、第2回総会が開かれました。

 昨年度の事業報告・実績報告・会計報告があり、それぞれご承認を得ました。引き続き今回は規約の一部変更に関する提案があり、長時間に渡り熱気あふれる討論が行われましたが、裁決の結果、提案道りのご承認を頂きました。従って今後私達の運動の対象地域は京都府南部から京都司教区全域にと拡大されました。即ち当初の考えに戻った事になります。今年度からは新しい展開にむかっての一層の努力が必要となりますので皆様の更なるご理解とご協力をお願い致します。以上ご報告致します。尚、内容は左記の通りです。


     記


一、事業報告
◎理事による小教区訪問説明会
◎定例理事会の開催(第三水曜日夜)
一、実績報告 93年12月31日現在
◎会員数       680名
◎累計額 5、106、138円
◎会計報告 支出 なし

前年度までは各理事のボランティアにより事業経費を賄って来ましたが、今後の活動に支障を来すので、今年度より記帳支出する事になりました。
一、規約の一部変更
第一章総則(目的)第一条の文面より
「原則として京都府南部の教会・・・」
とあるのを
「原則として京都司教区の教会・・・」
に変更となりました。
追記=総会の開催に際し河原町教会の皆様にお世話頂き、有難く御礼申し上げます。
又、この運動が“教区活性化”の基礎となります様に皆様のご協力とお祈りを切望します。
(Y・H)

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青年センター5周年バーティー

 4号で御案内いたしましたが、去る4月16、17日に、園部教会にて、青年セソター5周年をお祝いするパーティーを行いました。

 この企画は、京都教区各地の教会の青年が集り、5周年を祝ってみんなで語り明かそう(飲み明かそう?)というものでした。参加者は、柳本神父様、森田神父様をはじめ、25人ほどになりました。
 ある程度人数が集ったところで奈良教会の吉田さんの乾杯でパーティーが始まりました。お互い話をしたり、卓球やトランプなんかもしていたりと、楽しい時間を過ごしました。

 さて、このなかで、森田神父様の周りに集って話したことがとても心に残っています。それは、教会で、ふと思う疑問、例えば、何故神父様の御聖体が大きいのか、御聖体はかんではいけないかというようなものです。知っていたつもりでも、誤った知識をもっていることもあるので、機会があれば、一度神父様にさいてみてください。きっと興味深い話をしてくださるでしょうから。翌日、マルコ神父様も加わり、三人でミサをあげられた後、園部・亀岡教会、聖家族高校の皆さんとの交流会がありました。日頃の行いのおかげか、すばらしい晴天だったので、教会の広い庭に机をだし、教会の方々が持ち寄られた料理をいただきました。たいへん楽しく過ごせました。ご用意してくださった方々に感謝いたします。

 青年セソターは、皆様に支えられ、五年目を迎えましたが、まだまだ通過点です。これからも活動を盛り上げていきますので、どうか温かく応援してください。
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。(K記)

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第4回バングラディシュ訪問記

K・N(大阪豊中市)

 私たち京都教区アジア交流委員会のメソバーは、この3月にバングラディシュのチッタゴソ教区を訪問しました。教区の人々とのより深い交流を結ぶことが目的です。
 ダッカやチッタゴンなどの都市は、とても活気に満ちたところでした。人口密度が世界一の国ですから、もうどこを向いても人だけといった感じです。車はところかまわずクラクションを鳴らしながら、通行人を追い払ぅように猛スピードで行きかっています。まるで、街全体が叫んでいるのではないかという錯覚にとらわれそうなこの光景に、はじめはすっかり圧倒されてしまいました。、
 文化の違いはやはり歴然としています。滞在しているうち、日常の細かい事についてもいろいろな疑問が沸いてきます。いつのまにか、私は日本と比較しながらバングラディシュの社会を見るようになっていました。
 買い物一つとっても、だいぶ違います。たとえば、たいていのお店では、商品に値札がついていません。それは、客と店員との交渉で値段を決めるからです。ここでは交渉能力のない人は損をすることになるのです。
 都会での必需品であるタクシーにしても、やはり交渉で値が決まります。バングラディシュの人たちの交渉の仕方はとっても荒っぽくて、こちらにはほとんど口喧嘩のようにしか聞こえません。
 交渉にはテクニックが必要で、互いに腹をさぐり合いながら進めます。買い物の場合に限らず、この社会では約束の持つ意味は重大なものがあり、一度決めたことはどんな小さな事でも厳格に守ることが要求されます。彼らのような契約社会で生きて行く上での、このことはとても大切なことなのです。
 このような厳しい面を持つ一方、とても人とのかかわり合いが深い文化だと思います。
 チッタゴンではカトリック信者たちのいろいろな活動を見てきました。貧しいスラムの人々に教育を施しているYMCAの方々や、毎日ボランティア活動にいそしむカトリック高校の生徒たちの活動に非常に感銘を受けました。
 彼らとかかわることのできた2週間で自分の世界が広くなったと思います。この機会を与えてくれた人々に感謝しながら、ダッカの空港を無事後にすることができました。

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