1996/6 No.223

京都教区時報6月号

・人々の叫びに答える福音宣教

・フィリピン、ネグロス島、バコロドの人々と共に

・日本二十六聖人殉教400年祭in京都のプログラム決定

・聖体奉仕者学習会の報告

・侍者合宿 

・あんてな



人々の叫びに答える福音宣教

 恐れるな。語り続けよ。
 黙っているな。
 わたしがあなたと共にいる。

(使徒言行録18章9節)

 今年の11月23日に「日本二十六聖人殉教400年祭in京都」が開催されます。3月号に掲載しました田中司教の開催趣意書にありますように、この行事は、二十一世紀の京都教区の宣教を見据えた大安息年までの今後5年の準備期間を踏み出す大切な第一歩です。

 400年前の宣教師たちの活動を見ますと、決して精神的な救いだけでなく、人々の現実の叫びに答えようとされていたことが伺えます。この福音宣教の精神は、第二バチカン公会議の精神でもあり、この機会に福音宣教の熱意をかり立てましょう。


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フィリピン、ネグロス島、バコロドの人々と共に

善きサマリア人修道会 景山ひろ

●砂糖の島・ネグロス


 太陽が燦燦と輝き、雨期にはたっぷり潤される肥沃な土地が果てしなく続き、大人、若者、子供達と人材も豊かなネグロス島。一体なぜこのような所に民衆の70%が貧困以下という現実が生じているのか、一見不思議な現象に見えます。


 実は、フィリピン最大の「砂糖の島」、ネグロスでは、スペイン、アメリカ、日本と四百年に渡る植民地時代より、3%程の人が握るハシェンダ(大土地所有者=農園)制度が続いています。大多数の砂糖労働者は不当な低賃金で人権無視の抑圧、搾取に喘いでいます。広大な土地に囲まれ、代々そこで働かされながら、自分達の生きるための食物の生産には、一片の土地の使用も所有も厳禁されています。一握りの砂糖貴族のエゴイズムによる民衆の貧困は、更に日本を含めた外国の開発援助という美名の下に推進される、機械化、電化、リゾート化等の環境破壊により、極貧へと追い込まれていくのです。こうした社会・経済構造におかれた民衆の自立を目指した貧しい人々との共生を願い、1990年4月西ネグロス島首都バコロドに二人のシスターが派遣されました。現在二つのプログラムと二つのプロジェクトを手伝っています。

●給食プログラム


 乳幼児、授乳母の慢性栄養失調への対策です。ハシェンダの貧しい貧しい集落で、30家族50人位を単位に母親達に援助金の予算決算、給食の栄養、調達、調理を分担してもらい、連帯で力を合わせ、工夫して食べる楽しさを体験します。なお人々の自力を考え、一ヶ所に一年以上は続けない配慮もされます。その間に、今後の自給のために、養鶏、養豚、裁縫、薬草菜園等の技を現地のリーダーが教え、生活手段のプログラムも含まれています。


●奨学生プログラム


 小学校に入学後、家庭の労働力として、学校の遠隔地のため、或は栄養不足等が原因で六ヶ年通学し得ない子供達もかなりいます。そこでハシェンダの公立小学校とハイスクールの生徒達を対象に援助します。毎月第一日曜は奨学生のため、第三日曜はその両親のためにミサ後セミナーが行われ、BCC(キリスト教基礎共同体)のリーダーを中心に、キリスト者としての価値観等を皆で勉強しています。こうした折に皆と出会い、喜びと励ましを相互に受けているのです。

●農作プロジェクト


 実際ネグロス島の貧困の唯一根本的打開策は「農地改革」です。これは絶望に近いのですが、それでも草の根の農地改革に挑む人々がいます。忍耐、忍耐の話し合いを重ね、教会を拠り所に共同所有地の獲得を目指す人々に実質的生産に向け、農具、肥料、種等の購入の援助です。僅かな土地であっても、その小さな灯は長期虐げられていた砂糖労働者の熱い灯、強い希望となります。

●山岳地域活動プロジェクト


 きびしい山また山の奥地の住民は本当に最低限度の生活にも事欠く状態です。医者なし、看護婦・士なし、乗物なし…。そこでは命のために不可欠なのが車、そしてガソリン、タイヤ等です。

●人々とのつながりを通して


 この他に貧しい子供達のデイケア・センターの手伝い等をしています。スラムを含めた貧しい地域での園生活では、教材、遊具、個人のノート、鉛筆等殆どない状況です。その中で子供達は、貸し借りし、分かち合いながら、目を輝かせて楽しさを全身で表現しています。物は不足でも豊かな人間関係でこんなに快活に園・学校生活が過ごせる事を私達は子供達からジーンと胸が熱くなるのを感じながら学ぶのです。深い信仰と真に明るくあたたかいフィリピンの人々との繋がりを通して、ここでの共生とは何か、協力・援助とは何か、日々反省させられながら試行錯誤の中に、現地の人々と共に神の国の完成に向かって歩んでいます。
 私共の資金は皆様よりの御寄付を「バコロド友の会」を受け皿にバコロド基金と呼ぶものです。今後の支えとお祈りをお願い申し上げます。

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日本二十六聖人殉教400年祭in京都のプログラム決定

日時・1996年11月23日
場所・京都ノートルダム女子大学   ユニソン会館
主催・カトリック京都司教区

*プログラム*


[第一部]
10時  受付
*一・二階ロビーにて終日キリシタン展示品公開
10時半 開会式
*別室にて子供コーナー(昼食まで)
11時 記念講演
  「道が京都からはじまった」
   講師・結城了悟神父
  (イエズス会士・日本二十六聖人記念館館長)
*二十六聖人の「ディエゴ喜斎」の遺骨が運ばれる。
12時15分 昼食

[第二部]
13時半 教区大会「二十一世紀の福音宣教に向かって」
14時半 二十六聖人殉教四百年祭ミサ
16時  解散


紀元二千年をめざして5ヶ年計画を作りましょう

 司教協議会の大聖年準備特別委員会は、3月末に『紀元二千年をめざして「教皇ヨハネ・パウロ二世使徒的書簡紀元二千年の到来」要旨』というパンフレットを作成し、配布しました。そこでは、第二バチカン公会議で示された、開かれた教会の姿勢をもって、福音宣教を進めるよう指摘されています。

 京都教区では、「日本二十六聖人殉教400年祭in京都」の行事プログラムの中で、教区大会「二十一世紀の福音宣教に向かって」という時間を設けています。このプログラムの担当は、実行委員会より司祭評議会に委託されています。

 このため、各地区カトリック協議会、各小教区、各委員会、各活動団体、各修道院、各学校、各施設などで、「二十一世紀の福音宣教に向かって」という内容で話し合って頂きたいと思います。

 話し合うにあたって、幾つかのポイントをあげておきます。
一、大きくは、二十一世紀の福音宣教のビジョン造り
一、信仰の見直し(現代の殉教精神の意義を通して)、回心、刷新継続
一、二千年の大安息年への霊的な歩み、黙想
一、特に、召命への取組み、青少年の信仰教育と教会共同体での成長
一、既に始めている「二〇XX年の京都教区」を準備する具体的な方針
一、教区の今後の五年間の目標、毎年の実行課題、タイムスケジュール
一、「共同宣教司牧」の推進と課題への取組み
一、教区組織の刷新(各地区カトリック協議会の発足)

 期間的に余り余裕がありませんので、紀元二千年をめざして5ヶ年計画を作ればよいかと思います。具体的には、毎年のテーマなり、課題などを決められたらよいと思います。例えば、1996年は殉教にちなんで信仰の証し、1997年は御子の年にちなんでイエスとの出会い、1998年は聖霊の年にちなんで生活による証し、1999年は御父の年にちなんで恵みに対する感謝、2000年は大安息年にちなんで解放という具合です。
 尚、11月23日の教区大会の時間は限られていますので、皆様から提出されたものは、印刷物として配布したいと思っています。5ヶ年計画ができましたところは、司祭評議会事務局宛にお送り下さい。発表については、どのような形態にすればよいか検討していきたいと思っています。皆様のご協力をお願い致します。

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聖体奉仕者学習会の報告

 去る3月23日、河原町カトリック会館で、聖体奉仕者学習会が開催されました。今までは、すでに任命されている方や、経験者のみを対象にして行われていましたが、今回は、この四月から任命を受ける予定の集会司式者・聖体奉仕者を対象に行われました。その関係で、出席者は、任命を受ける予定のない方も含めて、150名余りになりました。昨年が60名余りだったことを考えると、集会司式者・聖体奉仕者への皆さんの関心の強さがうかがえました。

 内容は、村上(透)師より聖体についての話し、鈴木師、Aさん、Tさんより宮津教会での体験談、大塚師より病者の聖体拝領の実際のやり方の話しでした。
 村上師の話しに対して、参加された方は「信徒一人一人がイエス・キリストの祭司職に召されていることがよくわかった」と感想を述べておられました。
 又、宮津での体験談は、参加し方々に奉仕者を身近なものとして感じさせられました。後日、当日お話しされた二人の方から話しのまとめを頂きましたのでここに掲載致します。

生きる力を与える御聖体に感謝
宮津教会 H・A

 私が聖体奉仕者の任命を受けたのは昨年の夏頃でした。
 神父様から「お年寄りで教会に来ることができない人に御聖体をさずけに行って下さい」とのこと。「司教様の任命が必要なため申告手続をしてもいいですか」と問われ、私はこまりました。しかし、数ヶ月前に丹後で行われた『福音センター養成コース』に参加したし、これからの信徒は何をなすべきか学習したつもりで、心の準備はできているはずですが、私が受けることによって、どんな反応があるかを考えると、私自身すっきりした気持ちになかなかなれませんでした。
 私にとって奉仕者の任命を受けたのは良かったと思います。
 最後に私事ですが、私も昨年12月に病気(慢性腎不全)のため入院する事になり、神父様より御聖体を頂くことになりました。その時の気持ちは苦しみを受けられたイエスを思い、パンを頂き祈って生きる力を与える聖体に感謝いたしました。幸いにも今のところ血液透析は免れていますが、数ヶ月先か、又何年か先には受けなければなりません。私もベット生活が続くようになりますと、お年寄りさんの気持ちが少し分かるような気がします。
 今少しでも健康な時に、私にできる奉仕を続けさせて頂く恵みを感謝致します。神に感謝。

「イエス、ご自身を運ぶ」
宮津教会 S・T

 「聖体奉仕者になって下さいませんか」と神父さまから声をかけられたとき、「え、私が!」。そして、「一体とうすればいいのか・・・」と正直戸惑いました。ご病気の方や高齢の方にとっては神父さまやシスターにこそ、きて頂きたいのではないかという思いがして、なかなか任命を受けたあとも、歩み出せませんでした。大抵二人でいくのですが、聖歌本を準備したり、ローソクの火をつけ、となりで一緒に祈り、お話しを聞くのが精いっぱいでした。あるとき、もうひとりの信者の奉仕者の方と、老人ホームにご聖体を授けにいったとき、一部屋一部屋老人を訪ねると、寝たきりの老人は「ずっと、ご聖体を待っていました」、「今日は本当にうれしい。ありがたいです」、「よく、きてくれました」と異口同音に喜びを伝えられ、涙を流された方もいました。ていねいに声をかけ、老人が話されることを、「うん、うん」とうなづいて聞かれている奉仕者の姿にも感動しました。
 「私も勇気を出して、自分の担当のうちを訪ねようと決心しました。「玉手です。今日うかがってもいいですか?」と電話してでかけると、外で私たちが訪ねるのを待って下さっていました。「おばあちゃん。今日奉仕者としてデビューの日です。よろしくお願いします」と言って始めました。やっと歩みはじめることができました。
 訪問するたびにおもうのは、その方々の純粋で、神さまに対する深い信頼や謙虚な姿にこちらこそ清められます。
 今日の聖体奉仕者の学習会を通して、信徒としてみことばと「イエス、ご自身を運ぶ」という喜びの分かちを、感謝のうちに果たしていきたいと思います。

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侍者合宿 

 去る3月26日から28日まで、小学4〜6年(新学年)を対象にした侍者合宿が、信仰教育委員会主催によりヴィアトール宗研館で行われました。今回より女子8人も参加し、41名でした。合宿に参加した子供たちの感想を掲載します。

侍者が好きになりました
   R・T(宮津教会)

 私は、こんなに遠くで合宿するなんて、はじめてだったので、心配していたけれど、すぐ終わってしまって、もっといたいくらいになりました。遠足や、せんとうに行ったりして、とても楽しかったです。聖香油のミサでは、しきょう様が見れました。あんなにたくさんの神父様と、こんなに大きなせいどうで、侍者をするのは、はじめてでした。ミサがはじまって、せいどうに入る時、少しきんちょうしました。でも上手にできてよかったです。友達も、たくさんできて、本当に楽しかったです。リーダーといっしょに、バスに乗って、カルメル会にも行きました。こんな所で、静かに生活しているなんて、すごいなあと思いました。おいのりも、たくさんしていると聞いて、びっくりしました。私は、この合宿で侍者が好きになりました。この合宿に来て、本当によかったと思います。

ちゃんとできました
      J・S(西院教会)

 ぼくは、侍者合宿に、行く前は、あんまり行きたくなかったけど、行ってみると、だんだん楽しくなってきました。侍者の練習のとき、クイズをしました。ぼくは、ほとんどわからなかったけど、「カリス(さかずき)とパテナ(さら)ぐらいは、おぼえておいてください」と神父さんが言ったので、ぼくも、それぐらいは、おぼえておきました。
 二日目の日に、また、侍者の練習を夜にしました。ぼくは、後ろの方に行ってならびました。ぼくは、じゅん番がきたら、十字架を持って、前まで歩いて行きました。ぼくは、前の方につくと、一秒くらい止まって、まがりました。そして、また、同じ場所にもどってならびました。じゅん番がまたくると、今度は、ロウソクを、もって、歩いて行きました。でも、しっぱいをしたので、また、やりなおしになりました。次は、ちゃんとできました。

はじめてのことばかりだったけれど
   I(久居教会)

 初めて知った事だらけの侍者練習、楽しく遊んだ自由時間、とても楽しかったけれどつかれた遠足、笑いまくった夜のゲーム、ねむれなかった夜、長い間、じっとしていなければいけないので、みんなじっとしてがんばったミサ、カルメル会の人たちとのお祈りとしつ問コーナーどれも心に残る思い出です。
 早ね、早起き(早ねじゃないかも)のきそく正しい生活ができたと思います。

たくさん学びました
   S・I(登美ヶ丘教会)

 初めて侍者の合宿に参加して、そのスケジュールが、遠足などとても楽しいことがありそうでした。自由時間はテニスコートでテニスボールを投げて遊んだりして、おもしろかったです。
 二日目は昼、遠足に行きました。高お山に行きました。バスの中はとてもこんでいて少し、苦しかったです。30分位、歩いて川原でおべん当を食べておいしかったです。
 三日目、河原町の教会でミサをしました。ぼくは役がなかったのでちょっと残念でした。長いミサが終わって、二泊三日の合宿がおわりました。
 侍者練習は物の名前などを教えてもらいました。侍者のうで前も少しあがったと思います。侍者の事が多く学べました。

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中学生会へ、高校生会へ

 皆さん、京都教区中学生会、高校生会をご存じですか?京都教区中学生会、高校生会では、春、夏冬の年3回の合宿(中学生については8月に広島体験学習もあるのでこれを入れると年4回)を中心に、他教会の中学生、高校生と交流することによって、友達の輪を広げ、信仰を深めていくことを目的に活動しています。
 中学生会は、柳本昭神父様と青年リーダーが合宿のプランを考えて中学生によりよい経験を経験をしてもらうためにサポートしています。
 高校生会では、森田直樹神父様が担当司祭として引率されていますが、中学生会のような青年リーダーはおらず、自主性を尊重するということで、高校2年生が合宿のプランを考えたり中心になっています。今年の春も例年通り中学生会は3月31日から4月2日、高校生会は3月28日から3月30日の間、奈良県の高の原にあるカトリック野外礼拝センターで合宿を行いました。中学生会では信者の中学生が学校の友達を誘ってきたり京都教区内だけに限らず大阪教区からの参加もあり、37人もの参加がありました。
 「出会い」というテーマのもとで、まず魔女の宅急便のビデオをみました。それから、班ごとにわかれてビデオの内容をふまえた上で話し合いをし、考えを深めていきました。2日目の夜に各班の話し合いの内容を発表という形で分かち合い、3日目のミサで「出会い」というテーマで行われた合宿の集大成としました。高校生会でも同じようにして合宿が行われました。ぜひ、次回から中学生会、高校生会に参加して皆さんお友達になりましょう。リーダー一同皆さんの参加を心よりお待ちしています。
         
             

   (西大和教会・G・O)

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