1997/6 No.235

京都教区時報6月号

・すべてを新しくする ─キリストとともに─

・隠れキリシタンの信仰(三)

・あんてな

・侍者合宿 3月24日〜26日



すべてを新しくする ─キリストとともに─

  

 キリストの生誕二千年を記念する大聖年の準備として、聖体の祭日である6月1日に、日本の教会全体で同じ典礼、同じ意向のミサを捧げることになりました。

 現代社会の中で、ほんものを探しながら苦悩している多くの人々に、喜びの実感と救いのメッセージを分かち合うことができるのは、活きる神を知っているキリスト者ではないでしょうか。キリスト者は、エマオの弟子たちの心に、安心感と勇気と喜びを与えてくださった復活されたイエスを、今も活き活きと身に帯びているのですから、そのイエスを、日々の生活の端々で、あらゆる機会に、何らかの形で示し、イエス・キリストが今も、すべての人々の救い主であることを伝えていく使命があるのではないでしょうか。

 大聖年の準備の一年目、わたしたちが洗礼を受けてキリスト者となった意味を皆で見つめ直し、毎日生活している社会のただ中で、キリスト者の存在意義をもっと発揮して生活できる恵みを祈り合いましょう。


(日本カトリック司教協議会大聖年準備特別委員会)

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隠れキリシタンの信仰(三)

三俣俊二

●慈悲の組

 次に、私が隠れキリシタンのオラショから学んだことといえば、オラショの中に後に述べる「慈悲の所作」(十四の慈悲)が明瞭に伝承されていることです。

当時、この慈悲の所作を実行するための信徒使徒職組織として、ミゼリコルディアの組が活発な活動を繰り広げていました。このミゼリコルディアの組というのは、1240年フィレンツェのピエロ・ディ・ルカ・ボッシによって創立されたものと伝えられています。

日本では、慈悲の組と呼ばれ、構成員により選出された慈悲役によって運営される代表的な信徒使徒職活動として、1583年正式に承認されました。この霊的・肉体的社会福祉事業は、マタイ25章などからまとめられたキリスト者の根本的実践事項を遂行するためのもので、最後の審判の折にはその実践の有無を各自に厳しく問われるべきものでありますから、全信者にとっての根本的義務であると考えられていました。ドチリナ(キリシタン時代の公教要理)にも慈悲の所作としてあげられ、信者はこれを暗記していました。

●ドチリナでは


 ドチリナの本文を次に引用しましょう。
 「色身(肉体)にあたる七つの事。
 一つには、飢えたる者に食を与ゆる事。
 二つには、渇したる者に物を飲まする事。
 三つには、肌を隠しかぬる者に衣るいを与ゆる事。
 四つには、病人を労わり見舞う事。
 五つには、行脚の者に宿を貸す事。
 六つには、囚われの身を受くる事。
 七つには、死骸を収むる事これなり。
 スピリツ(精神)にあたる七つの事。
 一つには、人によき意見を加ゆる事。
 二つには、無知なる者に道を教ゆる事。
 三つには、悲しみある者を宥むる事。
 四つには、折檻すべき者を折檻する事。
 五つには、恥辱を堪忍する事。
 六つには、ポロシモ(隣人)の不足を許す事。
 七つには、生死の人と、また我に仇をなす者のために、デウス を頼み奉る事これなり。」

●堺目のオラショでは


 次に生月堺目のオラショを見てみましょう。
 「十ふのささ十ふしあり。はじめ七つは、しきしめに当る。後の七つは、スペリテに当たるなん。しきしめに当たる七つの事。
 一つには、飢えたる者に食を与へる事。
 二つには渇したる者に物を飲まする事。
 三つには、肌えを隠しかねたる者によろひを与へる事。
 四つには、病人いたはり見舞う事。
 五つには、あいきょうな者に宿を貸す事。
 六つには、囚われ人の身を送る事。
 七つには、死骸を収むる事。
 スペリテに当る七つの事。
 一つには、人の意見を加へる事。
 二つには、道なき者に道を教える事。
 三つには、悲しみある者を宥むる事。
 四つには、折檻すべき者に折檻をする事。
 五つには、恥辱を勘弁致す事。
 六つには、ホロシマの不足を許す事。
 七つには、しょうじな人と、またありや後をなす者が為にデウスを頼み奉る事これなり。」

 以上、一部形が崩れ、意味が不明瞭になっているところもありますが、基本的にはかなり正確に伝承されていることが分かります。

●聖書を見る


 前述の聖書の箇所では、地獄に落ちる人々について云われています。
 「呪われた者ども、ここを立ち去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、喉が渇いていたと
きに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、着るものがなかったときに着せず、病気のとき、牢屋にいたときに、私を訪ねてくれなかったからだ。」
 「主よ、いつ、私たちは主が飢えており、喉が渇いており、旅をしており、着る物がなく、病気であり、牢屋にいるのを見て、お世話をしなかったのでしょうか。」 「はっきり言っておく。この最も小さいものの一人にしなかったのは、私にしてくれなかったことになる。」
 一方、天国に入るべき人々は、この最も小さな者に対して慈悲の行いを持った人々だと云われているのです。
 「はっきり云っておくが、私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことになる。」
 彼等が、天主の十戒、公教会の掟と並んで、あるいは、それ以上に、この慈悲の所作の実行を重要視していた理由が分かります。

●京都で・長崎で


 1594年京都に修道院を設けたフランシスコ会の修道者たちが始めたのも、この慈悲の所作に外なりませんでした。家族からも見離されたハンセン氏病の患者たちのために病院を建て、膿にただれた傷口を洗い、その傷口に接吻しました。このような看護を受けた患者たちは、修道者たちを天使であるかのように見つめたのです。それまでキリスト教に何の関心を示さなかった人々も、あるいは敵意さえ抱いていた人々も、修道士たちのこの慈悲の所作には感動しました。市民の熱い支持が得られたのも当然です。
 長崎においても事態は同様でした。イエズス会の指導のもとに結成された慈悲の組は、一般市民にとっても不可欠のものになっていました。教会や修道院、神学校などは、1614年家康の大追放令によって取り壊されましたが、ミゼリコルディアの施設だけは、強硬な政府側も1620年まで壊すことができなかった理由も、そこにあります。

●社会に役立つ信徒使徒職組織


 もし教会構成員が、自分たちだけの祈りや秘蹟、個人の救霊だけに没頭し、教会外の人々のために役立つことを考えないとすれば、当然、社会からは無用なものとして無視され抹殺されていくことでしょう。キリシタンになった人々の多くが、迫害開始後も、集団以外の人々と、ある意味で暗黙の共存が可能であった理由には、慈悲の所作を信条として生きる彼等の生活態度を挙げることが出来るように思います。
 今から七年前、私はリスボンにある現代のミゼリコルディア本部を訪れました。天正少年使節も滞在したことで知られる隣接のサンロケ教会は、やや閑散とした状態でしたが、ミゼリコルディアの施設は活発に活動していました。やはり社会のニーズに応えて、はじめて福音宣教も成立するのだと思われます。
 いずれにしても、慈悲の組は、強力な信徒使徒職組織でした。司祭が表向き指導出来なくなってから、あるいは司祭が一人もいなくなってからも、なお自分たちで活動出来るだけの自立性を当時すでに身につけるまでに成長していたのです。
 生月の隠れキリシタン組織も、もともとは、この慈悲の組のものだと考えられています。彼等の代表者で、いわば司教に当たる「爺役」も、実は「慈悲役」から転訛したものなのです。
 社会に役立つ信徒使徒職組織、さらに社会が必要とする信徒使徒職組織、これが潜伏キリシタンが一人の司祭もいないまま、厳しい迫害下、その組織を維持し、信仰を継承することが可能であったことの秘密だと思います。


(つづく)

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青年センターを御存じですか?

 皆さんは西院教会のすぐ近くにある、青年センターを御存知ですか。毎週日曜日に教会にきても、知っている人が少ない、同世代の人がいないと思っている方はいませんか。
 全国の教会では、各地区それぞれに青年の集まりが有り、その地区ごとの活動をしています。自分が通っている教会に、青年の数が少なくても、隣町の教会ではたくさんの青年たちが活発に動いているという可能性も有り得るのです。

 そういう風に教会や地域によって差があるわけですが、その差を超えて、教会と教会のつながりを結ぶために、情報面や金銭面でお手伝いして活動を具体化していこうというのが青年センターです。

 センターでは、機関誌「じょばに」を発行して各地区の情報や青年の活動をアピールしたりもしています。青年にかぎらず、自称、青年という皆さんまで幅広く青年センターを利用してください。いろんな形で出会いの場を提供出来たらと思っています。

LOOK AT ME in奈良
6月21日19時〜22日18時、登美ヶ丘教会

 青年センターでは、LOOK AT ME in奈良にむけて動き出しています。堅い青年のつどいではなく、みんながもっと集まりやすくするためにはどうしたらいいか。いろいろな意見が出され、納得いくまで話し合います。

 ラフなつどいを開き、ただの交流で終わらないこと。高校生たちも引き入れて、次期の青年とのつながりを作る。京都教区中の青年が顔見知りになる。このような夢や期待をこめて、初めての試みであるライブミサを計画中!ライブを聞きながら、みんなでミサを作りあげてしまおうという青年ならではのこのアイデア。また、テニスやフォークダンス、おしゃべりなど。連絡075(822)6246。途中参加、突然参加も可です!

 

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侍者合宿 3月24日〜26日

 きてよかった
草津教会 A・M

 教会で侍者合宿のことを聞いた時、私はすぐ「行きたい」と思いました。お父さんに「本当に行くのか?侍者の合宿やで、合宿」と言われて、少しまよったけど行くことにしました。

 宗教研究館に着いたら、すぐに知らない子が「なんていう名前?」「同じはんやね」と言って、しゃべりかけてきてくれました。私は「きてよかった」と思いました。

 侍者練習は、せすじをピッとのばし、ゆっくり歩き、いろいろなことに気をつけなければいけないので、少しつかれました。

 聖香油のミサでは、ぜんぜんき
んちょうしませんでした。パイプオルガンと歌を歌う人は、草津教会にはないことで、私はびっくりしました。初めてあんな多くの神父さまや、しきょうさまを見ました。知っている神父さまもいました。

 やんちゃな男の子もいて、おこって、笑って、
とても楽しい合宿になったと思いました。

うれしかった
登美ヶ丘教会 J・O

 ぼくはこの3日の間に色々な事を学んだ。こうろうの時の練習はうまくいったか分からなかったけど、松本神父さまが「う〜ん。いい音出てきた」と言ってくれた時は、本当にうれしくて一番心に残っている。
 そして、一回一回、神でんに入っておいのりするなんて、はっきり言ってめんどくさいという思いがいつもあった。でも、森田神父さまが「それはちがう。そう考えている人はいつかこうかいする」と言ってくれた時も、うれしかった。

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