1994/7 No.200

京都教区時報7月号

・疏水と私たち

・疏水と私たち

・街中のいこいの場 おてんとさんの会

・第5回ウォーカソン・三重

・CBS宗教トレーニングに参加して

・あんてな 



疏水と私たち

ー正平協・疏水見学に参加して
    西野猛生

いころの思い出、
 水路閣と鴨川沿いに流れる疏水。
  舟が上り下りするインクライン。

平井正治さんの案内で目を覚ました。

 知らなかったこと、
  京都はかつて水が足りなかったという。
   多くの犠牲のもとに水不足は解消された。

数々の井戸のある寺という意味の三井寺、
 その地下トンネルの出水と落盤。
  多くの人々のいのちが刻まれた流れ。

 近代化推進は人海戦術、
  神楽算によるズリと湧き水のくみ出し。
   牛馬による土砂の運搬。

  名前も記されず忘れられた人々、
   囚人、被差別部落の人々の呻き。
    こうして疏水は今も流れ続けている。

   今、琵琶湖は悲鳴をあげている、
    源流の開発の結末。
     そして疏水も悲鳴をあげている。

 戻る


疏水と私たち

西野 猛生

 「琵琶湖疏水」という言葉を聞きますと、南禅寺の境内に周囲のたたずまいにとけ込んでそびえる「水路閣」を思い出します。
 また子どものころ、蹴上のインクラインが珍しくて、レールの上を上り下りする三十石舟を眺めていたことを思い起こします。
 今年の9月2日(金)から4日(土)にかけて、正義と平和協議会・京都大会が開かれすが、その下見として、4月17日(日)に語り部の平井正治さんに疏水を案内してもらいました。その日までの私は、平安神宮の回りの疏水とともに、一つの風景としてしかとらえていませんでした。

 ところが平井さんの説明を聞くことによって、この疏水が非常な難工事の末に完成したということを知りました。よく考えてみれば、百年も前のことですから、現在のように機械力に頼ることはできませんので当然のことですが、それに気付いていなかったのです。 地下水の豊富なことから三井寺という別名が付けられたそうですから、その下のトンネル工事は、特に出水で大変だったようです。一般的にトンネルを掘る時は、山の両側から掘り進めていくのですが、少しでも工期を縮めるために、山の中腹に直径5.5メートル、深さ50メートルの竪坑(たてこう)をハンマーやつるはし、シャベルなどを使って掘り、そこから両横にトンネルを掘り進めていったそうです。トンネルの大きさは、三十石舟(幅1.8メートル)がすれちがえるようにするために、幅を4.8メートルにしました。 工事を始めたころは、揚水ポンプがなく、神楽算(かぐ らさん)という大きなろくろのような巻き上げ機を手動で操作し、湧き出した地下水やズリ(掘った土)を竪坑を通して地表まで引き上げていたそうです。
 また荷車で土砂を運搬するのですが、山の斜面の急な坂道を通るために、荷車が下に転げ落ちることもよくあり、そのために岩に溝を掘って轍(わだち)を作り、滑り止めとした(それを「車石」という)話も聞くことができました。現在も九条山と日ノ岡の間の車道脇に、その「車石」が石垣の中に埋め込まれて保存されています。

 人の力や牛馬の力だけを頼りに掘削していきますので、現在と比べられないぐらい危険を伴っていました。人命尊重の考え方も希薄でした。特に社会の底辺にある人々がその犠牲になっています。人海戦術という言い方がありますが、どれほど多くの人々が犠牲になっているかは、定かではありません。実際、犠牲者の石碑にも、肩書のある人の名前は刻まれていますが、肩書のない多くの人々の名前は刻まれていません。

 京都の近代化に向けての歩みの中で、近くの刑務所の囚人や被差別部落の人々の犠牲によって、京都の水不足は解消されたのです。実際、多くの人々のいのちが刻まれた流れ、それが琵琶湖疏水なのです。
 長年京都に住んでいて、水道の栓をひねると水がいつでも豊富に出てくるのを当たり前のように考えていましたが、多くのいのちと引き換えに豊かな水を供給してもらっていることに初めて気付きました。赤潮やアオコなどの発生しない美しい琵琶湖に戻し、また日常の雑排水に気を付けて、おいしい水を京都や京阪神の人々に供給することは、疏水工事で犠牲になった人々への念いとして、当然私たちが取り組まなければならないことだと考えさせられました。

 正義と平和協議会・京都大会では、9月2日(金)に、「疏水見学」の他に「奈良県の洞村訪問」や「京都ウォッチング」を計画しており、またオプションとして大会終了後、「三重県の芦浜原発予定地見学」ツアーを予定しています。翌3日(土)には、分かち合いを通して、福音の視点からこれらの事柄を見直していきます。
 京都教区の多くの方が、この大会に参加して下さることを願っています。
〔部落問題委員会ニュース7月号の記事を短縮して転載します〕

 戻る


街中のいこいの場 おてんとさんの会

  昨年の10月より、福音センターの3F畳の部屋で「おてんとさんの会」が始まりました。

 精神障害者の人達と、ほっとできる場所を作りませんかという呼びかけで、すでにこうしたたまり場を開いていらっしやる先輩の方々から、アドバイスを頂き、ご協力を得て、現在5、6名の人達が来て下さっています。学生の方や病院ケースワーカーの人達が、入れ代わり来てくださいますが、今回博愛病院の小嶋佳余・医療ケースワーカーが「おてんとさんの会」に来て下さった時の感想を、次のように寄せて頂きましたので、紹介させていただきます。

******

 『ほっとできる場所を一緒に作ってみませんか…』こんなキャッチフレーズで今回ご紹介するたまり場は始まりました。場所は西大路四条から東へ徒歩2分、西院カトリック教会北側の保育園のさらに北隣り、西院カトリック会館きょうとカトリック福音センターで、毎週火曜日、午後1時から5時まであけています。昨年11月に始まった「おてんとさんの会」は、毎回決まったプログラムがあるわけでなく、メンバーは来たい時に来て帰りたい時に帰る、寝ころがりたい人は寝ころがったらいいし、お話ししたい人はお話ししたらいい。コーヒーやちょつとしたお菓子もでますが、弁当持参で食べてもよし、月のうち最終の火曜日だけは、みんなで何か作って食べるという簡単な食事会をするそうで、スパゲティや鍋物をしたりとか、会費は1回300円で、食事会の時も同額です。メンバーの中には自分の好きなCDを家から持って来た人がいて、ステレオからはBGMが流れています。

 私は先日初めて参加したのてすが、第一印象として建物がきれい。日頃古びた病院の中にいるせいかもしれませんが、畳や壁がきれいというのは、それだけで気分がいいものです。次に、そこにいる人が誰一人干渉的でないこと。だから話したい人は話したらいいし、話したくない人はずーつと黙っていてもいい。集まってくる人は、精神障害者と呼ばれる人達だけでなく、学生さんやボランティアさん、教会の人などさまざま。開所当時からレギュラーメンバーの一人に、どこがいいの?と尋ねてみると、「僕たち障害者とそうでない人、学生さんなど自分と同じ位の年の人と対等に話せるところがいい」と。

 なるほど、ここはそんな雰囲気があるな、と納得しました。現在のところまだ部屋の方が広く感しるくらいで、(私が訪問した時は、私を含めて5人でした)いろんなメンバーが増えてもいいなと思っているとの事。
 担当者の島本さん(カトリック福音センター)によると

「私は何もしないでただここに座っているだけで、みんなと過ごせる時が楽しい。メンバーの人達が、保健所や自分の通院する病院などにビラを持って行ってPRして下さるんです」そんな島本さんだからこそメンバーも安心できるのかなとも感しました。この記事を読まれて、興味を持たれたあなた、一度気軽にのぞいてみてはいかがでしょう。

問合わせ先 島本または柳本師
 075(822)7123

 戻る


第5回ウォーカソン・三重

(ペルー・リマの子供たちのために募金)

 昨年に引き続き、家族を失って、苦しんでいるペルーのリマの子供たちのために、ウォーカソンによる募金活動が4月29日、三重県松坂市で行われました。

 三重ブロックでは毎年このウォーカソンを、「平和への歩み」運動の一つと位置付けています。
 主催は三重県カトリック信徒連絡協議会で実行委員会は福音宣教三重の集いと松坂教会で、今年で5回目です。午前10時より開会式、ここで松坂教会主任司祭マキロップ神父より祈りと祝別を受け、聖書朗読と祈りがあり、ペルーの子供たちの事をスライドで学習した後、聖歌“インマヌエル”を歌い開会式を終えました。


 三重県下の九教会が参加、総勢126人は横断幕や各教会で作成したプラカードを掲げて午前10時30分松坂教会を出発しました。小さい子供たちから80近い老人まで、そして滞日外国人まであたかも一つの大家族のような一行は、祝日でにぎわう町中から松坂市の中部台運動公園まで歩きました。この日は快晴でしたが湿度が高く中継点に着いたころには吹き出す汗と、この間意識して飲食は禁止して、ペルーの子供たちのことを思って歩き続けたので、ややばて気味でした。運動公園で、お弁当をいただき、ペルーの子供たちの救援のアイデアに富んだプラカードのコンクールを行いました。行きも帰りも、家庭のこと、日々の生活のこと、そして“平和”について分かち合いながら、全長9キロを全員事故もなく歩き通し、松坂教会に戻り閉会式に全員参加し、共同祈願と聖歌「キリストのうちに」を歌い、感謝のうちに閉会し帰途につきました。

 なお、昨年11月3日のウォーカソンは7800ドルをペルーの子供たちのために働いているペルー在住のベルナルド・P・バーン神父(メリノール宣教会)に送金することができました。

 戻る


CBS宗教トレーニングに参加して

(GS奈良1団 T・M)

 第14回CBS京都教区宗教トレーニングキャンプが、3月19〜21日の2泊3日、奈良市青少年野外センターで行われました。
梅、桃が色どりと香りを添え、鶯の鳴声が聞こえる静かな山里に、滋賀、京都、奈良の中高生44名が参加しました。
 バルデス師、ウィックス師、東門師、大塚師のご指導のもと、本部スタッフと指導者27名と共に、聖書の中の「一粒の麦」がその精神とスカウト精神に通じるものは何か、平素口にしている「ちかい」「おきて」が自分たちの日常生活にどのようにかかわっているかを話し合いました。そしてお互いに共感しあい、わからないところを神父様に質問したりして、スカウト達には宗教について一歩近づいて理解する機会となりました。

 又、ノートルダム修道会のシスターエヴァンジェラには、ネパールでの教育活動に当られた体験談(ビデオ映写)を聞かせて頂きました。豊かな日本のスカウト達にとっては、国境を越えた友愛心を抱いたことでしょう。
 2日目の日曜日に行われたミサでは、スカウトとして最高の栄誉でもある宗教章の授与もありました。
 野外料理やハイキングを通して友情を深め、キャンプファイヤーでは全員がひとつになって歌い踊り、楽しいひとときを過ごしました。

 閉所式が終わり、指導者とスカウトがお互いに握手をし、再会を約束、解散となりましたが、心の中に充実感があったことは一人一人の表情にあらわれていたようでした。
 お忙しい中をスカウト達のために遠方までお越し頂きミサを捧げて下さったり、わかり易くお話下さった神父様方、シスターに心から御礼申し上げます。
 又この期間中、内側から支えて下さった運営・生活面での奉仕スタッフの方々のご協力を感謝いたします。

 戻る


中学生広島体験学習のご案内

 みなさんこんちには。今年も8月6日が近づいてきました。恒例となりましたが、今年も、中学生を対象に広島体験学習を行います。
 戦争が終わり49年目、来年にはちょうど50年目となります。「戦争を知らない子供達」といわれていますが、もはや「戦争を知らない子供達の子供達」も多くなり、戦争というものと全くの無縁の生活を送っています。唯一の接点と思われる報道関係でさえ、その悲惨さを正確に伝えているものは全くといって良い程ないような状況です。
 先日、私の通っている大学の日本史担当の先生が、日清戦争を中心に戦争の話をして、その感想を学生に書かせたところ、「戦争の話は好きなので…」「戦争の話はおもしろい」など、少数あったそうです。これらを書いた人全員とはいえませんが、戦争が人と人の殺し合いであるということが認識できていないのではないでしょうか。
 私自身、戦争というものがどのようなものか、本当の姿は知りません。実際に戦時中の話をうかがっても「言葉に表せない」ということをよく言われます。そんな言葉で表せないような悲しい生活をしたくはありません。みなさんも、自分の子供達にそのような生活をさせたくはないという考えは同じだと思います。
私達が今、またはこれから何をするべきなのか、これを知るためにこの体験学習を行うのです。戦争のことを知る場はなかなかないものです。思春期という非常に大切な、多感な中学時代に、このような機会に触れること、仲間と一緒に戦争のことを話し合うことは普段の生活では決して得ることのできない、大変貴重な体験になるはずです。夏休みの大切な時期ですが、多くの中学生が参加して頂けることを期待しています。(M・K)

 戻る



Back to Home    前号  次号