ペトロ岐部と187殉教者の列福式、2008年11月24日に長崎市で
教皇ベネディクト16世、特使に列聖省長官を任命
教皇庁国務省(長官:タルチシオ・ベルトーネ枢機卿)は、教皇ベネディクト16世の承認のもとに同列聖省が決定した「ペトロ岐部と187殉教者」の列福を公式に宣言する列福式を、2008年11月24日に、長崎市で執り行うと発表しました。なお教皇ベネディクト16世は、列福式の司式のため、列聖省長官を特使に任命しました。
福者とは
キリストがもたらした福音に真の救いがあることをその生き方によって示し、信仰の証しにおいて模範を示した人々を、教会は聖人・福者であると宣言し、キリストに従う道を示す模範として、特別な尊敬を払ってきました。聖人は、全世界の教会において公の典礼で祝われるのに対し、聖人の前段階である福者は、おもに出身国の典礼において記念されます。
列福される187殉教者
新たに福者の列に加わる188の殉教者は、今回、教皇が列福を承認した「ペトロ岐部と187殉教者」で、徳川幕府の厳しい禁教政策のもとで信仰の自由を守りぬき、1603〜1639年に全国各地で殉教した日本人の男女信徒・修道者・司祭です。筆頭に挙げられるペトロ岐部(1587〜1639)は、単身、徒歩でローマに渡って司祭になり、帰国後、江戸で殉教を遂げた不屈の人です。また天正の遣欧使節の一人として広く知られる司祭、ジュリアン中浦も新福者に含まれています。
新福者のうち、司祭・修道者は以上の2人を含め、合計5人だけであり、183人は老若男女の信徒たちです。大名の重臣であった武士、農商工従事者、家庭を支えた女性たち、幼児、身分や障害などのために差別された人びとなど、さまざまな立場の一般市民が、それぞれ独自の生涯をとおして、信仰と良心の自由を守りぬきました。
188殉教者の列福までの経緯
日本カトリック司教協議会は、1981年に来日した前教皇ヨハネ・パウロ2世の呼びかけに応え、188人の生涯に関する総合的な調査に着手し、1996年、教皇庁列聖省は、その調査報告書をもとに列福審査を開始しました。列聖省の歴史審査委員会と神学審査委員会、および枢機卿委員会の厳正な審査を経て、今年6月1日、同省は、教皇ベネディクト16世の承認を得て、188人の列福を決定。これに基づき、教皇庁国務省が、このたび列福式の日時・場所などを発表したものです。
列福式はミサの形で行われ、カトリック教会が教皇の名によって公式に列福を宣言する儀式です。したがって、列福式は新列福者ゆかりの地で執り行われますが、教皇庁が主催する国際的な行事です。そのため教皇特使として来日する列聖省長官は、教皇の名代として列福式を司式し、教皇の教令を読み上げて、公に188殉教者の列福を宣言します。
わが国ゆかりの聖人・福者には、聖パウロ三木と同志殉教者(日本26聖人、1862年列聖)、日本205福者(1867年列福)、トマス西と15殉教者(1987年列聖)、マクシミリアノ・マリア・コルベ(1982年列聖)がいますが、日本の教会が主導して列福運動を進め、日本人のみの列福式を日本で行うのは、今回が初めてです。
ペトロ岐部と187殉教者の列福式決定によせて
日本カトリック司教協議会
会長 岡田武夫 東京教区大司教 談話
ペトロ岐部と187殉教者を列福する式典の日取りと場所がきまりました。これは、日本で初めて行われる列福式です。また列福される人びとが、すべて日本人であるのも初めてのことです。
この記念すべき式典の開催地に、殉教者ゆかりの長崎が選ばれ、教皇ベネディクト16世の特使列聖省長官を迎えることも、また意義深いと思います。
新福者が殉教を遂げた時代は、政治や社会体制、価値観などが、現代のそれと大きく異なります。しかし、人間の基本的な尊厳と信教の自由を守り抜いたその生涯は、キリスト信者であると否とに関わらず、現代に生きる私たちにとって希望となる数かずのメッセージを含んでいます。
列福式まであと1年、私たちは、いま、式典そのものの準備もさることながら、日本の教会の偉大な先達が残してくれた遺産のもつ意味をじっくりと深め、自分のものにしていく期間にしていきたいと思います。
日本全国からできるだけ多くの人びとが、この列福式に参加することを期待しています。